151. アマテラス(後)
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「こちらの建物は自由に使ってくれて構わないわ」
「まあ……。よろしいのですか? 大変に立派な建物ですが……」
「もともと神様の住居用として建てたものだからね。家族が一緒に暮らせる大きさはあると思うけれど、別に個人が住む邸宅として使っても構わないわ」
ユリ達は御神体を安置している正宮から移動し、そのすぐ近くに建てられている神様用の住宅地区へと移動していた。
そこにある住宅の中から、もう内装まで終わっていると『桔梗』の子達から報告を受けている1軒へと案内し、アマテラスの自宅として譲渡することにしたのだ。
「ありがとうございます。何から何まで、ご配慮に痛み入るばかりで……」
「―――だ、だから頭を下げるのは止めて下さい!!」
板の間で唐突に叩頭しようとしたアマテラスを、慌ててユリは制止する。
女帝という立場をもうそれなりに長い間やっているけれど、まだまだ心の中には日本人の庶民としての感覚も残っているわけで。そんなユリにとって神様から平伏されるという状況は、あまりにも心臓に悪過ぎる。
「私からすれば、主様に頭を下げるのは当然のことなのですが……」
「え、それは何故……? 御神体に逸品の神器を用いたのは、こちらとしても企図するものがあってのことだから、感謝には及ばないわよ?」
アマテラスから頭を下げられる理由が判らず、ユリは首を傾げてしまう。
「ああ―――それも確かに感謝しております。まさか私のような者に、このような優れた神体を用意頂けるとは思ってもおりませんでした。私がこんなに高いレベルの個体として顕現できたのは間違いなくそのお陰でしょうから、主様にはどんなに感謝してもしきれない思いで一杯です。
ですが、私が主様に忠誠を誓い、頭を下げるのを当然と考える理由は、それとは全く関係がありません。私はホタルの身体に憑依して以降の、10年分以上に渡る記憶を明確に有しておりますから。私の中に於いて自身が『主様の臣下』であるという認識は、既に当然のものになっているのです」
「ふむ……。つまりホタルに憑依している間に、ホタルが私に持っている忠誠心がアマテラスにも感染ってしまったということかしら?」
「概ねそのように考えて頂いてよろしいかと存じます。……もしかすると主様は、神体に格の高い逸品を用いたことで、私という個体が想定以上に高いレベルで顕現してしまったが為に、御せるかどうか懸念されておられるかもしれませんが。
私としては全て主様の望みの儘に、頂いた力を使わせて頂くつもりでおります。主様からご命令を頂けましたらそれを遵守いたしますし、死ねと命ぜられれば喜んでこの命をお返ししましょう。天宇受賣命のように裸で淫らに舞えと望まれれば、群衆の前でそれを行うことにも躊躇はありません」
「そ、そうなの?」
思わずユリは、心の中で一歩後ずさる。
まさか初対面のこの瞬間に、相手から『私の忠誠度はMAXです』と申告されるとは、思ってもみなかった。
「はい。おそらく主様は高天原の時と同じように、私にこの都市に喚ぶ神霊の統括役を担わせる心算かと推察致しますが、もちろん私としましても否はありません。
主様に反抗的な態度を取る神霊は、頂戴しました力を用いて全てねじ伏せますので、未来永劫に渡ってこの都市が従順なものであることはお約束致します」
そう告げて、アマテラスはにこりと微笑んでみせた。
意外に武闘派な神様なのだな―――と。ユリは改めてそんなことを思う。
何にしても、この『神域都市』が百合帝国の麾下に甘んじてくれるというのであれば、それはとても有難い話だった。
「……ありがとう、アマテラス。初対面なのに忠誠を捧げられるというのは、少し変な気分にもなるけれど。貴女の心そのものは、とても有難く思うわ」
「こちらこそ、ご理解頂けましたなら嬉しく存じます」
今度は立ったまま、アマテラスは深々と頭を下げて見せた。
どうやらユリが嫌がるので、叩頭ではなく立礼に切り替えてくれたらしい。
「でも私は、別に無償での忠誠を求めようとは思っていないわ。だから私の臣下として忠誠を尽くしてくれるというのなら、相応の対価を求めてくれて構わないのだけれど―――何か欲しい物などは無いのかしら?」
「欲しい物……で御座いますか? それは物品でなくとも宜しいのでしょうか?」
「ええ、私に用意できるものであれば構わないけれど」
「それでしたら是非、再び主様からのご寵愛を賜りたく存じます」
少し恥ずかしそうに頬を染めながら、アマテラスがそう告げた。
