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ヒトシレズ   作者: かましょー
7/11

第7話『大山宏文 Ⅳ 』

〝パンッ〟


 割れた。


 そして消えた。

 ベランダのカーテンは半分以上閉まっているので奥までは見えない。恐らくそこに着地したのだろう。

〝ドンドンドン〟と玄関のドアを叩く音が響いた。

 俺と親父は真紀が出て行った直後だったので特に驚かなかった。

「まったく、何してんだよ」と玄関に向かいドアを開けた。

「おい、早く(下にー)」

「こんにちは!」

 目に前に居たのは真紀ではなく、上下青いジャージを身に纏った見知らぬ男性だった。

 年齢は3、40代……に見せているのだろうか、肌の色や、容貌、は上手く日本人に寄せているが髪は明らかにカツラだし、眉毛はマジックか何かで描かれている。人間もなめられたもんだ。

「あの、どちら様でしょうか」

「あっ、わたくし、ミズノと申します!」

 その〝男〟は元気よく答えた。

「……はい、それで要件は?」

「あっ、わたくし今友達とかくれんぼをしていまして少しここに隠れたいなと思いました!」

「……」

 少しコイツを泳がしてみる事にした。

「そんな大きな声で話したら鬼に見つかっちゃうよ?」

「あっ、そうですね、鬼が来る前に隠れないと…」

「なんでウチなの、こんなにいっぱい家がある中でもっと大きな家の方が隠れやすい(でしょう)」

「いえ、ここが良いのです。小さくて趣が無く、シラケた所がいいんです」

「あなた失礼だね。何だよシラケたって。だったらこの建物の家、全部そうじゃん」

「誰も居なかったんです」

「は?」

「みんな外出してるみたいで、ここしか」

「隣の棟も行った?」

「はい、全部行きました。誰も居なくて」

「へぇ……。ちょと俺も探してあげるよ場所」

「ちょちょちょちょっと待ってっ」

「何?」

「音がする、音がする!鬼の足音の!」

「え?……近くに居んの?」

「はい!近づいてきました!さっ、早く入れて下さい!」

「どこよ?」

「早く!そこの角にまで来てるんで早く!」

〝早く入れてやれっ!〟

 この対話を聞くに堪えなくなった親父が奥から叫んだ。

「ミズノさん、良いってよ」

「ありがとうございます!ではさっそく!」

 水野というゲルポ人が中へ入って来た。

「あ、この国は靴を脱ぐ習慣があるから」

「承知!」


 …コイツは本当に自分の正体がバレていないと思っているのだろうか。あまりにも短慮過ぎる。もしかしたらワザとやっているのか?あまりにもバカげた事をやって隙を作っているのかもしれない、どちらにせよ油断は禁物だ。

