156. 神使の卵(前)
[2]
現在『百合帝国』の子達には、国内よりもニムン聖国やシュレジア公国の魔物を優先的に『駆逐』するように指示している。
国内の都市と村落、及びそれらを接続する交易路には骸骨兵―――『黒百合』のラケルが行使した究極奥義、【死者の軍勢】によって大量生成されたスケルトン・ナイトが配備されているからだ。
国内に復活した魔物は、都市や村落、交易路などに配置している骸骨兵に近づいた時点で攻撃の対象として見做され、速やかに殲滅される。なので別に『駆逐』を急がずとも、国内に限れば安全は充分に確保されているわけだ。
なので先ずは他国に復活した魔物を優先して『駆逐』することで、国家間の交易の障害を早期に排除する方が、国益に適うというものだ。
本当は骸骨兵を同盟国や属国にも配置できれば良いのだけれど―――流石にそこまでするには、骸骨兵の個体数が足りていない。
なのでユリは内心で密かに(ヴォルミシア帝国がシュレジア公国を攻めてきてくれれば良いのに)と思っていたりする。宗主国が従属国を護るのは当然のことなので、気兼ねなく参戦できるからだ。
ユリの【星堕とし】とラケルの【死者の軍勢】は、既に再使用が可能な状態にある。なので、もし他国が攻めてきてくれるなら、それは百合帝国にとって単に骸骨兵の備蓄量を増やせるグッドイベントにしかならないわけだ。
ニムン聖国とシュレジア公国には、均等に『百合帝国』の子達を送り込んでいるわけだけれど、基本的にはニムン聖国のほうがずっと早く駆逐が完了する。
これはニムン聖国のほうが公国よりも国土が狭いからというのもあるし、国土の半分以上が砂漠であるため視界を遮るものが少なく、魔物の発見が容易だからというのもある。
―――ニムン聖国の『駆逐』の完了を宣言した『秋月1日』の今日。ユリは朝から執務もせずに、神都ユリタニアの中心部にある孤児院に来ていた。
事前に通達していたこともあり、孤児院の前では既に1人の男性が待っていた。顔を覚えているその男性に、ユリは軽く一礼する。
「ごきげんよう、コンラート高司祭。色々と無理を聞いて貰って悪かったわね」
「おはようございます、ユリ陛下。決して無理ではありませんし、ここで扶養している子達にとっても有益な話ですから、こちらがお礼を言わねばなりません」
コンラート高司祭は元々、シュレジア公国の首都デルレーンの大聖堂を預かっていた人物だ。嘗てアルトリウス教皇がシュレジア公国に対して『破門』を突き付けた際に、ユリが公国の大聖堂から引っ張ってきた相手でもある。
ユリシスの都市が完成したら、コンラート高司祭にはそこの大聖堂を管理して貰う予定で、それまでの繋ぎとして一時的にユリタニアの孤児院の管理を任せていたのだけれど。コンラート高司祭は実際に体験したことで『孤児院の院長』の仕事に遣り甲斐を感じてしまったそうで、現在は本人から「ここで生涯働かせて欲しい」と要望を受けている。
なのでユリシスの大聖堂や彼が元々居たデルレーンの大聖堂には、現在はそれぞれアルトリウス教皇が派遣した別の高司祭が、その管理に就いている。
「そう言って貰えると助かるわ。……まずは『転移門』を設置したいのだけれど、どこに作れば良いかしら?」
「はい、倉庫として利用していた部屋を1つ空けましたので、そこに設置をお願いできればと思います。ご案内させて頂きますね」
「お願いするわ」
コンラート高司祭に先導されて、ユリは孤児院の中へと入る。
この孤児院は、ユリが公都デルレーンの都市から大量の奴隷を攫ってきた際に、特に未成年の―――つまり『30歳未満』の者を扶養する為に用意したものだ。
建設したのはもちろん『桔梗』の子達だ。俄作りの建物とはまるで思えない程、しっかり堅牢に仕上がっている辺り、流石は『桔梗』の仕事だと言うほか無い。
その孤児院の1階奥にある個室に、ユリは案内された。
