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百合帝国  作者: 旅籠文楽
1章 -

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157/370

155. 甘い毒

 


     [1]



 暦が移り、季節が秋へと変わった初日の『秋月1日』。

 『百合帝国』の多くの子達が『駆逐』のためにユリタニア宮殿から出掛けているその日、シュレジア公国の国主カダイン・テオドールから一通の手紙が届いた。


 手紙と言っても、正式な親書ではない。

 もし君主からの親書ということであれば、書簡を持参した者を『謁見の間』にて出迎えて、外交儀礼に則り正式な受け取り手続きを行わなければならない所だ。

 けれどこの手紙はテオドール家の騎士が、カダイン公からの『個人的な手紙』として届けてくれたものだ。そのお陰でユリ自身が対応する必要は無く、『撫子』の子が手紙を受け取ってくれていた。

 わざわざ配慮してくれたことから察するに、おそらくはユリが無用な面倒を嫌う性分であることが、ソフィアを介してカダイン公へ既に伝わっているのだろう。


 カダイン公からの手紙の内容は―――要約すると『シュレジア公国としては属国関係が今後もより長く続くことを期待したい』というものだった。


 現在、百合帝国とシュレジア公国の間で結ばれている属国関係は、二国間の同意に基づいて結ばれたものであり、決していずれか一方が強要したものではない。

 なので、属国関係を締結した条文の中には『シュレジア公国と百合帝国のどちら側からでも自由に従属解消を申し出ることができる』という一文が含まれている。

 実際に属国関係が解消されるのは『いずれかの国が解消を申し出てから1年後』と定められているため、充分な猶予期間があるわけだけれど。ここで重要なのは、一方の側から『相手の意志を無視して解消できる』ということだ。


 つまり―――このカダイン公からの手紙は、実質的に『従属関係を解消しないで欲しい』とユリに請願するものだと言えるだろう。

 どうやら百合帝国の側から属国関係を一方的に打ち切られてしまう事態を、カダイン公は懸念しており、また怖れてもいるようだ。


 そもそも百合帝国とシュレジア公国が属国関係を締結した最大の理由は、去年の秋の初めに公国が『大雪』による被害を受けたことで、秋の半ばには実りを迎えるはずだった食料が悉く駄目になってしまい、支援を必要としていたからだ。

 ……まあ、その『大雪』自体を引き起こしたのが、他ならぬ百合帝国だったりするわけだけれど。

 属国関係を結べば、宗主国が従属国を支援するのは当然のことだ。食料に余剰のあった百合帝国がシュレジア公国を円滑に支援するために、一時的に締結しただけの関係とも言えるだろう。


 ―――そして暦は今日、その翌年の『秋』に入った。

 去年とは異なり、今秋の収穫は通常通りの量を見込むことができるだろうから、今後のシュレジア公国は独力だけで自国民の食料需要を賄うことができる筈だ。

 百合帝国の食糧支援が必要無くなった以上、属国関係をこれ以上続ける必要は、もはや無くなったと考えても良いだろう。


 だから、シュレジア公国の側が属国関係の終了を打診してくる―――のであれば当然理解もできるのだけれど。

 なのにカダイン公が要求したのは『属国関係のより長い継続』と来たものだ。


(……全てはヘラとセラの目論見通りに進展しているわね)


 思わずユリは苦笑してしまう。

 百合帝国が従属国に与える『恩恵』の虜にして、シュレジア公国から独立の意志を喪失させる。―――これは昨年の冬に『白百合(エスティア)』隊長のヘラと『睡蓮(すいれん)』隊長のセラが画策したことだ。


 百合帝国はこれまでに、シュレジア公国へ過剰とも思えるレベルの支援を行ってきた。

 結界を展開したことで、いまや公国の都市は一年を通して快適な気温に保たれ、魔物が都市内に侵入することも皆無となった。定期的に【浄化】の魔法で都市中を清めてもいるため、都市の中に排泄物の悪臭が蔓延することもない。

