157. 神使の卵(中)
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「わあ……!」
「すっごーい! 違う世界に来たみたい!」
『転移門』を通過した先、建造中の『神域都市』の空き地に到着した8名の少女達は、周囲を見渡してそれぞれに感嘆の声を上げてみせた。
和風建築の建物ばかりで満たされたこの都市を見て『違う世界』だと思うのは、自然なことかもしれない。トンテンカンと、不規則な建築の音が周囲から響くこの場所では、風に乗って仄かに木の香りも感じられた。
「ユリ陛下、ここは一体どちらなのでしょうか……?」
8名の少女達の中で唯一、少し大人びた話し方をする少女がそう問いかける。
この子は年齢の割になかなか賢そうに思える。8名の少女達の纏め役を任せるのに、最も適しているかもしれない。
「ここはいま建造中の都市だから名前はまだ無いのよ。位置的にはユリタニアから見て、南から南西の方角にある山岳地帯の一角になるわね」
ユリは敢えて、ユリタニアからの位置関係のみを説明する。
この地が嘗てシュレジア公国の領土だったことや、公国の首都から見て西にあることなどは、別に言わなくとも良いだろう。
―――この場に居る少女達は皆、シュレジア公国で生きていた頃には『奴隷』として扱われていた過去を持つ。
なのでユリには、彼女達の前で公国の名を挙げることさえ憚られた。
『転移門』を設置している狭い空き地から、少女達を連れて街路を挟んで向かい側にある、手広い空き地へと移動する。
こちらの空き地では面積の半分強に芝生が敷かれており、残り半分弱には砂利が敷き詰められている。また、この空き地では現在、全部で40羽のニワトリが放し飼いにされていた。
ニワトリは全て雌鶏だ。どの個体も通常のニワトリに較べて一回り以上大きく、平均して体高1メートルはあるだろうか。
「わあ、ニワトリさんがいっぱいだあ……!」
「ま、待ちなさい!」
年齢相応に子供らしい少女が、ニワトリ達が居る方へと嬉しそうに駆け寄る。
それを見て、慌ててコンラート高司祭が制止しようとした。
ニワトリというのは『闘鶏』という競技があることからも判る通り、実は意外に攻撃性が強い動物だ。だからコンラート高司祭は少女が無警戒に近づき、ニワトリから攻撃されることを怖れたのだろう。
少女を止めようと動き掛けたコンラート高司祭を、ユリが制止する。
「大丈夫よ」
ユリは短く、コンラート高司祭に一言そう告げた。
この空き地に居るニワトリは、全て特定の神の管理下にある。だから少女相手に怪我を負わせるようなことは絶対に無い。
実際、少女が駆け寄っても、挙句にはそのまま抱き付いても。ニワトリは微動だにすることなく、されるが儘になってくれた。
普通のニワトリなら飛び掛かるか、もしくは嘴か蹴爪で攻撃する所だろう。
「なんと、これは驚きました。よく躾がされたニワトリ達ですな……」
「別に躾けられているわけでは無いのだけれど……。まあ、子供を攻撃する心配は無いから、これならコンラート高司祭も保護者として安心できるでしょう?」
「いや、全くです。これならば何の心配も要りませんな」
ニワトリに抱き付いていた少女が、はっとしたかのような表情で急に離れる。
そして少女は、驚きでいっぱいの顔をしながらこう告げた。
「このニワトリさん、言葉をしゃべるよ!?」
「……は?」
少女の言葉を受けて、コンラート高司祭が困惑の声を上げる。
―――まあ、無理もない。それが普通の反応だろう。
「はーい、みんな注目ー」
パンパン、と二度手を叩いて、ユリは少女達の視線を集める。
そんなユリの傍に、ひとりの女性が歩み寄ってきた。
「みんなは私が『神様』だということは、知っているかしら?」
「はい、知ってます! 愛の女神さまです!」
「………………………………………………………………ええ、そうよ」
自分が『愛の女神』だという事実を突き付けられると、精神ダメージが凄い。
まして、それが少女の口から発せられた無垢な言葉であれば尚更だ。笑顔の維持に腐心しながらも、ユリは心の中でちょっぴり泣きたい気分になった。
「というわけで、みんなに紹介させて貰うわね。こちらにいる女性はアマテラス様と言って、私と同じ『神様』の女性よ」
ぺこりと、小さく一礼してみせたアマテラスの姿を見て、8名の少女達が驚きに目を丸くして見せた。
また、それはコンラート高司祭も同様だった。口をあんぐりと開けている姿は、傍から見ている分には少しだけ面白い。
「で、では……。この世界に神は『8神』ではなく『9神』存在する……?」
