110. リチャージ完了
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―――本日は『冬月36日』。
『公国の属国化』と『王国領の支配』。今冬は大きな出来事が2つもあったせいか、月の後半の日々は随分と慌ただしく過ぎて行ったけれど。冬の終わりが見えてきた昨今になって、ようやく少しは落ち着いてきた気がする。
従属国となったシュレジア公国とは、良い関係が築けていると思う。
公国の全都市に『転移門』が設置されたことで、公国の民は自由に『迷都ユリシス』を訪問できるようになっている。そのお陰で、百合帝国の民と公国の民とが直接交流することも可能になり、ユリシスの都市は複数の文化が混ざり合って、なかなか面白い都市となりつつあるようだ。
ユリシスの都市内で営業されている屋台の中に、『シュレジア料理』を振る舞う店が増えたことなどが、その一例と言えるだろう。
その手の屋台の看板には、百合帝国の調理人が作る『シュレジア料理』なのか、それとも公国の調理人が作る『シュレジア料理』なのかが、明記してある場合が多いそうだ。
本場の味である後者は、もちろん百合帝国の民に高い人気がある。この世界では生まれた土地から離れることなく一生を過ごす人も多いぐらいなので、自分の知らない料理には強く心惹かれるものがあるそうだ。
そして―――前者は前者で、意外なことに公国の民に人気があるらしい。
百合帝国の調理人が作る『シュレジア料理』は、公国の人達からすると『知っている料理なのに知らない味がする』ものであるらしく、けれど『これはこれで大変に美味しい』ものであるらしい。
なかなか面白い話なのだけれど。残念ながらユリが食べてみても、前者と後者の違いはよく判らなかった。
美味しくはあったのだけれど……結局ユリからすると、どちらも『異国の料理』という味にしか感じられなかったのだ。
ちなみに、公国の首都から『奴隷を販売する店』は消滅したらしい。
単純に経営が成り立たなくなって、潰れたようだ。まあ、新しい奴隷が入荷される度に、ユリが転移魔法でそれを攫っていくのだから、当然と言えば当然だろう。
入荷した商品が何度も何度も自然消滅していては、商売が成立する筈も無い。
もちろん攫ってきた奴隷達は、そのまま百合帝国の国民として迎え入れた。
公国から割譲された鉱山都市ダカートについては、まだ新都市の建造途中なので特に動きはない。
相変わらず鉱山は閉鎖しているのだけれど、充分な生活費を都市住民の全員に支払っているため、特に不満なども出ていない。
むしろダカートの住民達の中には『転移門』でユリシスを訪問し、探索者として活躍することで更なる収入を得ている者が多いようだ。
筋骨隆々の坑夫達が魔物を力任せに薙ぎ倒す様は、探索の様子を『放送』を介して視聴している人達からも、痛快だと評判が良い。
特にダカートに住んでいるドワーフの人達が、身の丈よりも遙かに巨大な大斧をぶん回して戦う光景は、大変な人気を博している。
排泄物の悪臭が酷いことが知られているせいで、ダカートの都市ではドワーフの人達はちょっとした『嫌われ者』でさえあったらしいのだけれど。ユリシスの都市では、打って変わって大変な『人気者』として扱われるため、その事実に本人達が一番戸惑っているようだ。
酒場で知らない人が一杯奢ってくれることも多いらしく、それを喜んだドワーフの中には、ユリシスへの移住を早々に決めた者達も居るそうだ。
ユリシスの居住人口はまだまだ少ないので、移住者はユリとしても大歓迎だ。
支配を開始した元エルダード王国の土地については、意外なことに現時点では、特に住民から反発を受けることもなく施政が行えている。
ソフィアが勧めてくる言葉に従い、真っ先に元王国領にある都市・村落の全てに【障壁結界】と【調温結界】を張って回り、その結界の効果を『放送』で周知したのが良かったのかも知れない。
結局、この世界で民衆が国に求める一番のことは『魔物への備え』なのだ。
