119. 4つ目の都市建造案(後)
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「初めまして、ユリ殿。某は金山彦神と申します。この度は家内が随分と無理を申してしまったようで……。この通り、お詫び申し上げます」
ユリタニア宮殿内の『転移門』を設置した一室にて、カナヤマヒコとカナヤマヒメの両名と落ち合った後に。ユリ達は応接室のほうへと移動してきた。
ユリが対面型ソファの片側に座るよう促すと。腰を下ろすと同時にカナヤマヒコはユリに向けて深々と頭を下げながら、そう告げてみせた。
カナヤマヒコは何と言うか―――やや頬が痩せこけた男性のように見える。
と言っても、実際に痩せているわけではない。体の方は充分に鍛えられており、特に肩から上腕に掛けての筋骨などは、相当な太ましさがあった。
彼が『鍛冶』の神であることを思えば、その腕周りの逞しさも頷けるものだ。
カナヤマヒメが艶やかな黒髪であるのに対し、カナヤマヒコはやや褪せた色味の黒髪を、短く切っている。
外見的には、青年と壮年の中間ぐらいの年齢だろうか。まだ充分に若いと言える容貌なのだけれど。その一方では髪の所々に白い筋が混じっているのが見えた。
若白髪に悩んでいたりするのだろうか。―――と、ユリはそんなことも思う。
「頭を上げて下さい、カナヤマヒコ殿。夫婦が共に在りたいと願うのは、あまりに当然のこと。それを要求されたとて、無理を言われたとは思いませんよ」
「お心遣いに感謝致します、ユリ殿。遅れましたが―――この異世界に某共を招待下さりまして、この度はありがとうございました」
「あら―――この場所が『異世界』であることは、すぐにお判りに?」
そういえば……今更だけれどここが『異世界』であるという事実は、カナヤマヒメにもまだ説明していなかったような気がする。
なのにその事実が、カナヤマヒコの口から当然のように告げられたことに、少なからずユリは驚かされた。
「無論、判りますとも。この世界では某共の知る神達の気配が、あまりにも希薄。もっとも―――アマテラス殿やカミムスヒ殿の気配なら、そちらの童女を筆頭に、この御殿内の様々な場所から感じられるようですが」
「ああ、それはそうでしょうね……」
カナヤマヒコの言う『そちらの童女』とは、ユリの隣に座るホタルのことだ。
どちらの神の御霊も、ホタルを始めとした『紅梅』の子達全員が宿しているのだから。ユリタニア宮殿内の至る所から、その気配がするのは当然ではある。
「某共のような木っ端の末神とは異なり、どちらの神も高天原に於いては最上級の神格を持つ存在。その御霊を身に宿すとは……まだまだ稚き童のようにしか見えませぬが、相当な修行を積んでおられるご様子」
「うふふ、それ程ではありますね~」
カナヤマヒコから賞賛されて、ユリの隣でホタルが嬉しそうにそう応えていた。
当たり前だけれど、ホタルも『アトロス・オンライン』内にキャラクターが作られた時点では『レベル1』だった。
彼女が極限の『レベル200』に至るまでには、途中で20回の転生を経ながら累計で3150回ものレベルアップを経験してきている。
その過程を『相当な修行』と言うなら、正にその通りだろう。
「あなた達にとって異世界に喚ばれることが、迷惑で無ければ良いのだけれど」
「迷惑などということは、断じて。今までと別の地に招待して頂ければ、この地にて新たな信徒を得られる展望もありましょう。それを思えば、むしろ某共にとっては嬉しいことでしかありませぬ」
「ふむ……。ひとつ教えて頂きたいのだけれど、この世界にあなた達以外の神々も招待したとして、そちらにも迷惑になることは無いかしら?」
「まず無いでしょう。未知の地に喚ばれたことを、単純に喜ぶ者が殆どかと」
「なるほど。ありがとう、とても参考になったわ」
「はあ。……斯様なことが、一体何の参考になるのでしょう?」
心底不思議そうに、そう訊ねるカナヤマヒコ。
その隣ではカナヤマヒメもまた、訝しげに首を傾げていた。
彼女は今日会ってから、まだ一言も言葉を発してはいないように思えるが。夫が隣に居る時には、あまり喋らなくなるタイプなのだろうか。
カナヤマヒコの疑問も判らないでは無いから。ユリは先程ホタルから受け取った書類を、そのまま彼の前に差し出す。
「彼女が隊長を務める部隊から、こういう都市の建造計画案が出されていてね」
そう告げながら、ユリは隣に座るホタルの頭を優しく撫ぜる。
ホタルが嬉しそうに目を細めてみせた。
「某が拝見しても良いものなのでしょうか?」
「見られて困るなら、わざわざ提示したりはしないわ」
「それもそうですな。では、失礼して……」
