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百合帝国  作者: 旅籠文楽
1章 -

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152. その女神は豊満であった

 


     [5]



 ―――夏も終わりゆく『夏月38日』の夜。

 つい10分ほど前に今夜の分の『放送』を終えたユリは、そのあとすぐに転移魔法を行使して、建造中の『神域都市』へと移動していた。


 目的は、3日前に『桔梗』の子達が完成させてくれた露天風呂を利用する為だ。

 今までの湯殿は仮設の建物内に作られたものだったのだけれど、やはりユリとしては『温泉』に入るなら、屋外の露天風呂で空を眺めながら入りたいという欲求が強い。

 だから露天風呂が完成して以降は、ユリは毎晩のようにここへ来て、温泉を堪能して帰ることが日課となっていた。


 この3日間は、露天風呂を建造した『桔梗』の子達を始めとして、色々な子達と一緒に湯を楽しんできたのだけれど。今日は何となく、一人でゆっくりと湯を堪能したい気分だったので、ユリは誰も誘わずにここへ来ていた。

 賑やかに楽しむ温泉も良いけれど、湯が身体の芯にまで溶け入ってくる感覚を、静かに堪能する温泉もまた良い物だと思う。


(―――星空が、とてもよく見えるわね)


 その眺望のあまりの美しさに、思わず見入ってしまいそうだ。

 『桔梗』の子達は皆、19時過ぎには『転移門』を利用してユリタニアへ帰ってしまうので、この時間の『神域都市』に居るのはお迎えした神様ぐらいのものだ。


 居住者がまだ少ない都市は暗いけれど、地上が暗い分だけ星空は鮮明に見える。今後『神域都市』が完成し、人口が増えれば地上が明るくなってくるだろうから。湯に浸かりながら、こんなに綺麗な星空が眺められるのは今だけかもしれない。


(当たり前だけれど、私の知る星空とは違うわね)


 夜の帳の中に、星は沢山浮かんでいるけれど。そこには、都会の夜空でさえ割と普通に見つけることができる、夏の大三角―――『はくちょう座』も『わし座』も『こと座』も、いずれも見つけることはできなかった。


 異世界の夜空は、日本で見たものより綺麗に見えるけれど。

 この世界のことを何も知らない自分を、改めて思い知らされるような気がして。眺めていると何だか少しだけ淋しくて、悲しい気持ちになった。




「―――あらぁ、ユリ陛下ですかあ?」


 空に見入っていたユリの心を、不意に掛けられた言葉が現実へと引き戻す。

 慌てて声がした側を見てみると、ユリよりも身長が高そうな大人の女性が1人、不思議そうな顔でユリの姿を眺めながら湯船の傍に立っていた。


「オオゲツヒメも今から入浴?」


 現在『神域都市』に滞在している5柱の神々は全て、『アトロス・オンライン』のゲーム中に何度も見たので、その姿をユリは把握している。

 髪留めをしていないので、少しだけ普段とは雰囲気が違うけれど。いかにも女性の魅力を最大限に高めたかのような豊満な体つきを見れば、それがオオゲツヒメであることは一目瞭然だった。


