132. 試験採掘(後)
[4]
鉱山には3つの坑道がある。ユリシスの迷宮地風に言うならば『初級者向け』と『中級者向け』、そして『上級者向け』の3つになるだろうか。
この3つの坑道は、それぞれ深さが異なっている。と言うのも『中級者向け』と『上級者向け』の坑道は、入ってすぐの場所に魔導具の昇降機が設置されており、前者は一気に地下1100メートルにまで、後者は地下2100メートルにまで降りることができてしまうからだ。
更に、内部に設置された階段で1階分を降りる度に、追加で100メートルずつ地下に潜っていくことができる。
3つある坑道迷宮地は全て『8階』構成なので、『上級者向け』の最深階層まで降りれば、深さは地下2800メートルにも達するわけだ。
カナヤマヒコとカナヤマヒメの両名には、予めお願いして『深い場所ほど希少な鉱石が採掘されやすい』ように、鉱石の埋蔵状態を調整して貰っている。
だから、先日ユリを大変に驚かせてくれた『緋緋色金』などは、おそらく『上級者向け』の深層で主に採れることになるだろう。
「もちろん『初心者向け』でも、銅や銀ぐらいなら採れるのでしょうけれどね」
そう説明してからカナヤマヒコのほうを見ると、彼も頷いて応えてくれた。
「もっとも、ユリ様から教えて頂いた通りの変質が起きるのならば、この迷宮地で産出される銀鉱石は、おそらく『魔銀』の鉱石に変わるのでしょうが」
「ああ、そうだったわね―――」
「銀を濃密な魔力に浸らせ、予め『魔力への適応』という形の変質を引き起こしておくことで、他の黒ずみなどを生む変質を防ぐというのは、なかなか斬新な発想に思えます。考案した者の聡明さが窺える気がしますな」
「ふふ。カナヤマヒコ、あなたの目の前に居る少女がその『魔銀』の発明者よ」
思わず笑顔になりながらユリがそう告げると、ソフィアもまたどこか可笑しそうな笑顔を浮かべて、カナヤマヒコに向けて再びカーテシーをしてみせた。
2人の対応を見て、カナヤマヒコはかなり驚いているようだ。
「なんと……! ユリ殿や『桔梗』の職人殿もそうですが、この世界の女性は容貌こそ稚き童のそれであっても底が知れませぬな……。何とも大したものです」
「ふふ、そう言って頂けると嬉しいわね」
カナヤマヒコが告げた手放しの賞賛に、ユリもまた笑顔で応える。
細かいことを言えば―――この世界の女性にユリや『桔梗』の皆を含めるのは、少し違うような気がするけれど。善意からの賞賛の言葉に、突っ込みを入れるのも野暮というものだろう。
「魔銀は、黒ずみなどの変質を起こさないという点以外では、通常の銀と変わらぬ性質を持つ素材だと聞いておりますが」
「あ、はい。そうなりますね」
「武器に銀で鍍金を施せば対アンデッド用の武器として優秀な性能になりますが、これを魔銀で行った場合にはどうなるのでしょうか? また、魔力を内包していると言うことは、魔法武器でしか有効打を与えられない魔物に対しても、有用な武器になり得る可能性があるのでは?」
「えっ? ええと……すみません、そこまでは調べていませんね……」
カナヤマヒコから立て続けに質問され、魔銀開発者のソフィアは狼狽する。
ソフィアはあくまでも、魔銀を装飾品の材料としてしか利用していないから。そうした武具に『魔銀』を実用する検証というのは行っていないのだろう。
『アトロス・オンライン』では武器に銀の鍍金を施すことで、アンデッドの魔物に与えられるダメージを10%増加させることができた。
この世界に於いても、その例が当て嵌まるのかどうかは判らないが。少なくともユリがこの坑道迷宮地に配置するのは『アトロス・オンライン』の使役獣なので、銀で鍍金した武器は有効的に機能することだろう。
確かにカナヤマヒコの言う通り、それを銀ではなく『魔銀』の鍍金で行った場合に、アンデッドに与えられるダメージ量がどう変わるのかは。ユリにも少しばかり気になる所ではある。
また、実体の無い敵―――例えばゴーストやレイスといった魔物は、魔法効果が付与された武器でなければ有効なダメージを与えることができないのだけれど。
魔銀は『銀に魔力が結びついた素材』なので、それで鍍金を施した武器は、ある意味で『魔法武器』であると言えなくも無い。
これもカナヤマヒコの言う通り、確かに気になる所ではある。
あとで『竜胆』にお願いして魔銀鍍金の武器を1本作って貰い、実際に検証してみるのが手っ取り早いだろうか。
「話が弾むのは結構だけれど、鉱床の前に着いたわよ」
まだ魔物が配置されていないので、坑道内の移動はスムーズに進む。
事前に『桔梗』から受け取っていた地図で確認しておいた通り、入口から最も近い鉱床へと辿り着いたユリは。まだ『魔銀』について意見を交わしているソフィアとカナヤマヒコの2人の会話に、そう告げて割り入った。
「ああ―――申し訳ありません、ご主人様」
「2人がもう打ち解け合えたのなら、何よりですけれどね。とりあえずソフィアにこの鉱床を、実際に掘ってみて貰っても構わないかしら」
坑道は基本的に土肌が露出した、洞窟状になっているのだけれど。鉱石を掘ることができる『鉱床』は、その部分だけが判りやすく、壁際が岩盤状になっているのが特徴だ。
当たり前だけれど―――本来の『鉱床』というのは、ここまで露骨に判りやすいものではない。あくまでカナヤマヒコとカナヤマヒメという2柱の『鉱山の神』が齎してくれる恩恵によって鉱物資源が集められ、坑道の壁際にこれだけ判りやすく密集して『鉱床』を形成しているだけだ。