逆に言えば―――それさえ確実に行ってくれるなら。民にとっては支配者がエルダード王国であろうと百合帝国であろうと、別にどうでも良いのかもしれない。
もちろん王国の各都市にも『転移門』を設置した。
但し、シュレジア公国のように食糧不足に陥っているというわけではないので、利用する場合は各転移門のすぐ近くに建設した『探索者ギルド』の支部で、自身を『探索者』として登録する必要がある。
市民の中には、探索者になりたいわけではないけれど、とりあえず登録だけは済ませておいた―――という人が多いようだ。『放送』を見てユリシスの都市に興味を持ち、実際に行ってみたいと考えた人がそれだけ多く居たということだろう。
王国の文官と貴族令嬢は、百合帝国にて受け容れることになった。
王城に務めていた文官の男女は、希望者に限り百合帝国の文官として、そのまま雇用する。
彼らには何の『懲罰』も与えないが、その代わりに『下っ端文官』として今後は扱い、出世の道は基本的に皆無ということにした。
一方で貴族令嬢には選択肢を与えた。
『2週間の懲罰』を受けて貰う代わりに、百合帝国にて重用される『上級文官』として雇用されるか。もしくは『懲罰』を受けずに済む代わりに、他の文官と同様に出世の道が無い『下っ端文官』として雇用されるかを、自らの意志にて選ばせるようにしたのだ。
その結果―――貴族令嬢の全員が『懲罰』を受ける道を望んだ。
というわけで現在、貴族令嬢の人達はユリタニアの地下に収監されて『黒百合』の子達による懲罰―――もとい『調教』を受けている真っ最中だったりする。
早い子はあと2~3日程度で解放される筈だけれど。おそらく出てくる頃には、百合帝国に対する忠誠心をきっちり『調教』により刻み込まれていることだろう。
『調教』が済んでいる令嬢なら、自身の利益を求めて悪徳に手を染める危険性も殆ど無いので、重役への抜擢も気軽に行える。
元王国領の都市管理などの政務は、調教済の貴族令嬢に全て任せてしまい、なるべく『百合帝国』の皆の手を煩わせないようにしたい所だ。
*
「―――並べて世はこともなし、かあ」
公国の君主であるカダイン・テオドール公から、今朝届いた手紙を読み終わったユリは、執務室の中で誰にともなくそう呟いた。
国主が弑されたことや、百合帝国の『属国』となった事実が広まれば。『公国が弱体化している』と判断したヴォルミシア帝国が、国境を接しているのを良い事に公国へ圧力を掛けてくるのではないか―――と考えていたのだけれど。
どうやらそれは杞憂であったらしい。テオドール公からの手紙によれば、現在のところ公国はヴォルミシア帝国から何の干渉も受けてはいないそうだ。
正直を言えば……ちょっとだけ、残念でもあった。
もしヴォルミシア帝国が何かしてくるようであれば。シュレジア公国の宗主国として、ユリは属国へ吹っ掛けられた喧嘩を全力で買うつもりで居たからだ。
それこそ、嘗ての時と同じように。ヴォルミシア帝国に『隕石を降らせる』ことさえ、厭わないつもりだったのだ。
―――本日は『冬月36日』。
今日でユリが総勢6万という大軍で編成された王国軍を、あっさりと全滅させた『夏月16日』から、ちょうど2ヶ月半が経つ。
この世界に於ける『1ヶ月』は『40日』なので、早くも『100日』もの日数が経過したということだ。
それはつまり―――1度使用すると『以後100日間に渡って再使用が不可能になる』という制限が課せられた、超強力な『究極奥義』。
ユリの【星堕とし】が、再び使用可能になったことを意味する。
もちろん、ラケルの【死者の軍勢】も同様に使用可能になっている筈だから。正直いまヴォルミシア帝国が来てくれるなら、敵軍を殲滅するついでに『隕鉄』の資源を補充しつつ、新たな骸骨兵も調達できる絶好の機会だったのだけれど。
やはり、なかなかそう都合良くはいかないようだ。
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