再び、という言葉の意味が一瞬ユリには判らなかったのだけれど―――。
「ああ、そうか。―――あなたはホタルの記憶を持っているのよね」
「はい。ユリ様に愛して頂きました一夜のことも、鮮明に覚えております」
ホタルは既に一度、ユリの『寵愛当番』を務めたことがある。
だからアマテラスは、ユリがホタルを愛した一夜の記憶も持っているわけだ。
「……私は愛する子達に、結構乱暴にしてしまうところがあるから。その時の記憶を持っているアマテラスに、嫌われていないか心配になるわね」
「嫌うなど、断じて有り得ぬことです。主様の指先が与えて下さる快楽の酩酊に、身体と心を完膚無きまでに支配され続けたあの一夜の記憶があればこそ、より厚い忠誠を誓えるというものですから」
「そ、そう……?」
なぜかユリに愛された経験のある子達は、誰もが口を揃えて『乱暴にされるのが良かった』とか『一方的に蹂躙されるのが良かった』といった旨を口にするのだけれど……。そうした感想を聞かされる度に、ユリとしては困惑するばかりだ。
まあ、喜んで貰えたこと自体は、もちろんユリも嬉しいのだけれど。
「そんなことで対価になるのであれば、それは全然構わないけれど」
「ありがとうございます。いつか充分な働きをお認め頂けました折にでも、主様からその報酬を頂けるのであれば、喜んでどのような仕事でもさせて頂きます。
ああ―――それと追加の我侭を申し上げてしまうようで、大変恐縮なのですが。よろしければ是非とも『神産巣日神』と『下照姫命』の2柱にも神体を下賜して、顕現させてあげては頂けませんでしょうか。彼女達もまた憑依していた間の記憶を持っていますから、間違いなく私と同じように主様のために尽くしたいと思っている筈ですので」
「なるほど、承知したわ」
忠誠を誓ってくれると判っていれば、相手を顕現させるのに躊躇はない。
アマテラスと同じ神器を用いて、強力な神霊として顕現させるのも良さそうだ。味方だと判っている相手なら、より強い個体である方が望ましいというものだ。
「ああ、それと。もしいつかの日にご寵愛を賜れます場合には、私とカミムスヒとシタテルヒメだけでなく、ホタルも一緒に愛して下さいませ。でなければ、ホタルの身体にまだ憑依している方のアマテラスに、恨まれてしまいますから」
「自分に恨まれるというのも奇妙な話ね……。ええ、判ったわ」
アマテラスの言葉を、ユリは即座に承諾する。
ユリからすれば、同性の子達と関係を持つのは嬉しいことでしか無いので。対価を相手に与えるというより、自分が報酬を貰う感覚になってしまいそうだけれど。
「ちなみに誰か他に、早めに喚んだほうが良い相手は居るかしら?」
ユリがそう問いかけると、アマテラスは唇の下に指を宛がいながら、少し思案してみせた。
「そうですね……。『太陽の神』である私の威光は、日中には最大の効果を発揮しますが、夜には少し衰えてしまいますから。そういう意味では、弟は早めに喚んで頂いた方が効率が良いかもしれません」
「弟……。なるほど、月読命のことね」
「はい」
アマテラスの弟神であるツクヨミは『月の神』なので、夜に最も力を発揮する。
だからアマテラスとツクヨミの2柱が揃うことで、より隙が無くなるわけだ。
「判ったわ、ツクヨミは早めにお迎えすることにしましょう。でも、アマテラスのもう片方の『弟』に関しては、この都市が安定するまで呼ぶつもりは無いわよ?」
「ふふ、それは当然のことかと存じます」
くすりと小さく微笑みながら、アマテラスは頷いてみせた。
アマテラスのもう1柱の弟神である須佐之男命は、『アトロス・オンライン』のゲーム内ではかなり粗暴な性格の持ち主であったため、呼べば様々なトラブルを引き起こすことは目に見えている。
もちろん『レベル2520』のアマテラスに管理して貰えば、スサノオを静かに黙らせるぐらいは容易いことだろうけれど。手間が増えるのには変わりないので、喚ぶのは八百万の神々の中でも最後の方で良い筈だ。
「他には、主様がこの『神域都市』でどのような産業を育まれたいのかに応じて、それに適応した神を早めに1柱は喚んで頂きたい所でしょうか」
「なるほどね。現時点では農業と養蚕をこの都市の中心産業にしたいと考えているから、喚ぶのは『大宜都比売』で構わないかしら?」
「はい。最良の判断かと存じます」
そう告げて、アマテラスは深々と頭を下げる。
とりあえず今日のうちにカミムスヒとシタテルヒメ、ツクヨミとオオゲツヒメの4柱の神々ぐらいは、お迎えしておくのが手っ取り早そうだ。
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