143. ユベル・レイピア(後)
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1週間が『8日』に設定されているこの世界には、当然『曜日』も存在する。
例えば各週の週末、つまり各月の8の倍数の日付は『癒』の曜日となっており、これは文字通り『治癒』を司る主神リュディナに因んだ曜日となる。
この世界には8柱の神様が存在するため、8つの曜日のそれぞれに主神に因んだ名称が与えられているわけだ。
少し恥ずかしく思えるので、あまり大きな声で言いたくは無いのだけれど……。ユリの場合は『愛』を司る主神であるらしいので、世間一般では『愛』の曜日という名称で知られている。
タイミングとしては各週の7日目がそれに当たり、つまり『癒』の曜日の前日がユリに因んだ『愛』の曜日ということになる。
およそ3週間前に迎えた『春月23日』は、ユリがリュディナから誘われてこの世界の主神の1柱に加わり、ちょうど1年が経過した日だったのだけれど。
ユリは1周年を迎えたこの日を機に、自身に因む『愛』の曜日を『君主面会日』として定め、国内外の民に向けて『放送』を通じて布告した。
この日に限っては誰でも『転移門』を利用して、百合帝国の首都である『神都ユリタニア』を訪問し、宮殿でユリへの面会を希望できるように制定したのだ。
面会希望者が多数の場合は抽選になるが、基本的に身分は問われない。
他国の貴族でも、商人でも、農民でも、あるいは準国民でも。『愛』の曜日に限れば、誰でも自由に面会を願い出て、直接ユリと話すことができるのだ。
この制度を利用する者には、圧倒的に商人が多い。
一応ルールとして『贈り物は禁止』しているのだけれど、それを知らずにか、あるいは承知の上でなのか、高級な贈り物を持参した上で面会を希望し、ユリに何かしらの便宜を図って貰おうと試みる商人がとにかく多い。
とはいえ、贈り物を差し出そうとした時点で『謁見の間』からつまみ出されることになるから。この手の輩の対応には、さして手間も時間も掛からないのが幸いと言えば幸いだろうか。
もちろん『贈り物をしない』というルールを遵守した上で、純粋に商談を持ちかけて来る商人もいる。そういう商人には国益も考慮した提案を持ちかけて来る者も多いため、ユリもちゃんと向き合って話をする。
時には市民がユリに何かを陳情する場として利用されることもあるし、あるいは単に毎日のように『放送』で姿を見かけるユリに、一度実際に会ってみたいという思いだけから、面会を希望してくる者も居る。
ユリとしては、それも構わないと思っている。無論、個々の面会希望者にあまり長い時間を割くわけにはいかないけれど。それでもユリに『会いたい』と思ってくれる人を、無下に扱いたいとは思わないからだ。
―――本日は『夏月7日』、『愛』の曜日。
いつも通りユリタニア宮殿の『謁見の間』にある玉座に腰掛けて、ユリは面会を希望する人達を1人ずつ室内に通し、話を聞いていく。
この日の面会希望者は全部で『11組』。
その最後の1組に―――先日会ったばかりの、ユベル王女の名があった。
彼女がユリタニアの都市へ来ていることには、当然ユリは【空間把握】の魔法があるので気付いていたけれど。改めて『謁見の間』の中へ、しっかりした足取りで入室してくるユベル王女の姿を見て、ユリは少し嬉しいものを感じた。
相変わらず、不健康な程に痩せ細った体つきの女性だけれど。そこには、先日のベッドから全く起きられなかった時のユベル王女から感じられた、病弱な女性特有のどこか悲愴とした雰囲気はもう見られない。
「先日はありがとうございました、ユリ陛下。病を癒して下さいましたばかりか、私の身体がもう病に蝕まれぬように、2つの指輪まで貸与して下さいましたこと。どんなに感謝しても足りない、大恩を頂いたものと理解しております」
謁見の間に入室したあと、即座に跪いた7名の護衛騎士の人達とは違い、ユベル王女は優雅にカーテシーをしてみせながら、立ったままユリにそう告げた。
彼女はレイピア王国の第一王女なので、おそらく他国の君主の前にあっても跪く必要が無いだけの立場にあるのだろう。
「よく来て下さいましたね、ユベル王女。治療や指輪に関しては、私が勝手にしたことなのだから礼は不要よ。この3日間は健康でいられたかしら?」
