12. 会議のあとに
[4]
「では、今回の会議で話し合うべき議題は以上ね。みんなお疲れさま」
あれから幾つかの議題について皆で話し合ったあと、ユリはそう告げて会議の場を閉じることにした。
準備期間もなしに都市を制圧した以上、様々な問題が山積していることは判っている。それでも、一度に沢山のことを解決しようとしても限界があるので、結局は重要性の高いものや簡単に処理できそうなものから、ひとつずつ順番に片付けていくしか方法は無い。
「あの、お姉さま」
「―――うん?」
会議を終えてぐいっと全身を伸ばしていたユリに、掛けられた声があった。
ユリのことを『お姉さま』と呼ぶ時点で誰が話しかけてきたのかは想像が付くので、そのつもりで振り返ると。そこには『姫百合』隊長のパルフェだけでなく、会議に参加していた12名全員が立っていた。
「……? 一体どうしたの?」
勢揃いの様子を見て、思わずユリは目を瞬かせる。
何か言いたいことがあるのなら、会議の最中に言ってくれても良かったのだが。
「えっと、その。先日の『ご褒美』の件なのですが……」
「ああ、なるほど」
パルフェの言葉を聞いて、ようやくユリは得心する。
確かにそれは、会議の『議題』にするような内容ではない。
「欲しい物は決まった?」
1週間前のニルデア侵攻の折に、ユリは『30分以内に制圧できたなら後で皆に何かご褒美をあげる』と約束していた。
そして皆はその条件を大幅に短縮して、僅か『5分』のうちにあっさり都市を制圧してしまった。
もちろん約束は約束なのでユリは皆に何か『ご褒美』をあげなければならない。そこで『百合帝国』の皆には『何が欲しいか』を話し合いなどで決めておくように宿題を出していたのだ。
「その―――本当に、ご褒美の内容は私達で決めても良いのでしょうか?」
「ええ。私も折角なら、あなた達が一番喜んでくれるものを贈りたいし」
笑顔でパルフェにそう告げてから、ユリは更に言葉を続ける。
「もちろん、私に叶えられる範囲なら、という制約は付くけれどね。あまり簡単には準備できないものだったり、『百合帝国』の財政が破綻するような高価なものはやめて頂戴ね」
「そ、それは当然です。高価なものなど、望むべくもありません」
「ごめんなさいね。私はそれなりにお金を持っているつもりだったのだけれど、生憎とそのお金はこの世界では通用しないのよ」
ユリは『アトロス・オンライン』のゲーム内世界で流通している『ギータ』という通貨を『30P』ほど、つまり『3京ギータ』ぐらいのお金を保有していた。
桁から大体察せそうだが、これはかなり途方もない額だ。とはいえ別に貯めようと思って貯めたわけではなく、単にガチャから出た不要なアイテムを市場を通して他のプレイヤーに長年売却していたことで、自然と貯まっただけだったりする。
もっとも、そのお金がこの世界で役立つことは無いだろう。ギータ貨幣はゲーム上で『魔法貨幣』と設定されており、絶対に再加工ができないことになっている。
例えば1ギータ貨幣は『銀貨』、100ギータ貨幣は『金貨』なのだが、これを鋳潰して銀や金の地金に変えることは不可能なのだ。
もしそれが可能だったなら、貴金属の地金を売り払うことで、この世界で通用するお金を大量に得ることもできた筈なのに。
「お姉さま。我々は是非、お姉さまから頂戴したいものがあります」
「もちろん、私にあげられる物なら何でも」
「私達は是非―――お姉さまから格別のご寵愛を頂きたいのです」
「……ちょう、あい……?」
一瞬、言われた言葉の意味が、ユリには判らなかった。
5秒ほど待って、ようやく『寵愛』という単語が頭の中に浮かぶ。
「それは―――私のあなた達に対する愛が足りていなかった、ということかしら」
「いいえ、いいえ! 断じてそのような事ではありません!」
半ば無意識に口にしたユリの言葉に、パルフェが大きな声で反論する。
普段は淑女然とした態度を維持する事が多いパルフェが、ユリに対して強い口調で言葉をぶつけてくるのは、何とも珍しいことだった。
「姫様。我々は誰もが、いかに姫様が我々に深く情愛を注いで下さっているかについて、正しく理解しているつもりです」
