158. 神使の卵(後)
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『アルヴ』は神都ユリタニアの都市中央部にある、ロスティネ商会が経営する高級レストランの名前だ。
かなり値が張る高級店でありながら、日々の予約客が絶えない『アルヴ』の料理は、調理こそロスティネ商会が用意した腕利きのシェフが務めているのだけれど、メニューの開発には『百合帝国』の料理番であるユーロも大いに関わっている。
その『アルヴ』の店舗4階の奥には、百合帝国の関係者だけが利用できる専用の個室が設けられている。
他者の侵入を阻止すると共に、音が漏れるのを防ぎ、外部からの魔術や魔法による干渉を阻害する―――といった様々な防諜の結界が張り巡らされたこの部屋は、まさに秘密の会合に打って付けの場所というわけだ。
―――その部屋の中に今、百合帝国の女帝であるユリと、『ロスティネ商会』会頭のルベッタ、『トルマーク商会』の会頭アドスとその妻エリン、『ヘイズ商会』会頭のオーレンス、そして『テオドール商会』会頭のソフィアの姿があった。
いずれも、今や百合帝国に於いて押すに押されぬ大商会の地位を確立しており、国内で『四大商会』と言えば正にこの4つの商会のことを指す。
その四大商会のトップが一堂に揃い踏みともなれば、並みの商人では恐れ多くて近づくことも出来はしないだろう。ましてやその場に国主であり、主神の1柱でもあるユリも同席しているとなれば尚更だ。
「皆に集まって貰ったのは他でもないわ。今日はちょっと、ある卵を試食してみて欲しいのよ」
「ふむ、卵……ですかな? ユリ様のことですから、噂にだけは聞いたことがあるドラゴンの卵のような希少品が出て来ても、おかしくは無さそうですが」
「期待を壊すようで悪いけれど、あれは大味でそれほど美味しく無いのよ?」
アドスの言葉を受けて、眉を落としながらユリはそう答える。
ドラゴンの卵はとにかく大きいので、焼くだけで何人もの腹を満たせる料理が出来上がるという点では良いのだけれど。代わりに新鮮な卵を用いても風味に乏しく大味で、特筆するような美味しさは無かったりする。
まあ、別に不味いわけでもないから。クレープの生地や錦糸卵といった、風味があっても無くても影響が少ない料理に使う分には、悪くは無いのだけれど。
「むう、そうなのですか……。一度食べてみたいという夢がありましたので、些か残念ではありますな」
「夢を見るなら、コカトリスやロック鳥の卵あたりにしておきなさい。あの辺りの卵はかなり美味しいから、期待を優に超える感動が得られると思うわ」
「なんと、それは楽しみです。人生の目標がまた1つ、いえ2つ増えましたな」
嬉しそうな表情で、そう口にするアドス。
その隣では彼の妻であるエリンもまた、嬉しそうに微笑んでいた。
コカトリスやロック鳥は、最も弱いレッサー種でもレベルが100を超える。
魔物を『迷宮地』に配置できれば、ドロップアイテムの中に卵も含まれるので、国内での流通もできるのだけれど。現在運営している『迷宮地』に組み込むには、ちょっと強すぎる魔物だ。
ただ、聖女エシュトアを筆頭に『高レベル』で知られる有名な探索者の中には、既にレベルが80以上に達している者も少なく無い。
この調子なら、レベル100以上の探索者をターゲットにした『迷宮地』を運営できる日も、それほど遠くはないだろう。
然るべき機会が来たなら、コカトリスやロック鳥のような良質な食材が得られる魔物を優先的に配置して、より国内の食を豊かにして行きたいものだ。
「まあ、今回皆に食べて欲しいのは『鶏卵』なのだけれど」
