第5話『大山宏文 Ⅲ 』
〝ジャー―〟とトイレの流す音がする。中から真紀が出てくる。
「お前よくこのタイミングでトイレ行けるよな」
「しょうがないじゃない、我慢は身体に悪いのよ?で、今どの辺?」
相変わらず真紀の能天気さには驚かされる。
「まったく、映画の話してるんじゃないんだよ。えーとー、さっきトイレで亀食ったとこ?」
「え!ちょっとやだウソでしょ?なんか生臭かったけどそれ?うっ……」
口を押える真紀。
「おい、我慢しろよ?」
頷く真紀。
ゼリーを食べ終えていたユウタが、「人は不条理で面白い」と呟いた。
それを聞いた人間達は何も言う事無く、互いを見合った。
一拍の沈黙の後、宏文が口を開く。
「ま、まぁなんとなくは分かったけど。何か決定的な証拠っていうか――」
確かにここまでの経緯は分かったが、言ってもユウタとはついさっき会ったばかりだ。信じられないと言うよりかは信じたくないと言った方が正しい。出来ればこの話も嘘であってくれと願う。
俺は異星人の存在は信じている。しかし信じているからこそ目の前に居る人物が異星人だとは思いたくなかった。思うのが怖かった。
それに今ここで、長年論議されてきた地球外生物問題の結論が出るのも嫌だった。死ぬまで謎でいいんだ。これは憧れの人に会いたくないという感覚に近い。憧れは憧れのままで終わりたい。だが次の瞬間、ユウタがその想いを打ち砕く。
真紀が興味津々にユウタの指を見る。
「わー。それね。それ折れたりしないの?」
「折れたら怪我をします」
「まぁ、そうよね」
ユウタが自分の人差し指を伸縮させている。
……切り替えないとダメだ。いつまでも否定していたら本当におかしくなりそうだ。頭の中を整理していかないといけない。
深呼吸をし、今目の前に居るのが異星人だと受け入れた時に一つ思う事があった。
……何しに来たんだ?…そもそもこいつは地球に何の用事で来たんだ?そう思った直後、真紀がユウタに問い掛けた。
「でー、何しに来たの?」
真紀も同時に同じ事を思ったみたいだ。
「ん?」とキョトンとする親父。まさかそんな大事な理由を聞いてないという事は……ありえる。
「え、親父、し、知らないの?」
「そういえばー、ちゃんと聞いてなかっ
たな?」
「あら?」とユウタも拍子抜けたような表情を見せる。
「そういえば私言ってないね!?」そう言った後、急にベロを出し、身体を揺らし始めるユウタ。
「わ、笑ってるのよね?」
「ああ、笑ってると思うな」
ユウタの隣に居る親父が再度質問する。
「おいユウタ、地球に何の用があって来たんだ?」
「はい。今、地球に移るための準備をしています」
そう言ったユウタに皆、沈黙する。
「私はここでいう一週間ほど地球に留学して情報を持ち帰り、身体検査をしてからまたやってきます。今度は全員で」
優しい口調で話すユウタだが俺はその言葉に総毛立った。
それはつまり、地球に〝移住〟するって事だろうか。そうだとしたらこの異星人はさらっととても恐ろしい事を言っている。
「ねぇねぇちょっとまって。それって地球に住むって事?」と、まるで井戸端会議の様なノリで話しかける真紀。
「はい」
「全員って何?」
「私達ゲルポ人です。ゲルポにある太陽は今とても危険な状態でいつ超新星を起こしてもおかしくない状態になってしまいました。しかも時間をかけて近づいて来てます。いずれゲルポが住めなくなってしまうのでここ地球に移動することに決めました」
俺を含め、皆ユウタの言葉を理解しようと必死になる。真紀に関しては視線を上にしたままボソボソとユウタの言葉を繰り返している。多分ついて来れていないのだろう。
それを見ていた栄一が「超新星とは太陽が爆発する事だ」と真紀に教える。
「えっ!爆発!?大変じゃない!」
「はい。猛烈に大変な事です」
