129. 大丈夫? 探索者ギルドの攻略本だよ?
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サユリが初めて『迷宮地』に挑戦する―――その『放送』は、結果的に言えば国内外の市民から大好評の反応があった。
予想してはいたことだけれど。やはり市民の中には『迷宮地は戦闘職を取得しており、かつ身体に自信がある人達が挑むもの』という先入観があったようだ。
けれど子供同然の小さな体躯である上に、天職・職業共に『生産職』を選択したレベル1のサユリが、迷宮地の中で戦闘職を取得した2人―――リュディナやアルカナにも負けない活躍を見せ、充分な戦果を挙げたこと。
その事実が『放送』によって広まった結果、多くの人達に『自分でも案外頑張れるのでは』という自信を与え、ユリシスの都市で活動する探索者の数は、これまで以上に飛躍的に増加することとなった。
お陰で『探索者ギルド』の業務が許容量を超過し、ギルドマスターを務めているソフィアから泣きが入った結果。一時的に『撫子』の子達やその従者達が十数名、応援のために出向することになった程だ。
探索者が俄に急増すれば、迷都ユリシスの市街や、あるいは『迷宮地』内の治安が急速に悪化しそうなものだけれど―――。そうはならないのが百合帝国の強みであり、また『迷宮都市』であるユリシスの強みだとも言えるだろう。
ユリシスの都市内はユリの【空間把握】の魔法で常に監視されており、一定以上の犯罪行為に及んだ者は当日中に捕縛し、例外なく『国外追放』の処分を受けることになる。
市街で犯罪を犯した者が、必ず翌日までには『消えている』都市。―――それが迷都ユリシスなのだ。
その事実が既に市民に充分知れ渡っている以上、都市内で短慮を起こす者など、滅多に出ることでは無い。
稀に酒に溺れ過ぎた結果、周囲に暴力を振るう者が出ることもあるけれど。そうした犯行も善意の市民が抑止に協力し、犯罪者の捕縛にも協力してくれるため、ここでは他国では考えられない程に迅速に解決され、被害も軽微なもので済む。
何しろ、迷都ユリシスは腕自慢の猛者達が集まっている都市なのだ。酔っぱらいの1人など軽く捻れる実力を持つ探索者が都市内のそこかしこに居て、治安維持のために積極的に協力してくれるというのだから、何とも頼もしい。
そして―――ともすれば一種の無法地帯ともなりそうな『迷宮地』の中が、地上よりもずっと犯罪の発生数が少ない場所となっているというのが興味深い。
迷宮地を探索する人達の姿は、常に『放送』されているから。畢竟、人は他者から見られていることを意識すれば、犯罪に手を染められない生き物なのだろう。
ユリシスの都市が嘗てない賑わいを見せたことで、都市への居住を希望する者が急増した結果。人口0人からスタートしたユリシスに、今や1万を超える居住者がいるというのは、非常に感慨深いことだ。
都市内への出店も増えた。『転移門』の利用者により、日中から夜間に掛けては住民の数倍の人出で賑わうこともあり、百合帝国・ニムン聖国・シュレジア公国の大手商会が、挙ってユリシスの都市内に様々な商店を開いている。
メキア大陸の中で最も栄えている都市―――それが『迷都ユリシス』であるという事実を疑う者は、最早どこにも存在していなかった。
「―――ご主人様にご相談があります!」
迷宮探索の『放送』から1週間以上が経過した『春月24日』の午前中。
例によってユリが執務室に籠っていると、今日は珍しくソフィアが訪ねてきた。
「あなたが来るのは珍しいわね。もう『探索者ギルド』は落ち着いたの?」
「はい、お姉さまからお借りした人達の助力もありまして、何とか。
……というか、お姉さまが出向させて下さった方々、信じられないぐらいに超優秀なのですが。ギルドで引き抜かせて頂くわけにはいかないのでしょうか?」
「それは駄目よ。私のお嫁さんや、その従者達なのだもの。有事の際には率先して動いて貰わないといけないから、特定の職に就かせるつもりは無いわ」
「ううん、残念です……」
「それで『相談』というのは、何かしら?」
「はっ、そうでした。先日の『放送』で話されていたような『迷宮地』の情報を、色々と教えて頂きたいのです」
