134. 5000兆ギータ欲しい!(6倍持ってる)
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―――『春月38日』。
来月から『鉱山都市ユリーカ』と『坑道迷宮地』を一般解放することが既に決定されており、それをもう3日後に控えている今朝になって。ユリがいつも午前中の間は詰めている執務室に、訪問者があった。
と言っても、外部から来た客ではない。訪ねてきたのは『竜胆』の隊長を務めているクローネだ。
「ユリ様。本日は執務中に時間を割いて頂き、申し訳ありません」
ユリの勧めに従う形で、執務室の隅に置かれている対面ソファの片側に腰を降ろした後に。クローネがそう告げて、深々と頭を下げてみせた。
「気にする必要は無いわ。別に、差し迫った仕事があるわけでも無いのだし。それにクローネが会いに来てくれるなら、いつでも時間ぐらいは作るわよ?」
「……ありがとうございます、ユリ様」
「それで、私に話したいことと言うのは、一体何かしら?」
「はい。ユリ様に、我が国での『貨幣』に関する提案がしたいと思いまして」
「……ふむ。『貨幣』ねえ……」
「ユリ様は現在、百合帝国の国内にて用いられている貨幣が、どこで鋳造されたものかご存じでしょうか?」
「ええ、流石にそれは把握しているわ。王国の首都よね」
「左様です」
ユリの回答を受けて、クローネは深く頷く。
百合帝国に限らず、ニムン聖国やシュレジア公国でも使われている『Beth』という通貨。これを鋳造していたのは、今は亡き『エルダード王国』だ。
ユリの【星堕とし】だけで侵攻軍を全滅させられ、ラケルの【死者の軍勢】だけで国を『崩壊』に至らしめられたという経緯から、ユリや『百合帝国』の皆の脳内では、どうしても『雑魚国家』として記憶されている節があるエルダード王国なのだけれど。
メキア大陸の中央に位置しているため地政学的に優位であり、充分な広さの国土を有しており、更には公国相手に戦勝している事実もあって。エルダード王国は、メキア大陸の『覇権国家』の1つとして畏怖されるほどの存在でもあった。
『Beth』は、そんなエルダード王国の強力な国威によって、信用が担保されていた通貨だと言えるだろう。
但し、王国が『崩壊』し、その国土が残らず併呑された今となっては。通貨の信用を担保する存在は、言うまでもなく百合帝国へと変化しているわけだけれど。
「王城の地下に設けられている『Beth貨幣』の鋳造施設は、ほぼ無傷のまま確保できているから、今後の稼働にも支障は無いとの報告を受けているけれど……?」
「はい、それは事実ですね。ユリ様からご用命があれば、即日で貨幣の鋳造を再開できる程度には、設備状態がしっかりと保全されています」
「では、何か別に問題があるのかしら?」
「ユリ様は『gita』貨幣を幾ら分お持ちでしょうか?」
クローネが告げた『gita』とは、『アトロス・オンライン』のゲーム内で用いられていた、魔法貨幣の通貨単位になる。
「ああ、そちらの話に行くのね……。確か『撫子』の子達のうちの30人以上に、〈侍女の鞄〉に入る限界までお金を持たせていたはずだから……」
「では、少なくとも30Pgitaはあることになりますか」
「そうなるわね」
〈侍女〉系職業が修得できる〈侍女の鞄〉スキルでは、最大で『1Pgita』までのお金を収納できるようになっている。
なので30人以上が限界までお金を持っているなら、単純に全体量として、その30倍以上を保有していることになる。
ちなみに『P』は1000の5乗、つまり『1000兆』のことだ。
なので『30Pgita』以上を所持しているユリは、即ち『3京ギータ』を超える莫大な資産を有していることになる。
―――当然ながら、この世界では使い途など、有りはしないのだけれど。
「でも、それがどうかしたのかしら?」
「gita貨幣ですが、現在は国庫にも備蓄されていることはご存じでしょうか?」
「それは当然そうでしょうね。ユリシスの『迷宮地』から産出するでしょうから」
『アトロス・オンライン』では、討伐した魔物に〈解体〉スキルを使用すると、魔物の素材と併せて一定額のお金を得ることができた。
なので、ユリシスの『迷宮地』に配置されているユリの使役獣達は。―――つまり『アトロス・オンライン』の魔物達は、討伐された際に素材だけでなく、お金も産出していることになる。
魔物の死体が【回収結界】により即座に回収されるため、その事実を知っている探索者はまず居ないだろうけれど。倒された使役獣から産出されたお金は、探索者に渡すわけにもいかないので、国庫に蓄積されている筈だ。
使い途が無い貨幣など、探索者に渡しても仕方がないからだ。
