10. 領主館会議(前)
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要衝都市ニルデアの占領から1週間が経過したその日、都市中央に立つ領主館の一室では『百合帝国』による会議が行われていた。
出席者はギルドマスターであるユリと、各部隊で隊長を務めている12名。
それと覇竜ラドラグルフも会議に参加していた。もちろん竜のままでは領主館の部屋に収まる筈もないので、魔法で人を模した姿に変身して貰っている。
会議の最初の議題は、もちろん『新たな都市の建造』について。
新たな都市をすぐ近くに建造し、要衝都市ニルデアに住む全ての市民を移り住ませる。―――数日前に『桔梗』隊長のメテオラが提案した構想は、当然ながら会議に出席した全員に驚きをもって受け止められた。
とはいえ、誰も彼もが都市の『悪臭』問題については思う所があったのだろう。反対意見が出ることもなく、全員一致の賛成で都市建造は可決される。
「メテオラ、ひとつだけ私から要望を加えさせて貰っても構わないかしら?」
「はい、姐様。私達にできる事でしたら、遠慮無く何でも仰って下さい」
「都市建造に際して『規格化』を徹底して欲しいのよ」
現在のユリに転生するよりも以前の―――『蓬莱寺百合』は元々『ガーデンデザイナー』の職にあり、『造園会社』に勤めていた経歴を持つ。
規格の大切さについては建設業に携わる者なら誰でも理解していることだ。もちろん造園会社は建設業の一種であるから、ユリもまた例外ではない。
それに、規格というものは後から揃えようとしてもなかなか上手くはいかない。その事実は歴史が証明しているので、まっさらな状態から都市をひとつ造るという状況は、規格を浸透させる上で絶好の機会とも言えた。
「なるほど……。姐様、それは大変素晴らしいお考えです。全力で取り組んでみたいと思いますので、是非『桔梗』にお任せ下さい」
「全面的に信任するわ。桔梗が良いと思うようにやって頂戴」
「はい!」
一度任せると決めたら、全面的な信頼を置いて任せる。
それが上に立つ者として大変重要な姿勢であることを、ユリは造園会社の社長をしていた祖父の姿を見て学んでいた。
結局、世界が変わろうとも、人生で学び得たことは何かと役に立つものだ。
「ではこの話はここでお終いね。誰か他に議題に挙げたいことはある?」
ユリがそう告げて周囲を伺うと、即座に挙手があった。
「どうぞ、プリムラ」
「はっ。我々はそろそろ、周辺にある国家に対して『国家樹立』を宣言しても良い頃合いだと思われます」
そう提案したのは『紅薔薇』の隊長を務めているプリムラだ。
「その提案に『黄薔薇』としても同意します!」
「同じく『青薔薇』も同意致します」
どうやら事前に根回しをしていたらしく、提案したプリムラの言葉に重ねるようにして、同じ『薔薇』を名に冠する部隊から同調の声が上がる。
なんというか―――少し唐突で予想外な提案だったものだから。議長役を務めるユリとしては、やや対処に困ってしまった。
「建国を宣言って……。私達が占領しているのは1都市だけしか無いのよ?」
「1都市で不足でしたら周辺都市を必要なだけ落とせば宜しいかと。それが可能なだけの戦力はこの場に揃っております。許可さえ頂けるならユリ様の手を煩わせるまでもなく、紅薔薇だけで占領して参りますが」
「それは私の判断で却下するわ。今は他の都市にまで手を回したくないもの」
要衝都市ニルデアと戦闘を構えたことで、ユリ達はこの世界に於ける『国家』が保有する軍事力が、大体どの程度のものであるかを漠然と理解した。
だから判るのだが―――確かに『百合帝国』の実力をもってすれば、周辺国家を幾つか陥落させることぐらい、さして難しいことでは無いだろう。
とはいえ都市を『問題無く占領できる』ことと、占領した都市を『問題無く運営できる』ことは全くの別問題だ。
『悪臭』の問題にしても、別にニルデアに限った話では無く、この世界のどこの都市でも有り触れたものだと聞いている。だとするなら、都市を追加で占領すればするほど新たに解決しなければならない『悪臭』の問題も当然増大する。
上下水道を完備した都市を新規に造ると決めた以上、建築部隊の『桔梗』と生産部隊の『竜胆』はそちらの件に専念させてあげたい。他の都市のことにまで手を出す余裕は、少なくとも向こう2ヶ月間は無いのだ。
「まあ、別に1都市だけでも国家を名乗ることはできるでしょうけれど……。そもそもプリムラは、どうして『国家樹立』なんてものを宣言したいの?」
「我々が『百合帝国』という名前に誇りを持っているからです。名前に『帝国』と冠しているからには、正しくユリ様の『国家』として周知されたものでありたい」
「ふむ……」
