144. アルヴで食事を待つ間に
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『ロスティネ商会』が経営する高級レストラン『アルヴ』に到着したユリ達は、すぐに店舗4階の一番奥にある個室へと案内される。
百合帝国が利用する為に用意されている、専用の個室だ。この部屋にだけは防諜効果のある結界も展開されているため、中で話した内容が外に漏れることは無い。
「席は充分にあるから、護衛騎士の方々もどうぞ座って頂戴」
ユリはユベル王女に同伴する、7人の護衛騎士達にそう声を掛ける。
アルヴの個室に設置されている大型の円形テーブルには、同時に12人までが同時に食事を楽しめるようになっている。
ユリが同伴しているのは『撫子』隊長のパルティータだけなので、この場に居る10名全員が座るだけの余裕が充分にあった。
「で、ですが、我々は王女の護衛ですので……」
「百合帝国の国内に居る限り、王女の安全は私が保証する。よってあなた達がこの場に於いても、護衛の任を全うする必要は無いわ。―――無論、私の息が掛かった店での食事の安全など、到底信じられるものではないと。あなた達がそう思うのであれば、無理強いはしないけれど?」
そう告げて、ユリがニコリと笑うと。護衛騎士達の隊長を務めるヘネスが、何とも複雑そうな表情をしてみせた。
―――まあ、一種の脅しに近い言葉なのだから、無理もない反応だ。
「し、承知致しました。皆、ユリ陛下のご厚意に甘えるように」
「はっ!」
ヘネスの言葉を受けて、護衛騎士達が座席に着く。
ユベル王女が一瞬遅れて、ユリのすぐ隣の席に腰掛けた。
「何か好きな食べ物などはあるかしら?」
献立表を手にしながら、ユリはユベル王女にそう問いかける。
この世界では、ある程度以上の格を有する高級レストランともなれば、客が席に付いた時点で、勝手に店側から料理を出されるものらしいけれど。この『アルヴ』ではアラカルト方式となっており、客が自由に注文する料理を選ぶことができる。
庶民向けの料理店と同じ方式だが、ユリとしてはこの形式の方が好きだ。やはりその時に食べたい物を食べてこそ、食の幸せを謳歌できるというものだろう。
「そうですね……。病と無縁の身体になったことで、食欲は随分増したのですが。生憎とまだ、油が強いものと肉が多い料理は受け付けない所がありまして……。
その辺だけ避けて頂ければ、あとは何でも美味しく頂けると思います」
「……ふむ。私が選んでも構わないのかしら?」
「はい、陛下にお任せ致します」
この人数での食事であれば、大皿料理を幾つか持ってきて貰い、各自で取り分けながら食べる方が良いだろう。
そう思い、ユリは程なく個室へやってきた『アルヴ』の料理長に『異国の客人にユリタニアの食の豊かさを楽しんで頂ける大皿料理を10人分』と、それとは別に『茸のチーズリゾット』を1つ注文した。
リゾットは『おかゆ』などに較べると、それほど消化に良い料理というわけでも無いのだけれど。とはいえ一般的な料理に較べれば格段に食べやすい。
それに、栄養価を高く調整しやすいという点で利点がある。乳製品をふんだんに用いたリゾットなら、栄養価だけでなくカロリーもそれなりに高くなるので、病気明けの回復料理として適している筈だ。
ユリタニアには牛乳や乳製品はノトクの村から、茸はシリンの村で採れたものが速やかに届けられるため、材料がどれも新鮮であるというのも素晴らしい。
「料理が来るのを待っている間に、ユベル王女に少し真面目な話をしたいのだけれど、構わないかしら? また、この話は護衛騎士の皆様方にも聞いて頂きたいわ」
「はい、何でしょうか?」
「結構。先日、ユリシスの都市へ暗殺者が5名侵入する事態があったのだけれど」
「―――暗殺者!?」
ユリの言葉を受けて、ヘネスが驚きの声を上げた。
またユベル王女の他の護衛騎士達も、俄に騒がしくなる。
「ああ、ちなみに心配は要らないわ。私はとある魔法を用いることで、国内を常に監視している。暗殺者はユリシスの都市に侵入した10分後には問題無く捕縛できているから、現在はもう脅威となる者は国内に存在していないから」
「そう、ですか。それを聞いて安心致しました」
「……暗殺者はどこの国籍の者でしたか?」
安堵の息を吐くユベル王女とは対照的に、より詳細な情報を求めようとしてくるヘネス。
どうやら彼女は根が正直で、嘘を吐けない性分であるらしい。暗殺者に心当たりがある―――と、その顔にはっきりと書いてあるようにユリには思えた。
