120. 鉱山迷宮都市
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その日の宵頃。建造中の鉱山都市から、その日の作業を終えて『桔梗』の子達がユリタニア宮殿へと戻って来た頃を見計らって。ユリは『桔梗』隊長のメテオラを自身の私室へ呼び出した。
小さなテーブルの上に、ユリは手ずからに淹れたお茶とケーキを並べる。
「悪いわね、仕事終わりに呼び出したりして」
「いいえ! 姐様からの呼集でしたらいつでも大歓迎です!」
「お詫びに甘い物を用意しておいたから、食べていって頂戴」
「ありがとうございます! あの、いっぱい重なってて美味しいやつですね!」
今回ユリが作ったのは、いわゆるミルクレープケーキだ。
以前『ノトク』の村落を視察で訪れた際に、村長から土産に貰った鶏卵とバターがまだ沢山余っていたので、その消費も兼ねて作ってみたものになる。
材料には小麦粉と卵、牛乳とバター、あとは砂糖とごく少量の塩ぐらいしか使用していない。この6種類の材料でクレープ生地も、間に挟むカスタードクリームも作っている。
当然シンプルな材料のみで作ったケーキは、素朴な味わいになるけれど。ユリは個人的に、ミルクレープの味はシンプルなほうが美味しいと思っている。
積層したクレープ生地の間から、口腔の中でクリームの味わいが複雑に拡散されていくのが、ミルクレープケーキは面白いのだ。それを純粋に楽しむなら、生地やクリームの味わい自体は、むしろ単純なほうが好ましい。
カスタードクリームを少し硬めに仕上げるのが、味の広がり方をより複雑にするコツだと言えるだろう。まあ、逆にクリームをとても柔らかめに仕上げて『フォンダン・ミルクレープ』にしてしまうのも面白いのだけれど。
「ああ、美味しいです……。この食感が好きなんですよね」
「判るわ」
ミルクレープ独特の食感は、なかなか他の菓子や料理では味わえないものだ。
今回のミルクレープケーキは『24層』で作ったので、充分な食感が楽しめるものに仕上げられた自信もある。
「食べながらでも構わないから、これに目を通して貰えるかしら」
「承知しました」
ケーキを楽しんでいるメテオラに、ユリは書類を手渡す。
ホタルが提案してくれた『第4都市の建設計画案』に、カナヤマヒコとの対話で得た知見も交えて、ユリが幾つかの修正を加えた物だ。
「なるほど、これは面白そうな案ですね。和風の街というのは、まだこちらの世界でひとつも造作をしていませんから、私も挑戦してみたい気持ちがあります」
「何か意見は無いかしら?」
「そうですね……。異世界から沢山の神々を招くことになりますが、こちらの世界に元々居る神様から反発が出ると言うことは無いのでしょうか?」
「ああ、それについてはもう許可も貰ってあるから、大丈夫よ。
―――むしろ、アルカナからは大賛成までされてしまったわ」
つい2時間ほど前に、ユリは例の神域の庭園でリュディナとアルカナの2人に相談してきたのだけれど。『アトロス・オンライン』のゲーム内世界である『リーンガルド』から多数の神を招くことについては、拍子抜けする程にあっさりと許可を貰うことができた。
リュディナが言うには「この世界の八神システムとは競合しないから問題無い」とのことらしいが。……正直、言っている意味がユリにはあまり理解できなかったけれど。とりあえず許可してくれたのだから、構わないのだろう。
アルカナからは、許可どころか計画案そのものを大絶賛された。
先日ユリが神域を訪ねた際には、アルカナはユリの故郷である『日本』に遊びに行っていて不在にしていたわけだけれど。
どうやらアルカナは、相変わらず『日本』の漫画にハマり続けているリュディナから、何かの漫画を借りて読んだらしくて。その影響を受けて、わざわざ日本まで遊びに行き、旅行をしたりキャンプを楽しんできたりしたらしい。
また、その旅中では『温泉』も堪能したらしく、大変に気に入ったようで。
この世界でも、気軽に行ける場所に『温泉』が出来てくれるなら大歓迎だと。そう言って、アルカナはユリが提示した都市建造の案に、積極的な賛成の意を示してくれたわけだ。
「それならば問題無さそうですね。ただ、都市の建造予定地を『神域化』することに関しては、我々『桔梗』で出来ることはありませんから。できれば我々が建造作業に着手する前に、事前に『紅梅』の手で済ませておいて頂けると有難いです」
「ああ、それもそうね……。判ったわ、ホタルにはすぐにお願いしておく」