「鶏卵ですか。ノトクの村で生産されている鶏卵は以前より随分と質が良くなり、取り扱うロスティネ商会の評判を高めてくれています。有難いことです」
「ああ―――村長のランドから、ロスティネ商会が随分と高めの金額でノトクの卵を買い取ってくれるお陰で、とても村が潤っていると話を聞いているわ。卸値に運送費を加えた額でユリタニアやユリシスの都市で販売しているようだし……利益を度外視して商っているとしか思えないのだけれど?」
「金銭的な利益が出なくとも、商会のイメージが向上するなら、それは金銭よりも価値のある益となります。別に金は他の商品で稼ぐから良いのです」
「ふふ、そういうことにしておきましょうか」
くすりと、小さく微笑んでユリは頷く。
ルベッタが少し困ったような表情をしているけれど、それもまた可愛らしい。
ロスティネ商会は既に、単なる商会という立場を超えて国に関与している。
なので会頭のルベッタは、商会という経営者の目線と同時に、国全体を俯瞰した視点も併せ持っている。いまルベッタが口にした『商会のイメージの向上』という目的は建前であり、実際には彼女なりの『国への奉仕』であり『国民への施政』の一環といった所だろう。
卵は栄養価が高い食品なので、市民に安価で、且つ安定して供給されることは、施政者であるユリからすると非常に有難い。
「私やユーロから幾つか指導をさせて貰ったことで、ノトクの卵は当初より良い物になったとは思うけれどね。今回の卵は、それとも一線を画す特別品よ」
「へえ。ユリが『特別』と言うのなら、ホントに特別なんだろうねえ」
「期待してくれて構わないわ」
オーレンスの言葉に、ユリは力強く頷く。
ユリは部屋の隅に控えている店員に合図を出して、俎上に上がっている『卵』を用いた料理を、皆の前にまで持ってきて貰った。
「純粋に卵の味だけを見るのなら、シンプルな料理が良いでしょう。というわけで今回は具材も調味料も一切使わずに、そのまま厚焼き卵にして貰ったわ」
「例の『屋台発祥の卵料理』ですな。今やすっかり有名料理となりましたが」
厚焼き卵はもともと、この世界には無かった料理だ。
いや、もしかしたら未だユリが知らない土地にならあるのかもしれないけれど。少なくとも現在の百合帝国・ニムン聖国・シュレジア公国の文化圏では、全く存在していなかった料理であるらしい。
それが現在では、3カ国の民にすっかり知られた料理となっている。
『桜花』と『紅梅』の中に〔調理人〕の天職を得た子が1人ずつ居るのだけれど、その子達が手空きの時間に営業している屋台で振る舞ったところ、こちらの世界の人にもすぐに好まれるものとなったからだ。
調理法も単純なのですぐに広まり、現在では国内で卵の料理を扱う店舗や屋台を訪ねれば、まず提供料理の中に含まれるほど定番になっている。
但し、こちらの人達が作る厚焼き卵は、その殆どが『具材入り』だ。
いわゆる『スパニッシュオムレツ』に近い料理が元々こちらの世界に存在していたようなので、おそらく厚焼き卵はその『亜種料理』として認知されたのだろう。
「これは……! 味の濃厚さが凄いですね、まさに特別です」
「ううむ、素晴らしい美味しさですな。これは下手に具材や調味料を加える方が、却って料理に対する冒涜になりかねません」
「気に入って貰えたなら嬉しいわ」
エリンとアドスの夫妻が漏らした感想に、ユリは満足げに頷く。
そう―――この卵は『特別』という言葉が極めて適する程に、美味いのだ。
ユリも先日、味わってみてびっくりしたのを覚えている。
「ご主人様は先程、これを『鶏卵』だと言われましたが。私には到底、これが普通の鶏卵とは思えないのですが……?」
「ふふ、だから『特別』と言ったでしょう?
