13. 嗜虐者にもなる
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現在は『百合帝国』の拠点として利用しているニルデアの領主館だけれど、その建物の中にはユリが独占使用させて貰っている一室がある。
8畳サイズ程度の、充分な広さがある部屋だ。『百合帝国』の皆はユリにもっと立派な、領主館の中で最も広い部屋を利用するように勧めてくるけれども、あまり広すぎる部屋だと落ち着かないと思ったのでこの部屋を使わせて貰っている。
部屋の中にあるのは小さめの円形テーブルが1台と椅子が4脚、それから寝台が1つだけ。そもそもユリは眠る時以外にあまり自分の部屋に居ることが無いので、現状の設備だけで特に不満も無かった。
普通であれば、せめてワードローブやクロゼットといった衣装を収納する家具ぐらいは欲しくなる所だろうけれど。ゲームのプレイヤーキャラクターであるユリは〈インベントリ〉という収納領域を持っており、ある程度の量のアイテムはそこに収納しておくことができる。
また〈絆鎖術師〉の職業を持つユリは『空間』系の魔法を得意としているので、魔法で作成した空間に入れることで〈インベントリ〉には収まりきらない量のアイテムも格納しておくことができる。
『撫子』の子達が持っている『侍女の鞄』という大容量収納スキルほど便利ではないにしても、その収納力はなかなかのものだ。
「とりあえず、今回はコレかな」
魔法の収納空間からユリは1揃いの靴を取り出す。
黒い飾り羽が付いたこの靴は、そのまま『黒羽根の靴』という名前を持つ。ユリが所持する魔法道具のひとつで、この靴を装備している間は【自在飛行】の魔法を行使でき、自由に空を飛ぶことが可能となる。
椅子に腰掛けてユリが『黒羽根の靴』に履き替えていると。不意に、コンコン、とドアが二度ノックされる音が部屋の中へと響いた。
「―――どうぞー?」
靴紐を結びながらも、ドアの外に向けて少し大きめの声で呼びかけると。ユリの言葉に応じてひとりの少女が部屋の中へと入ってきた。
フリルの多いゴスロリ調の衣服に身を包んだ、小さくて可愛らしい黒髪の少女。背中からは種族が吸血種であることが判る黒い双翼を生やしていて、それが衣服や黒翼とマッチして不思議な魅力を完成させている。
今は武器を持って居ないけれど、戦闘では身の丈を遙かに超える大鎌を手に戦い、屠った相手の魂を贄にアンデッドを生み出す。『アトロス・オンライン』のゲーム内で最高の殲滅能力を有する〈死導師〉を職業に持つ『黒百合』の少女だ。
「テレスじゃない。どうしたの、私に何か用?」
黒百合の子達は大体みんな同じような格好をしているけれど、それぞれの少女をちゃんと個別に愛しているユリには、もちろん簡単に見分けられる。
ユリに名を呼ばれた少女は、どこか決まりが悪そうな顔をしながら、そっぽを向いてみせた。
「ユリ」
『百合帝国』の主であるユリを呼び捨てにするのは『黒百合』の子だけだ。
ああ、いや―――今はラドラグルフもだけれど。
「うん、何かしら?」
「籤を引いた結果、私が1番目になったから。……それだけよ」
「そう」
ぶっきらぼうに口にしたテレスの頭にユリはそっと触れて、優しく撫でる。
するとテレスは、ますますふてくされた顔になりながらも。けれど、抵抗ひとつすることなく、ただユリに撫でられるがままにされてくれた。
「……ユリ。恥ずい」
「いいじゃないの。どうせ私しか見てないわ」
「そうだけど……」
「ねえ、テレス。今から私がする質問には『必ず正直に答えなさい』ね」
「何……?」
「私とするのって、嫌じゃない?」
テレスの目を見ずに、ユリは真剣な声でそう訊ねる。
ユリは『百合帝国』の主であり、立場的にテレスより上位者なのは間違いない。そんな自分が部下に関係を迫るというのは、あまり良いことでは無いようにユリには思えたのだ。
だからユリはそれを、明確な言葉として問うた。
『配下NPC』はプレイヤーが操作するキャラクターに対して常に忠実であり、意志を籠めて『命令』すればそれに逆らうことができない。
ユリが『正直に答えなさい』と求めれば、テレスは心を隠せなくなる筈だが。
「―――嫌なわけ無いでしょ。馬鹿なの?」
果たして、ユリの問いに返されたテレスの『正直』な反応は、心底呆れたという表情と共に告げられる否定の言葉だった。
「何年一緒に居ると思ってるの。流石にそのぐらいは理解してなさいよ」
「う……。ごめんね、テレス」
「許さない。許さないわ、絶対。……今晩、私のことを虐めてくれない限りは」
「……やっぱり、そういうのがお好み?」
「うん」
『黒百合』の子達はその全員が、一種の被虐願望のようなものを持っている。
