121. 後悔は先に立たず
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「ユリ姉様。コバルトには毒性がありますから、気をつけて下さいね」
「……え。そうなの?」
山岳地帯にて建造中の『鉱山都市』が、『鉱山迷宮都市』の建造へと変更されてから、更に一週間が経過した『春月13日』の午前中。
いつも通りユリタニア宮殿の執務室にて、各所から毎日のように届けられてくる報告書に目を通していたユリは。ちょうどその日『寵愛当番』としてユリの傍に居てくれていた『竜胆』副隊長のクーナから、その事実を知らされた。
クーナは鍛冶職人系の最上位職である〈神鎚〉の職業を有している。
鉱石や金属の知識に関しては『百合帝国』の誰よりも詳しいので、ユリは先日の都市計画案の書類を、クーナにも目を通して貰っていたのだ。
「毒性って、どのぐらい強力なものなの?」
「そうですね……。一番良くないのは、コバルトの採掘時に生じる粉塵を吸い込むことでしょうか。これは呼吸器系に確実にダメージを与えていき、最終的には深刻な被害を齎します」
「……ふむ。治療魔法で何とかできる程度?」
「それは問題ありません。ああ―――すみません、見落としておりましたが、鉱山には〈浄化結界〉を張る予定なのですね。それならば粉塵の類はすぐに除去されるでしょうから、あまり気にしなくとも良いかもしれません」
「そう。それなら良かったわ」
あまり強い毒性があるようなら、計画案自体を修正する必要がある所だった。
取り敢えず現状案のままで大丈夫なようなので、ユリはほっと胸を撫で下ろす。
考えてみれば、鉱山に関する計画案なのだから、鉱石に造詣が深いクーナに早期の段階で相談しておくべき案件であったことは疑いようも無い。
もう少し最初から色々と考えた上で行動すべきだったと、今更ながらにユリは、心の中で反省した。
「粉塵だけでなく、手で直に触れたりするのも良くはありませんね。皮膚に炎症を起こす場合があります。鉱石に直接触れるのが良くないというのは、別にコバルトだけに限った話でもありませんから、鉱夫用の手袋を入口で販売する等の対処を、行われるほうが良いかもしれませんね」
「なるほど……。ありがとうクーナ、参考になるわ」
「いえ、ユリ姉様のお役に立てますなら光栄です」
真顔でじっとユリのことを見つめながら、そう告げるクーナ。
クーナは感情が表情に出にくい子で、喜んでいる時にも怒っている時にも、その表情は常に真顔そのもので保たれる。
但し、顔色と同様に常に平静さを保っているかのように聞こえる声色の中には、ほんの少しだけ感情の色が入り交じっていたりする。だから親しく親交のある者にならば、ある程度の判別はつく。
無論―――ユリにならば、声を確かめるまでもなく、クーナの感情ぐらいは手に取るように判る。
ユリはそっとクーナの綺麗な蒼い髪に手を添えて、優しく彼女の頭を撫ぜる。
クーナは何も言わず、微動だにせずにユリのことを真っ直ぐに見つめるだけだけれど。心底からクーナが喜んでくれていることが、ユリには確かに伝わっていた。
「ユリ姉様、その辺でお止め下さい。これ以上優しくされては……ベッドで甘えてしまいたくなります」
「あら、ごめんなさい」
「……いえ。嬉しかったです」
何事も無かったような表情で、ティーカップを持ち上げて口を付けるクーナ。
カップの中にもうお茶が残っていないことには、触れないのが優しさだろうか。
「そうだ、ユリ姉様。こちらをご覧頂けますか?」
不意に何かを思い出すように。クーナはユリの執務机の上に、手のひらより少し大きめ位のサイズの、やや赤みがかった鉱石を取り出した。
「……これは? 銅鉱石のようにも見えるけれど」
「こちらは『桔梗』隊長のメテオラから、昨晩預かった鉱石です。銅鉱石は鉄鉱石より少し重い程度なのですが、この鉱石はそれより遙かに軽いですから、明らかに銅鉱石ではありませんね」
「ふむ。―――あら、本当だ。まるで軽石のように軽いのね、これ」
鉱石を実際に手に持ってみて、ユリは驚かされる。
見た目は明らかに金属の鉱石のように見えるのだけれど、一方でその重量は中身がスカスカなのではと、不審に思えてしまうほど嘘みたいに軽い。
なるほど。確かにこれは、明らかに銅鉱石では無さそうだ。
「現在建造中の坑道から採れたものらしいのですが。メテオラには何の鉱石か判別が付かなかったそうで、鑑定して欲しいと頼まれておりました」
「ありそうな話ね。それで一体、これは何の鉱石だったのかしら?」
「緋緋色金の鉱石でした」
「―――!?」
ちょうどティーカップに口を付けた瞬間だったものだから、思わずユリは少しだけお茶を噴き出してしまう。
