131. 試験採掘(前)
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翌日の『春月33日』、ユリは2人の人物を伴って『桔梗』が既に完成させている『鉱山都市』の敷地内に用意された、『坑道迷宮地』のひとつを訪ねていた。
この場所を『迷宮地』として稼働させる前に、探索者に貸与する予定のアイテムの使い心地などを、実際に試験しておきたかったのだ。
また坑道の『迷宮地』というものがどういう場所なのかを、『探索者ギルド』を任せているソフィアと共に、この目で確認しておきたかったというのもある。
そんなわけで、今回の同伴者の片方はソフィアだ。
彼女は既に〔賢者〕のレベルを30以上に成長させているので、この『迷宮地』で産出するコバルト等の鉱石を素手で扱っても、問題無い耐性を有している。
そしてもうひとりの同伴者は―――ある意味ではこの鉱山の『守護神』とも言える存在のカナヤマヒコだ。彼は己の持つ権能により、この鉱山を富ませるという、大変重要な役割を担ってくれている。
ちなみに誘ったのはカナヤマヒコだけで、カナヤマヒメには声を掛けなかった。
彼女は淑女らしく装うためなのか、カナヤマヒコと一緒に居る時には一言も喋ろうとはしないから。今回はどうせ連れてきても、何も意見を言ってくれないことが判りきっていたからだ。
「坑道……と聞いて、安全性に少し不安を持っていたのですが。これだけ堅固に作られているなら、坑内で攻撃魔術などを使用しても崩落の危険は無さそうですね」
鉱山の中でも比較的浅い場所にある、低レベル向けを予定している『迷宮地』の坑道の中へ踏み行った後に。ソフィアが坑道内の様子を見渡しながら、そう感想を口にしてみせた。
『探索者ギルド』の主である彼女からすれば、やはり探索者を潜らせても大丈夫な場所なのかどうかというのは、やはり気になる部分だったのだろう。
「魔物から得られる特別な木材を、坑木に使用しているらしいからね。非常に頑丈な上に、木材なのに炎にも耐性があるとか。坑内の空気もきっちり循環するように設計してくれたから、火魔法を多用した場合でも息苦しくなったりもしないわ」
建造を手掛けたのはもちろん『桔梗』の子達なわけだけれど、一応その仔細について他者に充分説明できるだけの情報は、ユリも報告書を通して受け取っている。
「素人目にも明瞭に判るほど、卓越した腕前ですな……。某共の社や屋敷も造って下さいました、彼の職人少女達の仕事なのでしょうか?」
「ええ、そうです。『桔梗』という部隊の子達の仕事ですね」
「なるほど。流石はユリ殿、素晴らしき臣下をお持ちでいらっしゃる」
手放しに賞賛するカナヤマヒコの言葉に、思わずユリの頬が緩む。
愛する子達が褒められるのは、自身が褒められるよりずっと嬉しいことだ。
「あの、ご主人様。宜しければ私に、こちらの御仁がどういった方なのか、ご紹介を頂けませんでしょうか?」
「ああ―――ごめんなさい。そういえば、まだ紹介していなかったわね。こちらの男性はカナヤマヒコ殿という方で、この鉱山を管理して頂く神様になるわ」
「カナヤマヒコで御座います。どうぞよろしくお願い致します」
すっくと姿勢を伸ばした後に、正確に90度の角度で深く頭を下げてみせたカナヤマヒコの対応を見て。ソフィアは明らかに狼狽してみせた。
「かっ、神様でいらっしゃるのですか!? そ、そんな、恐れ多いです! 私などに頭を下げたりなさらないで下さいませ!」
「某は確かに神の1柱ではありますが、本来であればこの世界とは縁無き存在に過ぎませぬ。この世界の住人であるソフィア殿には、別に某を敬う必要も恐縮する必要もありませぬ故、どうぞ遠慮なさらず気軽に話して下され」
「そ、そうなのですか……?」
「はい。今はユリ殿に忠誠を捧ぐ、一介の下僕のようなものです」
