01. アトロス・オンライン
※掲示板描写があるのは初回だけです。
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580.名無しの〈聖護騎士〉さん
みんな36時間耐久ギルド戦争おっつおっつ
例によって今週の[空中城]占拠ギルド一覧を張るわ
北部雪山アトロス - 『エルティシア』占領
北東氷原アトロス - 『飛燕』占領
西部灰土アトロス - 『暇人商工会議所』占領
西部草原アトロス - 『クロノス・ゲイズ』防衛成功(2週目)
東部砂漠アトロス - 『アスカード』占領
東部諸島アトロス - 『百合帝国』防衛成功(620週目)
南西荒野アトロス - 『呑兵衛商会』占領
南部氷河アトロス - 『サジタリウス』防衛成功(1週目)
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581.名無しの〈神獣使い〉さん
乙乙。今週はだいぶ入れ替わったね
とは言ってもよく見る名前のギルドばっかだけど
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582.名無しの〈戦乙女〉さん
今週は北方拠点2つが激戦すぎて傍から見る分には楽しかった
雪山と氷原の両方で4ギルド以上が乱れての混戦だったし
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583.名無しの〈極匠〉さん
先週征服してたのが、どっちも弱小ギルドだったからなあ
そりゃカモと思われて複数ギルドから攻められるわ
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584.名無しの〈霊弓手〉さん
その一方で今週も『百合帝国』を攻めたギルドはゼロなんですよね
わかります
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585.名無しの〈聖護騎士〉さん
常に360人フルで出てくる城を攻める馬鹿はいねえよ・・・
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586.名無しの〈剣豪〉さん
普通のギルドは深夜とか早朝に攻めれば防衛人数50人切るけどさ
百合帝国はNPCばっかだから防衛戦にほぼフルメンバー出てくるもん…
リアル仕事があるのか、朝や昼に攻めればギルマスだけは欠席だけど
それでも359人ものレベル200NPCを相手にするのはキツすぎる
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587.名無しの〈六星賢者〉さん
攻城側は4レイド=96人までしか出せない人数制限があるからなあ
プレイヤーはNPCの倍以上は強いけど、それでも数に押し切られる
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588.名無しの〈死導師〉さん
いや、確かに『課金装備を使っているプレイヤー』に較べれば
『普通の配下NPC』は半分以下の強さしか無いけどさ
百合帝国は全員が『課金装備満載のNPC』なので話が変わってくる
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589.名無しの〈魔術師〉さん
でもNPCの能力値ってプレイヤーの半分しかないって聞いたけど。
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590.名無しの〈六星賢者〉さん
確かにNPCの能力値は普通ならプレイヤーの半分しかない。
ただしNPCの好感度を1000まで上げて『結婚指輪(800円)』を贈ると
好感度に応じて指輪を贈ったNPCの能力値が増える。
だいたい好感度が50000ぐらいあると、プレイヤーと同等の能力値になる。
この指輪は好感度に応じて色が変わる仕様で、見た目である程度判別できる。
結婚直後は好感度1000で『金色』、好感度が10000に上がると『緑色』、
50000で『赤色』、100000で『紫色』、150000以上だと『白色』になる。
この『白色』まで達すると、NPCの能力値は初期の4倍にまで増える。
つまり百合帝国のNPCはプレイヤーと較べても2倍ぐらい強い。
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591.名無しの〈司祭〉さん
うっそだろお前
嘘だと言ってくれ……。
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592.名無しの〈六星賢者〉さん
ちなみにNPCの好感度は凄まじく上がりづらい。
毎日ゲームにログインすると『+5』、NPCに話しかけると『+5』、
NPCとパーティかレイドを組んで一緒に戦闘をすると『+5』、
あと週に2回までプレゼントが贈れて、それで『+20』×2回増やせる。
なので最大でも一週間で『+145』増やすのが限界。
1年は大体52週間なので、1年間フルで頑張ると『+7540』ぐらい。
つまり好感度を150000以上にするには、最速で20年ぐらい掛かる。
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593.名無しの〈侍〉さん
20年同じゲームに毎日ログインしてるとか凄えな・・・
いや、まず20年以上運営が続いてるアトロス・オンラインが凄いけど
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594.名無しの〈霊弓手〉さん
言うてこのゲームの古参は20年30年やってる人ばかりだけどね
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595.名無しの〈剣士〉さん
えっ、待って、結婚指輪って800円だよな?