「はいー。隣にご一緒しても?」

「もちろん大歓迎よ」


 手早く掛け湯だけを済ませてから、オオゲツヒメが湯の中へと身体を浸らせて、ユリのすぐ隣に腰を下ろした。

 オオゲツヒメの口から「ああー……」と漏れ出た声をすぐ近くで聞いてしまい、思わずユリは小さく噴き出してしまう。

 お湯の中に身を沈めた際に漏らす声というのは、大体誰でも同じものだ。


「温泉は良いですよねえ……。ほんと、温泉は良いです……」

「そうね」


 同じことを2回口にするオオゲツヒメに、ユリは小さく微笑みながら頷く。

 その魅力的な肢体を特等席から眺めながら(眼福)とユリは心の中で思った。


 豊満なオオゲツヒメの隣に居ると、自分の身体が女性的な魅力に欠けているという事実を、否応なく突き付けられるような気もする。

 ―――とはいえ別に殿方から愛されたいわけでも無いので、それ自体は全く構わなくはあるのだけれど。


「オオゲツヒメ」

「はぁい?」

「どうかしら、一献」

「まあ!」


 ユリが〈インベントリ〉から酒瓶を取り出すと、オオゲツヒメが嬉しそうに声のオクターブを1つ高めた。

 反応から察するに、どうやら酒はいけるほうらしい。


 〈インベントリ〉から小さめのグラスを2つ取り出し、片方をオオゲツヒメの手に持たせてそこに酒を注ぐ。

 ちなみに酒瓶は『竜胆』の子達が作成した『保冷』の魔導具なので、たとえ温泉の湯の中に瓶ごと沈めたとしても、中身は冷たいままを保つという優れものだ。


「ああー……。良いですねえ、幸せですー」

「『百合帝国(うち)』の子達が自作した酒なのだけれど、お気に召したかしら?」

「わあ、お手製でこの美味しさは凄いですよ~」


 嬉しそうに上体をぶんぶんと揺さぶりながら、そう答えるオオゲツヒメ。

 その胸部は豊満であった。


「都市用地の『神域化』のために大量消費してしまったせいで、米の在庫がだいぶ心許なくなっているのよ。是非ともオオゲツヒメにはご協力頂きたいわね」

「うふふ、わたしの得意分野ですからね。何とでもしてみせますよー?」

「頼もしいこと」


 種籾はもちろん充分な量を確保してあるのだけれど、生憎とこの世界では稲作が現在のところ一度も成功していない。

 理由は簡単で―――この世界の1年が『160日』しか無いせいだ。


 米に限った話でも無いけれど、作物の育成では『季節』が非常に重要となる。

 『アトロス・オンライン』のゲーム内世界である『リーンガルド』は、現実世界の日本と同じく1年が『365日』だった。

 ユリ達はゲーム内で様々な作物を栽培していたため、様々な種子を所持してはいるのだけれど。それらの種子はいずれも、1年が『365日』の季節変遷環境下に適合した種子であり、この世界の短い季節サイクルには対応できないのだ。


 一応【調温結界】を利用して適した気温環境を用意してあげれば、リーンガルドの植物がこちらの世界でも栽培可能なことは確認できているのだけれど。

 結界は『紅梅』の子達にしか用意できないものなので、それに完全依存するのはあまり望ましいものではない。できれば他の栽培法も確保したいというのが、ユリの正直な本音だった。


 オオゲツヒメは『五穀』と『養蚕』の神であるため、土地に宿すことで付近一帯での五穀の栽培や養蚕の効率を大幅に向上させることができる。

 また、この効果はオオゲツヒメをお迎えする際に『八咫鏡+8』という強力な神器を用いたことにより、更に大きく引き上げられている。

 なのでオオゲツヒメには彼女の権能を最大限に発揮して貰うことで『神域都市』の付近だけでも、『リーンガルド』の作物を普通に栽培できるように出来ないかという研究をして貰う手筈になっているのだ。


「どうせなら『普通に育つ』だけでなく、『より美味しく育つ』ぐらいの成果を目指したいところですよねー」

「そうね、美味しいお米というのは魅力的だわ」

「美味しいお米が出来れば、もっと美味しいお酒も出来るでしょうしー。お餅もお味噌もお醤油も、全部纏めて更に美味しくなっちゃいますしねー」


 味噌も醤油も『竜胆』のユーロになら問題無く作れてしまう。

 通常であれば異世界に転移したりすれば、味噌や醤油が手に入らなくて、日本の食事が恋しくなったりしそうなものだけれど。ユリは毎朝和食を食べているので、全くと言って良いほど食事に苦労した記憶が無かった。


「そういえば、次回は是非『豊宇気毘売(トヨウケビメ)』ちゃんも喚んで下さいねー」

「ああ、やっぱり彼女も居た方が良い?」

「はいー。私は作物を育てるばかりで、料理とかの方面はいまいちですからねー。トヨウケビメちゃんが居た方が、アマテラスちゃんも喜ぶでしょうし」

「なるほどね、覚えておくわ」


 オオゲツヒメが『作物の神』であるとするなら、トヨウケビメは『調理の神』のようなものなので、その役割は似ているけれど少しだけ異なる。


 『アトロス・オンライン』のゲーム中で『高天原の食事番』として知られていたトヨウケビメを勧請すれば、『百合帝国の食事番』を務めてくれているユーロにも色々と学べる点があるかもしれない。

 百合帝国の食事がより美味しくなる可能性が少しでも期待できる以上、ユリとしても早めに喚ぶことに否やがあろう筈も無かった。




 

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