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百合帝国  作者: 旅籠文楽
1章 -

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14. 農業は国の礎

 


     [6]



 領主館の露台へと移動したユリとテレスの2人は、空へと舞い上がる。

 自室を出た時からずっと、二人の手は繋がったままだ。テレスが『デート』だと口にしたのだから、離す必要は無いだろう。


 領主館の建物を覆うドーム状の【浄化結界】よりも上空へと飛び出すと、ユリの嗅覚を悪臭が襲い始める。

 けれどそれも、もう少し高度を稼げば殆ど感じられなくなった。


「結構風がある……。お陰でこの高さまでは匂いが来ない」

「都市から少しでも匂いが除かれるように、『紅薔薇(エンクレーズ)』にお願いして【風操作】の魔術で風を起こして貰っているのよ」

「そうなの? ユリは賢い」

「とはいえ、あんまり効果は無いんだけれどね……」

「……壁?」

「ええ、その通りよ」


 テレスの言葉に、ユリは頷くことで応える。

 要衝都市ニルデアは都市外周の全面を防壁で囲んだ『城塞都市』だ。この防壁は魔物の侵入を防ぐ目的だろうけれど、その存在が仇となり、風の大半を防いでしまうため悪臭の除去効率があまり良くならないのだ。

 いっそ壁を壊してしまおうか、とも何度か思ったことがあるが。これは『防壁を急に失えば、市民が不安を覚えるかもしれない』という睡蓮(すいれん)の意見を汲み、実行には移さずにいる。


「新しい都市では、壁はどうする?」

「造らないつもりよ。代わりに河川を利用して、都市全体を水路で囲む予定」

「水路? ……そのぐらい、魔物は超えて来る筈」

「それが意外に、そうでも無いらしいのよ」


 都市占領後に撫子(なでしこ)が収集してきた情報によると、少なくともニルデアの近辺に出現する魔物は、絶対に『川の中へは入らない』らしい。

 この世界では魔物の討伐を生業とする者を『掃討者』と呼ぶらしいけれど、この掃討者が所属して利用する『掃討者ギルド』という施設では、ギルドに登録したばかりの新人にまず『慣れないうちは必ず河川の側で戦う』ように教えるらしい。

 理由は言うまでもなく、危なくなった時に川の中へ飛び込むことで難を逃れることができるからだ。もちろんその結果溺れ死んでは意味が無いので、掃討者ギルドでは初心者に金属鎧よりも革鎧を勧めるそうだ。


「河川じゃなくて水路でも、魔物は超えなくなる?」

「それは試してみないと判らないわね。でも、別に効果が無くても構わないの」

「……結界?」

「ええ。よくできました」


 そう告げてユリが頭を撫でると、やっぱりテレスは少し複雑な表情をしつつも、抵抗せずに受け容れてくれた。


 展開や維持に希少素材を必要とする結界、例えば【浄化結界】のようなものは、そのコストのせいで大型運用が難いけれど。術者が許可する対象しか通過できない結界を張る【障壁結界】程度であれば、もともと大した素材を使用しないので大型化運用しても然程問題はない。

 結界術を得意とする『紅梅(こうばい)』の子に張って貰えば、【障壁結界】は覇竜ラドラグルフの全力攻撃にさえ数度は耐えられる程の強度になる。少なくともこの辺り一帯に出現する魔物には、まず破られることはない。


 結界だけで充分に魔物を防げるのに、敢えて都市全体を水路で囲むことに決めているのは、水路の存在が住人の不安を和らげてくれると思うからだ。

 逆に言えば、住人の心の拠り所にさえなってくれるなら、実際には水路に魔物を阻む効果が全く無くとも、別に構わない。


「新しい都市って、あれ?」

「私も初めて見たけれど、多分そうだと思うわ」


 テレスが指差す方向を俯瞰して、少し思案してからユリは頷く。

 いまユリ達の足下にある要衝都市ニルデアの都市よりも、北方に4~5kmほど離れた場所に、既に都市の『土台』部分だけは完成しているかのようにも見える、円形の区画が出来上がっていた。


 新しい都市とニルデアは、それぞれの都市を貫く河川で接続されている。ユリは新しい都市をニルデアよりも『川の上流側』に造るように指示を出しているので、この河川は北から南へと水が流れているのだろう。

 また、新しい都市はニルデアより随分広めに造られているように見受けられた。都市を囲む『水路』は既に準備されているようだけれど、まだそこに水は湛えられておらず、いわゆる『空堀』のようになっている。


「水路だけとはいえ、もう出来上がっているというのが凄いわね……」


 思わずユリは小さく苦笑させられながら、ひとりごちる。

 ユリが新しい都市の建造を指示したのは1週間前のことだ。なのでこの1週間の間に、都市全域を覆うだけの水路を完成させたことになる。

 しかも、どうやら新しい都市は『水路』によって区画整備を行っているらしく、まだ出来上がっているのが土台部分だけであるにも関わらず、こうして俯瞰しているだけで『街割り』の全貌が透けて見える気がした。


「ユリから都市建設を任されて、『桔梗』は張り切っていた」

「そうなの?」

「全員のテンションがいつもより5割増しぐらいで、正直ウザい」

「そ、そう……」


 心底嫌そうに、そう呟いてみせるテレス。

 テレスはいわゆる『陰キャ』みたいな所があり、普段の生活からテンションが低めな所がある。一方の桔梗は全員が陽気な種族として知られる『地底種(ドラバン)』なので、いつもより5割増しのテンションで接されれば……なるほどキツそうだ。


「ユリ。線路も作るの?」

「……は?」


 その言葉を受けて、新しい都市をよくよく眺めて見ると。確かにテレスの言う通り、新しい都市の内部には『水路』に混じって、その一部に『鉄道』のようなものが敷設されている様子が窺えた。