359キャラと結婚したら、指輪代だけで30万円弱……?
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596.名無しの〈死導師〉さん
そうだよ?
しかも百合帝国のNPCは全員が最高クラスの課金装備を揃えてる。
間違いなく1キャラ当たり2~3万は掛かってるよ。
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597.名無しの〈極匠〉さん
下手すると課金総額が一千万を超えるんですがそれは。
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598.名無しの〈神侍〉さん
359人ものNPC達に重課金装備を着せるために
一体どのぐらいの額のガチャを回せば良いのかまるで判らない
百合帝国のギルドマスターは石油王か何かなのか
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599.名無しの〈聖女〉さん
NPCと一緒に私のリアル生活も養って欲しい…
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600.名無しの〈聖護騎士〉さん
俺も
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601.名無しの〈死導師〉さん
装備も厄介だが、全員が極限レベルのNPCってのもキツい
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602.名無しの〈上級錬金術師〉さん
最高レベルまで育てたキャラをレベル0に戻す『転生』を10回やらないと
レベルの上限は極限の200まで拡張されないからな……。
NPC359人を限界まで鍛えるとか狂気の極み
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603.名無しの〈六星賢者〉さん
最初のレベル上限が100、更に1回転生する毎に+5ずつ拡張だから
レベルを200にするのに必要な転生回数は『20回』の間違いだね
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604.名無しの〈剣豪〉さん
気が
くるっとる
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605.名無しの〈神獣使い〉さん
しかもNPCって単独行動では経験値稼ぎできないんでしょ?
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606.名無しの〈六星賢者〉さん
できない。同じマップ内でプレイヤーとパーティを組んでいる時にしか
NPCは経験値を入手できない仕様になってる
パーティは最大6人だから、一応5人までなら同時育成可能
但しNPCはレベルアップに必要な経験値がプレイヤーの『10倍』
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607.名無しの〈聖護騎士〉さん
【百合帝国のここが狂ってる】
・NPC全員が『レベル200』(累計3150回のレベルアップが必要)
・NPC全員が『白色』の結婚指輪をしてる(最速で20年掛かる)
・NPC全員がフル課金装備(1人当たり数万円は掛かってる)
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608.名無しの〈聖女〉さん
ト'-'| _
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609.名無しの〈死導師〉さん
マジで気が狂ってる
ここまでいくと一周回って尊敬できるわ
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610.名無しの〈建築士〉さん
少なくとも愛が無ければできないことなのは確か
俺は自分用のパーティメンバー分5キャラを育成するので限界だった
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611.名無しの〈楽師〉さん
百合帝国ってギルマスもNPCも全員女なんだっけ?
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612.名無しの〈霊弓手〉さん
当たり前だろ
『百合』って書いてあるじゃん。読めないの?