興奮しだす真紀がユウタに質問を浴びせていく。
「ここに住む事に決めたって、地球の誰かには言ってあるの?」
「地球では話が出来る代表者が居ないため言っていません」
「なんでよー、なんか何処かの大統領とか首相とか、王様とか言えばいいのにー」
「どなたもこの星の人間を纏めているとは言えませんでした」
言われてみれば地球の代表者は居ないな。何故かパッと思いつくのは力のあるアメリカの大統領だが敵も沢山居る。……待てよ?こいつは宇宙人だ。アメリカはアメリカでもーー
「NASAは…?」
俺はユウタに問い掛けた。
「NASAはこういう事の専門じゃないのか?連絡はしたか?」
自分で言っておきながら日常と非日常が混じり合った会話に戸惑う。
NASAという言葉を聞いたユウタの表情が少し変わった様な気がした。そして冷静に喋り出す。
「私達にとっては一番避けなければならない物です。危険です」
「危険?」
「人間は好奇心だけで生物を捕らえる傾向にあると、以前NASAに行った者が情報を飛ばして来ました」
「え…」
「なので組織になっている所は危険だと、特に好奇心の塊のNASAでは」
「そ、そう。でー、その以前行った者は……どうなったの?」
「わかりません、それっきり音信不通になりました」
「は、はぁ。それはー、お気の毒に……」
俺には全然関係ない事なのに何故だか申し訳なく思った。
真紀と親父も同じ様に感じたのか黙ったままだった。
「それで私たちは計画を変えて栄一のような人物を探したのです」
「計画って、この後どうやって移住するつもりなんだよ?」
「まだ決定はしていませんが、第1候補は良き理解者を増やし、住む地域を確保する事です」
……何だそれは。只でさえ無理難題な事を言っているんだぞ?そんな安直な計画で大丈夫なのか?
なんだか会社で企画会議をしている感覚に陥る。そういえばユウタのあまり感情を見せない淡々とした喋り方も正英に似ている。その所為だろうか。
「けっこう無謀な作戦だな。全国のオカルト集団に署名でも取らせる気か?」
「栄一と、あなた達の力が必要です」
「無理だよ、無理無理、そんな事出来るわけないだろ?てかゲルポ人って何人いるんだよ」
「ざっと1800人程でしょうか」
「……それって多いの?少ないの?」と横に居る真紀も企画会議に加わる。
「元々はもっと居たのですが遥か昔、宇宙戦争で絶滅しかけたそうです。私が生まれる前の事」
〝宇宙戦争〟、〝ゲルポ人〟と未知の言葉が出てくるが今は会議中だと思えばそんな言葉もすんなりと耳に入ってくる。
取り敢えず、一通り相手の案を聞いてみる。
「さっき第1候補って言ったけど、第2候補はあるの?」
「はい、あります。まぁ座って下さい」と言ってダイニングの椅子に座るユウタ。
「……」
残りの3人も椅子に座り、またディスカッションが再開する。
「私達ゲルポ人と地球人は親和性が高いという事がわかっています」
「しん、え?しんー」と真紀が再び止まっていたが正直俺もよく解らなかった。
「お義父さんわかりました?」
「えーとー、似てるって事か?」とユウタに聞く親父。
「はい、融合しやすいのです。ですから家族
になってしまえばいいのです」
……ダメだ、イライラが募っていく。言っている事も無茶苦茶だし、何より〝家族〟という言葉に引っかかった。
「そんな簡単に言うなよ!なんだよさっきから!自分達の事しか考えてなじゃんか!自分勝手すぎるだろそんなの!」
宇宙人に怒鳴る自分を真紀と親父は不思議そうな顔で見ている。
「自分勝手は地球人程酷くはありません。それに地球は誰の物でもありません」
即時にああ言えばこう言ってくるのもムカッと来る。どうにか論破してやろうと俺も気持ちが昂ってくる。
「違う!地球に住んでる皆の物だ!」
「それは勝手な人間が勝手に思っている事」
