138. 3国君主と商人の会合(4)
「これは―――貨幣というより、まるで宝飾のようですね」
額面価値順に並べられた11枚の貨幣を眺めながら、ソフィアがそう告げる。
現在国内で流通している『Beth貨幣』は、銀貨であれ金貨であれ、特に目を引くようなものではない。
そもそも銀や金の含有率自体が、お世辞にも高いとは言えないし。貨幣の表面にも、申し訳程度の地味な紋様が付けられている程度でしか無いからだ。
一方でユリが提示した『gita貨幣』は、銀貨も金貨も、いずれも磨かれた直後の宝飾のように、眩い輝きを放っている。
しかも白金貨に至っては、この世界ではおそらく流通していないものだ。白金を加工できる設備など、おそらくどの国も所持してはいないだろう。
「実際、これを宝石の代わりにしてペンダントを造れば、充分な高貴さを持つ装飾品になるんじゃないかい?」
「そうですな、問題無く売れるかと。うちの商会で扱いたいぐらいです」
更にオーレンスとアドスの2人もまた、手放しにそう賞賛してみせた。
2人がそう評するのならば、それは事実なのだろう。
娼館の経営者であるオーレンスの目は充分に肥えているし、芸術品を商う商会を経営しているアドスの鑑定眼に関しては、もはや言うまでもないことだ。
とはいえ―――ただの貨幣として一般流通させようと考えているものに、あまり高い価値を見出されても、ユリとしては困ってしまうわけだけれど。
「先に言っておくけれど、この貨幣は『鋳造』によって造られたものでは無いわ。そうね―――私の持つ『能力』によって製造された物である、と言ってしまっても間違いでは無いかしら」
「ご主人様の能力によって、ですか……?」
「ええ。この貨幣には明らかに銀や金、白金などの貴金属が用いられているように見えるけれど。私には一切の材料を消費することなく、この貨幣を無限に生産することができる。製造コストは完全に『0』だと言えるわね」
ユリが『アトロス・オンライン』のゲーム中にて使役獣にした魔物達。それをこの世界で喚び出して討伐し、その亡骸に〈解体〉スキルを用いると、各種素材と一緒にこの魔法貨幣を入手することができる。
なのでユリシスの迷宮地にユリが配置している使役獣達が、探索者の手によって倒される度に、ユリは『gita』を手に入れることができている。
つまり、この貨幣が『ユリの能力によって製造されている』という説明も、別に嘘ではないわけだ。
「ふむ……。それが事実であるならユリ陛下は元々、銀や金、白金といった貴金属を、自在に幾らでも作り出せるということでしょうか?」
「いいえ。これが残念ながら、そうではないのよ」
アルトリウスの言葉に、ユリは頭を振る。
「奇妙な話ではあるのだけれど―――私の能力で生産が可能なのは、あくまでもこの完成された『貨幣』だけであって、それ以外の形には出来ないのよ。
また、この魔法貨幣には『絶対に毀損できない』という特性が最初から組み込まれていてね。高温の炉の中に投げ込んでも絶対に熔けず、槍で突こうと大鎚で叩こうと絶対に傷ついたり変形せず、また多数の人の手で扱われても汚れひとつ付着しない―――という、貨幣としてはなかなか便利な特性なのだけれど。
但し、そのせいで資源として再利用することもまた不可能でね……」
「なるほど……。熔かすことが不可能なら、そうでしょうね」
「というわけで、私はこの11種類の貨幣を自在に造り出すこと自体は可能なのだけれど、一方でこれに資源的価値は皆無なのよ。
また、先程『私の能力でこれを製造している』と言ったけれど、より正確に言うならば『私の能力はこれを製造し続ける必要がある』という感じでね。かなりの枚数のこの貨幣を、私は既に所持しているのよ。なればこそ利用可能であるなら、国家としてこれを有効活用したいという強い想いがあるわ」
『迷宮地』を運営している限り、『gita貨幣』は常に生産され続ける。
それこそ―――ユリ自身が望むと望まざるとに拘わらず。