……思い切り、クーナの顔に掛かってしまった。慌ててユリは〈インベントリ〉の中からハンカチを取りだし、彼女の整った顔を拭う。
「ご、ごめんなさい、クーナ」
「いえ、気にしないで下さいユリ姉様。良ければ拭かずにいて頂けますと、もっと嬉しいです。これが俗に言う『ご褒美』というヤツなのですね」
「馬鹿なこと言わないの」
クーナの言葉を無視して、ユリは彼女の顔に付着した水滴を綺麗に拭い取る。
少し残念そうにしている―――ことが理解できてしまっただけに。ユリは何とも複雑な気持ちになった。
「緋緋色金って、あの緋緋色金よね?」
「はい、おそらくユリ姉様がご想像のもので間違いないと思われます。この宮殿の謁見の間に置かれている『玉座』にも使われていますね」
「座るたびに思うのだけれど、あれって本当に勿体ない使い方よね……」
「そうですか? ちなみに私が作りました」
「………」
犯人はお前か―――というセリフが、思わず喉元まで出掛かった。
「緋緋色金って確か、合金だった筈よね?」
「はい、ユリ姉様。『白金』と『イリジウム』、『コバルト』と『隕鉄』、それから『ミスリル』と『オレイカルコス』と『アダマンタイト』の合計7種から作る合金ですね。当たり前ですが普通の炉では作れません」
「それはそうでしょうね……」
異世界ファンタジー的な金属を脇に置くとしても。そもそも『白金』や『イリジウム』が含まれている時点で、普通の炉でどうこうできるものではない。
白金の融点は『1768℃』と高く、イリジウムに至っては『2466℃』にも達する。
但し『アトロス・オンライン』のゲーム内にて登場していた『イリジウム』は、常に『仄かな燐光を発する』などの特性を有する金属だったので、ユリが知っている『イリジウム』とは全く別物の可能性が高そうではあるが。
ちなみにクーナが挙げた『オレイカルコス』とは、いわゆる『オリハルコン』と同一のものと考えて差し支えない。呼び方が色々あるだけだ。
ファンタジー作品に登場する際には、オリハルコン自体が合金の1種とされることも多いけれど。『アトロス・オンライン』では純金属という設定だった。
「そもそも、鉱山から『合金』が採れるというのは、有り得るものなの?」
「僅少量が含まれるということは割とよくありますね。各々の金属が、高い割合で含まれるということも、無くはないです。いわゆる『天然合金』と呼ばれるものがそうです。
但し『天然合金』は各金属の配合割合が一定していないことが多いですが、私がメテオラから預かった緋緋色金の鉱石は、いずれも含まれる各金属の割合が完全に一致しておりました。
まあ、そもそも緋緋色金の材料である7種の金属は、配合割合を厳密に管理しなければ絶対に『合わさらない』ものなので、当然ではありますが」
「………」
クーナの説明を受けて、ユリはただ閉口する。
緋緋色金はレベル200の〈神鎚〉にしか、つまり『百合帝国』の中でもクーナただひとりしか製造できない程の、超高難易度の合金になる。
それが自然に産出するとか……。
異世界の鉱山は、一体どうなっているのだ。
「なんでこんな事に……」
「………? ユリ姉様が、意図的にそうされたのでは無いのですか?」
「え?」
「今しがた私が読ませて頂いた、この『都市建造案』の書類には。カナヤマヒコとカナヤマヒメの御神体に『天之御影鎚』と『照魔鏡』を用いられたと書かれておりましたが」
「そう、だけど……?」
「調べてみなければ明言はできませんが。おそらく、どちらの御神体にも緋緋色金が用いられていたために、鉱山内から『緋緋色金の鉱石』などという奇妙な物が、自然産出するようになったのでは無いでしょうか?」
「………!!」
そういえば―――確かに、ホタルも言っていた。
何か『増やしたい鉱石資源』があるなら、その素材で作られた物を『御神体』に用いて、カナヤマヒコやカナヤマヒメを喚ぶのが良いと。
つまり、鉱山から『緋緋色金の鉱石』が産出するようになったのは、緋緋色金で作られた『天之御影鎚』や『照魔鏡』を、ユリが御神体に用いたからなのだ。
「良かったですね、ユリ姉様。初めから合金状態で手に入ると言うことは、それを分離すれば7種類もの金属が手に入るということです。
ミスリルとオレイカルコスとアダマンタイトを同時産出する鉱山なんて、きっと世界中を探しても、ここ以外には無いと思いますよ?」
「あ、あああ……」
全て自分の軽率さが招いた事態だと理解してしまえば、もう嘆くしかできない。
大変貴重な鉱山が得られるのは、国のためには良い事なのかもしれないけれど。
ユリの胸中には、非常に後悔が多い出来事として深く刻まれることになった。
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