130. 鉱山都市と坑道の完成
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『迷宮地』の攻略本を作りたい商会を『放送』で募ると、ユリが何かと懇意にしているロスティネ商会とトルマーク商会を筆頭に、6つの応募があった。
これにソフィアが会頭を務めるテオドール商会を加えた合計7つの商会に、早速その2日後には『竜胆』の子達が製作した活版印刷機が1台ずつ貸与された。
活版印刷とは凸型の『字型』と呼ばれるものを並べて組版を作り、それにインクを塗布して印刷する技術のことだ。
メキア大陸で一般的に使われているのは『表音文字』なので、アルファベットと同様に、使われている文字の種類自体は少ない。
なので日本のような漢字文化圏とは違い『字型』の種類が少なくて済む為、もともと活版印刷を普及させやすい環境なのだと言うことができた。
またこの世界では、木材を魔法で加工することで『紙』が簡単に作られている。
文明レベルから考えると異常な程に上質な紙が安価に出回っているため、印刷技術さえ浸透させればそれだけで、出版物もまた市場に安価に普及し得るだけの環境が、既に整っているのだ。
ユリからの勧めもあり、国から印刷機を貸与された商会は、まず試験的な運用として『迷宮地』の情報を扱った『瓦版』のようなものを作り、探索者ギルドで頒布したのだけれど。これが驚くほどに、製造コストが掛からなかった。
更には、ユリも予想していなかった『追い風』も1つあった。
〈侍女〉系の職業は〈侍女の鞄〉というスキルを修得することができ、レベルに応じた量のアイテムを異空間に格納しておくことができる。
また、このスキルの所持者は格納しているアイテムの中から任意のものを、一瞬で自身の手の中に取り出すことができる。
―――このスキルが、活版印刷で最も肝となる組版作業を、信じられないほどに楽なものにしてくれたのだ。
何しろ、組版作業の際に挿入したい文字をイメージすれば、一発でその『字型』を正確に、格納領域から取り出すことが出来てしまう。
組版作業で最も大変なのは、挿入したい文字の『字型』を逐一選び出して、それを型に1つ1つ版に組み込んでいくことなのだけれど。〈侍女〉系の者が担当すると、この作業を他者の10倍近い速度で、しかも大変正確に行うことができた。
このため〈侍女〉系職業を選択している人達を数人雇用すれば、どこの商会でも活版印刷機をすぐに熟練の職人のように活用できたのだ。
各商会に活版印刷機を貸与し始めてから5日後には、街中に出版物が急速に出回り始めるようになっていた。
その影響なのか、大聖堂に来て文字の読み書きを教わることを希望する人達が、俄に急増しつつあるらしい。
大聖堂に負担を掛けるのは本意ではないので、あまり識字修得の希望者が多いようであれば、それを学べる専門の施設などを用意すべきなのかもしれない。
(初等教育の機関ぐらいは、国主として用意するべきなのかしら……)
少なくともユリは、国民に愚昧で居て欲しいとは思っていない。
とはいえ、流石に教育機関を1から作るとなれば―――金銭的にも労力的にも、そのコストが莫大なものになることは想像に難くない。
溜まりすぎている国庫から金が減るのは、割とユリとしては歓迎すべき事態でもあるから……。まあ、多少考えてみるぐらいは、良いだろうか。
何にしても本格的に『教育』の分野に踏み込む場合には、ルベッタやアドス、それからソフィアなどにも相談した方が良いのは間違い無いだろう。
―――そんなことをユリが思案していると。
不意に、執務室のドアがコンコンと2度ノックされた。
「どうぞ」
ドアの外に向けてユリが声を掛けると、呼応してすぐに扉が開かれる。
「失礼します、姐様」
「あら、メテオラではないの。建造作業の進捗はどう?」
そこに立っていたのは『桔梗』隊長のメテオラだった。
「そのことで姐様にご報告がありまして。『鉱山都市』の建造は坑道の整備も含め、本日午前中の作業をもって全て完了致しました」
「それは―――ご苦労様でした。いつも大変な作業を任せてごめんなさいね」
