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百合帝国  作者: 旅籠文楽
1章 -

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11. 領主館会議(後)

 


     [3]



「ありがとう、ヴィルレー」

「勿体ないお言葉です」


 会議の場に温かな紅茶を差し入れてくれた『撫子』に向けてユリがお礼を述べると、副長のヴィルレーは恭しく頭を下げて応じた。

 あまり根を詰めすぎても仕方無いと思ったので、ヴィルレーには会議中の1時間おきに温かい飲み物を淹れてくれるよう、ユリが事前に頼んでおいたのだ。

 ヴィルレーの方でも気を利かせてくれたのか、紅茶のお供に甘い焼菓子を添えてくれているのが嬉しい。会議中は色々と考えることも多かったので、ちょうど頭の中をリフレッシュできる甘味が欲しいと思っていた所だ。


「次の議題ですが、私の方から宜しいでしょうか」

「ええ、どうぞ」

「ありがとうございます、姫様」


 ユリが許可を出すと、軽く一礼した後に『白百合(エスティア)』隊長のヘラがその場に起立して意見を述べ始めた。


「この場に居る全員が既に把握していることと思いますが、先日のニルデア侵攻戦の際に我々は約1600名の市民を殺めました。このうち1400名が軍属者で、残りの200名が掃討者―――いわゆる『冒険者』のような相手となります」


 改めて言われると、随分沢山の人を殺してしまったものだとユリは思う。

 直接手をかけた相手は1人も居ないが、殺すように命じたのは他ならぬユリだ。実質的に1600名全員の殺戮を実行した当事者とも言えるだろう。


(―――何とも思わないな)


 大量殺戮に関与したにも拘わらず、ユリの内心は凪のように落ち着いている。

 これが『極悪』の心を持つことなのかと、改めて思い知らされる気がした。


「ユリ様に弓引いた以上、返報は至極当然。殺めた事自体には私としても思う所は無いのですが。問題はこの死亡した1600名のほぼ全てが男性であり、その内の1100名程度が妻帯していたということです」

「つまり、遺族が居るわけね」

「左様です姫様。1100名の寡婦のうち定職に就いていない者、つまり夫の収入で生活していた者が約900名になります。その中には既に一子以上を儲けている世帯が400、祖父や祖母を扶養している世帯も150程含まれていたようで」

「働き手を欠いて困窮している可能性が?」

「はい」


 通常であれば戦死した兵には見舞金などが出るのだろうが、今回の場合は『百合帝国』があっさり占領したため、その手の補償は一切出ていない筈だ。

 まあ、未亡人になったからといって働けない人ばかりというわけでも無いだろうけれど。とはいえ流石に扶養家族が居るような世帯には、為政者側から助けを出してあげることも必要だろう。


「お金を渡しても、それで解決するわけじゃないのよねえ……」


 ニルデアを占領したユリ達は、領主館を占拠した際に地下室に溜め込まれていたかなりの額の財貨を入手している。

 だから、生活に困る人達にお金を渡して支援する、ということ自体は別に難しくない。けれど、それで救えるのはあくまで一時的な困窮状況だけだ。


「どうせなら雇用機会を創出してあげたい所ね」

「実は私が提案したいのも、正にそのことでして。我々の側で十数店舗の飲食店を経営し、そこで希望者を相場より少し高めの給料で雇用してみてはどうかと」

「……飲食店?」


 定職に就いていなかった女性は専業主婦をしていた可能性が高いので、ある程度の調理ができる可能性は高い。そういう意味では確かに悪くは無いだろうが。


「この規模の都市に10店舗以上もの飲食店を追加したら、たぶん供給過多になるのではないかしら」


 この世界で普段から『外食』を行う人がどれぐらい居るのかは知らないけれど、その数は大体一定の筈だ。現在都市内にある飲食店で需要が満たされているなら、そこに沢山の店舗を追加すれば確実に供給が過剰な状態となるだろう。