「取り敢えず、あそこの椅子へ座って下さい」とミズノを親父の前へと座らせ、俺も元の場所へ戻った。

「……」

 張り詰めた空気の中、ミズノに睨みを利かせる親父。口角だけを上げ不自然な笑顔のミズノ。

 秒針の音が聞こえてくるほど静かな時間が流れているが一触即発な状態だ。

 ひとまず、当たり障りのない会話で攻めてみる。

「あのー、ミズノってどんな漢字書くんですか…」

「……」

 黙っているミズノがゆっくりと自分の着ているジャージに視線を落とした。

 よく見たら〝MIZUNO〟のジャージを着ている。

 視線を戻したミズノが口を開く。

「ローマ字表記です」

「いい加減にしろゲルポ人」と親父が一気に核心に切り込んだ。

「……」

「何しに来た」

 ミズノの表情が真顔になる。

「……先に来たゲルポ人は何処?」

「なぜ殺すんだ、そこまでせんでもいいだろう」

「私達はもう数が少ない。ゲルポの考えに反する者が出て来たらとても危険です、大きな問題になる」

 隣から烈々たる気が伝わってくる。物静かに激怒しているのが分かった。こんな表情を見るのは初めてだ、急に親父が頼もしく感じた。

 自分も傍観者にならないよう参戦していく。

「も、もっと臨機応変に対応していかないとさ、そんな頑固ならないでまた違うやり方を―」

「お前に何がわかるのですか?」

「おま…、そ、そうだね名前言ってないもんな。俺は宏文、こちらは俺の親父の栄一」

「栄一、もう一人のゲルポ人はどこ?」

「さっきからくどいぞ?まるでお前さんが鬼みたいだな」

「……そう、なら私が実行するまで」


 〝実行〟という言葉を聞いて俺は親父と目を合わせる。

「貴方は雌ですか雄ですか?」

 ミズノの鼻の穴から〝紐〟が顔を出し始めたが、俺はそれを見ても動じなかった。

「おい、家族作戦だろ?残念だったな、ふたりとも雄だよ」

 ミズノの鼻からもう1本紐が出て来た。

「ん?」

 ミズノの硬い表情が柔らかい顔付きに変わっていく。

「何してるんだ?」と親父が問うがミズノは白目になり優しく微笑んでいるだけで返答しない。その間にも2本の紐は徐々に表へと出てくる。

「おい、雄だって言ってるだろう?」

「キンギョ……ハナダイ…」

 親父が呟いた。

「はい?」と隣を見ると親父の視線は水槽の金魚に向いていた。

「おい宏文、性転換してるんじゃないか?」

「え?」

 ミズノの紐が一気に出て来た。

「うわっやばっ!」

 瞬時に自分の鼻を手で覆ったが紐は予想外にも親父の鼻の中へと向かった。

「うっ」

 二本の紐は高速で親父の左右の鼻の穴へと突き刺さった。


「親父!」


 電流が流れているかの如く身体を震わせ始める親父。俺は咄嗟に紐を両手で掴んだ。

「ううっ」

 その感触はまるでヌメヌメしたミミズを握った様だった。

「な、なんだよこれ」

 紐を引っこ抜きたいがその粘性で手が滑って抜けない。その間にも親父は白目を剥きとても苦しそうに痙攣している。言っても親父は高齢だ、どうなってしまうかわからない。

「あっ」

 そうだ、鋏だ。

 ユウタの時に取り出した鋏が目に入った。俺はすぐにそれを手に取り、紐を二本まとめて〝パツンッ〟と切った。

「シャヒ―――ッ!」

 スッと紐がミズノの鼻の中に引っ込んでいく。