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613.名無しの〈暗殺者〉さん
沢山の女の子NPCを侍らせてるギルマスのユリちゃんは
ガワはともかく、中身は間違いなく男だろうけどな
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614.名無しの〈死導師〉さん
それは100%間違いない
百合ハーレムで喜ぶのはいつも男
ソースは俺
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615.名無しの〈魔法戦士〉さん
それでも十分すげえけどね・・・
どれだけ愛があれば359キャラも育てられるのか
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616.名無しの〈剣豪〉さん
しかも全員フル課金装備付きだからな…
俺も(少なくとも外見上は)美少女の石油王に養われたい
この際、中身の性別は問わないものとする。
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617.名無しの〈聖護騎士〉さん
むしろ生えてるほうがお得感があっていい
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618.名無しの〈六星賢者〉さん
ヒエッ
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「ふっ、あはははっ! みんな勝手なことを言ってくれるなあ、もう!」
待ち合わせている相手が来るまでの暇つぶしに、ゲーム内機能として用意されている『掲示板』への一連の書き込みを読んでいたユリは、思わず堪えきれなくて、その場で腹を抱えて笑い出してしまう。
ユリが今居るのは、初心者の街『レベント』の教会前。そんな場所で唐突に高らかな笑い声を上げ始めたユリの姿は、さぞ奇異なものとして映ったのだろう。
付近の人達から怪訝そうな視線が向けられていることに気付いた百合は、慌てて表情を取り繕い、居住まいを正した。
(一応私は、生物学的には『女』の筈なんだけどなあ)
完璧なポーカーフェイスを維持しながらも、ユリはくつくつと小さな忍び笑いを漏らし、心の中でそうつぶやく。
掲示板には『百合ハーレムで喜ぶのはいつも男』と書かれていたけれど。残念ながら、それは事実ではないと思う。
だって、その証拠に―――ギルド『百合帝国』は、正真正銘『女性』であるユリ自身が望んで作成したギルドなのだから。
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『アトロス・オンライン』という名前の、オンラインゲームがある。
いわゆる『第三世代』のVR機器―――画質面と表示の遅延が劇的に改善され、リアリティのある仮想世界の体感が可能となったヘッドセット機器を利用してプレイする、2050年末頃に運営が開始されたVR-MMO-RPGのひとつで、最盛期にはプレイヤー数が20万人を超えていた人気タイトルのひとつだ。
とはいえオンラインゲームというものは、得てして長続きしない。
博した人気の衰えは早く、技術の進歩に伴うゲーム機器の世代交代もまた早い。
運営開始から二年が経ち、次の『第四世代』のVR機器が市場へ流通し始めた頃には、早くもプレイヤー数が最盛期の1割近くにまで落ち込むことになった。
それでも『アトロス・オンライン』が早々にサービス終了の憂き目に遭うことは無かった。
プレイヤーから得られる収益が激減したことで、ゲームの宣伝などを殆ど行えなくなり、新規のプレイヤーが全く増えなくなったにも拘わらず、残された『1割のプレイヤー』からは、不思議と愛されるゲームであったからだ。
サービス開始の2年後を境にプレイヤー数の減少は嘘みたいにピタリと止まり、それから1年、2年、更には10年や20年以上もの期間が流れてさえ、残された『1割のプレイヤー』が『アトロス・オンライン』から離れることは無かった。
20万人の1割、つまり『2万人』のプレイヤーが安定して確保できるなら、オンラインゲームは充分な収益を上げることができる。
盛衰の早いオンラインゲームという市場に於いて、『アトロス・オンライン』は今年で運営開始から30周年の節目を迎える。これがどんなに異例であるかは、普段からオンラインゲームによく触れている人なら容易に理解できる筈だ。
しかも、ここ10年だけで言うなら―――プレイヤー数は減るどころか、なんと少しずつ増えてきてさえいると言うのだから驚きだ。