 ユリがそのことを問うと、ヘラは小さく頷くことで応えてみせた。


「ところで姫様、話は変わりますが。姫様はこの世界の『魔物の肉』を食べてみてどのような感想を持たれましたか?」

「うん? 本当に話が変わったわね……。魔物の肉と言うと、私が意識を取り戻したその日の夕食に出たもののことかしら」

「はい」

「んー……。何と言うか、よくある『牛肉』みたいな味だったかしら。普通に美味しいと思ったわよ?」


 あの日の夕食に出たのは、確か『アクスホーン』という魔物の肉を使ったステーキだったのを覚えている。

 正直『魔物の肉』と聞いて、ユリは少し抵抗を覚えていたのだけれど。肉に噛り付いてみれば、意外にも普通の牛ステーキと大差ない味わいだった。


「そうですね。私も姫様と全く同じで『普通に美味しいな』という感想を抱いたのを覚えています。正直魔物の肉と聞いて、もっと筋張った肉が出てくるのを想像していたもので」

「ああ、言われてみれば確かにその通りね……」


 食用に畜産されている牛の肉と、野生の魔物の肉。この二つを較べるなら、後者は圧倒的に味が落ちそうなものだが。少なくとも先日食べた肉の記憶だけを参考にするなら、両者の味には殆ど差が無かったように思える。

 アクスホーンはこの辺り一帯ではよく見かける魔物なので、狩猟して肉を得ることはとても容易だ。手軽に調達できてあの味なら悪くない。


「ところで、姫様。この世界では『魔物の肉』と言えば、ちょっとした高級食材を指す言葉なのだそうですよ」

「……? 簡単に手に入りそうなものなのに、どうして?」

「我々になら2秒で狩れる雑魚ですが、この世界の人にとってはアクスホーンでも狩猟に苦労し、死者が出ることも珍しくないとか。それと魔物は解体が難しいので死体から良質な素材を得ること自体が難しく、また特に食肉については日持ちしないことなども珍重される理由に挙がるようですね」


 ヘラの言葉を受けて、なるほどとユリは得心する。

 『アトロス・オンライン』のゲーム内では、魔物を倒すと必ず『死体』が残り、この死体に〈解体〉というスキルを使用してその魔物の素材を手に入れる。




+----+


 〈解体〉 - 一般スキル


   5秒間掛けて魔物の死体から回収可能な素材を入手する。

   解体した死体は消滅し、魔物は同エリア内のどこかに再出減(リポップ)する。


+----+




 〈解体〉は一般スキルなので、プレイヤーでもNPCでも、ゲーム内のキャラクターならば誰でも修得しているスキルだ。

 なのでユリ自身も含め、『百合帝国』の子達は魔物の解体に苦労する事がない。スキルを使用すれば魔物の死体から一発で素材を回収出来るので、皮でも肉でも、望む部位を含めて纏めて手に入れることができるからだ。


 でも―――この世界に住む人達は、多分そうではない。

 魔物の皮を手に入れる為には実際に刃物で生皮を剥がなければならないし、食肉を得ようと思うなら本当に魔物を『解体』しなければならないのだ。

 もちろん質の良い肉が欲しい場合には、血抜きなどの処理についても適切に行わなければならないだろうし。その手間と労力を思えば、魔物の肉が『高級食材』になるというのも頷ける気がした。


「姫様。実はいま、我々『百合帝国』の備蓄の中には、アクスホーンとウリッゴの素材が大量に収納されておりまして」

「パルティータ、そうなの?」


 ヘラの言葉を受けて、ユリはその隣に座っている『撫子』隊長のパルティータへと問う。

 『百合帝国』が保有する財産や備蓄は、全て『撫子』が管理しているからだ。


「はい、事実ですご主人様。アクスホーンの素材だけでも8000体分ぐらいの量がありますね」

「なんでそんなに大量に……?」

「その、この世界に来てまだ間もない頃……ご主人様が眠っておられた5日間に、せめて『百合帝国』の食料備蓄の消費が軽減できるようにと、皆が少々頑張って狩りすぎてしまいまして」

「8000体分の量というのは、正直ちょっと想像しにくいわね。大体お肉だけで何キロぐらいあるのかしら?」

「解体は主に『撫子』が行ったのですが、その場合ですと大体1頭のアクスホーンから、120~140キログラム程の食肉が得られるようです」


 撫子が解体を担当するのは〈神侍(テトラ)〉の職業(クラス)に〈メイド解体術〉というスキルがあるからだろう。

 これは〈解体〉の完全上位スキルで、通常なら5秒掛かる〈解体〉の作業時間も必要とせず一瞬で魔物を解体でき、しかも普通に〈解体〉するよりも魔物から多めに素材を得ることができる。