「大丈夫!?親父!」

 親父は鼻から残った紐を垂らしながら息を切らしている。

「はぁはぁ、ああ」

 振り返るとミズノは立ち上がり、ピョンピョンと飛び跳ね痛がっていた。

「この野郎……」

 傍の台所からフライパンを手に取り、ミズノの前へと向かう。

「早く地球から出ていきやがれ!」

 フライパンで殴ろうとした時だった。

「やめろ!」

 親父が呼吸を整えながら俺に向かって叫んだ。

「なんで!」

「攻撃したら、食われるぞ」

「あっちからもうやってきたじゃないか!」

「ゲルポ人にとってあれは攻撃じゃない。飽く迄もここで生きていく最善の手段であり交流の一環なんだ、ちゃんと教えれば―」

「なんであっちに合わすんだよ!死にかけたんだよ!?ここは地球だ!地球のやり方でいく!」

「それが危ないんだ」

「その前に早くその鼻についてる紐取ってくれ!気味悪いよ!」

「え、ああ、すまん」

「攻撃してきたね?」と跳ねていたミズノがいつの間にか俺の目の前まで近づいていた。

「な、何だよ、あのな、こっちには正当防衛って言葉があるんだよ」

「今私の大事な所切ったね?攻撃してきた」と言いながら目の前で自分の顔や手の皮膚を粘土のようにボロボロと剥いでいくミズノ。

 そして、ユウタと同じような色合いの肌、姿が露わになった。

 今さら正体を現されてもビビりはしない。が、その吊り上がった目に荒い息遣いからして、こいつはかなり怒っている…。

 ユウタとは全然性格は異なるみたいだが、果たして会話でどうにかなる相手なのだろうか。

「攻撃っていうか、はぁ、また説明するのかよ。あのな、この星ではそういう事はとってもデリケートなんだよ。デリケートって日本語でなんだっけ?」

「殴れ!」

 親父がまた声を上げた。

 やめろの次は殴れ、だ。

 やはりさっきの紐でどうにかなってしまったのだろうか。

「ねぇどっち?」

「いいから早く!」

「え?」

 ミズノの手を見ると人差し指が伸び始めているのに気が付いた。

 〝殺される〟そう思ったのと同時に俺はフライパンを振り翳していた。

 〝パコ――――ンッ〟と部屋中に綺麗な音が響き、ミズノが滑らかに倒れる。

「あ、あぶねぇ、し、死ぬとこだった」

「宏文!今のうちそいつを縛り付けるぞ!」と親父がガムテープを持ち駆け寄ってくる。

 確かに今はコイツの身動きを封じる事が先決かもしれない。会議がしたくても勝手に〝行動〟されては話も出来ない。

 意識が朦朧としているミズノを椅子へ座らせ、ガムテープで身体を縛り付けていく。しかし既に残り少なかったテープは無くなりかけていた。

「まだある?ガムテープ」

「あぁ、その引き出しに――」

 その時だった。

 縛り付けられてているミズノの鼻から再び紐が二本出てくるのが見えた。


「え」


 その紐が自分の顔へ向かって来るのがわかった。

「うっ!」

 鼻に違和感を覚えた後、目の前が真っ暗になった。

 しかし意識はしっかりとある。身体の自由は利かなくなったが、なんだか全身マッサージを受けているかの様な、とてもリラックスした状態に陥った。リラックスというかデトックスだ…、何だこの感覚は…。このまま…この感覚が続いても構わない…。気持ちいぃ、気持ちいぃぞ…このまま死んでも良いくらいだ。