『非常に長期に渡ってプレイヤーから愛されているゲーム』という事実に興味を引かれ、今更ながら新しくインストールする人がいるのだろう。
もちろん新規プレイヤーの増加は、古参プレイヤーにとっても喜ぶべきことだ。
『アトロス・オンライン』には『空中城』と呼ばれる拠点を各ギルドが争って奪い合う『ギルド戦争』というコンテンツがあるのだが、先日この『ギルド戦争』に長年積極的に参加している30ほどの大手ギルドのギルドマスターが集まって会合の場がもたれ、その結果、各ギルドがそれぞれに初心者プレイヤーに向けての支援を行うことに決まっていた。
私―――ユリもまた、その会合に参加したギルドマスターの1人だ。
ユリがマスターを務めているギルドの名は『百合帝国』。
ギルド戦争の常連であり、常に1つの空中城を占拠し続けている強豪ギルドでもあるのだが。しかして―――その実体は、プレイヤーが『ユリ』ひとりだけしか所属していない『個人ギルド』でもあった。
何しろ『百合帝国』に所属している360名のキャラクターのうち359名は、ユリが作成して育てた『配下NPC』であったりするのだから。
『NPC』とは『ノン・プレイヤー・キャラクター』の略語で、プレイヤーではなくAIが操作し、自動的に行動するキャラクターのことを指す。
『アトロス・オンライン』では最初にゲームを開始した時点で、各プレイヤーが5名まで『配下NPC』を作成できるようになっている。
この配下NPCは名前に『配下』という単語が含まれている通り、プレイヤーの指示には絶対的に従う。なのでプレイヤーは、自身が直接操作するキャラクターに配下NPCを同行させて戦闘に参加させたり、あるいはプレイヤーが指示しておくことで採取や生産などの独立行動を行わせることができるのだ。
『アトロス・オンライン』では最大6名のキャラクターが集まって『パーティ』を組むことができるので、5名の配下NPC全員を連れ歩くことで、ソロでも実質的にパーティプレイを楽しむことができるのが本作最大の魅力でもあった。
オンラインゲームは他者とのコミュニケーションを楽しむゲームでもあるわけだけれど。とはいえ、1人で黙々とプレイしたいことも案外少なくは無いものだ。
原則として配下NPCはプレイヤーが操作するキャラクターよりも弱いし、しかもプレイヤーと一緒に行動している時にしか経験値を得られないといった制限もあるのだけれど。
そうした部分を差し引いても、配下NPCはいつでも遠慮無く自由に連れ歩くことができる、大変に便利な存在だった。
また、500円で販売されている『追加配下NPC作成チケット』というアイテムを購入すると、この配下NPCの人数を1人増やすこともできる。
『アトロス・オンライン』ではパーティを4つ集めると『レイド』を組むことができ、これが特定のダンジョンやボス戦闘などでの参加人数の単位となる。
なのでプレイヤーの中には追加で18名分の配下NPCを作成し、自分のキャラクターだけで合計24名のレイドを組めるようにしている人も少なくはない。
その為に必要な9000円というコストを高いと見るか安いと見るかは、人それぞれと言うことだろう。
ちなみに―――ユリの場合は、この『追加配下NPC作成チケット』を354回も購入することで、配下NPCを全部で359名登録していたりする。
それだけで結構な金額が掛かっていることは、もちろん言うまでも無い。
最大で360名のキャラクターを参加させることができる『ギルド』を、自前のキャラクターだけで埋めているのは、流石にユリぐらいのものだろう。
「すみません、ユリさん。お待たせしてしまったようですね」
『アトロス・オンライン』のゲームを新しくプレイした人が必ず最初に訪れることから『はじまりの町』として知られている『レベント』という町。その町の教会のすぐ前に立って『掲示板』への書き込みを読み耽っていたユリに対して、不意に掛けられる声があった。
声の主は女であるユリよりも矮躯の、丸眼鏡がよく似合う男性キャラクターで、左肩に半透明の四枚羽を持つ風の精霊を乗せている。こうして精霊を連れ歩くことができるのは〈精霊使い〉系職業の判りやすい特権だ。
「アルターさん。いえ、私も今来た所ですので」
ユリが小さく頭を下げてそう告げると、アルターと呼ばれた男性もまた小さく頭を下げることで応えた。
「表情が緩んでいらっしゃったようですが、何か面白いことでも?」
「ええ、見て下さいよ。この掲示板の書き込み」
そう告げてから、ユリはアルターからも見えるように、視界内に表示させている『掲示板』の画面を共有化する。
アルターはユリがゲーム内だけでなく現実でも面識を持つ唯一の相手で、つまり彼はユリの中の人が女性であることを知っている。