とはいえこの坑道を今後利用するのは、元ダカート市民であった人達を除けば、その殆どが採掘の経験など皆無な人達ばかりだろうから。
鉱床自体が、これぐらい判りやすく『ここを掘れば鉱物資源が得られます!』と主張しているぐらいでなければ、なかなか上手くはいかないだろう。
「えっと……。まずは片眼鏡を使えば良いのですよね」
「ええ、眼窩に嵌めてみて頂戴」
探索者に貸与予定のこれは『坑夫の片眼鏡』という名前の魔導具で、身に付けていると視界内に鉱物資源がある場合、それが光って強調表示されるようになる。
銅であれば茶色の光を、銀であれば銀色の光を―――という具合に、鉱物資源によって光り方が異なる、慣れれば何の鉱物がそこにあるのかは一目瞭然だ。
また、目を窄めるようにしてより深く視ようとすれば、鉱床の表面部分より更に50cmまで奥にある鉱物資源を『透視』することもできる。
「あ、鉱床の左下の方に、銀色の光が幾つか視えますね。あの部分を掘れば、魔銀が得られるということでしょうか」
「それは是非、実際に掘って確かめて頂戴」
もうひとつ探索者に貸与予定なのが『魔衝ピッケル』という魔導具で、このアイテムで岩盤を打ち付けると、内部に蓄えられた魔力を全て消費して、打った地点から半径50cm以内にある岩盤を1発で全て破砕することができる。
岩盤がどれだけ固くとも破砕できるので、この魔導具を用いれば採掘経験が全く無い素人にでも、問題無く掘ることができる筈だ。
「わっ、これは簡単ですね……!」
ソフィアがピッケルで岩盤を打つと、たちまち岩盤が綺麗な半球状に破砕され、その中にあった鉱物資源が転び落ちた。
採掘された鉱物資源は、その場でゆっくりと消滅する。これは『迷宮地』の中で倒した魔物の素材を自動的に解体・回収してくれている【回収結界】の設定を少し変更することで、ここでは採掘した鉱物も自動回収されるようにしてあるからだ。
「採掘した鉱石は丸ごと窓口に送られるから、実際に何の鉱物がどれだけ採れたのかは、探索を終えた後に窓口で手続きをする時のお楽しみになるわね」
「なるほど。重たい鉱石を抱えて移動しないで済むのは助かりますね……」
結界による自動回収が無ければ、半径50cmの―――即ち直径1メートルものサイズがある半球形の岩盤を、地上まで担いで持ち帰らなければならなくなる。
非力なソフィアにとっては、かなりの苦役となるのは間違いないだろう。
「……本当に、1度使うと、蓄えられた魔力がゼロになるのですね」
試しにソフィアがもう数度、岩盤をピッケルの突起部でコンコンと打ち付けてみるものの、先程のような破砕が起きることは無い。
既にピッケルに蓄えられた魔力がゼロになっているため、魔導具としての機能が作動しない状態になっているからだ。
「この迷宮地は【濃魔結界】で囲ってあって、魔力濃度が高くなっているからね。30分ほど探索していれば、またピッケルは使用可能になるわ」
魔衝ピッケルは周囲の魔力を吸収して、内部に蓄積することができる。
なので30分も経てば再充填されて、もう一度使えるようになるわけだ。
「30分ですか……。結構掛かりますね」
「妖精や精霊、それから魔法生物かアンデッドの魔物を討伐すれば、再充填に必要な時間を少しずつ短縮することもできるから。余裕があれば狙ってみても良いかもしれないわね」
妖精系と精霊系の魔物は倒されたときに『陽の魔力』を周囲に大量に放出し、魔法生物系とアンデッド系の魔物なら、倒されたときに『陰の魔力』を周囲に大量に放出する。
どちらの魔力であっても、魔衝ピッケルが内部魔力を蓄積する助けとなるので、これらの魔物を狩れば狩るほど、再充填に要する時間は短縮される。
だからこの坑道迷宮地では、魔物を効率良く倒せることが、そのまま採掘効率を上げることにも繋がるわけだ。
「この迷宮地に、通常の採掘道具を持ち込んで掘るのは可能なのでしょうか?」
「別に構わないけれど素人にはお勧めできないわね。坑夫の人達以外がやっても、硬くて掘れたものでは無いと思うわ」
カナヤマヒコとカナヤマヒメに鉱石資源を集めて貰うことで形成されている鉱床の岩盤は、一般的な岩盤のそれより遙かに硬いものとなっている。
坑夫の人達であれば、掘ることも可能だろうけれど。素人が安易にやろうとしても、手が血豆だらけになるのが落ちだろう。
「ふむふむ……。ちなみにこの坑道で掘れるのは、やはり銅と魔銀だけですか?」
この鉱山は、公国で管理されていた頃には銅と銀しか産出していなかった。
その事実を知っていればこそ、ソフィアはそう思ったのだろうけれど。
「いえ、ここでは何でも掘れますな」
「何でも……?」
即答したカナヤマヒコの言葉に、ソフィアは首を傾げてみせる。
まあ、その一言だけではなかなか判らないだろう。
「某や妻は一応『鉱山の神』ですからな。増やそうと思えば、どんな鉱物資源でもこの鉱山に追加することができます。とりあえず、現時点では金や白金などの埋蔵量も、それなりに増やしておりますよ」
「白金が掘れたところで、加工できる炉が無いでしょうけれどね……」
「ははは、そこまでは某の知る所ではありませんな」
カラカラと愉快そうに笑いながら、そう言ってみせるカナヤマヒコ。
一方でソフィアは、あんぐりと大口を開けながら驚愕を露わにしていた。
-
お読み下さりありがとうございました。