 『転移門』を設置したことで公国の民がユリシスやユリーカの都市をいつでも訪問できるようになり、食事を始めとした百合帝国の文化を楽しめるようになった。また誰でも『迷宮地』を利用してお金を稼ぐことができるようになったため、公国に一定割合存在していた貧民の姿が、いつしか殆ど見られなくなっていた。

 それなりの額のお金を払えば、ユリシス北部の『観光区画(リゾートエリア)』を利用して、安全が確保された綺麗な湖で心ゆくまで泳ぎを楽しむこともできる。

 またお金を払わずとも『放送』を視聴することで、毎日24時間いつでも娯楽を得ることができる生活が当たり前になった。


 これらの恩恵は百合帝国の属国になったことで得られたものだ。

 だから百合帝国との関係が終了すれば、直ちにその全てが失われることになる。

 属国となったことで手にした安全と快適、収入と娯楽。その全てがいとも簡単に没収され得るという事実は、今の公国民からすると恐怖ですらあるだろう。


 餌を与えられることに慣れた動物が、最早野性の中で生きられなくなるように。多くのものを与えられることに慣れてしまったシュレジア公国の民が、元々自国にあったものだけで満足できることはもう有り得ない。

 一度甘い毒に溺れてしまえばもう、独立の気概など持てる筈も無かった。


 セラとヘラの2人が『最終的な目標』として考えているのは、おそらく軍事力に依らない『シュレジア公国の併合』だろう。

 合意による一時的な従属関係だけで満足できなくなれば、やがて公国の民は自ら無期限の従属関係を求めるようになる。そこから更に進めば、いずれは公国自体が『百合帝国の一部』として編入されることさえ望むようになるだろう。

 彼女達は2人共、性向が『極善』だから。軍事力を行使しない『極善』なりのやり方で、百合帝国の国土を増やそうと画策しているわけだ。


 力に依らない併合を成すためには、おそらくかなりの時間が掛かる。

 昨年の冬の時点で、ユリは少なくとも2年間は『国土の更なる拡張を望まない』という旨を、既に皆に対して宣言しているわけだけれど。シュレジア公国を併合する場合、それを遙かに超える時間を要することは間違いない。

 それは逆に言えば、ユリの意志に反する危険も無いわけだから。この気の長いやり方が、セラやヘラからすれば却って好都合でさえあるわけだ。


(何とも、頼もしいことね)


 ユリとしては、シュレジア公国との関係が『属国』でも『同盟国』でも、あるいは『併合』によって自国の一部に組み込まれるのでも、何でも構わないけれど。

 とはいえ、愛する子達が自分の為に行動し、シュレジア公国という『贈答品』を用意してくれていることには、純粋な喜びも覚える。

 彼女達の目論見が成就した暁には、笑顔で受け取ってあげるべきだろう。


(にしても―――ヴォルミシア帝国がシュレジア公国に対して、何の干渉もして来ないというのが、ちょっと不気味ではあるわね)


 ルベッタやアドス、ソフィアといった知能派の面々は、揃って『シュレジア公国が属国になったと知れば、公国が弱体化したと判断してヴォルミシア帝国は必ずや何らかの干渉を始めるだろう』と推測していたのだけれど。結果だけを見れば、その予想は全く外れたことになる。

 まあ、予想に100%は無いだろうから、外れること自体は別におかしくも無いのだけれど。とはいえ―――まさか本当に、何ひとつ干渉して来ないとは。


(……もしかしたら、我々の強さをヴォルミシア帝国が正しく把握している?)


 直接国境を接していない以上、百合帝国の情報がヴォルミシア帝国にまで漏れるとは少々考えづらいのだけれど。とはいえ―――もしそうなら、シュレジア公国が百合帝国の庇護下にある以上、手を出してこないのも当然ではある。

 別に何もしてこないのであれば、それでも構わないのだけれど。折角温存している【星堕とし(メテオ・ストライク)】が無駄になることだけは、ちょっぴり残念だった。




 

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お読み下さりありがとうございました。

誤字報告機能での指摘も、いつも本当にありがとうございます。

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[良い点] 更新乙い [一言] もったいないから、取り敢えず星おっことしてこよう
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