「いきなり外から変なのが来て生活してみろ、地球の生態系が崩れちまって色んな生き物が死んじまうよ」
「それは人間も日々行っている事」
言葉に詰まった。
それを見た真紀が小声で呟く。
「押されてるよー宏文―」
「うるさい」
ユウタが冷然と続ける。
「時間をかければまた新しい生命が生まれ、新しい生態系が出来る。生態系は変化して当たり前なのです」
「……」
黙ってしまった俺の横で「あ!」と真紀が何か思いつく。
「じゃあもうさ、私たちは友達です!って言いながら来ちゃえばいいじゃん!」
「お前マーズアタック観なかったのか?そうやって言いながら人を殺していくんだぞ?信じられるかよ」
「観てないし、てか知らないし」
「知らない?かーー」
「何よ?」
また真紀との余計なディスカッションが始まりそうな所で親父が「なぁユウタ」と遮ってくれた。
「はい」
「悪いがわしらに出来ることはせいぜい日本の暮らし方を教える事くらいだ」
それを聞いたユウタは困惑の表情を一つも見せず会話を続ける。
「そうか、では予定通りまずは日本を拠点地にしよう!」
「やめてくれ!」
俺はまた声を上げた。こんな会話にならない会議はやっても意味が無い。そもそも宇宙人と話し合うなんて無茶な話だったんだ。
「俺らは別に良き理解者でもなんでもない!」
「……そうですか。では第1候補はダメですね。ちょっと通信してみます」
「通信?」
目を閉じるユウタ。するとオデコから角のようなものが出てくる。口を閉じたまま何かモゴモゴと話している。
「おいおいおい、何だ、何してるんだこれ」
親父が何か思い出したかの様に口を開く。
「そういえばぁ、上の者って前に言ってたなぁ。上司か何かと連絡取ってるんじゃないか?」
「上司?だとしたらーヤバくないか?」
気楽に冷めたお茶を飲んでいた真紀が「なんで?」と聞き返す。
「だってあっちからしたら予定通りにいってないんだぞ?上の奴らを怒らせてみろ、全員で襲ってくるかもしれない」
「あなた映画の観過ぎよ~。ETみたいに優しい宇宙人かもしれないじゃない」
突然目を開けるユウタ
「我々はもう争いはしません」
それに驚き、お茶を吐き出しそうになる真紀。
「うわ、ちゃんと聞いてたのね」
「宇宙戦争で学びました」
そう言って再び目を閉じ、口の中でモゴモゴと言い始めるユウタ。
その間、しばらく沈黙が続く3人。
親父が不意に立ち上がり、「プリンでも食うか?」と冷蔵庫へ向かった。
「あ、頂きます。ありがとうございます」
「ユウタの為に買ったんだが、まぁいいだろう」とプリンを置き、食べ始める3人。
「いただきまぁーす。あ、そういえばお義父さん、イタリアンって好きです?」
急に真紀が予約したレストランの話を切り出した。
「何言ってんだよこんな時にっ」
「だってせっかく予約したのに好きじゃなかったら最悪じゃん?」
「後にしろよっ、もう」
「ナポリタンは食べる」と親父が答えた。
「あ、そうですか?予約した所のパスタ、凄く美味しいんですよー」
「コンビニのナポリタンも美味しいぞ」
止めていた自分もその会話を聞いていて思わず加わってしまった。
「一緒にしないでよ。ぜんっぜん違うから。いや確かにコンビニでも美味しいのはあるよ?でもそこの店のパスタはまずソースの絡み方が――」
喋っている最中に〝パンパンッ〟と真紀が肩を叩いて来た。
「なんだよ」
視線がユウタに向かっている。
角が引っ込んだユウタがこちらを見ていた。
「あ、終わったのね、すいません」
3人とも残りのプリンを掻き込み、食べ終える。
「栄一、私もその黄色いの体験したい」
「え?あぁ、すまない、3つしかないんだ。また買ってきてやる」
「指きりげんまん嘘ついたら針千本飲ます」
と、一定のトーンで言うユウタ。
「ユ、ユウタ君、その言い方だとちょっと恐ろしいわね……」