やや手狭で薄暗い部屋だ。窓はあるけれど、建物のそばに立つ樹木に遮られて、この部屋へは陽光が殆ど届かないようだ。
確かにこれでは、子供達を居住させるよりも、倉庫として使う方が賢明だろう。
「この部屋でも宜しいでしょうか? あまり良い部屋ではありませんが……」
「ええ、問題無いわ」
『転移門』を設置する部屋に、快適性など全く必要無い。居住に適さない部屋があるのなら、そのほうが好ましいぐらいだ。
「それでは私は、年長の子供達を連れて参ります」
「判ったわ。10分は掛かるから、その頃にまた来て頂戴」
「承知致しました」
コンラート高司祭が部屋から退室したあと、ユリはすぐに『転移門』の設置作業に取り掛かる。
『転移門』の設置自体は別に難しいものではないけれど、床板に魔法陣を綺麗に描かなければならないので、どうしても幾許かの時間は掛かる。
四つん這いで作業している姿はあまり見られたくないので、コンラート高司祭が退室してくれたのは、ユリにとって好都合だった。
きっちり10分を費やして、ユリは『転移門』を設置する。
既にもう片方の魔法陣は設置済なので、即座に接続が確立されて、『転移門』として利用可能な状態になったことが術者のユリにははっきりと判った。
立ち上がってユリが乱れた髪を整えていると、コンコンとノック音が響く。
どうやらタイミングとしても丁度良かったようだ。
「どうぞ」
「失礼致します、ユリ陛下」
入室するなり、コンラート高司祭がすぐにユリに一礼する。
その彼の背中には、全部で8名の少女達の姿があった。
「わあ……! 本当にユリ陛下だあ!」
「はい、ユリですよ。ごきげんよう」
嬉しそうに声を上げた少女に、ユリはにこりと微笑む。
毎日『放送』していることもあり、ユリの顔は既に全ての国民に知られていると言っても過言では無い。8名の少女はそれぞれに嬉しそうな表情を浮かべながら、芸能人でも見るかのような目でユリに熱い視線を送っていた。
「今回連れてきましたのは、現時点で『25歳以上』の子供達になります」
「なるほど、ここでは『年長』というわけね」
孤児院は原則として『30歳未満の親が居ない子供』を扶養する為の施設として運営されている。だから孤児院の子供は30歳に達すると、国から家と当面の生活資金を与えられた上で出て行かなければならないわけだ。
だからここでは『25歳以上』なら、充分に『年長』の扱いになるわけだ。
もっとも―――この世界の25歳とは、長年日本で暮らしていたユリの感覚からすると『12歳』ぐらいに相当する。
まだまだかなり幼い子供ばかりだけれど……。まあ、難しいことを頼むわけでは無いのだから、別に問題は無いだろうか。
「……うん? 何故か女子ばかりのように見えるけれど?」
「はい。男子は『迷宮地』に挑戦することを好み、どの子も既に少なからず収入を得ておりますので。今回は女子のほうが都合が良いと判断致しました」
「ああ、なるほど……」
一瞬、女好きのユリを歓待するために、コンラート高司祭が女子だけを選別して連れてきたのかと思ってしまったけれど。どうやら下手な勘繰りだったようだ。
「そういう事情であれば良いのよ。ただ、別にこちらとしては女性に限定するつもりは無いから、そこの所は理解しておいて頂戴ね」
「承知しております。今後『迷宮地』を積極的に利用しない男子が出て来た場合には、その子にもこちらの役目を任せるつもりです」
「それならば結構よ。―――さて皆さん、今回の『仕事』についてはどこまで話を聞いていますか?」
ユリが問いかけると、8名の少女達が元気いっぱいに答えてくれた。
「ニワトリさんのお世話をします!」
「卵を回収するお仕事です!」
「餌やお水もちゃんとあげます!」
「―――うん、大変結構。概ね伝わっているようね」
少女達に向けて、ユリは微笑みながら頷く。
そこだけ判っていれば充分だ。
「それでは、あなた達には今日から、鶏の世話をして貰います」
-
お読み下さりありがとうございました。




