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百合帝国  作者: 旅籠文楽
1章 -

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127/370

125. 迷宮探索生放送中(序)

 


     [4]



 ユリシスの都市の北東方向―――。

 最もレベルが低い探索者に向けて解放されている『初級者向けⅠ』の『迷宮地』へと辿り着いたサユリ達は、その迷宮の前で少しだけ歓談して時間を潰す。

 既にリュディナとアルカナの2人から『放送』についての許諾は得てある。なので後は、毎日の『放送』を開始する時間が来るのを待つだけだ。


 『迷宮地』の前で時間を潰していると、その入口である門扉の内側からゾロゾロと、沢山の探索者達が戻ってきている様子が窺えた。

 中に入る者も全く居ないわけではないけれど。それよりも、中から出てくる者のほうが圧倒的に多いように見受けられる。

 これは一体どうしたことだろうか、とサユリが疑問に思っていると。


「みんなサユリお姉さまの『放送』が見たいんですね」


 うんうん、と頻りに何度も頷きながら。

 さも当然のように、アルカナがそう口にしてみせた。


「……え、そうなの?」

「そうでも無ければ、わざわざ迷宮から戻って来たりしないと思いますよ?」


 ユリが毎晩行っている『放送』は、余程重要度が高いものでない限りは、原則として『迷宮地』の中に居ると視聴できないことになっている。

 これは戦闘中の探索者の視界を、急に現れた『放送』の画面が遮れば、不都合が生じるのは間違いないだろうから。探索中の者が『放送』の対象から外れるよう、ユリが意図的に設定しているからだ。

 同様に、都市内で馬車を運転している者の視界にも『放送』は投影されないようになっているのだが、これも全く同じ理由によるものだ。


 『放送』を見たいなら、一旦『迷宮地』から出るしかない。

 なので、それが理由で探索者達が戻って来ているのなら……筋は通っている。


 現在の百合帝国では、既に『懐中時計』が一般普及に成功していることもあり、多くの探索者はそれを携行している。太陽の位置を『迷宮地』の中では確認することができないため、時計を持っていないと時間の感覚が無くなるからだ。

 だから、ユリが毎晩の『放送』を行っている夜の『20時』を前にして。彼らが皆、足を揃えたように戻ってくるのも、判らないでは無かった。


「私の放送は、そんなに見て面白いものでも無いと思うのだけれど……」


 ルベッタやアドスが継続して行うように促してくるものだから、仕方なくユリは毎晩欠かさず『放送』を行っているのだけれど。正直、自分が流している映像が、それほど面白いものとは思えなかった。

 けれども、そのサユリの考えは、リュディナからあっさりと否定されてしまう。


「ユリが『放送』している内容は、沢山のプロが集まって製作する『テレビ番組』が溢れた世界で、その視聴に慣れている現代人からすると。全て無編集の映像ですから、どうしてもメリハリに乏しく、つまらなく見える場合もあるでしょうが。

 ですが―――この世界の人達は、娯楽というものに全く慣れていませんからね。おそらくはユリが『放送』している内容を、本気で心の底から、毎晩楽しみにしている人達が大勢居ると思いますよ?」

「えぇ……? あんまり楽しみにされるのも、それはそれで重いのだけれど」

「ふふ。効率的に信仰心が集まって、良い事ではありませんか。

 さて―――サユリ、そろそろ定刻になるのではないですか?」

「あ、そうね。ありがとう、リュディナ」


 視界の隅に表示されている時計は、現在『19:55』を指している。

 ユリの放送は毎晩の『20時』からということになっているが、別に時間に厳密でいようとは思っていない。放送開始のタイミングが数分ぐらい前後することは、普段からよくある話だ。


「―――ごきげんよう、百合帝国臣民の皆様、並びにニムン聖国とシュレジア公国臣民の皆様。本日はこんな小さな見た目にて失礼致します、百合帝国の女帝を務めております、ユリと申します」


 定刻より少し早めに、サユリが『放送』を開始すると。

 同時に、周囲が途端に騒がしくなった。


 ―――まあ、無理もないだろう。

 サユリのすぐ背後に映っている扉が『初級者向けⅠ』の『迷宮地』のものであることは、探索者であれば誰にでも判ることだからだ。


 現在、自分たちが居る場所で『放送』が行われていると知れば、当事者達が騒然となるのは仕方の無いことだろう。

 現代で暮らす日本人だって、いま自分が居る場所のすぐ近くでテレビの生放送が行われていると知れば、途端に騒がしくなる人は少なくない筈だ。


「さて、既にお気づきの方も多いことと存じますが。本日はユリシスの都市北東にあります『初級者向けⅠ』の『迷宮地』よりお送りしております。こんな場所から『放送』を行う理由はもちろん、ひとつしかありませんね。私達がこれから実際に『迷宮地』に挑む様子を、視聴者の皆様に見て頂くためです。