「………」


 130キログラム×8000体なので、単純計算でも1000トンを超える量の食肉がギルド備蓄に保有されていることになる。

 最早『百合帝国』内で消費できる量でないことは、考えるまでも無く明らかだ。


「つまり魔物の肉を売りにした肉料理店を展開しようということね」

「左様です、姫様。確保し過ぎた食肉をずっと『撫子』に保管させておくのも申し訳無いですし、かといって食材を破棄するのも心苦しいですから」

「そうね、食べ物は大切にしないといけないわ。『魔物の肉を安く食べられる店』というのが売りになるなら、需要増を見込めて供給ばかりが過剰になる事態も避けられるでしょうし、良い案だと思う。メテオラはどう思うかしら?」


 ユリはそう告げて『桔梗』隊長のメテオラに話を振る。

 いちから飲食店を建てるにせよ、既存の建物を飲食店に改装するにせよ、どちらにしても建築に特化している桔梗の力を借りることになると思ったからだ。

 できれば桔梗には都市の建造作業に専念させてあげたい所だが、今回のこれは都市建造を多少遅らせてでも実行すべきだろう。


「そうですね、店を用意する程度なら然程の手間も掛からないと思います。1日もあれば我々が―――」

「あ、いえ。ユリ様、メテオラ。今回の件ですが『桔梗』の手は借りなくとも実行可能だと考えています」

桔梗(われわれ)の手を借りずに? 現地(ニルデア)の大工を頼るということでしょうか?」

「そうではなく、ギルド財産の『屋台露店キット』を使わせて頂けないかと」

「……ああ。そういえば、そんなアイテムもあったわねえ」


 ヘラが挙げた『屋台露店キット』とは、その名の通り使用することで『屋台』の露店をその場に出現させることができるアイテムだ。

 アイテムの使用時にどのような商品を扱う露店なのかを候補の中から選択することができ、関連設備が附随した状態の屋台が出現する。例えば『薬品を調合できる屋台』を選べば『調薬設備』が備わった屋台が出現し、『武器や防具の修理ができる屋台』を選択すれば『簡易の炉』が備わった屋台が出現するといった具合だ。

 もちろん選択肢の中には『料理を提供する屋台』もあって、それを選べば『簡易コンロ2つと水道』が備わった屋台が出現する。


「なるほどね。屋台で飲食店をやろうというのは面白い考えだわ」


 確かにこれならば『桔梗』の手を借りる必要は無い。

 とはいえ―――。


「……こんなに(くっさ)い都市で屋台を利用する客なんているのかしらぁ?」


 そう『黒百合(ノスティア)』のカシアが疑問に思う気持ちもまた、理解できる気がした。


「それは大丈夫だと思います。確かに我々にとっては今にも鼻が曲がりそうになる耐え難い環境ですが、悪臭というのは案外慣れるものですので。ニルデアの都市に住んでいる人達は、我々が思っているほど気にしてはいませんよ」

「なんとも逞しい話ねぇ……」

「まあ、市民が気にしないなら良いと思うわ。『屋台露店キット』なら大量に死蔵されているから、雇用した人達が雑に扱ってくれても構わないし」


 『屋台露店キット』はガチャのハズレ景品として頻出のアイテムだ。

 なので『百合帝国』の皆の装備を充実させるために、日頃からガチャへと投資を惜しまなかったユリは、当然ながらこのアイテムを大量に保有している。

 壊さない限りは使ったからといって減るようなアイテムでもないので、その備蓄状況は『死蔵』と表現するのがあまりにも正しい。使えるものなら使ってくれる方がユリとしても有難かった。


「全面的に許可するから『屋台露店キット』は必要な分だけ幾らでも持って行って頂戴。屋台なら後から移動させることもできるから、新しい都市が完成した際にも運べるしとても良いと思うわ」

「牛肉なら多彩な調理ができますから、色々な屋台が営業できそうですね~」

「あら、それは素敵ね、ホタル。いっそ材料は幾らでも供与すると確約した上で、雇用した人達に思い思いの料理を提供して貰うのも良いかもしれない。そうすれば屋台ごとに個性も出るでしょうし、数もきっと多くなるわ」


 屋台の種類が多くなれば、それを都市の何カ所かに集めて『屋台街』を造ってみるというのも面白いかもしれない。きっと人気も出ると思う。

 何と言うか―――『屋台』での食事に特別な魅力を感じるのは、人間としての本能みたいな所があるから。異世界の人達も、きっと同じように感じてくれる筈だとユリには思えた。





 

お読み下さりありがとうございました。

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