「暗殺者は『毒鎖』という名の地下組織の者達で、国籍はヴォルミシア帝国ね」
「帝国の……ですか。それならば、良いのですが」
「但し、その者達はユベル王女の暗殺を依頼されていた。依頼人はレイピア王国の第二王子に忠誠を誓う『オラン・ストルガ』という近衛騎士だそうよ」
「………!!」
「心当たりがありそうね、ヘネス?」
ユリがそう問いかけると、護衛騎士の隊長であるヘネスは、気まずそうに視線を逸らしてみせた。
「……忠誠を捧げる相手が異なるとはいえ同じ近衛騎士の立場ですから、ストルガ家の嫡男については存じております。ユリ陛下の仰る通り、当国のラザール王子に忠誠を誓う近衛騎士のひとりですね」
「ふむ……。ユベル王女の命を狙う心当たりは?」
「当国では女性にも王位の継承権があり、生まれの順に高くなります。嫡男であるレクマー王子が継承権の第一位、ユベル王女が第二位で、ラザール王子が第三位に当たります」
「なるほど、ユベル王女のほうが順位が高いわけね」
「はい」
ヘネスはそれ以上は何も口にしなかった。
どうやら彼女は王家にではなく、ユベル王女という個人に忠誠を捧げている騎士のようだけれど。それでも王家に属するラザール王子のことを悪し様に言うのは、騎士である彼女には躊躇われることなのだろう。
とはいえ―――そこまで聞けば、概ねの事情は察せようというものだ。
来るべき時にラザール第二王子が王位を継ぐためには、事前にレクマー第一王子とユベル王女の両名を排しておく必要がある。
けれど、継承権一位の王子を護る警護が手薄い筈も無い。だからラザール王子は現時点で護衛に7名の騎士しか伴っていない、ユベル王女の側から先に処理しようと考えたのだろう。
「……実は私に『東に湖都ユリシスという、病気の療養に向いた綺麗な都市があるから、暫く滞在すると良い』と提案してくれたのが、ラザールなのです」
「あら……? では、この方は善良な方なのかしら?」
「いいえ。どうやらラザールは『転移門』の存在自体を知らなかったようでして。だから私に百合帝国へ向かわせれば、道中の環境に耐えきれず死に至るだろうと、そう期待していたのだと思います」
「ああ、なるほどね……」
レイピア王国はニムン聖国よりも更に西にある国だ。
だから馬車で百合帝国まで向かう場合には、ニムン聖国の国土を西から東まで、真っ直ぐに横断しなければならない。
そうなれば当然、ニムン聖国は国土の半分以上が砂漠地帯なので、道中の大半は昼は酷暑・夜は極寒になる砂漠の環境下を進むことになる。
[強靱]の能力値が『0』という、病弱な身体を持つユベル王女にとって、絶対に耐えきれない道中であることは言うまでもない。『転移門』の存在を知らずに百合帝国へ向かうよう勧めるというのは、死出の旅路を勧めることに等しい。
「もちろん実際には、ニムン聖国の西端都市から一気にユリシスまで転移できましたので、砂漠を通る必要は全く無かったわけですが」
「後からユベル王女が無事に到着したことを知って、慌てて暗殺者を都合してきたわけね」
「おそらくは、その通りだと思われます」
「ユベル王女はラザール第二王子とは仲が悪いのかしら?」
「特に良くも悪くもありませんね。私は物心付いた時からベッドから離れられない生活をしていましたから、弟のラザールは私に全く関心が無かったようです。
ただ、ラザールはとにかく野心や向上心が強い性格をしています。王位を得るために必要だと思えば、姉の私を排することを躊躇いはしないでしょう」
「殺伐としているわねえ……」
淡々と告げるユベルの言葉に、思わずユリは複雑な表情になる。
そんなユリとは対照的に、ユベルは可笑しそうに笑ってみせた。
「ふ、ふふ……! それにしても、まさかユリシスの都市で『暗殺』を画策するだなんて。世の中には随分と面白い暗殺者の方々もいらっしゃるものですね」
そう告げてから、ユベルはくすくすと堪えきれない笑いを零してみせる。
ユリもまた、ユベルに釣られるように少しずつ笑いが込み上げてきた。
【救命結界】によって保護されているユリシスの都市の中では、絶対に死ぬことが出来ず、致死ダメージを負った者は即座に特定の位置で『救命』される。
暗殺行為が絶対に不可能な都市に侵入して、それで捕まるというのは―――。
確かにこうして笑われても仕方の無い程に、間抜けな暗殺者だと言えるだろう。
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