「具体的には、どの程度の量を既にお持ちなのでしょう?」
「額面にして『3京ギータ』ぐらいを保有しているわ」
「……3けい、ですか?」
首を傾げながら、ソフィアがそう問い返す。
ソフィアだけでなく、商人の4人もまた『京』という単位には理解が及んでいない様子だった。とはいえ―――こればかりは、無理もないだろう。
「えっと、そうね……最高額面の『100000ギータ』白金貨が『1000枚』詰まった箱を沢山用意するとして」
「はい」
「私は現時点で『3億箱』分以上の額面に相当する貨幣を、既に所有しているわ」
「………………は?」
ユリの説明を受けて、最初に声を漏らしたのはルベッタだった。
やはり辣腕の商人である彼女は、金勘定も早いのだろう。
「百合帝国とニムン聖国、シュレジア公国だけに留まらず、メキア大陸全土に流通させても尚、十二分に余りあるぐらいの量は保有していると思って頂戴」
「我が国でも、この貨幣を扱えるのですか……」
カダインが僅かに喜色の籠もった声で、そう言葉を零した。
どうやらシュレジア公国は『gita貨幣』の流通に乗り気になって貰えそうだ。
「現在、百合帝国に流通する貨幣は『エルダード王国』のもの。支配者が代わったことを示す意味も籠め、百合帝国では来年までにこの『gita貨幣』に通貨を刷新したいと考えているわ。
―――ルベッタ、アドス、エリン、オーレンス。商人としての知見から何か意見や諫言があるようであれば、何なりと遠慮無く言って頂戴。それに耳を傾けられぬ程には、私は狭量ではないつもりよ」
「……良きことだと思います。これ程に美しく、そして到底他国に真似の出来ない貨幣が流通している事実が周辺諸国に広まれば、国の威信も高まるかと」
「私も同じ考えです。この芸術貨幣は、他国が間違いなく羨むものでしょう」
ルベッタとアドスの2人が、そう回答する。
エリンとオーレンスは何も言わなかったが、2人とも異存は無さそうだ。
「ソフィア、あなたも『テオドール商会』の会頭だったわね。どう思うかしら?」
「大変結構なことかと存じます。この貨幣が大陸中を席巻する様子が、今から目に浮かぶような気が致しますわ」
目を閉じて、何かに思いを馳せるような仕草をしながら、そう告げるソフィア。
ソフィアもまた、貨幣の刷新には賛成のようだ。信頼の置ける商人5人がいずれも賛成してくれるのであれば、実行を迷う必要は無いだろう。
「では、百合帝国の国内に於いては本日をもって、この『gita貨幣』を『国貨』として制定し、今年中に国内流通する通貨を刷新することを目標とする。
この動きにニムン聖国とシュレジア公国が追従するか否かは、それぞれの判断に一任するわ。百合帝国の側からどうしろと圧力を掛けるような真似はしないから、持ち帰ってゆっくり判断して頂戴」
「ニムン聖国は喜んで同調させて頂きます」
「シュレジア公国も同じく」
ゆっくり判断して欲しいというユリの言葉とは裏腹に、アルトリウスとカダインの2人は、国主としてそう即断してみせた。
通貨を変えるというのは、国家としてそれなりの一大事である筈なのに……。そんなに簡単に決めてしまっても構わないのだろうかと、却ってユリの側が少し不安を覚えるほどだ。
「神貨を扱う機会を頂けるなど、大変光栄なことですので」
ユリがそのことを問うと、アルトリウスは満面の笑顔でそう回答してみせた。
『gita貨幣』はあくまでも『アトロス・オンライン』のゲーム内で普遍的に用いられていた貨幣であって、間違っても『神貨』などという大層なものではないのだけれど。
……まあ、余計なことを、わざわざ説明する必要も無いだろうか。
ユリの能力でこの貨幣が量産されていること自体は、別に嘘では無いのだから。これを『神貨』と―――言おうと思えば、言えなくもないだろう。……きっと。
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