140. レイピア王国の姫君
[2]
「……暗殺者?」
鉱山都市ユリーカと坑道迷宮地が稼働を開始して、3日が経った『夏月4日』の午前中。
例によって今日の分の執務仕事や報告書を片付けていたユリは、執務室を訪ねてきた『黒百合』隊長のカシアから「暗殺者の件」だと話を切り出されて、一瞬だけ何のことか判らなかった。
「ああ―――そういえば先月、そんな連中を捕まえたこともあったかしら」
「むう……私達に『調教』を任せておきながら、まさかユリは忘れていたのぉ?」
まだ2週間と経っていないことなので、少し努力すれば思い出すことはできたものの。ユリがすっかり失念していたことを知り、カシアは不満そうに口先を尖らせてみせる。
「ごめんなさいね。特に記憶に残るような相手でも無かったから」
「それはそうでしょう、けれどぉ……」
ユリシスの都市をヴォルミシア帝国籍の『暗殺者』集団が訪れたのは……確か、先月の30日とかその辺だっただろうか。
あまりに印象に残らない相手だったものだから少し記憶が曖昧だけれど。多分、それほど間違ってはいないと思う。ちなみにヴォルミシア帝国籍の者とは言っても『国軍』に属する暗殺者では無かった筈だ。
公国のどこかの都市の『探索者ギルド支部』で登録し、そこから『転移門』を利用して、百合帝国はユリシスの都市へと訪れてきた5名の暗殺者集団。
彼らは転移してきた時点でユリシスの都市に展開している【空間把握】の魔法によって素性が露見し、ユリの元に『犯罪歴を有する者が都市に侵入してきた』という事実が通知された。
即座にユリは『百合帝国』の子達に捕縛を命じて―――その結果、10分と掛からないうちに5名の暗殺者達はあっさり全員が捕縛されたのだった。
―――これでは、印象に残らないのも詮無いことだろう。
ちなみに暗殺者集団は男性が2人に女性が3人だったので、男性は『黒百合』の子達の養分に変えて、女性達はユリタニアに連行して都市地下に収監。
『黒百合』の子達の手により調教を施すことで、彼女達が持つ情報を丸裸にするつもりでいた。
「それで、何か進展があったということかしら?」
「ええ。ようやく全て吐いたわよぉ?」
「よくやってくれたわね。―――いらっしゃい?」
ユリが自分の膝をぽんぽんと叩いてみせると。
その意図を察したのか、カシアの頬に紅が差した。
「……は、はい」
椅子に腰掛けたまま、ユリが膝の上にカシアを座らせると。先程までの調子の良い口振りや振る舞いが消えて、借りてきた猫のようにカシアは大人しくなった。
カシアは―――というか『黒百合』の子達の大半は、主のユリを『ユリ』と呼び捨てにするなど、普段から礼儀知らずで挑発的な言動を好む所があるけれど。その実、誰よりも甘えたがりで、支配されたがりであることをユリは知っている。
「よくできました」
「はぅ……」
膝の上に乗せたカシアの頭を優しく撫ぜると、嬉しそうに彼女は目を細めた。
その顔があまりに可愛らしいものだから。ついうっかり、スカートの裾の内側に指を伸ばしたくなってしまうけれど―――流石に今は自重すべきだろう。
……まあ、やったらやったで、カシアは単純に喜ぶだろうけれど。
「それで、暗殺者共はどこの連中だったのかしら?」
「はい。ヴォルミシア帝国に拠点を置き、国内や近隣国で活動していた『毒鎖』という民間の地下組織のようですね。暗殺や誘拐、工作などの仕事を貴族や富豪から受注している組織で、所属者は全部で28名。ですので百合帝国で捕縛したのは、組織全体の2割程度に過ぎません」
「ふむ……。あなた達から『調教』を受けて尚、情報を聞き出すのに10日以上も掛かったということは……」
「ご明察通り、なかなかの手練れのようです。レベル自体は『40』を多少上回る程度でしかありませんが、工作員として充分経験を積んでいる点が評価できます。このまま『調教』を1ヶ月ほど継続しまして完全に屈服させ、お姉さまが便利に使える手駒になさるのがよろしいかと」
『黒百合』の子は『従順モード』に入ると、ユリのことを『お姉さま』と呼ぶ。
どうやらカシアは既にそのモードに入っているらしい。猫を可愛がるときのように顎や首の下をくすぐってあげると、蕩けるようにカシアの表情が緩んだ。
「有用な人材なら欲しいわね。残りの8割についても確保できる?」