そう告げながらヘラが、左手の薬指に装着している指輪を見せる。
『百合帝国』の全員が身に付けている、純白の輝きを帯びるその指輪は、20年という長い月日の中でユリが積み重ねてきた愛情の証でもあった。
「これは既に『百合帝国』の皆とも摺り合わせを行ったのですが―――。
どうやら我々は、この『異世界』に来たことで何かが変化したようなのです」
「その『何か』って……?」
「言葉にして説明しようとすると少し難しいのですが……。前の世界に居た間は、我々全員の思考や行動に、一種の制約のようなものがあった気がするのです。
例えば、我々は今までに姫様から数え切れないほど沢山の口吻けを頂戴してきました。1日に必ず1度だけでしたが、我々は誰しもが姫様から口吻けを頂ける瞬間を心待ちにしながら、毎日を生きていたものです」
ヘラの言葉を受けてパルフェもプリムラも、サクラもメテオラも、この場に居る『百合帝国』の隊長格の子全員が、うんうんと何度も頻りに頷いてみせた。
「ですが―――だからこそ、今更ながらに疑問に思うことがあります。
我々はどうして1日1度だけの口吻けで満足し、姫様に『2度目のキス』を望まなかったのでしょうか。どうして姫様の側から口吻けを頂くものと考えて、我々の側から『姫様にキスをお返しする』ことを提案しなかったのでしょうか。どうして愛情表現を口吻けに限定して『抱擁』等の別の行為を求めなかったのでしょうか。
きっと我々の側からそれを望めば、姫様は応えて下さった筈なのに……」
「……それ、は」
ゲームシステム上でそう決まっていたからだ―――と。
思わずそんな言葉が、ユリの喉元にまで出掛かった。
『アトロス・オンライン』では結婚した相手に限り、1日に1度だけキスを交わすことができる。キスできるのは必ず1日に1度だけで、2度目を行おうとすると『警告:ハラスメント行為』と書かれたウィンドウが表示される。
また結婚している相手にでさえ、手や肩ぐらいにしか触れることは許されない。それ以外の箇所に触れれば、やはり即座に『警告:ハラスメント行為』と書かれたウィンドウが表示される。だから抱擁などはシステム的に禁じられていた。
「以前の世界に居た際に我々を戒めていた、目に見えぬ桎梏のようなもの。それが異世界への転移を経たことで、無くなったのを感じるのですよ~」
ホタルがいつも通りの少し間延びした口調でそう告げる。
一方でその声色だけは、いつもよりも幾分嬉しそうなものに聞こえた。
「なので折角ですから、あるじ様からお手つきを頂きたく~」
「お手つき……?」
「はっきり『目合』と申し上げた方がよろしいですか~?」
流石に恥ずかしいのか、頬に朱を注ぎながらホタルがそう口にする。
無論その言葉の意味が判らないほど、ユリはお子様ではない。
「……本気、なの?」
「もちろんです。間違いなくユリ様以外の『百合帝国』全員の総意なれば」
「そ、そっか。そうなんだ」
「あの。もちろんご迷惑でしたら、無理に褒美に望んだりは……」
「あ―――待って! 全く迷惑じゃない! 絶対に嫌なんかじゃ、無いから」
不安げにセラが漏らした言葉を、ユリは強く否定する。
そう。少なくともユリは、迷惑だとも嫌だとも全く思っていないし、むしろ、
「その……ありがとう。みんなの気持ち、とても嬉しい」
心底から愛している皆が、自分とのより深い繋がりを望んでくれていることが、ユリにとって嬉しくない筈が無かった。
というか同性愛者であるユリからすると、あまりに大歓迎な状況過ぎることが、逆にちょっぴり怖く思えるほどだ。
「でも加減はして頂戴ね。流石に359人に囲まれると、私も身が持たないわ」
「そこは既に全員合意の上で、籤による順番制にすると決めていますので」
「そ、そうなんだ……」
順番制ということまで事前に取り決められている事実を知り、ユリは苦笑する。
ヘラは今『全員合意』と言ってみせたけれど。たぶんその『全員』には、一番の当事者であるユリ自身が含まれていないんじゃないかな……。
お読み下さりありがとうございました。




