99. 公国との和睦
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―――本日は『冬月12日』。
百合帝国の首都、ユリタニアにある宮殿の応接室にて。ユリは公国からやって来た客人と相対していた。
「本日はお目通り叶いまして、大変に光栄です。シュレジア公国にて公爵の地位を継いでおります、カダイン・テオドールと申します」
「お久しぶりです、テオドール公。ソフィアにはとても世話になっているわ」
深々と頭を下げるテオドール公に、ユリはソファへ掛けるように促す。
本日テオドール公は、シュレジア公国と百合帝国との間で和睦を結ぶ、その交渉の為に訪れていた。
先日ユリがテオドール公爵邸を訪ねた際に、ある程度の和睦交渉は既に済ませていたりするのだけれど。流石にその場では和睦の締結まではしていなかったので、その締結と調印のためだけにユリタニアまで来てくれたのだ。
あの時に和睦を結ばなかった理由はとても単純かつ明快で、そもそもテオドール公は『国主』ではないため、他国と何かを締結できる立場には無かったのだ。
けれど―――今日のテオドール公は、和睦を結ぶために百合帝国を訪ねている。
その意味は、推して知るべしだろう。
「ドラポンド公は、どうなったのかしら?」
「弑しました。現在は私がシュレジア公国の君主となっております」
「まあ、随分と過激なのね」
「不思議なことに、彼の愚行が露呈した夜会での出来事は、その場に居た貴族のみならず、公国の民にも広く知れ渡っておりましたので」
「なるほど、不思議なこともあるものね」
そう告げて、ユリがくすりと笑むと。
流石にテオドール公はやや複雑な表情をしてみせたけれど。それでも、夜会での光景を『放送』した主犯であるユリに対して、特に文句を口にするようなことはしなかった。
「民心を失った者を君主に戴いていては、国が乱れる元となります。ドラポンド公はアルトリウス聖王直々に『破門』まで宣告されていますから、もはや除くことに猶予はなく、また躊躇を覚えることもありませんでした。
私はオーグロット公と共にドラポンド公へ退位を迫りましたが、公はこれを拒否された。―――ならばもう弑するしかありません。幸いと言うべきか、宮殿の中に公に味方しようという者は居らず、処理は速やかに済みました」
「……ふむ、それで?」
「先日お話しました通りの条件にて、どうぞ公国と和睦を結んで頂きたい。また、寛大な心をもって公国への『破門』も何卒赦しを頂きたく」
「破門については私に言われても困るわね。あれはアルトリウスの独断で行われたことだし、そもそも私は事前通告のひとつも受け取っていないのよ」
「左様ですか……。では、破門の件は聖国と交渉することに致します」
「そうして頂戴」
和睦の条件については事前に詰めていたこともあり、すんなりと話は纏まった。
シュレジア公国は国土の西端部、山岳地帯の一角を丸ごと割譲する。そこにある鉱山都市1つと村落2つの支配権も、百合帝国に譲り渡されることになる。
ユリとしては別に、公国からは侮辱の手紙ひとつを受け取っただけで、特に軍事行動なども受けていないため、もっと軽い和睦条件でも構わないのだけれど。
テオドール公的には、この条件で受けて貰う方が都合が良いらしい。
―――何故なら、ユリが受け取る範囲にある都市・村落が全て、ドラポンド公の領地であるからだ。
この条件で講和を纏めてしまえば、弑されたドラポンド公の領地を公国のどの貴族が引き継ぐかについて、争いが起きることも無いわけだ。
「但し、先日も申し上げました通り、鉱山都市での銀の産出量は年々減少しておりますので、それについてはご了承下さい」
「ええ、承知しているわ」
代わりに鉱山都市では今でも鉄が潤沢に採れるらしいので、それだけでも充分に価値がある。
それにユリが【空間把握】の魔法を行使すれば、鉱脈の位置を正確に探り当てることも可能だろう。
未発見の銀鉱脈を探し出すことはもちろん、もしかすると他にも価値が高い金属の鉱脈が存在しているかもしれない。