「お姉さまのご命令とあらば、すぐにでも実行を―――と申し上げたい所ですが。これに関しては『黒百合』よりも『撫子』に任せる方が賢明かと」
「まあ、そうなるわよね」
『百合帝国』で諜報や工作活動を最も得意とするのは『撫子』の子達だ。
ヴォルミシア帝国の中に侵入し、そこに根を張る民間の地下組織を丸ごと捕えて来いという命令自体は『黒百合』の子達にも問題無く遂行可能だろうけれど。それを全て『秘密裏』に行わせるなら、やはり『撫子』に依頼すべき案件だ。
「判ったわ。では『撫子』隊長のパルティータに話を通しておくから、組織に関するより詳しい情報も聞きだした上で、提供してあげて頂戴」
「はい、お姉さま」
「良い子ね」
そう告げてからユリは、カシアの額にそっと自身の唇を触れさせる。
すぐにカシアから『唇にも』と無言で催促されたものだから。小さく笑みながらユリは彼女の希望通り、そちらにも唇を這わせた。
「ところで、暗殺者達がユリシスに侵入した目的は何かしら?」
「あ―――そうでした、まずそこをお話しすべきでしたね。お姉さまは現在ユリシス北部の『観光区画』に、レイピア王国の王女が滞在している事実についてはご存じでしょうか」
「ユベル王女のことよね。監視しているから、一応把握してはいるわ」
都市全体を【空間把握】の魔法で監視しているため、ある程度の貴人がユリシスの都市を訪れれば、その事実はすぐに術者であるユリの知る所になる。
『ユベル・レイピア』という名の『レイピア王国』の第一王女が、護衛の騎士達を伴ってニムン聖国から『転移門』を利用してユリシスの都市を訪問し、2週間前から『観光区画』に滞在していることを、もちろんユリは把握していた。
レイピア王国は百合帝国の西側にあるニムン聖国より、更に西側にある小国だ。
小国と言っても国土面積自体はニムン聖国の3分の1ぐらいはあるのだけれど、国土の8割近くが山岳地帯で、しかもユリーカの都市がある辺りの山岳地帯とは異なり気候の変動が激しく、人が住みにくく、作物も育てにくい土地だという。
国土の大半が『豊かに成り得ない』土地であるため、どちらかと言えば『小国』と称するより『弱小国』と称する方が意味合い的には正しいだろうか。
「つまり『毒鎖』の暗殺者達は、その王女様を狙って?」
「はい。ちなみに暗殺の依頼主は、レイピア王国の第二王子のようですね」
「あらまあ、殺伐とした国家だこと」
王位継承関係を見据えたゴタゴタだろうか。
レイピア王国はかなり距離が離れている国家なので、ユリシスに滞在中の王女の命を狙うに当たっては、暗殺者を派遣するよりは現地の近くで都合しようと考えたのだろうけれど。間違っても百合帝国に『犯罪組織』の類は存在していないため、ヴォルミシア帝国で都合するに至ったのだろう。
「それにしても……『ユリシス』で暗殺を試みるなんて、愚かな話ね」
「全くですね。あの都市では絶対に殺せないのに」
ユリシスの都市は全域が【救命結界】で保護されており、都市内で死に至る者は死因が『寿命』である場合を除き、必ず『救命』されて死ぬことができない。
それは『観光区画』であっても同様なので、もしユベル王女が暗殺者の凶刃に倒されることがあっても、彼女の命は確実に『救命』される。
暗殺など絶対に不可能な都市で、暗殺行為を行おうと考えていたのだから、なんとも愚かしい話としか言いようがなかった。
「……ねえ。本当にその暗殺者達、優秀なの?」
「うーん……。少なくとも、技術面は及第点だと思うのですが……」
ユリの言葉に、カシアも眉を下げながら曖昧にそう回答する。
ユリシスの都市が【救命結界】で保護されている事実は、別に隠された事実でも何でも無く、割と市民にも知られていることだ。
その程度の情報も入手できていないのは、無能の証明では無いのだろうか。
―――逆に『ユベル王女』の方は。暗殺者に命を狙われる身の上にあり、ユリシスを『死から護られる都市』だと知った上で、そこに避難してきたのであれば。
彼の王女は、なかなかに聡明な人物である可能性がある。
折角の縁なのだから、接触を試みてみるのも悪くはないだろうか。
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