正直、国家樹立だなんてことには、ユリはあまり興味が無いのだけれど。
それでも―――少し前まで『NPC』だと思っていた子の口から『名前に誇りを持っている』と聞かされれば、内心で滾るものを感じずにはいられない。
少なくとも、ユリの一存で却下してしまうことは強く躊躇われた。
「この件については挙手を採りましょう。賛成多数ならば認めるし、反対多数ならば認めない。認められなかった場合は、少なくとも向こう1年間はこの件について再び議題に挙げることを禁止します。
プリムラ。あなたが同調するよう事前に根回ししたのは『黄薔薇』と『青薔薇』の2部隊だけで間違いない?」
「間違いありません」
「では、あなた達3部隊と私の票はカウントせず、無効票とします。残る9部隊の隊長のみにより採決することにしましょう。
―――『周辺国に国家樹立を宣言する』という案に賛成の者は挙手なさい」
ユリが場に問いかけると、9部隊全ての隊長が即座に挙手してみせた。
全ての部隊が『百合帝国』という名に思いを持ち、それを国家たらしめることを望んでくれている。その事実を思い知らされてしまえば、最早ユリにとっても否やという気持ちは無い。
「数えるまでもなく全員が賛成のようね、認めましょう。ラドラグルフ」
「うむ、なんじゃ?」
「以前あなたは『この世界を見て回りたい』と言っていたわよね? 悪いけれど、そのついでに手紙の配達を頼んでも構わないかしら?」
「ふうむ、承知した。周辺国家へ我が手紙を届ければ良いのじゃな? なるほど、我のような『覇竜』をたかが手紙の使いに出来る相手ともなれば、都市を1つしか持たぬ小国とは言え、まず侮られることも無かろう」
「ありがとう、手紙は明日までには準備しておくわね。―――ああ、でも私の知る言語で手紙を書いても、この世界の相手には通じないかしら?」
この世界の人とは『言葉が通じる』ことが既に判っている。理由はまだ判っていないのだけれど、会話でコミュニケーションを取る分には何の支障も生じない。
けれど『言葉が通じる』にも拘わらず、互いが用いている『言語が異なる』という事実もまた既に判明している。なので会話では支障が無くとも、手紙などの文面に起こしてしまうと相手に伝わらなくなってしまうのだ。
「手紙を【翻訳】の魔法を籠めた魔導具にするのが良いと思われます。そうすればユリ様がどのような言語で書かれても、問題無く相手には読めるでしょう」
そう提案してくれたのは、生産部隊『竜胆』の隊長を務めるクローネだ。
魔導具の作成には宝石や魔石などの素材が必要となるけれど、【翻訳】のような初級魔法を1つ籠めるだけならば消費量はごく僅かで済む。
「主君、1つ提案しても宜しいでしょうか」
ぴしっと真っ直ぐに挙手して、そう告げたのは『桜花』隊長のサクラだ。
桜色の上衣と濃紺の袴。常に和の装いを好む彼女たちは、ギルドマスターであるユリのことを、敬意をもって常に『主君』と呼ぶ。
ちなみに『百合帝国』の中では『紅梅』もまた和装を好む。とはいえ紅梅の子達には狐耳があるし、大抵は『巫女服』を着ているので見分けるのは容易だ。
「許可するわ。何かしら?」
「ラドラグルフ殿は世界中を巡るおつもりだと伺っております。でしたらこの際、折角ですので周辺のみに限定せず、どうせなら世界中の国家に『百合帝国』の名を知らしめておくのも宜しいのではないかと思いまして」
「ほう? 別に我は構わぬぞ」
「この世界に幾つの国家があるかは、既に判明しているのかしら?」
「残念ながら捕縛したニルデアの文官から入手できたのは、近隣10カ国についての情報だけに限られました。地図に関しても近隣諸国の位置関係が判る程度のものだけしか現時点では調達できておりません」
ユリの問いには『撫子』のパルティータが答えてくれた。
近隣の地図しか手に入っていないというのは、正直ちょっと残念に思える。折角異世界に来たのだから、新しい世界の地図を眺めてみたりしてみたかった。
「流石に、位置や名前を把握してない国に向けて手紙を出すのは難しいわね。ひとまずはパルティータが情報を入手してくれている、10カ国に向けて『国家樹立』を宣言する手紙を出す、ということで構わないかしら?」
「異存ありませぬ。提案を容れて下さった主君に感謝申し上げます」
「10通も手紙を書くのはちょっと大変だから、悪いけれどラドラグルフには数日ほど待って貰えないかしら。なるべく早く準備するから」
「気遣いは無用じゃ。我はユリの忠実なペットゆえ『待て』ぐらいはできる」
「……そう」
何故、誰も彼も犬扱いやらペット扱いされることを嫌がらないのだろうか。
いやまあ、ラドラグルフの言う通り〈召喚術師〉系職業にとって『使役獣』は、確かにペットみたいな存在かもしれないけれども。
お読み下さりありがとうございました。