第8話『毛利拓郎 Ⅲ 』
俺はあの日、直ぐにバイト先のスーパーにインフルにかかったと仮病の電話をし、休みをとった。
204の中へ入ると大山の爺さんは…いや、先生は筆で最後のページを書き終えるところだった。
この3日間、先生は寝る間も惜しんでずっと筆を握っている。テーブルの上はあちこち墨汁で黒くなってしまっているが、これが地球とゲルポを繋ぐ為にできた跡だと考えると胸が熱くなる。
ユウタとミズノンは基本的にはテレビを観ている。今もソファーに座りアニメを観ているが、これも彼らにとってはこれも大事な時間だ。ユウタの隣でバスタオルに包まれた赤ちゃんも黙ってアニメを観ているが流石に理解はしていないよな‥‥多分。
「あ、たくろーおかえり。あったか!?」
「ああ、買い占めてきた」
ミズノンがいち早く袋の中を覗いて来る。
このミズノンとは何故だか気が合う。気が合うという言うか、ユウタと先生がコンビの様な感じなので自然と余りの俺とミズノンが仲良くなった。
最初見た時は固そうな気難しいエイリアンに見えたが、接していく内にボキャブラリーも増えてきたせいか口調も優しくなってきた。
ちなみに〝ミズノン〟とは呼び名がユウタと比べて堅苦しいという話が出て、俺があだ名をつけてやった。
「こ、こんなプリンもあるのか?」
ミズノンが子供の様に目をキラキラさせピンク色のプリンを手に取る。
「ああ、味ももちろん違うぞ」
「へーーーーーーーーー」
「へーが長いな。へー、くらいでいいんだよ」
「あ、へーー」
「まぁいいか」
あの日から毎朝、〝あぁ凄い夢を見ていたんだな〟と目を覚ましコーヒーを一杯淹れるが、天井から楽しそうなエイリアンたちの声が聞こえてくると、いやこの夢の様な話は現実の世界なんだと思い知らされ身震いを起こす。
しかしゲルポ人の容姿も見慣れてくるとまるで異世界にいる様で案外楽しいもんだ。そして何より自分にとってはこの数日間の出来事が物凄く良いネタ収集の時間として過ごさせてもらっている。
〝カタッ…〟
と筆を置く音が聞こえた。
アニメを観ていたユウタも先生の方へ振り向く。
皆、黙って先生を見ている。
「……こんなもんかな」
小さな声で先生が呟いた。
「先生、出来たんですか?」
「なんだ、君まで先生なんて呼ばなくていい」
「いや、もう先生にしか見えなくなっちゃったんで、そう呼ばせて下さい」
「とりあえず、これをコピーしてきてくれるかな?30部ずつくらいでいいかな。ついでに晩御飯の食材も頼む」
そう言って渡された自作教科書の表紙には、『おもいやり』と書いてあった。
「はい、直ぐに行ってきますっ」
〝モーリ、買い物か!?〟とユウタとミズノンが同時に喋った。
「……」
先生と目が合うと「一人で大丈夫か?」と聞いて来る。
「……まぁ、多分」
すると先生はまるで子供達に話しかけるように「よし、2人とも手袋帽子マスク眼鏡、着替えて言ってこい。あまり変な動きするなよー」と言うと、直ぐに奥の部屋へ走って行き、着替え始めるエイリアン達。
「……」
こういう光景を見れるのも今日で最後かぁ……。
次の日、先生が出発する前に真紀さんと宏文さんも呼んで全員でお昼ご飯を食べる事になった。
場所は204号室。俺もメンバーに入っている。
ほんの数日前、このお爺さんをネタにしようと近づいたおかげで今はエイリアンと食事をするまでになった。最初は怖かったが、今ではこの世界を楽しんでいる。どうか夢なら覚めないでほしい。
ユウタとミズノンは野菜を中心に食事も出来る様になった。母艦の中でも似たものを育てているらしい。