〝シャピーーー!!〟


 その声で正気に返った。

「大丈夫か宏文!」

 目の前には俺を抱えている親父の顔があった。

「え、あ、ああ…」

 自分の鼻から紐が垂れている。

「ゲルポ人は再生能力が備わってるんだ」

「あ、ああそうなの。てか、な、何だよこれ、結構快感じゃないか!真紀もこんな感覚だったのか!?」

 ミズノは痛がりながらもガムテープを剥がそうと暴れ出していた。

「おい宏文!茶を啜れ!」と親父がミズノを押さえつけながら叫んぶ。

「茶をススレ!?」

「ズズズッと音を出せ!早く!」

「そ、そうか!ゲルポ人の弱点!」

 俺はテーブルの上に置いてあった湯呑を手に取り、お茶を啜り始めた。

「うぅ、うう」とミズノが明らかに弱っていくのが分かった。その隙に親父がガムテープで縛っていく。

 〝ズズズッズズズッ!〟

 まさかこんな事になるとは思ってもいなかったので半分以上飲み干したお茶はもう無くなりかけていた。

「早く親父!」

「わかってる!」

「そいつの指も巻いて!」

「わかってる!」

 ミズノがパチッと目を開けた。

「やべっ」

 慌ててまた湯呑を口へ持っていき、〝ズズズッ〟啜り始める。

「ううぅ…」と俯くミズノを見ながら真紀の湯呑に手を伸ばす。

 しかしお茶は飲み干されていた。

「あいつっ」

 決して嫌な事をされた訳でもないが無性に腹が立った。

 次に親父の湯呑を取るとお茶は半分程残っていた。湯呑をすり替えお茶を啜り続ける。

 焦って啜ったため「ゲホッ!ゴホッ!」と咳き込み、お茶を吐き出してしまった。

「器官に入った!ゲホッ!ブホッ!」

「おい!何してる!」

「ご、ごめん、ゴホッ!ゲホッ!」

 苦しみながらも再び啜ろうと思ったが、咳き込んだ勢いで持っていたお茶は殆どこぼしてしまっていた。

「くそっ!」

「シャピフェギシー!!」と目を見開いたミズノが叫んぶ。

「宏文!もうちょっとだ!」

 テンパっている状態で視界に入ったのは家から持ってきた鍋だった。

 俺は急いで蓋を開け、冷たいカレーを啜り始めた。

 〝ズズズッズズズズッ〟

「ううぅ」と弱るミズノと同じように俺も「ううぅ」と弱り始めた。

 お茶を吐き出し顔がビチャビチャになり、冷えたカレーを無理やり啜る。一体どっちが苦しい思いをしてるんだと思った時だった。

 〝ちょっと押さないで下さいよぉ〟

 と玄関から声がした。

「え!?」

 カレーを啜りながら声の方へ顔を向けると知らない男が立っていた。

「!?」

 また新しいゲルポ人でも来たのかと思ったが苦しんでいない姿を見ると地球人のようだ。

「あなた何してんの?」

 ひょっこりとその男の後ろから顔を出したのは真紀だった。

「真紀!?」

「そんなに好きなの?私のカレー」

「宏文、もういいぞ」

 親父はミズノの身体、手足をしっかりと縛り終えていた。

「はぁ、良かった…」

 俺は胸を撫で下ろし、鍋をテーブルへ置くと真紀が「プッ!ハハハッ」と笑い出した。

「あ?何だよ……」

 何故かは直ぐに察した。顔はビチャビチャ、口元はカレーまみれ、そして…鼻の両穴から紐が二本垂れっぱなしだった。

「ハハハハッ!何それっ!あなたもヤラレタのね!ハハハッ」

「……」

 鼻の紐を抜き取り立ち上がる。

「啜るモノが無くて危なかったんだぞ!全部飲み干しちゃってさ!」

「別にカレーじゃなくても水でいいじゃない」と冷静にツッコむ真紀。

 真後ろには台所がり、蛇口から水がポツンッポツンッと滴れていた。

「……た、確かに」

「あの、どうも、下に住んでる毛利と申します、おじゃまします…」と男が頭を下げ、挨拶してきた。

「あ、ああどうも宏文です、突然すいません、こんな、なんというか、不思議な…世界に巻き込んじゃって」

「いえ、大丈夫ですよ」

「大丈夫ってさっきキャーって叫んでたじゃない~」と馴れ馴れしく毛利君に喋りかける真紀。

「おい、距離感気を付けろって。ごめんね毛利君」

「いえ、愉しい方ですね」

「いやいや、大変ですよ。毎日こんな感じだと」

「はい?何それ?」と言い、キリッとミズノに引けを取らない睨みを利かせる真紀。

「井戸端会議はそのくらいでいいか?」と親父の声が聞こえた。

 そうだった。今は宇宙人と地球人との間で大変な事が起きている最中だった。ついさっきまで宇宙人の存在を知って怯えていたのに…、人間の慣れとは恐ろしいモノだ。

「あっ!そうそう、私達も大変な事が起きたの」

「どうした?」

「ユウタ君、もう啜ってないからこっちおいで」と言い振り向く真紀。奥の部屋からシルクハットがゆっくりと出て来た。

「お、ユウタ居たのか。大丈夫だよ、上の者はちゃんと縛ってるからここでちゃんと話し……」

 ……我が目を疑った。

 姿を現したユウタは赤子を抱いていた。

「……は?」

「ね、大変な事が起きたでしょう?」

「ウ、ウソだろ?も、もう、産まれたのか…?人形じゃないよな?!」

「本当は2,3日かかるみたいだけど人間との相性が良過ぎたのか早く産まれたみたい。ユウタ君も驚いてる」

「いや、2,3日も早いけど…」

 赤ん坊を抱いて部屋へ入って来るユウタ。

「お、おぉ、これが…人間とゲルポの子…」

 さすがにこの時間じゃ地球の赤ん坊よりかはひと回り小さいが、その顔立ちはユウタやミズノと比べるとかなり人間っぽくなっている。スヤスヤとユウタの腕の中で眠っているその姿に見とれてしまう。

