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百合帝国  作者: 旅籠文楽
1章 -

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139. ユリーカ

 


     [1]



 ―――本日は『夏月1日』。

 ユリ達が異世界に来てから、二度目の夏がやってきた。


 昨年は夏月に入ると同時に、昨日と打って変わって一気に暑くなった世界に辟易して、慌てて〈温冷耐性〉の付与が備わった装飾品を探したりしたものだけれど。

 今年は予め〈温冷耐性〉付きの小指用指輪を身に付けているし、そもそも都市全体が【調温結界】で包まれている以上、夏の暑さは無縁のものとなっていた。


 とはいえ、あまりに季節感が無さ過ぎるというのも、それはそれで風情に欠けるように思えたので。実際には『紅梅』の子達に依頼し、季節毎に結界の設定温度を僅かにだけ調整して貰っている。

 人は気温が1℃変わるだけでも、体感的にはかなりの差を感じ取ることができるから。この程度の調整でも、多少の季節変化は演出することが出来るだろう。


 月が変わったことで地上の魔物が復活したため、今日から数日間は『百合帝国』の武闘派の子達も『駆逐』に出掛けていることが多くなる。

 何しろ、昔に較べて随分と国土が広くなっただけでなく、同盟国にも派遣しているというのだから忙しい。

 国内の交易路が数多の『骸骨兵』で保護されていることを思えば、国家間交易に支障を出さないためにも、むしろ自国より同盟国を優先して『駆逐』を行う必要があるのが現状だった。


 幸いなのは『駆逐』の実行者である『百合帝国』の多くの子達が、その行為自体には大変乗り気なことだろうか。

 各々が取得した『天職』のレベルを上げることができるため、魔物の大量乱獲は彼女達にとっても望ましいことなのだ。


 そして―――今日からは『ユリーカ』の都市も一般開放されることになる。

 『転移門』の利用が解放されたのは、本日の正午のこと。『探索者ギルド』での登録さえ済ませていればユリシスに加えてユリーカの都市にも自由に移動できるようになったため、『転移門』の解放と同時に多くの人が新都市を訪れた。


 ユリーカの都市は山岳地帯にあるため、都市内でも高低差が激しくなっており、最も高い地点に『桔梗』の子達が建てた塔に登ると、その頂上から雄大な自然の眺望を眺めることができるなど、観光地としても多少の見所がある。

 ダカートの市民を移住させるのも今日からの話になるので、現時点でユリーカの都市に殆ど人は住んでいないけれど。先日の会合の際にルベッタやアドス、エリンやオーレンスの協力を取り付けたことで、店舗だけは既に結構な数が開いている。

 とりわけ、正式にエリンの管轄下にて展開されている『屋台街』は、都市立地の強みを活かして山の幸・森の幸をふんだんに用いた料理を振る舞うものが多く、初日にして来訪者から大変な好評を博しているようだ。


 とはいえ―――無論、ユリーカを訪れる探索者達にとってのメインは観光や美食ではなく、あくまでも新しい『坑道迷宮地』の探索にある。

 最初にユリシスの『迷宮地』を開設したときと同じように、昨晩はニムン聖国の国主であり教皇でもあるアルトリウス率いるパーティが、ユリーカの坑道迷宮地を探索し、鉱床を採掘する光景を『放送』した。

 あれから何度か迷宮地に潜っていたのか、アルトリウスのレベルは『33』まで成長していたのでユリーカの坑道迷宮地に潜るのに支障は無かった。何より会合の場で「ところで―――また私に先行体験の機会は与えて頂けるのでしょうか?」と発言するなど、他ならぬアルトリウス自身がユリーカの坑道迷宮地への挑戦に、大変意欲的であったために実現したことだ。


 アルトリウス一行が新しい坑道迷宮地に潜り、ユリシスの迷宮地には存在しない新しい魔物と戦い、新迷宮地にだけ存在する『鉱床』を利用して鉄や金、魔銀などの鉱物資源を採掘する―――その様子がユリの定例放送枠で発信された結果、どうやら多くの探索者達にその魅力が伝わったようだ。