「え?」
「それはね、自分の小指と相手の小指を引っ掛けながら言うの」
「あ、すいません。では」と小指を親父の前に出すユウタ。
こいつの事だ、どうせ針を本気で飲ませると思ってんだろうな。という事はー、指も…。
「一応聞くけど、最後指切るなよ?」とユウタに確認する。
「え?」と言うユウタに
「え?」と返す3人。
「あそか、地球人は切れたらもう出てこないのか」
「……」
「……」
「……」
……これで親父も真紀も少しはこの〝状況〟を理解したに違いない。
「ね?わかったでしょ?俺が最初に言ってた、〝恐ろしい〟って事はこの事なんだよ!次元が違うんだって」
「次元は一緒です、宏文さん。あっ!!」と突然ユウタが大きな声を発した。
「な、なんだよ」
「こんな事を話してる暇じゃありませんでした」
「はい?」
「ちょっと事情が変わりました」
ユウタの真面目な顔になり話し出す。
「太陽が急激に変動し始め、既に全員こちらに向かっているそうです」
「えっ」
「あなたはメスですよね?」と真紀の方を見るユウタ。
急に変な質問をするユウタに疑問を抱いたが、それよりもその言い方はまずい…、と真紀の顔を見ると案の定不機嫌な顔をしていた。
「あのさ、女性って言ってくれる?若しくはおねえさん?」と真紀がユウタに言うと、ユウタの鼻から紐状のモノが出て来た。
「……な、なにそれ」
親父は特に驚いていないが俺と真紀はそのウネウネと動いている紐を見て身体を寄せ合う。
「ど、どうなってんだよ、ゲルポ人の身体は」
すると、突然その紐の動きが速くなり真紀の鼻の中に入った。
「うっ」っと目が上を向き、白目になる真紀、身体も痺れている様に固まっている。
「おい!テメェ何してんだ!!」
「宏文さん大丈夫、烏の行水ですので」とユウタも白目になりながら喋る。
「何が!どういう事だよ!」
「すぐ終わるという意味じゃないか?」とゲルポ人の様に冷静な親父。もう頼りにはならない。
「おい真紀!?」
「あ…あ…あぁー」となんとか答えるが明らかに苦しそうだ。
「やめろ!おいユウタ!争いはしないんだろう!?」
「争いではありません、危害は加えません」
紐の様なものを取ろうとするが粘着性があり、蛇の様に動く奇妙な物体に苦戦する。
「おいっ、くそ!」
今度はユウタの後ろに回り込みヘッドロックをかます。
「真紀!大丈夫か!?耐えろよ!」
首は締まっているはずだがユウタに苦しんでいる様子はない。もうこいつの事なんかどうでもいい。机の端にあるペン立てが目に入った俺はそこから鋏を掴み、ユウタの鼻から出ている物体を切ろうとした。するとその物体はビュッ!とユウタの鼻の中に引っ込んでいった。
「んぱぁ!はぁ、はぁ、はぁ」と真紀が意識を取り戻す。
「おい大丈夫か!?」
「ええ…、何…?…この感覚…」
「おい、なにしたんだよ、ユウタ!」
「第2候補です。もう時間がないので」
「第2候補!?なんだよそれ!」
そういえばさっき第⒉候補もどうのこうのと言っていた。確かー、親和性とか…、融合、…家族…。不穏な予感がした。
「……家族、か?」
「はい」と柔らかい表情で答えるユウタ。
「お前、ま、まさかだけど、孕ませたのか?」
「ハラマ、セタ?」
「こ、子供だよ、赤ちゃんが生まれるんじゃないだろうな?」
「あぁ!孕ませる!孕ませるね、あーそうだ。はいそれです!」
「テメェ…何してんだこの野郎!」
俺は気付いたらユウタの胸倉を掴んでいた。ユウタの来ているSサイズのスカジャンが更に縮んでいく。
「なんでそんなに怒ってる?」
「いいか?お前がどんな世界から来たか知らねぇけど、ここにはここのルールがあるんだよ!モラルがあるんだよ!真紀は俺の妻だ!人の妻を、っていうかそういう事はそもそも相手の許可をなぁ……」
