127. 迷宮探索生放送中(中)
2戦目に遭遇した魔物は、通路よりも多少天井や幅が広く取られた小部屋の中に浮遊している、3体のコウモリの魔物だった。
「あれは『吸血コウモリ』ね」
魔物の名を口にするのは、仲間のリュディナとアルカナに教える為であり、もちろん視聴者に伝える為でもある。
この魔物は名前が示す通り、鋭い歯で噛み付いて獲物から血を啜るコウモリだ。
特に、充分な高度を確保した後に急降下しながら仕掛けてくる、高速滑空攻撃が脅威となる魔物だ。なので『迷宮地』で戦う場合には、まず『高度を取らせない』戦い方をすることが肝要となる。
「部屋の中で戦えば、高度を稼がれるわ。滑空攻撃が怖いというのもあるけれど、そもそもあまり高度を取られると近接武器だと戦いづらくなる。だからアルカナと私の矢で離れた場所から攻撃して、通路まで誘い込めば戦いやすくなるわ」
「なるほど」
どんな魔物にも、討伐難易度を下げる『賢明な戦い方』というものがある。
サユリはその事実を視聴者に向けて、なるべく判りやすく伝えるよう努力する。
有効な戦い方を学ぶことで、戦闘技術に自信がない人でも『迷宮地』の中で充分に戦えるのだと示すために。
「通路へ引き込んでしまえば、羽ばたいて移動することしかできなくなるわ。吸血コウモリは普通のコウモリよりも身体が大きいから、そのぶん重たくて羽ばたきで移動している時には動きが緩慢になるの。だから―――」
短弓から、サユリは狙い澄ました矢を発射する。
矢はサユリの狙った通りに―――吸血コウモリの頭部を貫いた。
「上手く誘い込めば、私みたいな弓の素人でも普通に当てられるわ」
「お見事ですサユリ」
「ありがとう、リュディナ。まあ本職の弓使いには敵わないけれどね」
サユリが1匹の吸血コウモリを倒す間に、短弓の扱いに長ける〔狩人〕の天職を持つアルカナは、残る2体の吸血コウモリを仕留めていた。
やはり最終的には技術の差も明確に顕れる。それは仕方の無いことだ。
「『放送』を見ている人達には、知識さえあれば戦闘の危険を大幅に軽減できる、という事実は知っておいて欲しいわね」
「ですが、その知識を得るためには結局、実際に危険を冒すしか無いのでは?」
「あら、私が何の為に他の探索者の様子を、自由に『放送』で見られるようにしていると思っているの。他人の体験から学ぶというのは大事なことよ?」
「なるほど……。確かに、それはその通りですね」
「レベルが高い人達が探索する様子を見るのは、娯楽としては面白いでしょうけれどね。視聴することで最も多く学びが得られるのは、自分に近いレベルの探索者の『放送』であることは、ちゃんと知っておいて欲しいわ」
危険を冒さなくとも、いつでも『放送』から戦訓が得られるということ。
それがいかに贅沢なことであるかは、言うまでもないのだから。
「サユリお姉さま、この先に3体います」
「ありがとう、アルカナ。あなたのお陰で私達は上手く戦えるのよ」
「め、滅相もないです! サユリお姉さまのお役に立てて嬉しいです!」
〔狩人〕の魔物察知能力は本当に頼もしい。仲間に〔狩人〕がひとり居てくれるだけで『迷宮地』探索の危険度は大違いになる。
天職や職業で得られるメリットは大きく、その中には知識だけで補えないものも数多くある。その事実もまた、適切に周知しておく必要があるだろう。
「……何でしょう、あれ? 頭からキノコが生えた、犬のように見えますが」
「その認識で合っているわ。あれは『犬キノコ』という名前の魔物よ」
「どちらかと言えば、キノコが生えた犬なのですから『キノコ犬』と呼ぶべきでは無いでしょうか……」
アルカナに回答したサユリの言葉を受けて、隣でリュディナがそう嘆息する。
まあ、そう思う気持ちも、判らなくは無いけれど。
「いいえ、これに関しては『犬キノコ』で合っているわ。だってあの魔物の本体はキノコの側なのだもの。犬の死骸に寄生して、あのキノコが動かしているのよ」