「あら―――では私はご主人様の奴隷ですから、似たような立場ですね」
「なるほど、貴女も……。では、今後とも宜しくお願い致します」
「はい、こちらこそ宜しくお願い致しますわ」
深々と頭を下げるカナヤマヒコに対して、カーテシーで応じるソフィア。
会話の内容は突っ込み所が満載だったような気もするけれど。……まあ、2人が打ち解け合えたのであれば、別に構わないだろうか。
「ご主人様。この『迷宮地』には、まだ魔物は配置していないのでしょうか?」
「ええ、していないわ。だから周囲を警戒する必要は無いわよ」
どの階層に何の魔物を配置するかは、まだユリも決めかねている。
実際に配置されるまでには、あと数日ぐらい掛かるだろう。
「今日はカナヤマヒコに作って貰った、この坑道の鉱床を視察に来たのと、あとはこの2つのアイテムの使い心地を確かめるのが目的ね」
「それは……ピッケルと、片眼鏡でしょうか?」
「ええ。坑道の『迷宮地』に挑戦する探索者には、中で鉱石を自由に採掘できるように、この2つのアイテムを貸与する予定なのよ。というわけで、ハイ」
そう告げて、ユリは2つのアイテムをソフィアに手渡す。
「この後で鉱床まで行ったら、実際に使ってみて頂戴。いきなり渡されたソフィアでも扱えるようなら、他の探索者達にも問題無く掘れるでしょうから」
「なるほど……。判りました、やってみますね。片眼鏡はもう目に嵌めておいた方が良いのでしょうか?」
「いえ、鉱床の前に到着してからで構わないわ」
ついでにユリは、ピッケルと片眼鏡をカナヤマヒコにも手渡す。
せっかく同行してくれているのだから、彼にも使い心地を試して貰おう。
「いやあ―――こちらの世界に喚ばれてからというもの、『放送』される探索者の様子を眺めながら、妻と共に応援するのが楽しみでしてな。某の管理土地である鉱山にも今後は探索者が来てくれるのかと思うと、楽しみでなりませぬ」
ユリからアイテムを受け取ったカナヤマヒコは、心底から嬉しそうな笑顔を浮かべながら、そう語ってみせた。
まだ現時点では新しく造った側の『鉱山都市』には人を住まわせていないので、その付近にあるカナヤマヒコ・カナヤマヒメの両名が住む神社にも、訪問する人が誰もいないから。彼は妻と日がな2人きりで過ごしていることになる。
娯楽の少ない世界で、ずっと2人きり過ごしていれば、どうしても退屈な時間も多くなることだろう。どうやらカナヤマヒコ夫妻は、そうした時間に『放送』を視聴することで、楽しんでくれているらしい。
話を聞いてみた所、特にダカートの都市からユリシスへと出向いている、坑夫の探索者達が『迷宮地』に挑む様子を、妻と共に応援してくれているそうだ。
やはり鉱山の神としては、坑夫に親近感を覚えるのだろうか。
「もし許されることなら、某の鎚で武器の一本でも打って、坑夫の探索者達を応援してやりたい所なのですが」
「鍛冶工房は『鉱山都市』のほうに幾つか造ってあるから、都市の開放後はそちらで好きに武具を打って貰って構わないわよ? 何なら材料も提供するし、武具店を営業するのであれば、その建物も用意させて貰うわ」
「何と―――そこまでして頂いて、宜しいのですか?」
「ええ、もちろん。但し、坑夫の探索者達だけを優遇したりはしないようにね」
「当然のことで御座いますな。ユリ殿の過分な配慮に、心より感謝申し上げます」
「鉱山を豊かにすることで返してくれれば、私としては言うことは無いわ」
「御意に。某と妻の役目なれば、十二分に果たしてご覧に入れます」
坑道の地面に両膝を付いて、ユリに頭を下げながらそう告げるカナヤマヒコ。
いつの間にか、完全に臣下の礼を取られている気もするけれど―――まあ、別に実害は無いだろうから、構わないだろうか。
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