また、今回の和睦で百合帝国に割譲される山岳地帯の中には、なかなかに手広い森林が存在しており、そこにはエルフの集落が幾つかあるらしい。
但し、その森林には樹木に偽装する魔物が多数生息しているため、公国から軍を派遣するには危険度が高く、国土内にありながらもエルフの集落は公国の支配下には無かったそうだ。
とはいえ、転移魔法を使えるユリからすれば、どんなに険しいところにある集落であっても征服することは訳もない。
何なら『百合帝国』の子達に、樹木に偽装する魔物を根こそぎ『駆逐』させても構わないのだ。
「ところで、ユリ様にひとつ確認しておきたいのですが」
「何かしら?」
「公国から『奴隷』が大量に消えたのは、ユリ様の手によるものですよね?」
「ええ、そうよ。私が攫ったわ」
にこりと微笑んで、悪びれもせずにユリはそう即答する。
「一応言っておくけれど、返すつもりは無いわよ?」
「それは全く構いません。私もオーグロット公も、帝国から奴隷を輸入することについては元々反対を表明しておりました。とはいえ君主に決定権がありますので、ドラポンド公が強引に認可すれば止めようが無かったわけですが」
「では今後のテオドール公の施政下では、奴隷の扱いは無くなっていくわけね。
―――うん? いま、奴隷の輸入先を『帝国』と言ったかしら?」
「別に百合帝国のことを申し上げたわけでは」
「それは判っているわよ」
テオドール公の言葉を受けて、ユリは思わず苦笑する。
百合帝国の国内に『奴隷』の類は存在していない。
唯一、百合帝国に『奴隷』が存在するなら―――それは自身をユリの『奴隷』と言って憚らない、ソフィアぐらいのものだろう。
……まあ、百合帝国の首都ユリタニアの地下には、まだ3000人ほど奴隷同然の扱いで収監されている者達も居るけれど。
あれは王国軍の兵士として百合帝国に刃を向けた者達なので、どう扱おうがユリの自由というものだろう。
他者を率先して殺めようと、侵攻してきた者が敗けたなら。末路に相応の報いが待っているのは当然のことだ。
「そういえば公国から土地を割譲して貰うと、百合帝国と『ヴォルミシア帝国』との国境が繋がることになるのね……」
頭の中に地図を思い描きながら、ユリはそう言葉を零す。
現在ユリ達が居る『メキア大陸』には、『ヴォルミシア帝国』という名の国家が存在する。
『帝国』と言うだけあって広大な土地を持つ国家で、精強な軍隊を有しており、国境を接する国家に威圧を掛け、市場の開放や資金の供出など様々なことを何かにつけて要求しているらしい。
まだ何の接点も持ったことが無い国ではあるが。―――彼の国が、同じ『帝国』を名乗っている百合帝国を、快く思っていないことは想像に難くない。
大陸に帝国は1つで良い―――と、即座に宣戦を吹っ掛けてきてもおかしくない相手だ。今回公国から割譲して貰う都市と村落には、住民を護るためにある程度の備えを用意する必要があるだろう。
「ヴォルミシア帝国は軍に密偵部隊を多数揃えており、隣接国の情報を常に探っていることで知られています。すぐに百合帝国にもやってくるでしょうね」
「あら、それは好都合ね」
テオドール公の言葉に、ユリはくすりと微笑む。
自国の都市・村落の状態を『空間把握』の魔法で監視しているユリからすれば、敵国から送られてきた密偵を看破することなど造作もない。
密偵を送ってくれれば、それだけ百合帝国の人的資源が確保できることになる。
元王国密偵の人達が、百合帝国の役にとても立っていることを思えば。ヴォルミシア帝国の密偵も、ぜひ有益な資源として百合帝国に吸収させて貰いたい所だ。
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お読み下さりありがとうございました。
誤字報告機能での指摘も、いつも本当にありがとうございます。
誤字報告機能から昨日頂戴しました分の指摘の反映が遅れており、申し訳ありません。今日はちょっと難しいのですが、明日中には反映します。
私事にて恐縮ですが、現在友人が作る同人ゲームのテキストを手伝っており、そちらに時間を取られております……。