 とはいえ―――本来の私はかなりの実力を有しており、また神としての力も少なからず有しております。まあ、それは私だけでなく、私のすぐ隣にいる2人もまた同じことではありますが」


 サユリの言葉を受けて、両隣に立つリュディナとアルカナが、それぞれに視聴者へ向けて手を振ってみせる。

 大聖堂などの神殿施設に必ず置かれている神像と、全く同じ見た目をした2人の少女が何者であるかは、この世界の人達にとっては常識にも等しい。


「私達は『分体』と言って、自分の別の身体―――『予備の身体』と言っても良いかもしれませんね。それを幾つでも作ることができる能力を有しています。

 まあ、私は今日やり方を教わったばかりだったりするのですが……。それで試しに作ってみたのが、この小さい身体の『私』ですね」

「ふふ、みんな『サユリちゃん』と呼んであげて下さいね」

「……という感じで、分体の名前はリュディナに決められてしまいました」


 サユリが困ったように肩を竦めてみせると、周囲から小さな笑いが起きた。

 いつの間にか野次馬が集まり、周囲に人垣が出来ているようだ。……まあ、屋外から『放送』を行えば割とよくあることなので、慣れてはいるけれど。


「この身体の私は『レベル1』です。ちなみに天職は〔細工師〕で、職業は〈調理師〉と、どちらも生産職になっています。

 生産職の人は戦闘職を得た人とは違い、魔物との戦いを有利にするスキルを殆ど得られません。でも、そんな人でも、低レベルの『迷宮地』でなら充分に頑張れるのだと知って欲しい―――と思いまして。今日はこの身体の私で『初級者向けⅠ』の『迷宮地』に挑戦してみたいと思います」

「私とアルカナの2人もサユリと同じ『レベル1』になります。と申しましても、私達はちゃんと戦闘職を得ているのですけれどね。ちなみに私は〔重戦士〕の天職と、〈神官〉の職業を得ております」

「私は〔狩人〕の天職と、〈魔術師〉の職業を貰いました!」


 特に打ち合わせをしていたわけでも無いのだけれど。サユリに続けてリュディナとアルカナの2人もまた、自身の天職と職業を明かしてくれた。

 屋台巡りを『放送』する際などに、よくユリと一緒に出演してくれていることもあって。既に彼女達は『放送』されることに慣れているから、何とも頼もしい。


「私が矢と魔法で攻撃する後衛で、リュディナとサユリお姉さまが前衛ですね!」

「……ねえ、アルカナ。今の私はあなたよりもずっと小さい身体をしているのに、それでも『お姉さま』って呼ばれるのは、ちょっと変では無いかしら?」

「ええっ!? でも、お姉さまはお姉さまですし」

「えー? 呼び捨てでも、もしくは『サユリちゃん』呼びでも良いのよ?」

「お、お姉さまは、お姉さまですから!」


 実は一度『ちゃん』付けで呼ばれてみたかったのだけれど。残念ながら放送中のノリで促してみても、アルカナは頑なにそう呼んではくれないようだ。

 まあ、駄目なら仕方がない。お姉さま呼びもまた、それはそれで嬉しくはある。


「とりあえず、今日はこのレベル1の3人で『迷宮地』に挑む様子を『放送』させて頂くわ。当たり前だけれど……レベル1だから私もリュディナも大して上手くは戦えないでしょうし、アルカナも多分まだ大した魔術は使えないでしょう。

 正直、視聴して面白いものかどうかは判らないけれど。暇で仕方ない人は、お酒でも片手に眺めて見るのも良いかもしれないわね」

「まだ『迷宮地』に挑戦したことがない方々が、雰囲気を知るための良い切っ掛けになれば良いですね」

「そうね。それはリュディナの言う通りだと思うわ」

「では、そろそろ行きましょう! サユリお姉さま!」


 アルカナの声に促されて、サユリ達は『迷宮地』の入口側へと移動する。

 周囲に集まった野次馬から、応援の歓声を受けながら。サユリ達は地上の門扉を押し開けて『迷宮地』の中へと侵入していった。





 

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お読み下さりありがとうございました。

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