112. 帰りたい帰らない
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「今までずっと気付かない方が、どうかしていると思うのですが」
いつもの神域の庭園にて。淹れたてのお茶を楽しみながら、ユリが一通りの経緯を話すと。リュディナは何とも呆れた口調で、そう言ってみせた。
「率直にそう言われると、ぐうの音も出ないわね……」
「私がユリを『神席』に据えたのが、いつの話だと思っているのですか」
「えっと……たぶん、2ヶ月ぐらい前だったかしら?」
「……ユリが私達のお仲間に加わったのは『春月23日』のことです。ですから、もう3ヶ月と10日以上が経っていますよ?」
「もうそんなに経っていたかしら……」
正直、ユリには全くその実感が無い。
この世界に来てからの日々が、常に慌ただしく過ぎて行くせいだろうか。
「……と言うことは、やっぱりこの〔女神〕という天職は、その『春月23日』の時点で既に、私に与えられていたという事かしら?」
「当然です。厳密に言えばこれは『天職』とはまた別のものですが……まあ、似たようなものではありますから、そう言っても構わないでしょうか。
ユリが私のお仲間になってくれたその時点から、〔女神〕の天職を有していたことは間違いありません。私が保証しますよ」
「レベルが随分と上がっているのだけれど、こちらは何故なのかしら?」
〔女神〕の天職を得ていること自体は、別に構わないのだ。
今の今まで気付かなかったユリが馬鹿なのだと言えばそれまでだし、天職自体を得ることにも少なからず興味はあったから。普通の人達では絶対に手に入らない、希少な天職が得られたと思えば、これはこれで悪くは無いだろう。
但し、いつの間にか〔女神〕のレベルが『155』へと成長していることには、正直全く納得がいかなかった。
ユリは『百合帝国』の他の皆のように『駆逐』に精を出しているわけでもなく、魔物を普段から狩ったりはしていないのだ。こんなにレベルが大きく上がるほど、膨大な経験値を獲得していよう筈も無いのだが。
「そうですね……レベルが大幅に成長している理由は、幾つかあると思いますが。ひとつはあなたが王国から来た大軍を殲滅したことでは無いでしょうか?」
「……この世界では、人を殺しても経験値が手に入るの?」
「はい、手に入りますね。やはりレベルが高い相手ほど、倒した際に得られる経験値の量も多くなります」
ユリの問いかけに、リュディナはあっさりそう回答した。
その上で、リュディナはくすりと微笑む。
「そもそも『魔物を倒した時にしか経験値が手に入らない』と安易に考えてしまう
ユリの方が、考え方がゲームに毒され過ぎているのでは無いですか?」
「……ぐうの音も出ない……」
それを言われては、ユリには何の反論もできなかった。
あの日、ユリが【星堕とし】で殺害した兵士は『55816名』にも上る。
レベルが高い兵士は殆ど居なかったと思うけれど。それでも、これ程に大量の人を一度に殺めれば、相当な量の経験値が手に入ることは想像に難くない。
「〔女神〕のレベルはある程度まで―――大体30から40程度まででしょうか。そこまで成長させれば、あとは勝手に上がっていくようになっていますから。ユリの場合は王国軍を殲滅した時点で、そのラインを遙かに超過したのでしょう」
「勝手に……? そういうものなの?」
「はい。ユリも既に獲得していると思いますが〔信仰の階〕と〔聖者の奉納〕というスキルが手に入ると、勝手に経験値を稼いでくれるのですよ」
リュディナからそう言われて、慌ててユリは自身の所持スキルを確認する。
……全く覚えのないスキルが、いつの間にか100個以上増えていた。
手早くスキル名だけを流し見て、ユリはリュディナが挙げた2つのスキル名が、自身の所持スキル一覧の中に含まれていることを確認する。
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〔信仰の階〕 - パッシブスキル
信仰心を集める行いにより、自身の神威を高めることが可能となる。
