142. ユベル・レイピア(中)
近衛騎士のヘネスに案内されて、奥にある寝室のほうへと移動すると。果たしてユリは、すぐに目的の女性と会うことができた。
ベッドの上に上体だけを起こした格好で、ユリのことを出迎えたひとりの少女。
何と言うか―――それは『病弱』という言葉を具現化したかのように、いかにも弱々しい身体をした女性だった。
華奢と言い表すよりもなお、明らかに不健康過ぎる痩せぎすの身体は、見ている者が思わず不安を覚えてしまう程だ。
歳の頃は、ユリの感覚からすると16~17歳ぐらいに見えるけれど。頭部の側面から、いかにもエルフらしい特徴的な尖った耳が飛び出ている辺り、その印象はおそらく何の参考にもならないだろう。
「ああ……本当に『放送』で拝見した姿と、全く同じなのですね」
ゴホッゴホッと、2度ほど咳をした後に。
病弱な少女は嬉しそうに微笑んで、ユリに向かって小さく頭を下げてみせた。
「ユベル・レイピアと申します。ユリ陛下にお会い出来ますこと、大変光栄に存じますが……。このような格好での応対にて、大変申し訳ありません」
「気にすることは無いわ。急に訪問したのはこちら側なのだし。―――セラ」
「はい」
セラに命じて、ユリは早速ユベルの風邪を治療させる。
ユリシスの都市には、魔物の侵入を防ぐための【障壁結界】と、都市内の気温を一定に保ち続ける【調温結界】の2つは張られているのだけれど。一方で、都市を清浄な状態に保ち続ける【浄化結界】は展開されていない。
何故【浄化結界】が張られていないのかというと、ユリシスの都市では建造時に地下に下水道を敷設しており、また都市内に用意した各家屋にも、最初からトイレが完備されている。
この都市からは悪臭が生じることが無いので、必要が無かったのだ。
とはいえ、もし【浄化結界】が張られていたならば。病を引き起こすウィルスが空気中などに存在できなくなるため、ユベルが風邪を引くことは無かった筈だ。
それを思うと―――。
(今からでも、結界を張るべきなのかしら……?)
ユリは静かに頭の中で、そんなことを思案する。
【浄化結界】は展開に相応のコストが掛かる結界だけれど、使役獣から素材が容易に調達できるようになった今では、さして重い負担ではない。
「ありがとうございます、お陰様で随分と楽になりました」
セラから治療魔法を受けて、ようやく咳が止まったユベルが、笑顔でそう感謝の言葉を告げた。
「それは良かったわ。……でも、咳が出るぐらい症状が明瞭なのであれば、もっと早めに神殿で治療を受けた方が良いと思うわよ?」
「その……情けない話で恐縮なのですが。私は生まれつき身体が弱く、毎日のように何かしらの病を患っているのです。ですので、神殿の司祭様から治療をして頂いた場合でも、また翌日には同じ病や別の病を患ってしまうもので……」
「……そうなの? それは大変ね……」
確かにそういう難病は、現代でもあったように思えるが。
ユリは詳細を知るために〈鑑定〉を用いてユベルのことを視てみた。
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ユベル・レイピア
エルフ/119歳・女性/性向:善
〔星術師〕- Lv.1
生命力: 2 / 2
魔力: 34 / 34
[筋力] 2
[強靱] 0
[敏捷] 3
[知恵] 16
[魅力] 18
[加護] 20
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(―――これは酷い)
そんな感想を、ユリは一目見ただけで抱いてしまった。
先天性の筋疾患―――のようなものだろうか。ユベルの身体能力値は異常な程に低く、特に[強靱]の数値は『0』になってしまっているようだ。
原則として『疾病』の類は、抵抗力が[強靱]の能力値に依存している。
なので[強靱]が『0』のユベルは、風邪を始めとしたあらゆる病に対して、大変無防備な身体だと言って良いだろう。
ちなみに、ユリもまた身に付けている装備品の効果で[強靱]の数値が『0』に減少しているため、実は風邪などに対して全く無抵抗な身体だったりする。
但し、状態異常や弱体化などは、[加護]の能力値が高いほど自然回復に要する時間が短縮される。『疾病』も状態異常の一種であるため、極めて高い[加護]の能力値を有するユリの場合だと、コンマ1秒も経たないうちに快癒してしまうので、最早何の意味も為さないのだ。
(……さて、どうしたものかな)
今日は暗殺者の件に関する話が聞きたくてユベルの元を訪ねただけなので、別に彼女が酷い『病弱』に悩まされていようと、それに触れる必要は無いと言えば無いのだけれど。
とはいえ―――ユリは本質的に女性が好きなのだ。