「いえ、とんでもありません。探索者が攻撃魔法を多用しても問題無いレベルにまで坑道の安全性を高めるのに苦労しまして、作業に予想以上に時間が掛かってしまいました。遅くなりまして申し訳ありません」
そう告げて、メテオラが深々とユリに頭を下げた。
本日の日付は『春月32日』。鉱山都市の完成はもともと『今月末までには』という話だったので、予定よりも少し早めに完了していることになる。
なのでメテオラが謝罪するのは、流石に筋違いというものだ。
「いいえ、メテオラや『桔梗』の皆は大変良くやってくれました。心より感謝していると、皆に伝えておいて頂戴」
「ありがとうございます。姐様の言葉を聞けば、皆も喜ぶでしょう」
メテオラはそう告げてもう一度深く頭を下げた後、ユリの執務机の上に、1枚の大きな用紙を広げてみせた。
「こちらが完成した坑道の地図になります」
「ふむ……。入口が3つあって、それぞれ別々の坑道になっているわね」
「はい。あとは姐様の側で配置する魔物のレベルを揃えて頂くことで、ユリシスの『迷宮地』と同じく推奨するレベル帯を分けて頂き、3つの『迷宮地』として活用して頂くことを想定しております」
「なるほど……」
『竜胆』副隊長のクーナからは、【浄化結界】で粉塵対策を行う場合、探索者のレベルが大体30程度あれば、コバルトの毒性を無視できると助言を受けている。
なので坑道の『迷宮地』に入れるのは、天職と職業のレベルのうち、少なくとも片方が『30以上』の探索者のみに制限すべきだろう。
いや―――多少の余裕を見て、制限レベルはもう少し上げるべきだろうか。
「では『下位坑道』と『中位坑道』、それと『上位坑道』の3つね。推奨レベルはそれぞれ『41~60』、『61~80』、『81~100』程度の探索者に設定しておきましょうか」
最も低いものでも『41以上』の推奨レベルに設定しておけば、流石にレベルが30以下なのに来ようとする者も居ないだろう。
「その辺の判断は姐様にお任せ致します。私達の仕事は、あくまでも場所を完成させることだけですので」
「そうね、あなた達は良い仕事をしてくれたわ。後は私の方で良いように活用してみせるから、期待しておいて頂戴」
「はい、楽しみにしております。―――あ、できれば使役獣の配置が完了された後にでも、一度ユリシスの『迷宮地』でやった時と同じように、試験探索をやってみて頂けると嬉しいです」
「判ったわ、心に留めておく」
「ありがとうございます、姐様。それでは私達は、今日からは『神域都市』の設計作業に入らせて頂こうと思います。また何かありましたら、いつでもお呼び下さい」
「ご苦労様でした。またその時に、力を貸して頂戴ね」
「はい!」
執務室から退室するメテオラを見送ってから、ユリは再び坑道の地図を眺める。
元々あの鉱山にあった坑道は、坑内通気や排水を考慮していなかったために、大した広さも無かったと聞いているけれど。メテオラが提示した地図からは、かなりの広さにまで坑道が拡張されていることが窺えた。
ちなみに3つある坑道は全て、わざわざ階段を設けることで『8階』構成にしてくれているようだ。
ユリシスに6つある『迷宮地』は5階構成なので、階数は坑道の方が3つ多い。その分最深階まで行くと、かなりの深さにまで及ぶようだ。
深い場所にほど、強力な使役獣が配置されることになるだろうから。浅い階層にある鉱床ほど多くの人に掘られ、深い階層にある鉱床ほど他人の手が触れないまま残され易いことになる。
その辺の差が、大きく探索者の収入に直結することになるだろう。
(それじゃあ、使役獣の配置を考えますか―――)
坑道の『迷宮地』に配置する魔物は、『コボルト』と『妖精』と『精霊』、それから『魔法生物』と『アンデッド』にすることが既に決まっている。
だからユリシスの『迷宮地』に配置する魔物を決める際に、随分と時間を掛けてしまったのとは違って。今回は坑道の地図を眺めながら配置を決めるのにも、それほど時間は掛からなかった。
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