捧げられた『信仰心』に応じて経験値を獲得する。
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〔聖者の奉納〕 - パッシブスキル
あなたの信徒が経験値を得ると、その一部があなたに奉納される。
あなたに対する信仰が篤ければ篤いほど、奉納割合が高くなる。
+----+
「なるほど……。確かにこのスキルが有ると、勝手に経験値が増えそうね」
「ユリの場合は、敬虔な信徒が少なくとも『359名』は保証されていますから、特にそうでしょうね」
確かにリュディナの言う通り、『百合帝国』の子達がユリに対し絶対的な信仰心を抱いてくれていることは、最早疑いようも無いことだ。
スキルの説明文によれば『信仰が篤ければ篤いほど奉納割合が高くなる』とのことなので、『百合帝国』の皆が『駆逐』で稼いだ経験値は、その少なくない割合がユリの元へと奉納されていたのだろう。
「……そりゃあ、レベルが『155』にもなる筈だわ……」
全てを理解したユリは、がくりとその場で項垂れる。
その様子を見て、くすくすとリュディナが可笑しそうに笑った。
「あなたの『嫁』達からのプレゼントだと思えば、悪い気はしないでしょう?」
「まあ……そうね」
一部とはいえ『百合帝国』の皆が獲得する経験値を奪っていたのだと思うと、少しだけ申し訳無い気もするけれど。ユリの元に渡っているなら、おそらく皆はそれで良いと言ってくれることだろう。
むしろ、稼いだ経験値の一部がユリに渡ると知れば、皆が今まで以上に気合を入れて『駆逐』に精を出す光景が目に浮かぶようだ。
それを想像すると―――確かに、悪い気どころか、良い気しかしない。
ティーカップに残っているお茶を、ユリはぐいっと飲み干す。
このお茶は冷めても美味しいのが特徴だ。冷めると苦味が少し薄まる性質があるようで、アルカナがいつも少し冷ましてから飲んでいることを知っている。
「ああ―――そういえば、アルカナは今日はいないのかしら?」
「あの子なら、今日はあなたの故郷に行っていますよ」
「……日本に?」
「ええ」
リュディナはあっさりと頷いてみせるが、ユリにとっては大変な驚きだった。
アルカナは『娯楽の神』なので、彼女が日本に興味を持つこと自体は、ユリにも理解できるけれど。―――というか、そんな簡単に行けるような場所なのか。
「信仰心を少し消費しても良いのであれば、それなりに気軽に行ける場所ではありますね。もちろんユリも、行こうと思えば行けますよ?」
ユリの心を見透かしたように、リュディナがそう告げる。
(帰れるのか……)
もう絶対に帰れない場所だと、そう思っていた。
思っていただけに―――あっさり『帰れる』と言われても、ユリの内心としてはちょっと複雑な気持ちがある。
「お別れを言いたい人がいるようであれば、一度帰っても構わないのですよ?」
「……良いの? もうここには戻ってこないかもしれないけれど」
「ふふっ、有り得ないですね」
ユリが告げた言葉を、リュディナは一笑に付してしまう。
事実、リュディナの言う通りではある。大切な『嫁』の皆がこの世界に存在している以上、ユリが他の世界への滞在を求めることなど有り得ないのだから。
「お別れは……別に要らないわ。今更になって死人が連絡を取ってきても、却って混乱させてしまうだけでしょうし」
「そうですか」
―――ユリがこの世界に来てから、そろそろ1年になる。
それはつまり、日本でもユリが死んでから半年近い時間が経ったことになる。
本音を言えば……日本で暮らしていた頃に何かにつけて良くしてくれた祖父や、ユリが死に至った瞬間に一緒に居た有田に、詫びたい気持ちもあるけれど。
半年もの時間が経てば―――おそらくは祖父の中でも、有田の中でも、既に心の整理は付いているに違いない。
彼らのことを真に大切に思うなら。
きっと、連絡を取らないのが一番だと。……そう、思えた。
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