ましてや彼女のように『生まれつきの体質』で理不尽な苦労を背負っている女性ともなれば、知ってしまった以上ユリには看過できるものではない。
解決法は幾つか思いつくけれど―――。やはり、最も安易な解決法はユリシスの都市に【浄化結界】を展開することだろう。
ウィルスが即座に死滅する環境にしてしまえば、大抵の病は無効化できる。この都市の中で暮らす分には、ベッドを離れて自由に行動できるようになるだろう。
但しこの場合は、ユベルの身体が脆弱なこと自体は何も変わらないので、例えば怪我などに対しては無防備なままだ。『生命力』がたったの『2』しか無いことも考えると、幾らこの都市の中では『絶対に死なない』とはいえ、病気を無効化するだけで健全な暮らしが可能になるのか―――というと疑問が残る気がする。
何より、彼女ひとりのために結界を張るというのは、些か大掛かりだ。
それよりは、装備品の類で解決する方がスマートだろうか。
「……ユベル。手を出して頂戴」
「は、はい。これで宜しいでしょうか……?」
おそるおそるといった調子でユベルが両手を前に差し出してくれたので、彼女の右手の薬指に『身体能力向上(特大)』の付与が掛かった指輪を嵌め、左手の薬指には『全状態異常無効』の特殊能力を持つ指輪を嵌めた。
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ユベル・レイピア
エルフ/119歳・女性/性向:善
〔星術師〕- Lv.1
生命力: 2002 / 2002
魔力: 34 / 34
[筋力] 2
[強靱] 1000 (0 + 1000)
[敏捷] 3
[知恵] 16
[魅力] 18
[加護] 20
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……随分と歪なステータスになってしまったけれど。とりあえずこれで、彼女の身体は『病弱』では無くなる筈だし、『全状態異常無効』の指輪を身に付けている限り、絶対に『疾病』に身体を冒されるということも無いだろう。
ユベルに2つの指輪を嵌めた後に、ユリは彼女の頭にぽんぽんと優しく触れる。
「また1週間後に会いに来るわ。それまでには、すっかり良くなるでしょう」
「よ、良くなる……ですか?」
「ええ。ユベルがその2つの指輪をずっと身に付けている限り、もう病があなたの身体を蝕むことは無い。ちゃんと健康なままでいられるわよ」
但し、寝たきりの生活で体力自体は落ちているだろうから、今日このまま暗殺者の件などについて色々話を聞くより、少し時間を空けてからのほうが良いだろう。
おそらく1週間も経てば、すっかり健全な身体を取り戻せる筈だ。
「邪魔をしたわね。―――セラ、行くわよ」
「はい、ユリ様。それでは失礼させて頂きます」
ユベルと護衛騎士の人達に向けて、ぺこりと頭を下げるセラを伴って、ユリはホテルの外へと出る。
装備品で何とかする、というのは根本的な解決にはならない。
1週間後にちゃんと健康体になれているなら、その時にはユベルに『職業』を取得して[強靱]の能力値を高めたり、『迷宮地』でのレベル上げを提案してみるというのも良いだろう。
「……ユリ様。あの指輪、貴重なものですよね? 宜しかったのですか?」
ホテルの『昇降機』で1階へと降りる際に、セラがそう問いかけた。
それは咎めるような口調ではないが、やや心配が籠められた声のように聞こえる。
「まあ、必要な人の手にあるのが一番でしょうからね」
ユリはその問いに、落ち着いた口調でそう回答した。
『身体能力向上(特大)』の指輪は『竜胆』が作成できるアイテムなので、備蓄も沢山あるのだけれど。一方で『全状態異常無効』の指輪は、『アトロス・オンライン』のゲーム内に実装されていたガチャ景品の中でも『S級景品』に位置する、最もレアリティの高いアイテムのひとつだった。
百合帝国で所持している数も、全部でたったの『5個』しかない。
それほど貴重なアイテムを初対面の相手に譲渡してしまうというのは―――性向が『極善』のセラから見ても、些かやり過ぎの行為に映るのだろう。
……まあ、あげてしまったものは仕方がないのだ。
今更『返して』って言うのも、それはそれで違う気がするし。
(私って―――ユベルみたいな『病弱』系のキャラに弱いのよねえ)
無駄に大盤振る舞いしてしまったのは、結局その理由に尽きた。
ユリは個人的に、ユベルに出来る限りの支援をしてあげたいと思ってしまった。
だから躊躇せず、高価値なアイテムも渡してしまった。
だから―――うん、仕方がないのだと思う。
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