 不思議なもので、宇宙人とのハーフとはいえ赤ん坊を見ていると自然と笑みがこぼれてくる。

「か、可愛いな」

「ね」

 親父も赤ん坊を見に隣へやって来くる。

「……男の子か?女の子か?」

「男の子です。栄一」

「そうか」

 赤ん坊を見ていると自然と笑みがこぼれてくる。気づくと皆その赤ん坊を囲んでニヤニヤと眺めていた。あの頑固で気難しい親父も口元に笑みを浮かべて見ている、……初めて見た。赤ちゃんの力の凄さを改めて実感した瞬間だった。

〝ンンンンー!!ンヒ―――!!〟

 と、ガムテープで口も塞がれているミズノがもがいた。

「あそうだ、また忘れてた」

 何やらユウタに向かって叫んでいるミズノ。

「な、なんか言ってるぞ」

 ユウタの目つきが変わった様な気がした。

「真紀、この子をお願い」と赤ん坊を真紀へと預ける。

「え、あ、うん」

 戸惑いながらも赤ん坊を抱く真紀はミズノへ向かって歩き出すユウタに「気を付けてね」と声を掛ける。

 その光景を見てなんだか嫉妬している自分がいた。

 確かにこの子は真紀とユウタの子だ。しかし俺の方が真紀の夫だ。俺が家長だ。俺がこの家族達を守らなければならない。もっと頑張れ俺!と自分を奮い立たせる。

「よし!俺も行く!」

 そう言って自分もミズノへ向かって言った。

「え?大丈夫?」

 そんな真紀の言葉はもう耳に入らない。俺はユウタと共にミズノの前に立ち、ミズノの口を塞いでいたガムテープをバッと剥がした。

「おいミズノ!よく聞けよ!地球はなぁ!」


 その時だった。


「ミシシェシシェシェルシェキュポー!!」


「え?」

 ユウタが母国語で叫び始めた。

「え、ちょっと待ってユウタ」

「シャゲー!!キャラシュビシャー!」とミズノも同じく奇声に近い声で叫ぶ。

「マチェー!!ジェシェセパリチャー!」

「グケェグケェ!ゴキグフェー!」二人の論争が続く中、完全に独りぼっちになってしまっている。

「……」

 後ろから視線を感じる。チラッと視線を後ろへ向けると真紀と親父は傍観者になってしまっている俺をまるで憐みの様な目で見ていた。

 今、出来る事…、そうだ。

「いいぞ!言え!立ち向かえ!ちゃんと上司に意見を通すんだ!頑張れ!」

 俺は声を張り上げた。

 ユウタへの応援だ。

 どの口が言ってるのよ、と真紀の心の声が聞こえてくる気がするがそんな事気にしている暇はない。自分に出来る事を精一杯するだけだ。

 ミズノとユウタ、そして俺の声高が絡み合う。そんな時間が数十秒立った時、

 〝パァーパァー〟と赤ん坊が泣き出した。

 論争がピタッと止まる。

「あーもぉーおじちゃん達が大きな声出すから起きちゃったのねー。よしよーし大丈夫よーよーしよーし」

「パァーパァー」

 赤ん坊をあやす真紀。その姿を黙って見ているミズノとユウタ。

「パァー…パァ…」とまた赤ん坊は眠りにつた。

 すると栄一がこちらに向かって歩いてくる。

「ミズノさんとやら、もし地球で人間達と住みたいのなら外見だけ学んでも駄目だ。中身も学ばなくては、ここでは生きていけない」

「……中身とは何だ?」

 先程と比べだいぶ落ち着いた様子のミズノが栄一に聞き返す。

「人間のルールの事か?」

「いや、…良心と言った方が正しいか」

「良心?」

「人間は戦争もする。自分勝手で悪事も働く。しかしそれらを無くそうと戦っているのも人間だ。善があるから悪がある。きっとお前達がここでの良心を身につければ人間達も協力してくれる、だろう。どこに住むかはそれからだ」

「……良心はどうやってわかる」

「んーそうだな……、ならー、わしが教科書をつくってやる」

「教科用図書か?」

「わしの尺度になるがな。それを一度持って帰ってゲルポ人全員で勉強してからまた来い。暫く船で生活できるんだろう?」

 待てよ親父、…待て待て。な、何を言ってるんだ?ゲルポ人を受け入れるって事で決まったのか?というか、教科書?こんな親父が?何をふざけた事を言っているんだ? 

