第9話『大山宏文 Ⅴ 』
あれからー、
あの日から―、
今日でちょうど4年の年月が経った。
4年……
親父はー、
まだ帰って来ていない……。
「はぁ……」
会議終わりのコーヒーって味が変わる気がするな……。
デスクに戻ると正英が「どうでしたか?」と開口一番で聞いて来る。
「新商品が目立ち過ぎだってさ」
「え?新商品ってそういうものでしょう?」
「まぁ要はありきたりって事だな」
「……」
正英が珍しく不機嫌な様子を見せた。
あれから4年が経ち、当時俺がいたデスクには正英が座っている。その横では新人の堀結衣が「正英さん撃沈ですね~」と愛くるしい表情で突っ込んでくる。
堀君はまた正英とタイプが違った正直者な人間だ。きつい事を言っても明るい性格がカバーして嫌味に感じないのが彼女の良い所だ。
「あ、あと会議で決まったのがもう一つあって。これは俺が決めたんだけど、中国語のサイトも制作予定」
「え!?中国に進出するんですか?」と堀君が驚いた表情を見せる。
「進出っていうか、このご時世中国の人はどこにでも居るからなぁ。こっちからも迎えいれようと思って」
「部長、中国語出来るんですか?」と正英が冷静に聞いて来る。
「出来ないよ……、それもこれから探すの!」
「それなかなかのプロジェクトですよ?」
「うん。俺もまさかスイスイと話が通ると思わなかったんだけど。協力してくれる?」
「決まったらやるしかないですよ」
「いいんじゃないんですかね?新しい事していきましょ?」と部下達は思った通りの返答をしてくれた。
こうして部長になり、部下達と良い関係を築き、会議では社長や上の者に意見も言えるようになったのは、あの出来事のおかげかもしれない。
「あ、そういえば部長、このアプリやってます?」
堀君が自分のスマホ画面を見せてきた。
その画面にはー
『ゲルポ人の取扱説明書』
と書いてあった。
「‥‥ん?何それ?」
「面白いんですよ?ゲルポ人っていう宇宙人を育てるゲームなんですけど、他人が育てた宇宙人同士を結婚させたりも出来るんです。部長もゲルポ人持ってたら結婚させたかったのにー」
「へー、面白そうだなぁ。正英のと結婚すればいいのに」
「正英さんのゲルポ人は育て方が悪くて冷たい人格に育っちゃってるんで嫌です」
正英がその言葉に反応する。
「育て方が悪いんじゃなくてそういう風に育てたの。それに冷たいんじゃなくてクールなの」
「え?英語にしただけじゃないですか」
堀君と正英が“ゲルポ人”という言葉を使って言い合っている光景を見て、なんだか嬉しい気持ちになった。
まさか自分が作ったアプリでここまで広がるとはな、まぁそれもこれも毛利君のおかげなんだけど。
そういえばそろそろ時間だ。
「そだ、今日はちょっと用事あるから早上がりするね」
「あ、そうなんですか?久々のデートとかですか?」
女性という生き物には何か特殊な能力が備わっているのだろうか‥‥。
「‥‥まぁね」
「きゃっ!不倫はダメですよぉ?」
「奥さんだよっ」
俺は会社を出て映画館へと向かった。
「あ、おーい」と真紀が手を振っているが見えた。その上にでかでかと貼られたポスターには
“鮮烈デビュー!毛利拓郎大ヒット処女作『エリア204』”と書かれている。
あれから毛利君は『エリア204』という小説を書き上げ、見事大ヒットさせた。
内容は王道のSFと見せかけて家族愛を描いたヒューマンドラマだ、と真紀が言っていた。
俺はー、なんとなくその本を読む気にならなかった。
毛利君が書いた本が売れてとても嬉しく思うしそれはもう願ったり叶ったりだが、当事者からすると現実と重ね合わせてしまって辛くなるのがわかった。
しかし映画化にもなったら流石に観ないと、と真紀から言われ、今日は渋々付き合う事になったのだ。
「おい真紀、おっさんみたいに呼ぶなよ」
「おっさん!?誰も見ちゃいないわよ」
映画館の入口付近には、ゲルポ人のキーホルダーや人形をもった人達が何人か見えた。
「凄いなぁ……」
「あなたが作ったアプリも周りみんなやってるわよ」
「あぁ、今日もちょうど会社で言われたよ、部長のゲルポ人と結婚したいって」
「はあ!?不倫!?」
「いや、ゲームだから」
「だとしても何それ、金魚食わせて腹壊してやろうかしら」
「俺はそんなアプリ知らないって言っといたわ。まさかもう既に何百人のゲルポ人を産んで国まで作ってるレベルなんて言ったら引くだろうし」
映画館はそこまで大きくはなかったので一つしかないチケット売り場には列が出来ていた。
並んでいる最中、また親父の事を思い出した。
あれから4年。あの時が77歳になる頃だったからもう81歳なのか‥‥。どこか違う星でゲルポ人と仲良くやっているのだろうか。
もしくはまだ母艦の中で授業とやらをしているのか、又はー、
……まさか死んでないよな。
「はぁ……」
自然とため息が出る。
「なに、どうしたの?」
「いや別に……」
その時ふと、違う映画のタイトルが目に入った。
『モンキーの惑星』
「……、真紀」
「何?」
「もしよかったらなんだけど、‥‥モンキーの惑星にしない?」
「え?」
「もう観たならいいけど‥‥」
正直怒られると思ったがー
「いや、まだ観てないよ。うん、そっちにしようか!」
真紀はすんなりと受け入れてくれた。瞬間的に色々と察してくれたのだろう。結局のところ真紀には感謝しかない。
映画を観終え、適当に買い物を済ませた後、家に向かって歩いている時だった。
何処からかカレーの匂いがした。
「カレー食ってるな。何処だろう」
「さっきもあったわよ。やっぱ日本人はカレーが好きなのよ」
「そういえばあの日もカレー食ってたなー。てか持っていったよな、親父の所へ」
「ねぇ〜。懐かしいね。喧嘩したよね、沢山作って」
「あーしたなー」
「あなた鬼の形相でカレー啜ってたわよ」
「ふふっ、したな〜。あっ、……あのさ」
「んー?」
「あの時ー、なんで名前つけなかったの?自分の子に」
「あー。だってー、名前つけちゃうともっと寂しくなっちゃうじゃん?もし会えなかった時に…」
「そっか……。映画ではー、親父は帰ってくるのかなぁ」
「どうだろうねー。本では帰ってきてたよ?ユウタ君とミズノンと3人で」
「え?他のゲルポ人達は?」
「なんだっけなぁ、確かもっと良い星が見つかったんだっけな?もう一回読まなきゃ」
「‥‥他の星ねぇ。やっぱ地球はダメだったのかぁ。‥‥最近カレー食べてなくない?」
「え?カレー解禁?」
「解禁って、別に禁止にしてないよ」
「じゃあ今晩カレー作ろうか?」
「久々に食べようか」
「おっけーいっ。決まり〜!」
「俺も手伝うよ」
今日の夕飯はカレーに決まった。