「はい、お陰様で……ユリ様からこれらの指輪を付けて頂きました翌日にはもう、今までの辛かった日々が嘘のように、すっかり健康な身体になれました。
ところで、この指輪ですが―――あれほどに病弱だった私を、即座に健康な体へ変えてしまう程の逸品です。相当な高級品かと思われますが、一体いつまでお借りしていても、よろしいものでしょうか?」
「一応、その指輪は2つともユベルに差し上げたつもりだったのだけれど……」
「い、頂いてしまっても良いのですか?」
ユリの言葉を受けて、ユベル王女は明らかに狼狽してみせる。
その様子を見ていると、正直心苦しくなるのだけれど。ユリは内心で溜息をひとつ吐いた後に、言葉を続けた。
「……ごめんなさいね。私としては一応、差し上げるつもりでユベルにその2つの指輪を渡したのだけれど……どうしても臣下の子達から指輪を回収するようにと、強く抗議されてしまってね」
ユリが『全状態異常無効』の指輪をユベル王女に渡したことは、その現場を見ていたセラを通じて『百合帝国』の全員が知る所となり、2日後には多くの子達から強く抗議されることになった。
何故なら―――他でもないユリが、『百合帝国』の中でも誰より『状態異常』を駆使して戦うことを得意としているからだ。
だから『全状態異常無効』の指輪を他者に渡すというのは、ユリを殺すために有用な武器を、敵とも味方とも判らぬ相手に譲渡してしまうのと同じ意味を持つ。
『神殺しの剣を人に与えるが如き愚行』とまで『紅薔薇』の子達から言われてしまうと、もうユリとしては何も言い返せなかった。
愛している子達から本気で叱られたことで、昨日ユリの心は大いに落ち込んだ。
「……大変申し訳ないのだけれど、ユベルに渡した指輪のうち、片方だけは返して貰っても構わないかしら? もう片方の指輪はもちろん差し上げるし、そちらの指輪だけでもユベルの健康を維持するのに充分な効果を発揮する筈だから」
「あ、はい。もちろんです。どちらをお返ししましょうか?」
「左手のものをお願いするわ。―――パルティータ」
「はい」
玉座に座るユリのすぐ隣に控えていた、『撫子』隊長のパルティータが、段を下りてユベル王女の傍へと歩み寄り、彼女から指輪を回収する。
それをパルティータが玉座まで届けて、ユリが確かに受け取った。
「ありがとう、ユベル王女。勝手なことを言ってしまって、ごめんなさいね」
「いえ、とんでもありません。私からすれば、もう片方の指輪を頂けるというだけでも、深く感謝を申し上げなければなりません。本当にありがとうございます」
「―――パルティータ、本日の面会は彼女で最後よね?」
「はい、そうなっております」
「ではユベル王女、よろしければこの後に一緒に食事などいかがかしら? 夜にはいつもの『放送』もしなければならないから、こちら側の都合で少し早めの夕餉になってしまうけれど」
時刻はまだ17時半頃なので夕飯には少し早いのだけれど、少し早めに済ませておかないと、毎晩20時から行っている『放送』に支障が出てしまう。
「あ……。はい、私でよろしければ是非に」
「パルティータ。アルヴの店主にこれから向かうと伝えておいて頂戴」
「はい、ご主人様。直ちに」
ユリの命を受けて、即座にパルティータが退室した。
『アルヴ』というのは『ロスティネ商会』が経営する、ユリタニアの都市中央部にある高級レストランの名前だ。
店で提供される料理の幾つかを、異世界の料理知識を持つユリや、『百合帝国』の料理番であるユーロが監修しているため、美味しくて珍しい食事が楽しめる高級レストランとして、ユリタニアの市民にはよく知られている。
一方でその対価として『アルヴ』の店にある個室の1つは、国で自由に利用できるように常に空席にして貰っている。だから今回のように、急な客人を持て成す場として利用するのには向いているわけだ。
玉座から立ち、段を降りてユベル王女のすぐ傍にまで歩み寄ったユリは、そっと彼女のほうへと右手を差し出した。
「では行きましょうか」
「は、はい」
ユリが差し出した右手を、ユベル王女がそっと取る。
痩せ細った少女の手を優しく導きながら、レストランまでの短いデートをユリは堪能したのだった。
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