 その証拠に、初日の今日からユリーカの坑道迷宮地の入口は、沢山の探索者達の姿で溢れていた。


 また『放送』の中では、アルトリウス教皇が坑道迷宮地に潜る前に、すぐ近くにある神社で探索の成功を祈願する場面も映していたため、それに倣うように神社を訪問する人達の姿も多く見られた。

 八神教の教皇であるアルトリウスが、神社で祈りを捧げる姿というのは……ユリからすると『神父服の人間が神社を参拝している』光景にしか見えないので、正直違和感が凄まじかったのだけれど。

 当の本人であるアルトリウスは「人々に恩恵や教えを齎してくれる相手を敬うのは当然のことです」と、何ら抵抗を感じることも無かったようだ。


 今まで閑散としていた神社に多くの人達が来訪するようになったことで、カナヤマヒコとカナヤマヒメの2人は大変歓喜しているらしい。

 やはり神としては、人々から『信仰』が集まることに勝る喜びは無いのだろう。

 あの坑道迷宮地の『鉱床』が、2人の手によって成り立っているのは紛れもない事実なのだから。彼らを祈願する恩恵を『放送』を通じて適宜広めていけば、今後も神社を訪れる人が絶えることは無い筈だ。


 一方で、ユリーカに探索者が集まった分だけ、ユリシスの賑わいが一時的に減少することになったようだけれど。これは致し方無いことだろう。

 『迷宮地』としての差別化は充分に出来ている筈なので、特に何も施策を行わずとも、探索者の中にはユリシスに戻ろうとする者がすぐに出てくる筈だ。

 何しろユリーカの坑道迷宮地では、鉱床がある代わりに『宝箱』を発見できないという明確なデメリットがあるため、生命霊薬(ライフポーション)魔力霊薬(マナポーション)を現地で補充することが一切できない。

 潜れば潜るほど、手持ちの備蓄が減る一方になることに否応なしに気付かされることになるから、特に治療術の使い手が同伴していないパーティなどは、ユリーカの迷宮地にばかり潜るわけにもいかない筈だ。


 ちなみに、ユリシスの都市の東部―――『初級者向けⅠ』の迷宮地がある北東側と、『初級者向けⅡ』の迷宮地がある南東側だけに限って言えば、むしろ普段以上に探索者の人出が多く、都市内は賑わっているそうだ。

 ユリーカの坑道迷宮地は推奨レベルが『30以上』となっているため、ユリシスの迷宮地で既にある程度レベルを上げている者でなければ挑めない。

 その事実に牽引されて、『とりあえずレベルを30までは頑張って上げよう』と奮起する探索者が、それだけ多く居たということだろう。




「ご主人様はユリーカの坑道迷宮地に鞍替えした探索者が、ユリシスの迷宮地に戻るまでに、どれぐらいの期間が掛かると見込んでいらっしゃいますか?」


 ユリタニア宮殿1階にある執務室にて。既に夕方も近い時間になってから本日分の執務や報告書を処理していたユリに、今夜の寵愛当番である『撫子』のキャロルがそう問いかけた。

 普段なら午前中に済ませる執務が、今日に限って夕方まで遅れているのは。午前中には各都市からユリーカへ通じる『転移門』の設置に駆けずり回る羽目になり、午後になってからは実際にユリーカの様子を視察したり、ユリーカの都市内に建てた『探索者ギルド支部』へ一時的に拠点を移して陣頭指揮を執っているソフィアを見舞ったりしていたからだ。