「…なるほど」とミズノが呟き、「良いかもね」と真紀までもが妙に納得し始める。しかし俺は黙ってはいられなかった。

「は?バカ言うな……無理だろ、そんなの」

「え、どうしたの宏文」

「……お母さんを、お母さんをほったらかしにした人が良心なんか教えられる訳ないだろ!」

「ンパァ、パァーパァー」とまた赤ん坊が泣き出したが、2人の宇宙人を含めこの空気の変化を察したみんなは赤ん坊ではなく、今度は俺と親父に目を向ける。


「……」

 俺は親父を睨んだ。

「……」

 親父は俺の方を向いていたが視線は目を外していた。今日一日でだいぶ距離が縮まり、居心地も言ってみれば良くはなってきたところだったが親父の〝良心〟という言葉で自分の中に隠れていた親父への憎悪が一気に溢れてきた。

 親父がゆっくりと俺と目を合わし、喋りだす。

「……悪いと思っている。思っているがわしも頑固でなぁ。それじゃいけないと思っているうちに政子はあの世に逝ってしまった」

「……」

「お前達と離れて何年かした後、政子からまた一緒に暮らしてみてはどうかと言われた事があってな、その時に戻っていればまた変わっていたと思うがー。一歩が踏み出せなかった。今さら家に戻ってどうする。今さらほったらかしにしていた息子とどう接すればいい。そもそもまたやっていけるのか…。今思えば政子のあの言葉も簡単じゃなかったと思う。申し訳なかったし後悔もしている‥‥、70を過ぎて自分という人間を悔やんでいる」

「そんな人間がどうして……」

「……」

「そんな家族を大事にしない人間がどうしてそんな事言えるんだよ」

「……」

「そんな人間だからこそ……」と真紀が徐に口を開いた。

「そんな人間だからこそ教えられる事もあるんじゃないかな」

 普段こういう場が苦手な真紀はわざと変な事を言ったりして重い空気を乱すが、この時ばかりは真剣なトーンで入ってきた。

「なんだって?」

「宏文の気持ちも分かるよ。辛かったもんね。

お父さんっていう存在がいるのに、何もしてくれなかったし助けてもくれなかった。お母さんが病気で倒れた時もまるで遠い親戚の様な感じでさ。嫌になっちゃうよね。私だって怒るよ。……でも、それでも、お父さんは家族なんだよ。宏文のたった一人の家族なんだよ。お義父さんと御母さんにしかわからない事もあるし宏文にしかわからない事もあるよ、それでもふたりは家族なんだよ」

真紀の目からは涙が溢れていた。

 人それぞれ家族という観念は違う。

 何が正しくて何が間違っているかなんて決められない事だと思う。

 血の繋がった親や兄弟と縁を切った生き方をする者もいれば、血の繋がってない人に支えられて生きてきた者もいる。

 どちらもその人の“家族のかたち”であって他人が善し悪しの判断なんて出来ないがー、

真紀は他人でなく…

 俺の家族だ。


 大事な、家族……


 俺の為にご飯も作ってくれる、笑わせてもくれるし、喧嘩もしてくれる。

そして何より、一緒にいてくれている。

 そんなー家族が俺の為にこんなに動いてくれて……。


 なのに俺は、


 真紀に何か応えただろうか。


 真紀に何かしている様で、実際はそんなに偉そうに喧嘩出来るほどの人間ではないんじゃないか?