2分ほど掛けて一連の書き込みを読んだアルターは、思わずぷっと噴き出した。
「ふふ……。いやいや、これはしょうがないですよ。1ギルド丸々百合ハーレムにするとか、どう考えてもやってる事が『男の夢』そのものでしょう」
「私にとっては、ただの『女の夢』なのにねえ」
「これでも一昔前に較べれば遙かにマシにはなったのでしょうが、残念ながら今の社会でも性的少数者への理解が進んだとは言えませんから」
実際に日常生活でそのことを体感しているからだろう。しみじみとそう呟くアルターの言葉には、どこか不思議な重みがあるように思えた。
アルターの中の人は『男性を好む男性』であり、ユリの中の人は『女性を好む女性』である。二人の立場は全くの真逆であり、しかし同じ『同性愛者』という点では一致したものでもあった。
もっとも―――アルターの中の人が周囲に『ゲイ』であることを憚らず公言するオープンな男性であり、実際にパートナーと一緒に暮らしをしているのに対して。一方のユリが同性愛者である事実をひた隠しにしながら日々を生きており、特定のパートナーを持たないアラフォーの『独身女性』でしか無いという点では、多大な違いがあったりもするのだけれど……。
「……まあ、リアルの話はやめましょう。話すなら近いうちに酒の席などで、ね。
それでユリさん、初心者支援用のアイテムは持ってきて頂けたのでしょうか?」
「持参しております。いまお渡ししますね」
目の前のアルターに向けて『取引』ウィンドウを表示させて、ユリは〈インベントリ〉の中に持ってきたアイテムを並べていく。
最下級の『ライフポーション』と『マナポーション』がそれぞれ3000本ずつと、装備することで〈インベントリ〉に収納できるアイテムの数が増加する『魔法の鞄』が100個。
とうの昔にレベルが極限に達しているユリやアルターには、どれも全く役に立たないアイテムだけれど。それでも最近になって『アトロス・オンライン』を始めたばかりの初心者プレイヤーにとっては充分有用となるアイテムだ。
「これは……最下級のポーションの割に、なかなかの回復量がありますね。流石は全生産職の配下NPCを揃えていらっしゃるだけのことはある」
取引が無事に成立したあと。アルターは自分の〈インベントリ〉に納まったアイテムを確認しながら、感心したようにそう言葉を漏らす。
「ええ、自慢の嫁のお手製ですので」
そのアルターの言葉に、ユリは嬉しそうに微笑みながら答えた。
自分の嫁が高く評価されることが、彼女にとって嬉しくない筈が無いのだ。
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□最下級ライフポーション/品質[255]
【霊薬】
服用することで生命力が『510』回復する。
* 最も有り触れた生命の霊薬で、飲むと即座に生命力が回復する。
* 『百合帝国』の〈錬星術師〉アルマによって作成された。
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アイテムの品質値は80を超えると『高品質』、120を超えれば『超高品質』と言われ、品質値が高いほど強力な効果を持つようになる。
店売り品の最下級ライフポーションだとHPが40から60程度しか回復しないことを考えるなら、いまユリがアルターに譲渡したライフポーションの回復量は、もはや『最下級』のそれでは無い。2つか3つランクが上のライフポーションで、ようやく同等の生命回復量が期待できるかと言った所だろう。
ちなみに『255』という品質値は、ゲーム内の上限でもある。
「これほど上質なポーションを渡しますと、生産に興味を持つ初心者が随分増えるかもしれませんね。
ところで―――これらのアイテムは、本当に僕のギルドのメンバーから初心者の方々へ渡してしまって構わないのでしょうか? そちらで直接配られる方が『百合帝国』の良い宣伝になると思うのですが」
「うちはソロギルドですから。私ひとりで初心者の人達に配って歩くというのは、なかなか大変そうなのでやりたくないんですよね。なので『呑兵衛商会』のほうで配布して頂けると、こちらとしても有難いのです」
ユリが口にした『呑兵衛商会』という名前は、アルターがマスターを務めているギルドのことだ。
有名な大手ギルドのひとつで、確か今週はギルド戦争でも成果を挙げ、空中城をひとつ占領していたように思う。
「そうですか……。そういうことでしたら、遠慮無くお預かり致しますが。うちのギルドメンバーが『呑兵衛商会』の宣伝に利用してしまっても許して下さいね?」
「ええ、どうぞ遠慮無く利用して下さい。確か『呑兵衛商会』はまだギルドの人数に余裕がある筈ですし、入会希望者が来る分には歓迎でしょう?