「ま、半数は3日と持たないでしょう」

「……そんなに短いのですか?」

「ユリシスの迷宮地とは違って、ユリーカの坑道迷宮地は単純な『力押し』だけでどうにかなる場所では無いからね」


 ユリーカの坑道迷宮地に配置してある魔物は『コボルト』と『妖精』、『精霊』と『魔法生物』、そして『アンデッド』の5種類。

 この5種類の魔物はそれぞれに癖が強いため、ユリシスの迷宮地に配置された魔物と戦う時のように、何も考えず対峙すれば痛い目に合わされることになる。


 例えば『コボルト』は、名前が似ているせいか比較されやすい『ゴブリン』に較べると、狡猾に立ち回ってくる厄介な魔物だ。

 体格自体はゴブリンより一回り小さいため、同じレベルの個体同士であればコボルトのほうが身体能力的には弱いのだけれど。一方で『武器』をより巧みに用いてくるという点では、ゴブリンよりもずっと危険性が高い。

 コボルトの弓使いは必ず前衛よりも後衛を、特に『杖』を手に持っている後衛を真っ先に狙ってくる。これは言うまでもなく、魔術や魔法の使い手を『危険』な存在だとコボルトが正しく認識しており、その排除を優先的に考えるからだ。

 またコボルトは身長の低さを活かして細かく身をこなし、隙あらば1人の相手に2~3体で同時に攻撃を加えるなど、数の優位を活かした戦い方を好む所があるのも非常に厄介だ。


 『妖精』や『精霊』には魔法の使い手が多い。特に後者の精霊は、シルフであれば風の魔法、ウンディーネであれば水の魔法といった具合に、自身に関連づけられた属性の精霊魔法を、必ずと言って良いほど行使してくる。

 そのためユリーカの迷宮地では、魔法による遠距離攻撃を常に警戒しておかねばならず、また能力低下(デバフ)や状態異常を与える魔法を用いてくる相手も多い。

 搦め手でパーティの要となる盾役(タンク)指揮役(リーダー)が揺らげば、戦況が一気に悪化してしまうことも間々あるのだ。


 『魔法生物』や『アンデッド』は、どちらも『痛覚』を持っていない。こちらの攻撃でダメージを与えても、それをものともせず即座に反撃してくることが多いなど、戦闘に多少慣れている者ほど却って虚を突かれる場面が多くなる。

 また、特に後者のアンデッドは耐久力が非常に高いのも特徴で、神聖魔法などの支援を受けられない限りは、とにかく倒すのに時間が掛かる。

 迷宮地での戦いは、基本的に『まず1体を倒して数の優位を得る』ことが基本戦略となるわけだけれど。アンデッドが敵の前衛として出て来た場合は、なかなかその『最初の1体』を倒せずに苦労することが多い。

 特に、敵の後衛に妖精や精霊がセットで出て来た場合には、アンデッドの処理に苦戦している間に、何度も魔法を行使されてしまうことになるから堪らない。


(ユリシスの『初級者向け』の迷宮地2つは、本当に初級者向けなのよね……)


 配置されている魔物は物理攻撃しか殆どして来ず、搦め手などを一切行わない。

 遠距離攻撃も殆どして来ないため、前衛が倒れない限りは後衛はまず安全。


 ―――そうした『ぬるま湯』レベルの戦闘だけを経験した者が、いざユリーカの坑道迷宮地へ挑もうとすれば。それはもう、間違いなく痛い目に合う。


「賢い敵に当たるには、こちらも賢くあらねばなりませんからね」

「ええ。それが出来れば、案外ユリーカも与し易い魔物が多いのだけれど」


 コボルトは体躯で劣る分、身体能力的にはゴブリンよりも弱い。

 妖精や精霊もまた魔法能力にリソースを割いている分、身体能力は低い。

 魔法生物やアンデッドは知能に著しく劣るため、賢く戦えば優位を保ちやすい。


 敵の強みを往なし、敵の弱みを的確に突く。

 頭を回転させ、敵以上に狡猾に立ち回れる探索者にとっては、充分にメリットの多い迷宮地なのだけれど―――。


(さて、3日後にはどれだけユリーカに探索者が残っているかしら)


 くすりと、小さく笑みながらユリは心の中で思う。

 出来れば自国の探索者達に、より一層奮起して欲しいと。そう願いながら。




 

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お読み下さりありがとうございました。

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[良い点] 更新乙い [一言] そこに攻略本があるじゃろ?
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