―――さて、そろそろ種明かしをしましょうか。この場に居る皆には情報共有をしてある筈だから、私が現在建造中の都市に関しても把握しているわよね?」
「『神域都市』と仮称している都市のことですね。何でも、異世界から招いた神を多数住まわせるという、私の常識がまるで通用しない都市だと伺っていますが」
半ば呆れたような口調で、そう告げるソフィア。
まあ、こちらの世界の人達の常識感覚からすれば、当然そうなるだろう。
「ええ、その通りよ。その『神域都市』では、様々な形で『神の恩恵』が作用した特産品が産出されることになるわ。
通常の品と同じものでありながら、しかし別格の質を持つ様々な『特別』な品が世に出され、市場を流通するようになる。この『鶏卵』のようにね」
「なるほど……」
「ちなみにこの鶏卵の場合だと、先行して既に異世界から招いたとある神様が眷属にしているニワトリが産んだ卵―――つまり『神使の卵』なのよ。
未受精卵だから孵ることは無いのだけれど、この卵自体は神性を帯びていて永久に『生きた』状態にある。だからどんなに日付が経っても、あるいは劣悪な環境で保存していても腐敗しない、などの幾つかの際だった特徴を持っているわ」
「神使―――神の使いというわけですな。それならばこの卵が『特別』というのも頷けます。全く腐らないというのは、商人的には嬉しい情報ですな」
「あ、でも別に割れにくいわけではないから、搬送には気をつけて頂戴ね。割れてしまうと通常の卵と同じように腐るようになるわ」
割れると神性が充分に保たれなくなり、一定期間後に腐食が始まってしまう。
殻の固さは通常の卵と同等なので、取扱いには細心の注意が必要だ。
「『神域都市』では、この『神使の卵』がどの程度生産されるのでしょう?」
「現時点では神使のニワトリを40羽しか飼育していないから、あまり多くは無いわね。せいぜい1日に400~500個ぐらいといった所かしら」
「……たったの40羽なのに、そんなに沢山産むのですか?」
「それについては『特別なニワトリだから』と思って貰うしかないわね」
通常のニワトリは1日に1個の卵を産めば良い方だけれど、一方でアマテラスの神使であるニワトリ達は、大体1時間に1個の卵を産む。
太陽の神であるアマテラスに近しい特性を持つため、神使のニワトリ達は日中にしか活動せず、日没と共に即就寝してしまうけれど。それでも1羽当たり、1日に10個以上の生産量は堅い。
「段階的に拡張して、飼育羽数は増やすつもりでいるけれど……。あまりこの卵の供給量を増やしてしまうと、ノトクの卵の価値が落ちることになるわよね?」
「当然そうなるでしょうな。この『神使の卵』は特別な『高級品』として、市場に少数ずつ流通させる方が賢明でしょう」
「その辺の流通調整を、この場に居るあなた達にお願いしたいのよ。市場の操作に関しては下手に施政者が介入するより、得意な人達に任せてしまいたいからね。
とりあえず今日は鶏卵を例に挙げたわけだけれど―――少なくとも今後幾つかの穀物や絹などは、現在市場を流通しているものと一線を画す『特別』な品が、新都市から産出するようになる。全てあなた達に任せるから、よろしくお願いね?」
ユリの言葉を受けて、四大商会の長が深く頭を垂れる。
これは『神域都市』特産品のブランド化が約束された瞬間に他ならなかった。
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気付くのが遅くなりましたが、(おそらく数日前に)本作のブックマーク登録数が1000件を超過しておりました。
いつもお読み下さいます方々、誤字報告機能から指摘を送って下さいます方々、ブックマークに登録して下さっております方々、評価を入れて下さっている方々、本当にありがとうございます。
好き勝手に書き散らすばかりの文章にて、書いている側としては恐縮するばかりですが。どうぞ今後とも宜しくお付き合い下さい。
尚、感想欄に関しては、自分が何かとすぐに影響を受ける性格でありますため、大変申し訳ないことと存じながらも全く目を通しておりません。
投稿ページの小説情報欄に頂戴している感想数が逐次表示されるため、普段から少なくない数の感想を頂戴しています事実は当方も承知しており、大変恐縮なのですが……。何卒ご容赦頂けましたら幸いに存じます。
いつか完結まで書くことが出来ましたら(若しくは、いつか書くことを諦める日がきましたら)、その時に改めて全て拝読させて頂こうと思います。