 俺は……、

 俺は、俺が思っている親父と同じ様な人間なのかもしれない。

〝貴方もお義父さんに似て頑固よ?〟

 いつか真紀に言われた言葉を思い出し、自責の念にかられた。

「本当にすまなかった、宏文」

 親父から謝罪の言葉が出た途端……

「……」

 走馬灯のように昔の記憶が蘇ってきた。 


 まだ親父と住んでいた幼少期、よく近所のスーパーで買ったゼリーを一緒に食べていた。そういえば親父は……笑っていたな。


 手も繋いで帰っていたのも思い出した。


 よくお母さんと喧嘩して外へ出て行った親父を追いかけ、公園で何も喋らず日が沈むまで2人で座っていた事もあった。

 毎回親父の「帰るか」という言葉で家に戻り皆で夕食を食べる。


 そんな記憶の数々が、何十年も閉ざされていた引き出しの中から飛び出してくるのを感じた。

俺は……親父が離れていってしまって寂しかったんだ。

 ……だから、その寂しさから逃れようと親父を嫌い、憎み、敵意を持っていったんだ。

俺は親父が……、


 お父さんが好きだったんだ。


「別に、……もう、別にいいよ」

 その後、暫く沈黙の時が流れた。

 赤ん坊は既に泣き止んでいて、真紀の腕の中で気持ち良さそうにまた眠っている。

 そしてユウタは真紀の隣で「これが地球の家族か…」と、こちらを見ながら呟いた。

 真紀が優しくユウタに言い添える。

「〝が〟というかー、〝も〟かな?」

「これも、家族」

「そう。これも家族。本当に分かってる?」

「はいきっと。地球の人間は私達よりも複雑な心をしているみたいですね」

「そうね。良くも悪くも、かな」

「私達の家族作戦は少し傲慢だったのでしょうか」

「少しじゃないわよ」

「そうか。本を読んだだけでは分からなかった」

 その言葉を聞いて懸念を抱いたのか、真紀が皆に問い掛けた。

「ねぇ、教科書作ったとしてもまた同じ事のくり返しにならないかしら?先生と言うか、ちゃんと教える人が必要じゃないかな……」

 するとユウタがミズノの元へ行き、なにやら会話をし出した。

 それを見て顔を見合わす地球人の自分達。

 少ししてー、「……エイイチさん」と椅子に縛られているミズノが声を発した。

「ん?」

「私達、ゲルポ人の先生になってはくれないだろうか?」

「わ…わしがか?」

 どういう事だ?

「栄一、もし栄一が先生になって私達に授業をしてくれたらきっとみんな喜ぶ」

「それは構わないがー、どこで?」

 ゆっくり人差し指を上に向けるユウタ。

「仲間達が居る母艦の中。共に戻ってしばらく一緒に過ごす。そしてそのうち共に戻ってくる。問題なければ予定通り6ヶ月」

 親父が……宇宙へ……?