〝一家団欒〟で食事をした後、家に置いてある本をキャリーバッグに詰め込んだ。
ユウタは赤子を、先生はキャリーバッグ、そしてミズノンは両手と背中に大きな荷物と、かなり重そうだった。
「ミズノン、大丈夫か?」
「だ、大丈夫、球体さえ来れば乗るだけ」
ユウタが「近い」といって窓の方を見ると透明で少し淡いピンク色の球が3つ近づいて来るのが見えた。
「みなさん、色々とありがとう。もしまた会えたらその時はオモテナシ宜しくどうぞ」
冗談なのか分からない言葉で皆を笑わせてくれたユウタがベランダへ向かおうとした時、宏文さんが呼び止めた。
「ユウタ!俺達はゲルポ人の為に協力するからな!地球に迎え入れる為に何か行動しておくから!時間がかかってもいいから、また、また絶対来てくれよな!」
宏文さんはユウタに言っている様で実際はお父さんに言っているんだなと、それは多分先生も感じているはずだ。
「すまんな、後の事任せちゃって。ここにある奴は処分しても構わない……。金魚だけ頼むな」
「はい、任せて下さい。お義父さんも身体に気を付けて下さいね。私達も準備だけはしておきますから。いつでも戻って来て下さいね」
「ああ、ありがとう真紀さん。じゃあな……宏文」
宏文さんは頷くだけで何も言葉は出さなかった。
「モーリ」
「ん?」
ミズノンがこちらを見ていた。
「楽しかった。ありがとう」
「……お、おう」
自分でも説明出来ない、何故だろうか……涙が出て来た。
友達が出来たからか?もう二度と会わないかもしれないからか?この異常な生活が終わってしまうからか……?
「ぐ、ぐぅっ」
もっとだ。もっと色々と複雑な感情が入り乱れているんだ。ここで俺はある事を決めた。
「ねぇちょっと、なんであなたが泣いてるのよ」
真紀さんから肩をパシッと叩かれたが涙は止まらなかった。
「ぐっ、せ、先生、俺、俺はこの物語を書きます。書いて、書いて絶対に世に出ます。日本に、せ、世界にゲルポ人を知ってもらうために…ううぅ」
「何言ってるんだ。そうさせる為にお前さんを手伝わせたんじゃないか」
「え?え、そ、そうなんですか」
「当たり前だろう。〝今日の非常識は常識になっている〟誰かが言ってたなぁ。ま、頑張ってくれ」
「は、はい、頑張ります!」
「親父、俺も仕事柄ネットには強いから。毛利君と協力して何か出来る事はしておくよ」
宏文さんが泣いている俺の肩を優しく叩いてくれた。
「わかった。……じゃあ、そろそろ向かおうかな」
ユウタとミズノンはお辞儀をし、先生を挟んで外の方へ向いた。
すると球がひとつずつ部屋の中へ入って来て3人を包み込んでいく。
先ずミズノンの球が再び浮き出しベランダに出た瞬間、スッと瞬きする間もなく遠くの空へと消えていった。
「か、帰りは早いんだな」
「大丈夫、身体には影響ない」
ユウタが先生にそう言うと今度は先生の球が浮き始めた。
宏文さんの目は赤くなっていた。
ベランダへ出た球の中で先生がチラッとこちらを向いた瞬間に球は空へと消えていった。
先生が行ってしまって直ぐに宏文さんは涙を流し始めた。
そして今度はユウタの球が浮かび始める。
「ユウタ君!その子…よろしくね……」
「もちろん」
真紀さんが赤ちゃんに手を振ると、赤ちゃんは少し微笑んだ様に見えた。
「あ、連絡手段って無いのかな?」と真紀さんが言った瞬間にユウタの球は空へと消えていった。
「あぁ……行っちゃった…」
その後、この静まり返った部屋から暫く空を見ていた。
何も喋る事も無く。
ただただ空を見ていた。