彼女達は『配下NPC』の中で唯一ユリを呼び捨てにするし、侮蔑的な言葉や挑発的な行動を、ユリ相手にさえ取ることがある。
そうした言動の動機は、彼女達が主であるユリから『叱られたい』という願望を持っているからだ。いや、もっとはっきり『虐められたい』願望を持っていると言い表す方が、より正確だろう。
これは『黒百合』のキャラクターを最初に作成した際、ユリが彼女達をそういう性格に設定したからだ―――というわけでは無い。断じて無いったら無い。
『アトロス・オンライン』には納得できない大変理不尽な仕様が幾つかあって、そのひとつが種族が吸血種のキャラクターを配下NPCにすると、自動的に性格がマゾになるというものだ。
ちなみにこれはNPCの性別に関係無く、自動的かつ強制的にそうなる。
このことを知らずに『格好良い男吸血鬼キャラを部下にしよう!』と考えて配下NPC全員を吸血種に設定したプレイヤー諸氏が、出来上がったイケメンの格好良い男吸血鬼(※マゾ)に囲まれて阿鼻叫喚の地獄絵図に陥ったという話は、定期的に掲示板に書き込まれる笑い話のひとつでもあった。
例に漏れず、ユリもゲームを始めて間もない頃はその辺の仕様を知らなかったものだから、『黒百合』の子達を吸血種の種族で作成してしまったわけだけれど。
……まあ、被虐願望も可愛い女の子が持っている分には、一種の可愛さや魅力の内になるので特に問題無いと思っていた。―――今の今までは。
「テレスが私にそうして欲しいって言うのなら、嗜虐者にもなるけれどね」
「ふふ……楽しみ。夜が待ち遠しい。鞭とか用意していい?」
「ごめんなさい、それは私には難易度が高いわ……」
生憎と、ユリに好きな子を鞭で打って悦に浸れるような嗜好は無い。
というか好きな相手を自分の手で傷つけるなんて、たぶん苦痛にしかならない。
「そういえば、夜には遠い……というか、まだ昼過ぎなんだけれど。私の所に来るには随分気が早いのじゃない?」
「護衛」
ユリの問いに、テレスは端的にそう回答する。
詳しく話を聞いてみると、どうやら籤により次回の『寵愛当番』になった者は、部隊任務から離れてユリの『護衛』として1日一緒に居て良いことに、事前に皆で話し合った際に決められているらしい。
もちろんこの話し合いにユリは参加していないし、そもそも呼ばれてもいない。一番の当事者の筈なのに……。
「護衛だから、ユリがどこかに行くなら私もついていく。そういえば……『黒羽根の靴』に履き替えていたみたいだけど、出掛けるの?」
「ええ。少し空からこの都市を眺めてみたくてね」
「空から? 都市を陥とした時にたっぷり見たじゃない」
「それはそうなんだけれどね」
あまりに淡泊なテレスの言葉に、思わずユリは苦笑させられてしまう。
確かに一度はラドラグルフの背中から、既に十分過ぎるほど見下ろしたけれど。
「『桔梗』の子達に新しい都市を造らせる話は、もう聞いているかしら?」
「ん。カシアから聞いた」
カシアは『黒百合』の隊長を務めている子の名前だ。
どうやら上意下達の伝達は、部隊内でしっかりやってくれているらしい。
「悪臭と不衛生の問題は看過できないから、新しい都市を作って現在の住民は全員移り住ませるつもりでいるけれど。悪臭の件さえなければ、ニルデアにも良い所はたくさんあると思うのよ」
「……どうだろ」
「もちろん悪いところも沢山あるかもしれないけれどね。だから私は、この都市を改めて空から眺めてみて、良い所と悪いところをちゃんと確認しておきたいの。
私から『気付いたこと』さえ伝えておけば、あとは桔梗の子達が良い点を継承したり悪い点に改善を加えたりして、新しい都市をより洗練させてくれるからね」
「ふぅん」
あまり興味が無さそうに、テレスはそう言葉を漏らす。
都市運営に黒百合の子達が関わることは無いので、実際興味が無いのだろう。
「ユリとデートできるなら、別に何でも良いけど」
「ふふ。じゃあ一緒に空のデートと洒落込みましょうか」
「ん」
テレスの側からエスコートするように差し出してきた手を、優しく受け取る。
吸血種であるテレスは背中に黒い翼を持ち、ユリのように『黒羽根の靴』などを準備しなくとも、自分の力だけで自由に空を飛ぶことができる。
空を舞うことに慣れている先達に、手を引かれる時間もきっと幸せだろう。
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お読み下さりありがとうございました。
『上意下達』を必死に『じょうい[げ]たつ』で変換しようとする人が書いていますので、拙作は大変誤字が多いです。申し訳ない。
誤字報告機能からの指摘、いつも大変助かっております。ありがとうございます。