うちは人数が一杯なので、下手に初心者から好感を持たれて『入りたい』と言われると、逆に困ってしまいますから」
「あはっ。なるほど、それはそうかもしれませんね」
ユリの言葉を受けたアルターは、たちまち破顔しながらそう応えた。
『百合帝国』は、ギルドマスターのユリの為だけに存在する個人ギルドだ。
最大360名まで所属できるギルドの人数枠は、ユリ自身とユリの『嫁』だけで占められており、そこに他の誰かを入れる余地など始めから存在していない。
「では用件も済みましたので、私はギルドホームに帰らせて頂きますね」
「判りました。あなたのお嫁さん方に、よろしくお伝え下さい」
「言われるまでもなく」
アルターの言葉にそう即答してから、ユリは教会の前を離れる。
明日は少し早めに出社するように社長から言われている。今夜は遅くとも日付が変わるまでにはベッドに入っておきたいので、あまり『アトロス・オンライン』をプレイしていられる時間の余裕が無いのだ。
なのでアルターには申し訳無いのだけれど、用件さえ済んだのなら、すぐにでも自分のギルドへ帰りたかった。
『アトロス・オンライン』にログインしているユリの時間は、全て『百合帝国』の嫁達と共に過ごす為にあるのだから。
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レベントの町の中心にある転移ポイントを利用して、ユリは東部諸島の空中城へと移動する。
この空中城は、ギルド『百合帝国』が占拠し続けてもう10年以上にもなる。最早他のギルドと奪い合う拠点なのだという認識は失われてしまい、今ではこの空中城こそが自分たちのギルドホームなのだという認識へと変わっていた。
「「お帰りなさいませ、ご主人様」」
重厚な扉を開いて空中城の中へ入ると、ホールに立っていた二人のメイド少女がユリの姿を認め、即座にそう告げて深々と頭を下げる。
ホワイトブリムの後ろからピンと立った二つの猫耳を生やしている、あどけない少女たち。左の少女は紫色のつぶらな双眸を持ち、右の少女はやや長すぎる前髪が目元をすっぽりと覆い隠していた。
「無事のご帰還、何よりです」
「ありがとう、カプリス。ノヴレットもお疲れさま。こちらも変わりはない?」
「はい。本日の来訪者はゼロ、荷物・メッセージのお預かりもございません」
左のくりっとした目の少女がカプリスで、右の目隠れ少女がノヴレット。
二人ともユリがレベル1から育てた『配下NPC』であり、そしてゲーム内でユリと結婚している『嫁』でもある。その証拠に、二人の少女たちの左手の薬指には綺麗な輝きを帯びる純白の指輪が嵌められていた。
カプリスもノヴレットも、その可愛らしい見た目に反して非常に高い実力を持つキャラクターでもある。二人の職業はメイド系最上級職の〈神侍〉であり、レベルも当然のように上限の200に達している。
本来であればメイド系の職業は、それほど高い戦闘能力を持たないのだけれど。ユリは自分の『嫁』である子達にレアアイテムや課金アイテムを惜しみなく与えているため、二人とも同レベルの戦闘職が相手でも、素で殴り勝てる程度の戦闘力は持ち合わせていた。
「そう、判ったわ。……二人とも、目を閉じて」
「「はい」」
やや上を向きながら瞼を閉じた少女たちの唇に、ユリは優しく口吻けを落とす。
『アトロス・オンライン』では基本的にPCであるかNPCであるかを問わず、他人の身体には手や腕にぐらいしか触れることができないようになっている。
相手の肩や背中に触れるだけでも『警告:ハラスメント行為』の表示が出るし、胸や尻などに至っては不思議な斥力が発生して絶対に接触できないようになっている。もちろん唇同士を接触させることも普通は不可能なのだけれど―――。
これにはひとつだけ例外があって。自分と『結婚』している『NPC』が相手である場合に限っては、1日に1度だけ『キス』をすることがゲームシステムとして許されていた。
もちろん、結婚していても『キス以上の行為』は全く出来ないのだけれど。高いリアリティを伴うVRゲームに於いては、キス行為ひとつが許されているだけでも充分に画期的だとユリには思える。
「ご主人様……。ありがとうございます」
二人ともに20秒ほどの時間を掛けて、ゆっくりとキスの時間を楽しむと。頬をうっすらと赤らめて、とろんと蕩けた目つきになりながらカプリスが甘い声で感謝を口にしてみせた。
ゲームのAIとしてプログラムされた反応だと判っていても。やっぱり自分とのキスにそういうリアクションが返されるのは、ユリとしても嬉しいものがある。
―――ちなみにユリは『百合帝国』に所属させている配下NPC、総勢359名もの女の子達の全員と、当然のように結婚している。
なので359名全ての女の子と顔を合わせて挨拶を交わし、そしてキスを交わすことは。ユリにとって毎日決して欠かすことのない日課であり、同時にこのゲームに於いての最大の楽しみでもある。
だからユリは今夜も―――明日の仕事に備えて眠らなければならないギリギリの時間まで、自分が愛してやまないゲーム内の女の子達の元を巡り、触れ合いながら過ごすのだった。
お読み下さりありがとうございました。
(同時投稿は投稿順が入れ替わらないか怖いので)1時間遅らせての予約で2話目も投稿します。