ソフィアの『相談』とは、迷宮地に関する情報をソフィアがユリから聞き出し、探索者ギルドでそれを冊子に纏めたいという要望だった。
特に、最初は『初級者向けⅠ』の迷宮地に関する情報のみを集めた冊子を作り、探索者としての活動を始めたばかりの人達が有意な知識を効率良く得られるよう、ギルドの側で援助してあげたいそうだ。
「つまり、あなたは『攻略本』を作ろうというわけね」
「……攻略本、ですか? ああ―――いえ、その名称は判りやすくて良いですね。今後はそちらの名称で本件を進めさせて頂いても?」
「それは構わないけれど……」
ユリからすれば『迷宮地』に関する情報を冊子に纏めようというソフィアの試みは、まさしく『攻略本を作る』こと以外の何物でも無いように思えたのだけれど。どうやら、こちらの世界では『攻略本』という単語は一般的では無いらしい。
いや―――まあ、それもそうだろう。『攻略本』というのは、どちらかと言うとゲーム用語に近い呼称なのだから、異世界でそれが通用する筈も無いのだ。
(ふむ……)
迷宮地に関する情報を纏めて広めよう、という試み自体は悪くないと思う。
けれども、それを探索者を管理する立場にある『探索者ギルド』が最初にやってしまうのは、少し良くないことであるようにユリには思えた。
理由は単純で―――他が追随できなくなる可能性があるからだ。
ゲームの攻略Wikiなどでは特に顕著だけれど、情報というのは纏める際に、編集者の視点が色濃く反映されてしまう。同じ情報を扱っていても、あるサイトで纏められた攻略情報と、別のサイトで纏められた攻略情報から、全く異なる印象を読み手が抱くことは決して少なく無いものだ。
できれば情報は多面的な視点から纏められる方が―――即ち複数の媒体によって扱われる方が、望ましいとユリは思う。
「ソフィア、あなたは『テオドール商会』の会頭でもあったわよね?」
「あ、はい。その通りですが……」
「では『迷宮地の攻略本』を作成するという案については『探索者ギルド』としてではなく、『テオドール商会』の事業としてやってみてはどうかしら?」
「……それは、何故でしょう?」
「『探索者ギルド』が率先して迷宮地に関する情報を纏めてしまえば、そこに他者が介入する余地が無くなってしまうからね。それよりはソフィアが『商会の事業』の1つとして行うほうが、他にも『攻略本』を作ろうと名乗りを上げる商会が出て来て、面白いことになると思うのだけれど」
「ん……。つまりご主人様は、攻略本の作成は市場競争の中で行われるべきだと、そのようにお考えなのでしょうか?」
「そう受け取っても構わないわ」
様々な商会が名乗りを上げて、自らの力で情報を収集し、それを本に纏めて世に広めてくれる―――その形がユリは最も望ましいと思う。
だからユリは自身が知る『迷宮地』の情報や、そこに配置されている魔物の情報などを、ソフィアに話す気は無い。他の商会と同じく『テオドール商会』にも、自らの力だけで情報を収集して『攻略本』を作って欲しいからだ。
「商会の利益には充分なると思うけれど、どうかしら?」
「そう、ですね……。写本を作るのにはコストが掛かりますが、それを超える利益も出せなくは無いかもしれません。今は『迷宮地』のブームが来ていますからね」
「では国の方から『印刷技術』を提供しましょう。本を作るコストが今の100分の1ぐらいになれば、採算が取れるかしら?」
「……えっ?」
「木版摺りか、それとも活版印刷か―――。何にしても『竜胆』の子達に頼めば、写本よりはずっとマシな複写技術をすぐに再現してくれるでしょうね」
あるいは『竜胆』の子達に頼れば、それ以上のものが出て来そうな気もするが。それはそれで構わないだろう。
この世界は神殿施設で読み書きを無償で習える関係で、義務教育制度が無いにも拘わらず、識字率自体はそこそこある。
なので情報が今よりもずっと容易に手に入る社会にしてしまうというのも、それほど悪い考えではない筈だ。
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お読み下さりありがとうございました。




