第6話『毛利拓郎 Ⅱ 』
「どちら様で…?」
ドアを開けると30代かそこらの女性が立っていた。近所の人間だろうか?見た感じはセールスではなさそうだ。
「あっ、良かった居た~」と、女性が何故か安堵していた。
「え?」
「あ、あの、上に住んでいる大山栄一ってご存じですか?ご存じ、ですよね?」
口早に話す様子から何かただ事ではないのが伝わって来た。
「え?大山さん、何かあったんですか?」
「あの私、義理の娘なんですがちょっと中に入れさせてもらっていいですか?」
「え?え?え?」
「上の事は聞いてます?」
「上の事?入った事はありますけどー」
「あ、よかった、とりあえずいいですか?事情は入ってからお話しますっ」
「え、ええ、まぁ」
「ありがとうございます。ユウタ行くよっ」
「え?」
ドアで隠れていたが隣にもう1人居た。
その女性が引っぱって入って来たのは新聞紙とシルクハットを被り、顔を隠した奇妙な奴だった。
「え、ちょっと…」
「お邪魔しま~す」と靴を脱ぎ勝手に奥へ入ってく2人。
普通なら追い返しているところだが相手ははあの栄一の身内、色々と情報やネタを聞ける千載一遇のチャンスだ。俺は頭を切り替え、
笑顔で対応する事にした。
……しかし隣の奴は何者だろうか。
「ごめんなさい、急にお邪魔してしまって」
「いえ、全然大丈夫ですよ。どうぞ汚い部屋ですけど座ってください」
2人を小さなソファーへと座らせ、コップに適当な飲み物を注ぐ。
「麦茶しかないですけど」
「いえ、そんなお気遣いなく」
「いえ、お茶でも飲んで話しましょう」
「すいません、ありがとうございます」
「ありがとうございます。毛利」と隣に居たユウタという人物が喋った瞬間、お茶を注いでいる手が止まった。
「ユウタ君呼捨てはダメ、毛利さん、でしょ」
「ああ、すまない、ありがとうございます。毛利さん」
「あ、いえいえ大丈夫ですよ」と静かに答えたが俺の鼓動は激しく高鳴っていた。
あいつだ…。この声はあの時トイレから聞こえて来た〝倅〟の声に間違いない。あいつが今、俺の部屋に、俺の後ろに居る…。
気が付いたらお茶はこぼれていた。
「あのー毛利さんが上に行ったのっていつですか?」
「一昨日です」とお茶を淹れ直しながら背中越しで女性に答える。
「あ、ならユウタ君にも合ってるかな」
「あー、ちゃんとしたご挨拶はまだですけど」
「なら良かった」と新聞紙を取る音がした。
俺はお茶を持ち振り向いた。
「でもお目にかか……」
〝ガンッ、ビシャーッ〟
両手に持っていたお茶を落とした…。
「え、見た事は無かったかしら?……もしかして」
人間じゃない。
「きゃーーーーー!」
腰が抜けたかの様に倒れ込んだ俺をユウタが見ている。すると舌を出し、肩を揺らし始めた。……襲われる。
「や、や、やめて下さい!何でもしますからぁ!」
「ち、違うの毛利君、これは笑ってるの」
「……へ?」
「ごめん、ちゃんと説明するね」
「まぁ座って下さい」とユウタが発した言葉に女性が〝パシッ〟っと叩き、突っ込む。「だからそれは住んでいる人が言う事でしょ」
「ああ、世帯主か」
「いや世帯主って、までもここでは彼が世帯主だけれどね?」
な、何をやっているんだ……。
「あ、あの……」
「ん?あ、ごめんなさい。ま、座って話しましょ?」
この女ももしかしたらその類の生物なのかもしれない。俺は警戒しながらこの2人の話を聞いた。
何分話を聞いただろうか、時間の感覚が無かった。
話も聞いた事のないぶっ飛んだ内容でフィクションにしか思えない、が目の前に居る黄色い宇宙人は自分の指を伸ばして何やらお手入れをしているノンフィクションな光景。脳味噌がグルングルンと回る感覚に陥り途中、めまいがする程だった。
「なのでユウタ君、食べられちゃうんですよ。多分うちの方がなんとか追い払ってくれると思うんですけど」
「……そ、そうですか」
「突然こんな事言ってもよく分からないでしょよね…」
「いや、まだ現実味が無いですけど、分かる努力はします。俺も少し前から上の、大山さんの事が気になっていたので。色々考えたら辻褄が合うっちゃ、合うし…」
「そう?それなら良かった」
「ユウタって名前は―」
「あ、それはお義父さんがつけたんです。ね?そうでしょ?」
「はい、栄一がここでの名前として命名しました。そしておトイレをお借りしていいですか?」
「……ん、え?あ、今?ど、どうぞ」
ユウタが立ち上がり、お腹を押さえてトイレへ向かう。
「そこのドアが―」
「上と同じ、承知」
そう言って中へ入って行くユウタ。
「……ごめんなさいね。異星人だからあんな言い方で」
「宇宙人も糞するんですね」
その時、天井から〝ガタンッ〟と何かが倒れた様な大きな音がした。
「だ、大丈夫ですかね…?」
「話し合いがヒートアップしてるのかしら?」
あの話を聞いた後だと上手く進んでいる気がしない。しかしなんて楽観的な女なんだ…。自分の夫が地球人代表として宇宙人と論争しているであろうに、どこか他人事の様…、いやどこかまた違う星の人間の様だ。
「旦那さん、食べられちゃったりしてないですよね…」
「ちょっと怖い事言わないでよぉー」
「だってさっきの鋭い指とか、そのー、鼻の紐がどうのこうのとか聞いてると」
「……やっぱり戻った方がいいかしら。あ、ねぇ一緒に行ってくれないかな」
「えぇ?」
嫌だ。今となってはもうそんな家に入りたいとは思わない。むしろこの団地から離れたいくらいだ。
「いやぁ……」
「なんでよ、男でしょ!」
〝んんんんーー!〟
……トイレから声が聞こえた。
「宇宙人も便秘とかあるんですかね?」
〝んんんー!ちょっとー!〟
「え?」
〝ちょっと来てー!〟
「だ、大丈夫!?ユウタ君?漏らしちゃった!?」
「えっ!ちょっと、まじっすか」
急いでトイレへ向かい、ドアを開けると―、
……もう一人増えていた。
「た、た、大変!毛利君バスタオル!」
〝パァーパァーパァー〟とその生き物は口を開け始めた。
「しゃ、喋った…」
「ちょっと毛利君バスタルとお湯!」
「え、あ、はい」