「ありがとうございます、姐様」
フォークで切り分けたミルクレープを一口味わう度に、顔を綻ばせるメテオラ。
ただ焼くだけで出来上がるケーキに較べると、作るのに相応の手間が掛かるのが難点だけれど。その表情が見られるなら、また何度でも作ってあげたいと思う。
「いま建造中の『鉱山都市』については、あとどれぐらい掛かりそう?」
「都市については既に完成しております。あとは坑道だけなのですが……。
そうだ、ちょうど姐様にひとつ相談したいことがありまして」
「あら、何かしら?」
「折角ですから、あの坑道を『迷宮地』にしてしまいませんか?」
そのメテオラの言葉は、完全に想定外のものだったから。
提案を受けて、まずユリは困惑してしまった。
「面白いとは思うけれど……難しいのではないかしら。坑道に魔物を住まわせてしまうと、もともとあの鉱山で働いている坑夫の人達が困るでしょう?」
「ですが、ダカートの都市に住まう元坑夫の人達がいま、ユリシスの『迷宮地』では大活躍中とか」
「それは、確かに事実ではあるけれど……」
岩盤を掘るのを生業としていた坑夫の人達は、普通の人達に較べると遙かに鍛えられた身体を有している。
現在は鉱山を一時的に閉鎖されていることもあり、ダカートの都市に住まう坑夫の人達のほぼ全員が、ユリシスの都市にて『探索者』として活躍している事実は、ユリも把握していることだった。
特に膂力に任せて敵を豪快に薙ぎ倒す、元坑夫のドワーフの人達の戦い振りは、それを『放送』で観覧する視聴者からの受けも大変に良い。
ユリシスの都市内で、民衆からあまりに持て囃されるものだから―――元坑夫のドワーフ達の中には、鉱山が再開しても坑夫として復帰せず、今後も『探索者』として活動しようと考えている者も多いと聞いている。
「それに『坑道に配置してこそ恩恵がある魔物』も居ますよね?」
「……ふむ。それは、一理あるわね」
その代表的な魔物が、RPGではおなじみの『コボルト』だ。
『アトロス・オンライン』のゲーム内世界である『リーンガルド』では、民間に伝わる伝承の中に『コボルトの住処からはコバルトが掘れる』というものがあり、実際に魔物のコボルトが多く生息している洞窟からは、よく鉱石が採れた。
逆説的に考えるなら、坑道にコボルトを住まわせることで『鉱山からコバルトが掘れるようになる』ことは充分に考えられる。
実際に効果があるかどうかは判らないが、試してみるのは面白そうだ。
ちなみに『リーンガルド』では同様に、妖精系や精霊系の魔物が棲息する洞窟では『精霊石』が、アンデッド系の魔物が棲息する洞窟では『死霊石』が採れた。
これも逆に考えれば、ユリが意図的に妖精や精霊、アンデッドといった使役獣を坑道に配置すれば、鉱山から『精霊石』や『死霊石』が掘れるようになる可能性が有ることを意味するだろうか。
とりわけ『精霊石』は錬金術や魔導具の製作に、何かと使途が多い素材でもあるので、もし安定した生産地を確保できれば見返りは大きい。
試してみる価値は―――十二分に有りそうだ。
「……悪くはない、かもしれないわね」
「実はここで、姐様に駄目押しでお見せしたい書類がありまして」
「ふむ。これは何かしら?」
「姐様は『魔銀』というものをご存じでしょうか?」
「一応、どんなものかは知っているわ。実物はまだ見ていないけれど」
『魔銀』とは、現在はユリの『第二側室』となったソフィアが、公国で暮らしていた頃に開発した『劣化しない銀』のことだ。
見た目や質感は通常の銀と全く同じなのだけれど、経年によって表面が黒ずんでいく通常の銀とは異なり、魔銀は全く輝きが色褪せることがないそうだ。
この黒ずみ自体は、磨けば比較的容易に落とすことが可能ではあるのだけれど。とはいえ高級な装身具などは、銀を複雑な形に加工・成形して造ったものも多く、そもそも『磨く』というメンテナンス行為自体が難しいことも少なくない。
なので魔銀は、特に細工品の材料として高い需要がある金属なのだ。
魔銀は一般的に『銀を用いて作った合金』として認知されているが、その製法は魔銀製の装飾品を一手に扱う『テオドール商会』により厳重に秘匿されている。
もちろん、この『テオドール商会』とは、ソフィアが経営する商会のことだ。
元々は公国に拠点を置いていた商会なのだけれど。現在はソフィアがユリの側室になったことを受けて、本拠地をユリタニアに移している。
「この書類は、魔銀の製造方法を記したものです」
「……どこから調達したの?」