「コンラート高司祭、自分の中での憶測だけで物事を決めつけるのは、決して賢明な事とは言えないわ。そういう嫌いがあるのなら、反省した方が良いわね」
「はっ……! も、申し訳ありません」
「この世界に存在する『主神』は『八神教』の名にもある通り、私を含めて8柱だけよ。但し主神ではない有象無象の神なら、もっと沢山存在しているの。判り易く言うなら、ここにいるアマテラスは私より格が落ちる神様ということね」
「な、なるほど……」
まだ驚きの表情を浮かべながらも、コンラート高司祭は頻りに何度も頷く。
ユリが口にしたその言葉は、高天原の主宰神であるアマテラスを侮辱する発言に等しいものだけれど。アマテラスは柔和な笑顔を浮かべたまま、表情を変えることはなかった。
―――もちろん、これはユリの本意ではない。アマテラスと相談した上で『そう言う設定にしておこう』と事前に取り決めておいたものだ。
この世界の人達にとって、リュディナを筆頭とする『八神』への信仰は絶対的なものだと言って過言では無い。『八神』は侵されざるものであり、それを否定するようなことを『八神』の当事者であるユリが口にしてはいけないのだ。
だからユリは、アマテラスを初めとしたこの都市に住まう神様のことを、自身と同格の神様だと紹介することは出来ない。安易にそう紹介してしまえば『八神』の権威が侵されることに繋がりかねないからだ。
アマテラス達のことは『八神』より格下の神様として人々には紹介する。
そうすれば『八神』の権威に瑕疵が付くことは無いし、また人々にアマテラス達のことも、ちゃんと『神様』として認知して貰うことができる。
実際、嘘というわけでもない。
神としての格は、人々から寄せられる信仰の多寡によって決まるものだからだ。
この世界に於いて『八神』に対する信仰は厚く、また現時点では民衆への認知度自体がゼロの、アマテラス達に対する信仰は皆無に等しい。
今後のことは判らないけれど。少なくとも今の時点でアマテラスを『格下の神』として扱うことは、純然たる事実に他ならないわけだ。
「アマテラスと申します。どうぞ皆様、よろしくお願い致しますね」
「「「よろしくお願いしまーす!」」」
まだ少し混乱しているコンラート高司祭とは対照的に、子供達の順応は早い。
「ここにいるニワトリ達は、私の力に依って生み出されたものです。『神使』と言うのですが―――説明すると少し難しくなりますから、忘れても大丈夫ですよ。
皆さんには、ここにいるニワトリが『ちょっと特別なニワトリ』であるとだけ、知っていて貰えると嬉しいです」
『神使』とは、『神様の眷属の動物』という意味の言葉だ。
伊勢神宮の内宮境内でニワトリが放し飼いされている話は有名だけれど、あれはニワトリがアマテラスの『神使』とされている動物だからだ。
「あの、どういう部分が特別なのでしょうか?」
「ここに居るニワトリは、人間が話している言葉が判ります」
少し大人びた少女の問いに、アマテラスがそう答えると。
それを聞いて、少女達はわっと一斉に驚きの声を上げてみせた。
「ニワトリさんと話せるんですか!?」
「はい、会話もできます。ただしニワトリには発声器官が―――えっと、言葉を話せるように身体ができていませんから、人間みたいに声を出すことはできません。
但しここにいるニワトリ達は、自分に触れている相手に『言葉を伝える』能力を持っています。だから先程この子がしていたみたいに、ニワトリの身体に直接触れてあげれば会話をすることができますよ。実際にやってみて頂けますか?」
おそるおそるといった調子で、8名の少女達はニワトリ達に触れてみせる。
少女が言葉を掛ければニワトリはそれを理解して反応するし、身体に触れていればニワトリからの返答もちゃんと聞こえる。
実際に体験すれば、幼い子供達の適応はとても早い。数分と経たない内に、子供達は物怖じもせず、ニワトリ達に他愛もない会話を交わすようになっていた。
「はーい、ニワトリ達との雑談は一旦そこまでにしてねー?」
再び、パンパンと二度手を叩いて、ユリは少女達の注目を集める。
「コンラート高司祭から聞いている通り、あなた達には今日からここにいるニワトリ達のお世話をして貰います。
―――主な仕事は3つ。『ニワトリ達が産んだ卵を回収する』こと、『ニワトリ達に毎日のご飯を買ってくる』こと、そして『ニワトリ達の話し相手になってあげたり、一緒に遊んであげること』です」
難しいことを要求するつもりは無い。
ユリが求めるのは、小さな子供達でも簡単にできる仕事だけだ。
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