書類を手にとって、カナヤマヒコはゆっくりとそれに目を通していく。
全て日本語で書かれた書類なので、実はこの世界の人達には、魔導具による翻訳などを介さなければ読めなかったりするのだけれど。もちろんカナヤマヒコには、問題無く読むことができるだろう。
「これは―――何と言いますか、随分と大掛かりなことを考えるものですな」
暫くして、書類に目を通し終えたカナヤマヒコが第一声に告げたその感想には。声色の内に大きな驚きが込められているように聞こえた。
「この案について、どう思われるかしら?」
「面白い考えだとは思います。ただ……」
「……ただ?」
「全ての神を招致した都市を造る、というのは難しいかと存じます。神々の中には自らの武を誇り、自らより弱き者の下につくを良しとせぬ武闘派の者も少なくありません。そうした者は招致せずに都市を造る方が、賢明かと存じますが」
「それは全く問題ないでしょう~」
カナヤマヒコの言葉に、ホタルがそう即答した。
「それは、何故でしょう?」
「逆に言えば武を誇る者は、自らより強き者になら忠実に従います。あるじ様のお力により一度ねじ伏せられれば、考えはすぐに改まるかと~」
「……なんと。ユリ殿はそれ程の実力をお持ちで?」
「うーん、どうかしら……」
カナヤマヒコが問いかけた言葉に、ユリは少々困惑する。
ホタルが期待してくれる以上、易々と負けるつもりは無いけれど……。流石に神が相手ともなれば。勝てるかと問われると、正直微妙なように思えた。
とはいえ『百合帝国』の全軍で迎え撃てば、絶対に負けない自信はある。
最悪、ユリ個人としては敗北を喫するとしても。反抗的な者達を都市から追い出すことぐらいならば、問題無く行えるだろう。
「まあ、この都市計画案で実施してみようかと思っているのだけれど。その場合にはカナヤマヒコとカナヤマヒメのお二方に、協力頂くことは可能かしら?」
「もちろんです。某共にできることであれば、助力は厭いませぬ」
2柱の神が揃って頷くことで、承知の意志を示してくれた。
カナヤマヒメは頷くだけで、相変わらず何も言葉を発さないようだが。
「都市の建設箇所については、もう見当を付けられているのでしょうか?」
「いえ、まだ考えてはいないわね。あなた達をお迎えした神社から、あまり離れていない辺りで作ろうかと、何となく思っている程度かしら」
ユリが公国から割譲された山岳地帯の一帯は、かなりの広さがあるのだけれど。充分な広さがある割に、都市1つと村落2つしか存在していない。
面積的には、もう1つか2つぐらいは都市があっても良いように思う。
「それならば、神社より北北東に25kmの地点をお勧め致します」
「ふむ。そこに何かあるのかしら?」
「某共は『鉱山』の神でもありますから、地中の事情については些かばかり見通しが利きます。彼の地を深く掘れば、おそらく熱水泉が生じるかと」
「あら―――それは、とても素敵ね」
つまり、掘れば『温泉が出る』らしい。
都市を造るなら、やはりその土地ならではの魅力があることが望ましい。温泉が湧くとなれば、それだけでも充分な魅力となるだろう。
「火山性のものかしら?」
「左様です。とはいえ、噴火の危険性は皆無かと」
「それを聞いて安心したわ。都市建造に着手する際には、正確な地点まで案内頂いても構わないかしら」
「もちろんです」
―――『八百万の神々』が住まう『温泉都市』を作る。
おそらくこの案を提示すれば、建築部隊である『桔梗』の子達は、即座に賛成の意を示してくれることだろう。
日本神話に基づいた神々を多数招致するのだから、どうせなら全てを和風の建物だけで揃えた『和の都市』にしてみるというのも面白いかもしれない。
多くのMMO-RPGには『和風の街』というのが大抵1つか2つは実装されているものだ。その例に漏れず『アトロス・オンライン』のゲーム内にも和風の街は存在していたので、それ系の建物の知識も『桔梗』の子達は持っていると思う。
洋風の建物も好きだけれど、時には靴を脱いでくつろぎたい時もある。
『百合帝国』の副拠点として活用できる立派な屋敷を『桔梗』の皆に作って貰うというのも良さそうだ。
(どうせなら、その屋敷に静かな日本庭園とかも作りたいなあ……)
たまに自分でも忘れそうになることがあるけれど―――日本で暮らしていた頃、ユリは造園会社に勤務して『ガーデンデザイナー』として働いていた経歴を持つ。
全てを『桔梗』に任せてしまうのではなく、自身も異世界で持ち前の建築技術を振るってみるというのも、なかなか面白いかもしれない。
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