 ファンタジーRPGらしく中近世辺りの世界観を舞台としていた『アトロス・オンライン』のゲーム内には、当然ながら『電車』も『汽車』も存在していなかったけれど。一方で、領有している都市に『鉄道』という軌道設備を敷設することは可能となっていた。


 つまり、この鉄道は『馬車鉄道』を運行するためのものだ。

 馬車鉄道は通常の馬車よりも揺れが圧倒的に少なくなる為、乗り心地に優れる。また動作がとても軽快になり、輸送力も通常の馬車よりもかなり大きくできる。

 どうやら新しい都市では『水路利用による水運』と『鉄道馬車』の2つを、市民と貨物を運ぶ『足』にする心積もりらしい。

 逆に言えばちゃんと『足』さえ用意すれば、都市自体はニルデアより拡大しても良いと桔梗は考えたのだろう。


(……やり過ぎじゃないのかなあ)


 額を軽く押さえながら、ユリは内心でそう思わずにはいられない。

 馬車鉄道は確か19世紀の初頭に発祥したものなので、桔梗の子達は『近世』を超えて『近代』の技術をこの世界に持ち込もうとしている気がする。


「桔梗には後で工程管理表(ガントチャート)を提出させないと……」


 殆ど無意識のうちにユリがそう呟いていたのは、かつて建設業に従事していた記憶からによるものだろうか。

 ちなみにユリ自身は気付いていないが、『ガントチャート』に至っては更に新しい20世紀の技術なので、余計におかしなことを口走っていたりするのだが。


「……ニルデアは汚い」


 眼下に広がる『ニルデアの都市』と『新しい都市』。暫くの間、二つの区画を見較べていたテレスは、やがて呆れたようにそう呟いた。


「そうね……」


 こればかりは、ユリとしても同意せざるを得ない。

 テレスがここで言っている『汚い』とは『不衛生』という意味では無い。いや、悪臭問題があるのだから、実際ニルデアの都市は不衛生でもあるのだけれど。

 そうではなく―――テレスは都市の構造が『汚い』と言っているのだ。


 この高さから見下ろすとよく判るが、まずニルデアの都市には『目抜き通り』というものが存在していない。東門と西門、そのどちらから入った場合でも都市の中央部へ辿り着くためには、明らかに馬車が通行するのに適していない中途半端な幅の街路を、何度も曲がらなければ辿り着けないのだ。

 都市の構造を熟知している者が案内しなければ、まず迷うことになるのは間違いないだろう。


(なんだか、あみだくじ(・・・・・)でもしているような気分になるわね)


 都市の街路構造を目で辿りながら、ユリは密かにそんなことも思う。

 ニルデアの街路には丁字路とY字路が多く、袋小路もまた多い。

 都市構造として非効率極まりなく……。一体どれだけ勝手気ままに建設すれば、これほど酷い形に仕上がるのだろうと呆れるばかりだ。


「ユリ。あれ何?」


 足下に広がるニルデアの都市の一角を指差しながら、テレスがそう訊ねてくる。

 いや、それは厳密には都市の内側ではなく少しだけ外れた場所。ニルデアの外周を取り囲む防壁よりも外側にあり、都市を北から南に貫く河川に沿った場所にある区画のようだ。


「あれは……。たぶん畑ではないかしら」

「……なんで都市の中じゃなく、外に畑?」

「都市の中に畑を作れるほど、スペースに余裕が無かったのかもね」


 ニルデアの都市は広さの割に人口がなかなか多い。

 人口が多ければ当然、それを支えられるだけの面積の畑が必要となるだろうけれど。外周を防壁で囲んだ都市だと許容空間(キャパシティ)にも限界がある。

 なので以前の領主はおそらく、農家の人達に『都市外に畑を作る』よう命令していたのだろう。そうすれば都市内の空間が圧迫されることは無いからだ。

 とはいえ、それは―――。


「農家の人達、危険じゃないの?」

「危険でしょうねえ……」


 テレスの疑問は正鵠を射たものだ。

 防壁は魔物の脅威を防ぐためのものだ。なのでその防壁よりも外に畑を造れば、当然ながら魔物からは襲われ放題になる。

 これでは農作業に従事する人達が、間違いなく危険と隣り合わせとなる。また、仮に無事でいられたとしても、魔物は農作物を容赦無く荒らすことだろう。

 都市の健全のために、農家の安全と生活を犠牲にしているとしか思えない。


 ちなみに農地はニルデア都市外の北部と南部にだけあるようだが、これは作物を育てるために必要な水を河川から得る必要があるため、河川沿いでなければ都合が悪いからだろう。

 ニルデアの都市では『東門』と『西門』の2箇所からしか人の通行を認めていない筈なので、農家の人達はどちらかの門を出た後にかなりの距離を歩いて。自分の畑へ向かう生活をしていることになる。

 毎日ともなれば、この辺の労苦も地味に辛いものとなりそうだ。


「私は……。農家の人には、優しくしてあげて欲しい」


 そう吐露するテレスの表情は、少し悲しげに見えた。

 テレスは『食べ歩き』を趣味にしており、『美味しいものを食べる』ことに目が無い性分だ。彼女からすれば『美味しい食材』を生産してくれる農家の人達は好意と敬意の対象であり、報われて欲しいと思うのだろう。


「そうね。じゃあ私が責任を持って、自国の農家の人を幸せにしてみせるわ」

「……ん。ありがとう、ユリ。期待してる」


 ユリにとっては、愛する嫁の願いこそが自身の願いでもある。

 テレスがそれを望むなら。農家にとても優しい国を目指してみるのも面白い。





 

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お読み下さりありがとうございました。

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