「前に『竜胆』のルピアさんが、ソフィアさんに製法を訊ねたことがありまして。その時に回答代わりにこの書類を渡されたそうです。今は私が借りていますが」
「えぇ……?」
厳重に秘匿されている―――という話は、どこへいったのだ。
書類に目を通してみると、実際に『魔銀の作り方』がそこには記されていた。
製法は意外に単純で『高濃度の魔力で満たした空間』を用意して、そこに『まだ精錬を行っていない銀鉱石を長期間密閉する』だけで良いようだ。
そうすることで『銀鉱石に魔力を浸透』させれば『魔銀』が完成するらしい。
あとは通常の銀と同様に精錬すれば『魔銀』の地金が完成する。
製造に必要な期間は、おおよそ半年から1年程度。
空間内の魔力濃度が高ければ高いほど、期間を短縮することができるらしい。
また高濃度と言える状態を維持しつつも、空間内の魔力濃度にある程度の揺らぎを与える方が。つまり魔力濃度の変化を意図的に発生させる方が、より短期間で、且つ銀全体に安定して魔力が浸透するそうだ。
「範囲内の魔力濃度を上げる『結界』ってありますよね」
「あるわね……」
『紅梅』の子達が展開する【濃魔結界】というものがそうだ。
結界の中を高い魔力濃度で満たし、範囲内に居る者の魔力自然回復速度を高める効果がある。敵味方両方に効果があるので、やや使用が難しい結界のひとつだ。
「倒された時に『周囲に大量の魔力をバラ撒く魔物』っていうのも居ますよね」
「居るわね……」
妖精系と精霊系、それと魔法生物系とアンデッド系の魔物が該当する。
前者2種は倒された際に周囲に『陽の魔力』を大量に放出し、後者2種は倒されると周囲に『陰の魔力』を大量に放出する。
魔術師系の職業が修得する〈集魔法〉というスキルがあれば、これらの魔物を倒した際に、放出された一部を吸収して自身の魔力を回復させることが可能だ。
『陽の魔力』を吸収すれば特に聖職者系が、『陰の魔力』を吸収すれば特に死霊術師系のキャラクターが、それぞれ〈集魔法〉により大きく魔力を回復させることができる。
「あの鉱山は銀を産出すると聞いています。近年は産出量が減少傾向にあるそうですが、これはカナヤマヒコ様やカナヤマヒメ様の恩恵で回復できるでしょう」
「そうね、それは間違いないと思う」
「未精錬の銀を高濃度の魔力に浸せば『魔銀』になる。それならば―――未精錬の銀が大量に眠っている鉱山を丸ごと『高濃度の魔力』で満たしてしまえば、加工の手間無く、最初から『魔銀鉱石』が得られるのではないでしょうか?」
「ふむ……」
確かに、その可能性は充分に有り得るように思えた。
『魔銀』は地金の状態で取引されることもよくあるけれど、その場合の価格は通常の銀に較べて、大体『3倍』程度になると言われている。
なので、ユリが転移魔法を自在に使えることも加味すれば、最初から『魔銀』の状態で得られた方が、国としての利益は大きいわけだ。やろうと思えば他国に持ち込んで、通常の銀と交換することも可能なのだから。
「………」
更に言えば、魔法生物系の魔物は討伐時に、稀に『魔石』をドロップする。
魔石は魔導具を動作させるための『電池』として利用される素材なので、各家庭に魔導具を幾つも標準配備している百合帝国に於いては、特に需要が高い。
そしてアンデッド系の魔物は討伐時に、稀に『各種宝石』をドロップする。
アンデッド系の魔物は通常ドロップが『骨』とか『腐った肉』のように、非常に価値が低いアイテムばかりであることが多いから。『アトロス・オンライン』ではアンデッド系の魔物に一律『稀に宝石を落とす』という特性を付加することで、他の魔物に較べてドロップアイテムの魅力が劣らないよう調整していたわけだ。
『コボルト』と『妖精』と『精霊』、そして『魔法生物』と『アンデッド』。
坑道にこれらの魔物を配置して『迷宮地』化してしまえばそれだけで、百合帝国は一気に『コバルト』と『魔銀』、『精霊石』と『死霊石』、『魔石』と『宝石』の産地を纏めて手に入れられる可能性がある。
―――もはや、一石二鳥どころの話では無い。
「姐様、いかがでしょうか?」
「……降参よ。判ったわ、あなたの言う通りにしましょう」
流石にこれだけ多数のメリットを示されれば、ユリも認めるしかない。
こうして現在建造中の『鉱山都市』は、そのまま『鉱山迷宮都市』の建造へと、その針路を大きく変更することになったのだった。
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お読み下さりありがとうございました。