「……アンデッドモンスターの一種ですか?」
「本体のキノコ自体は生きているから、その括りには含まれないわね。犬の身体も寄生されて無理矢理『生かされている』状態を保っているから、とても新鮮よ。
ちなみに弱点はもちろん、頭に生えているキノコ。―――つまり魔物の本体ね。寄生されている犬の身体を攻撃しても、あまり有効なダメージは与えられないわ」
ちなみに、この『寄生キノコ』系の魔物は『アトロス・オンライン』のゲーム中に幾度となく登場するもので、最終的には『グレートドラゴンキノコ』という上位のドラゴンに寄生する個体まで登場する。
何に寄生している場合でも、常に頭部から生えているキノコ本体が弱点であることは変わらないので、倒すだけならば比較的容易な魔物だ。
そう―――倒すだけならば簡単なのだ。倒すだけなら。
「一番左に居る個体を、アルカナと私の弓で狙いましょう。どちらかの矢がキノコに当たれば、多分それだけで倒せるはずよ」
「えっ。そんなに弱いんですか、あの魔物って」
「弱点を突きさえすれば、とても弱いわね。その代わりキノコを傷つけずに倒そうとすると、かなり大変だったりもするわ。犬の側を10回以上剣で斬りつけても、多分まだまだ倒れないと思う」
「でしたら、弱点部以外を狙う必要は無いですね」
「それがそうもいかないのよ。あのキノコって実は『魔力霊薬』の材料として有用な素材なのだけれど―――『弱点を1回も攻撃せずに倒す』ことが、あの魔物がキノコを落とす条件なのよ」
「……えっ。つまり、攻撃しちゃ駄目なのですか?」
「キノコが欲しいなら、そうなるわね」
一応、犬の毛皮とか肉が手に入るから、弱点を攻撃して倒しても、一定の利益は見込めるのだけれど。最も高価値なキノコを手に入れる為には、敢えて弱点を攻撃しない、ということが必要になるわけだ。
この世界では、生命霊薬も魔力霊薬も、どちらも大変貴重な霊薬だ。それが作れる材料となれば、その貴重性は言うまでもない。
「左端にいる1体は、弱点を狙って速やかに始末しましょう。それで数的優位を確保した後に、残りの2体は可能な限り弱点を狙わずに倒してみる。
但し、もし犬キノコに咬みつかれてしまった場合には、諦めて弱点を攻撃した方が良いと思うわ。痛い思いを我慢してまで、利益に拘る必要は無いと思う」
犬キノコは『突進』と『噛み付き』の2種類の攻撃を行ってくるが、このうち後者の攻撃は低レベルにしてはそれなりにダメージが高い攻撃になる。
ただ、噛み付いている間は頭部を無防備に曝している状態に等しいから。弱点を攻撃することで即座に討伐し、噛み付きから解放されることもできる。
利益を得る機会を無下にする必要は無いが、利益に拘り過ぎるのも良くない。不必要に痛い思いをしてまで、固執するのは考えものだ。
「3、2、1―――」
リュディナのカウントに合わせて、アルカナとサユリは同時に短弓から矢を撃ち放つ。狙いを違うことなく矢は2本とも左端にいた犬キノコの本体に突き刺さり、その姿を光へと変わらせた。
攻撃された事実に気付き、残り2体の犬キノコが駆け寄ってくる。
魔物が突進してくる勢いを利用して、サユリはショートスピアを犬キノコ1体の胴部に、その穂先が埋まるまで深く突き刺した。
突き刺さった槍の石突きを靴底で蹴るようにして、サユリは更にショートスピアを犬キノコの身体に深々と突き刺す。
そしてショートスピアの代わりに、ショートソードと盾を装備した。
胴体に槍が深く突き刺さっていれば、それだけで犬キノコの行動は大きく制限され、緩慢としたものになる。
あとは盾で犬キノコの攻撃を防ぎつつ、キノコを傷つけないようショートソードで少しずつ攻撃を重ねていけば良いだけだ。
10分ほどの戦闘の後に、サユリ達は残る2体の犬キノコを始末した。
時間は掛かってしまったが、この『迷宮地』では戦闘にどんなに時間を掛けようと、後から他の魔物が合流してくることはない。それが許されるのは、戦闘開始の時点で探索者側の人数と魔物側の個体数に差がある場合だけだ。