「ふむ……。もしかしてクローネは、gitaを百合帝国の通貨にしようと、そう私に提案したいのかしら?」
「はい。ご存じかと思われますが、gita貨幣は我々であれば自在に『両替』することが可能です。また、一方では資源として『再利用』することが不可能になっていますから、非常に国にとって都合が良いのです。
ユリ様が既に大量に備蓄されていること、及び『迷宮地』を運営していることで鋳造の手間無く今後も安定した産出が期待できることもあり、これを『国の貨幣』として利用しない手は無いかと思いまして」
「なるほどねえ……」
ゲーム上で『魔法貨幣』だと設定されていた『gita』には、他の貨幣には絶対に真似できない、2つの際だった特徴がある。
その1つは『アトロス・オンライン』のゲームキャラクターであれば誰でも利用できる〈インベントリ〉の中にお金を入れると、いつでも『好きな額面の貨幣で取り出すことができる』というものだ。
例えば、ユリの〈インベントリ〉の中に『10000gita』のお金が入っている場合には、これを1万枚の『1gita銀貨』で取り出すことが出来るのは勿論、他にも100枚の『100gita金貨』や、あるいは1枚の『10000gita白金貨』で取り出すことも出来てしまう。
ユリの意志次第で、どの貨幣で取り出すかを自由に選択できるのだ。
これはクローネが言う通り、〈インベントリ〉を利用することで、貨幣を他の額面へと自由に『両替』できるのだとも言い換えることが出来るだろう。
リュディナが起こした『大変革』により、この世界の人達でも『職業』を自由に得られるようになった今でも。〈インベントリ〉を利用できるのは、ユリと『百合帝国』の子達に限られている。
これはつまり、国内の各額面の貨幣流通量を、ユリ達が自在に調整できることを意味している。特定の額面の貨幣流通量が不足した場合でも、ユリや『百合帝国』の子達が関与すれば、すぐにその状態を改善することが可能なわけだ。
また、もう1つの特徴として『魔法貨幣』は資源として再利用できない、ということが挙げられる。
先述の通り1gita貨幣は『銀貨』であり、100gita貨幣であれば『金貨』で、10000gita貨幣なら『白金貨』なわけだけれど。この貨幣を鋳潰して銀や金、白金の地金に変えることは不可能なのだ。
『魔法貨幣』は、どんなに高温の炉に放り込んだとしても、絶対に熔けない。
それこそ、白金さえも熔かすことが可能な『1768℃』以上もの高温を維持できる炉に入れたとしても―――『魔法貨幣』は溶けず、傷つかず、黒ずみや汚れが付着することさえ絶対に無いのだ。
「絶対に『損傷できない貨幣』を流通させている国家であることが広まれば、百合帝国の国威を高める役にも立つかと存じます。
それに何より―――gita貨幣は彫り込まれた意匠が大変に美しい。
ともすれば美術品としての価値さえ認められそうなものを、『貨幣』として一般流通させることができる国力というのは、他国から見れば大変な脅威でしょうね」
「ふむ……。美術品だと認識されれば、他国がgita貨幣を貯蔵して、百合帝国の貨幣流通量を減らそうと試みて来るかもしれないわよ?」
「それは別に、全く構わないのでは無いでしょうか? 我々は幾らでもgita貨幣を産出できるのですから、他国がどんなに貯蔵しようとも、それは無意味な行動にしか成り得ません。我々の手で幾らでも流通量を増やせる以上は、どんなに美術的価値がある貨幣であろうと、国が定義する以上の額面価値を持たせることは不可能でしょう」
「……まあ、そうよねえ」
確かに、悪くない案だとユリにも思えた。
それに何より、完全に無価値となってしまっている大量の備蓄財産の、価値を復活できるというのは非常に大きく、そして嬉しいことだ。
クローネが挙げた通り、流通量を自由に調整できることと、貨幣の再加工が不可能なこと。この2つの利点を活かし、既存の銀貨・金貨を積極的に魔法貨幣であるgitaと交換していけば―――。
gitaという美しき『良貨』で、それより遙かに質や意匠に劣る、他国の『悪貨』を駆逐することさえ、可能なのでは無いだろうか。
「―――クローネ。この案、少し預からせて頂戴。我々だけで判断するより、この世界の人達の意見も伺ってから決めた方が良いと思うのよね」
「ユリ様がそう仰るなら、もちろん私としては異存ありません」
百合帝国内で流通する貨幣を刷新するとなれば、当然同盟国にも大きく影響することになる。少なくとも、ニムン聖国とシュレジア公国の君主には、予め話を通しておくべきだろう。
それに『通貨』の話なのだから、やはり懇意にしている商人達から、率直な意見を聞いてみた上で判断したい所だ。
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