「待ってくれよユウタ、親父をそんな所に連れて行って大丈夫か?ちゃんと生活出来るのか?食べ物は?人間が生きれる環境なのか?」

「私達と地球人はとても似ている。私もここで生きている。食事も似たものは培っている、大丈夫。船の燃料も待機していれば減る事は無い」

「いやでも、無理だって……ねぇ?」

 俺は親父の顔色を伺った。

 どこか一点を見つめた後、親父はユウタとミズノに答えた。

「……わかった、そうするか」

「…………え」

 まさかの返答だった。

「お、お義父さん、本当…?」

「ああ、そのくらい出来ない事はないだろう」

 安易だ。なんだかプチ旅行にでも行くような感覚で答えているようにしか思えない。

「そ、そのくらいって!宇宙に行くんだよ?地球から出て行くんだよ!?」

「ああ、わかってる。ゲルポ人やこれからの地球の為になるのならわしは行っても構わん。毎日何もせずここで一人じーーっとしている生活よりかはいいだろう?」

「……」

 何も言えなかった。

「そ、そう……。ユウタ、問題なければってどういう事だ?」

「我々が人間の事、地球の事をより深く知った結果…」

 ユウタが栄一の顔を見た。

 ユウタに続いて今度はミズノが話し始める。

「その結果、もし地球に来るのは相応しくないとなったら戻っては来ない。もっと他に良い場所が見つかった場合も同じで」

「え?」

「大丈夫、栄一先生はちゃんと地球に帰る」と言ったミズノに親父が反応した。

「それはー、わしが決めていいか?」

「お、お義父さん?それって戻ってこないってー、事です……?」

「もしゲルポの人達が受け入れてくれるならついて行ってみたいな。異星人と余生を過ごせるなんて浪漫な話じゃないか。どうかな、ユウタ、ミズノさん」

 ユウタとミズノがその場でまた少し話し始めた。

「……親父、正気かよ?」

「ああ、ボケてなんかいないぞ?」

「……」

 ミズノと話し終えたユウタが笑顔で答える。

「栄一、私達は歓迎の方向で話を進めましょう」

「そうか、ありがとう」

「けれど一切の責任を負い兼ねます」

「おお、言えたじゃないか」

 ユウタが舌を出して肩を揺らし始めた。

 呑気だ……。こんな光景を見せつけられて俺はもう黙っていられなかった。

「……親父」

「ん?」

「待ってるから。……俺は待ってるから、親父の事」

 そんな事を言って気恥ずかしい気持ちなんかもう無くなっていた。

「……」

「こんな俺が言うのもおかしいけど、せっかくまた少し近づけたのにまた離れて行っちゃうのは、悲しいよ…‥正直」

「……」

「でも、それもまた親父らしいと思うし、そこで親父の選択を辞めさせるのも自分勝手だと思うから、ただ気持ちだけは伝えるよ。また会いたいから、俺は」


「…ありがとうな、宏文」


「もしまた戻ってくるならー、一緒に住まないかな?」


 親父と真紀が驚いた表情を見せる。自分でも発した後からなんて事を言ったんだとさすがに思い、変に言葉を付け足してしまう。

「あ、あれだよ?も、もし戻ってきたらの話だけど、うん」

「本当か?わ、わしは構わないがー、大丈夫なのか?」

 ……確かに真紀と相談もせずに口を衝いて出てしまった。

 真紀はお父さんを大事にしなさいといつも言っていたが一緒に住もうとは言ってはいない。親父が来るなら引っ越さないといけないだろうし生活も変わってくるだろう、凄い事を言ってしまった。

 俺は真紀へ顔をチラッと見た……。


 真紀はー、


 嬉しそうだった。 


「良いじゃないですか!とっても良い事だと思います!私達は大歓迎です!」

 妻が真紀でよかった。

「そうか、ならー、そうしてもらおうかな。ありがとうな、ふたりとも」と照れ臭そうに親父が頭を下げた。

「先生」

 と声のした方を見ると縛られたミズノがコチラを見ていた。

「あぁ、すまん。もうそのガムテープは取っていいよな」

 ガムテープを剥がしていく親父と俺にミズノが問いかける。

「話はついた。いつ出発できそうか」

「あぁー、そうだなぁ。3日くれ」

「え!?ちょっとまって、そんな数日で教科書作れるの?俺仕事あるし手伝えても夜とかにー」

「大丈夫だ。教科書と言っても基本的な事を書いてまとめるだけだ。それに手伝ってくれる奴はもう確保している」

「え?誰?」

 親父が首を横に向けた先には、毛利君が立っていた。

「え?お、俺っすか……?」

「ああ。付き合えるだろう?」

「お、俺でいいんですか?」

「もちろん。わしは君にお願いしたい」

「て、手伝います!もちろんです!」

 数日前に初めて会話し、打ち解けてもいないであろう隣人に親父からお願いするなんて、何か考えでもあるのだろうか。

「ユウタ君、この子……どうしよう」

 真紀の腕の中で眠っている赤ん坊を全員で見る。

「どうしましょう。私が預かっても構いませんが、真紀次第でもあります」

 ユウタからそう言われると暫く赤ん坊を見つめる真紀。

「……」

「真紀、俺はその子がうちに来ても構わないよ。どんな風に成長していくか分からないけど、その時はその時だ」

「……うんん。この子はユウタ君に預けようかな」

「……そうか」

 真紀が眠っている赤ん坊をユウタの腕の中へ受けわたす。言葉は少なかったが、きっと辛い選択だったと思う。

「お義父さん、私も出来る事があったら言って下さいね」


「ああ。ありがとう真紀さん。じゃー、さっそく始めるか」

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