「この『放送』を見ている探索者の人達も、今後は『頭にキノコが生えた魔物』を見かけることがあったら、良かったら狙ってみて下さいね。上手くやれば貴重な素材が手に入りますから、追加収入で懐が暖まりますよ」
市場に流通する魔力霊薬の数が増えれば、価格が下がる。そうなれば〔神官〕や〈魔術師〉のように魔力を消費する機会が多い天職・職業の人達にも、いつかは容易に購える値段になることだろう。
そうなってくれたほうが、サユリとしては嬉しい。生命霊薬もそうだけれど、薬品の類ぐらいはある程度の価格で買い揃えられて、各家庭ごとに必要な量を備蓄できる社会の方が望ましい筈だ。
「サユリお姉さま、宝箱らしきものがあります」
「あら、本当。よく見つけたわね、アルカナ」
「えへへ、ありがとうございます」
頭を軽く撫ぜると、嬉しそうにアルカナは目を細めてみせた。
「罠の解除は、サユリなら行えるのでしたね?」
「出来るけれど……あれは『白』の宝箱だから、そもそも罠が無いわね。原則として『赤』色以外の宝箱に罠は無いから、勝手に開けてしまっても大丈夫よ」
「なるほど……」
「ちなみに『白』の宝箱には、必ず装備品が1つ以上入っているわ。……残念ながら今回の場合は、宝箱のサイズがあまり大きくないようだから、入っている武器も小型のものでしょうね」
両手剣や両手槍など、大型の武器は当然相応サイズの『宝箱』に入っている。
なので宝箱のサイズを見れば、中身は大体予想が付くのだ。
「……ふむ。短刀、でしょうか?」
宝箱から取り出した刃物を眺めながら、リュディナがそう告げた。
尖った両刃の短刀で、刃渡りが30cmも無いものだ。
「これは投擲用ダガーね。少し判りづらいかもしれないけれど、握りの部分が投擲に向いた形になっているでしょう?」
「ああ、言われたらそんな感じもしますね……」
「ちょっと貸して貰っても構わないかしら?」
リュディナからダガーを受け取り、サユリはそれを誰も居ない方向へ投擲する。
そうしてからサユリが『戻れ』と心の中で念じると。つい今しがた離れた場所へ投げられていた筈の投擲用ダガーが、瞬時にサユリの右手へと転移した。
「ああ―――思った通りね。これは『任意帰還』が付与された投擲用ダガーだわ」
「……その『任意帰還』というのは何でしょう?」
「心の中で『戻れ』と念じると、何度でも自分の手に戻ってくる付与のことよ。普通のダガーは一度投げてしまえばもう、戦闘が終わるまでなかなか回収も出来ないでしょうけれど。この『任意帰還』のダガーなら、何度でも投げられるわ」
但し、あくまでも『何度も投げられる』だけで、それ以外のメリットは無い。
別に攻撃力などが通常より優れているわけではないので、過信は禁物だ。
「これはアルカナが使うと良いわね。片手に弓を持ったままでも、ダガーを投擲するだけなら支障は無いし、矢の節約にもなるでしょうから」
「わあ、使ってみますね!」
「今度武器屋に寄ったときには、これが丁度入る鞘も購入しましょうね」
投擲武器というのは、狙った場所に投げるのに結構コツが要るけれど。この世界では訓練を積むことでスキルが得られるのだから、今から練習しておくことは無駄にはならない筈だ。
もしアルカナが上手く使えないようであれば、その時は売ってしまえば良い。
「宝箱から出る武器には、こうした特殊効果付きのものが多いのですか?」
「いえ、あまり多くは無いわね。だから私達は運が良かったのだと思う」
この『初級者向けⅠ』の迷宮地だと、特殊効果付きの武器や防具が宝箱から得られる確率は『50分の1』ぐらいになっていた筈だ。
なので本当に運が良かったのだと思う。……まあ、神様の分体が3人も集まっているのだから、もしかしたら人より幸運に恵まれやすいのかもしれない。
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