俺は喋っていて力がどんどん抜けていった。
こんな地球4日目の生物に怒って何になるんだろうか。それにどう説明していけばいいんだ。こんな奴にモラルや秩序なんて言葉が通じるのだろうか…。そんな事を思ったら強烈な疲労感が襲い掛かってきた。
「はぁはぁ……、くそ!…なんだよもう」と椅子に戻り項垂れる。
「モラル……」とユウタが呟く。少しは何かを感じた様だ。
隣では真紀が自分のお腹に手を当てている。
「私の、子供……」
「……」
真紀には中絶した経験がある。詳しくは聞いていないが、真紀と出会った6年程前にそんな話が出た。
いつ、どんな理由でかは知らない。お互いに子供をそこまで望んでいなかったというのもあるが、その時の真紀の表情からは心中を察する事が出来たのでそれ以上は聞かなかった。
俺も真紀のお腹を見ていると親父が「ユウタの星には決まり事は無いのか?」と問いかけた。
「ある。食べて良い物、悪い物」
「は?なんだよそれ、大雑把すぎるだろう」と俺が反応するとユウタではなく親父が答えた。
「んー、でも究極に巡り巡って辿り着くのがそこかもしれないな。生物の答えは」
「そんな決まりじゃ野生の動物と一緒じゃん。どうせ法律も無きゃ警察も居ないんだろう?」
「タイショーはいます」
「タイショ―?大将?」とユウタの発した言葉に引っかかっている自分を見た親父が「リーダーみたいな者だろう」と答える。ユウタの言葉を咀嚼する速度が速い。何となく2人の同朋を感じた。
真紀はまだお腹に手を当ていて、微笑を浮かべている。……その気持ちは理解したい。したいが俺はどうも腑に落ちない。
そいつは地球外生物との子供だからだ。
「なぁ真紀、自分の身体心配じゃないのか?
異星人との子が居るんだぞ?」
「え?心配に決まってるじゃない。それは人間でも同じ事じゃん」
「そうじゃなくて、何かあったりでもしたららどうすんだよ、例えばお腹を突き破って産まれて来たりとかさー。……ちょっと待てよ?……ユウタ、まさか……そんな事ないよな?」
「ねぇ、あなたエイリアン見過ぎだから。そんな訳ないでしょ。……、ない…よね…?」
ユウタが微笑みながら答える。
「ありません」
親父を含め、皆胸をなでおろした。
「容姿は産まれるまでわかりませんが」
「容姿なんて関係ない」と主張した真紀だがそうもいかない。
「ある。ここは地球だ。根本的に問題がある」
「んー。じゃあ、ゲルポ人を世に認知させるのよ。先ずはユウタ君の事を皆に知らせるとかどう?インスタのアカウント作ってさ!」
「急にこんなのが出て来たら大騒ぎになるぞ!世紀の大事件だ。いや世紀とかいう次元じゃない、もうとにかく世界中がパニックになる」
なんだよこの感じ。ゲルポ人と関係を持った途端すごいゲルポ側にいくじゃんか。
「宏文さん、次元は一緒です」
「ユウタ、俺が言ってるのは空間の事じゃなくて規模の事!」
あっちと話したり、こっちと話したり……。1対3で話をしている構造の〝1〟がゲルポ人じゃなくて俺になっている。まるで俺が異星人達の中に居る様だ。どうりで疲れるわけだ。
「最初だけよきっと。何年かすれば人間も慣れるんじゃない?」
「慣れるまでが大変だろうよ。未知なる生物に人が群がるぞ?その中にはゲルポ人は地球を征服しに来たと思う奴だって絶対いるだろうし、そしたらゲルポ人の命も危ない」
「そっか…。じゃあ先ずゲルポ人は悪い人じゃないよって事を伝えるのが大事なのね」
「んーー」
相変わらずどこかズレているが、まぁ極端に言ったらそういう事なのかもしれない。
「他のゲルポ人達はいつ来るんだ?」と親父が聞く。
肝心な事が多くて忘れていたがそういえばそうだ。
「みんなが乗っている船はスピードは出せない。早くてもここで言う約6ヶ月後」
6ヶ月…。時間があるようで無いようで、…絶対に無い。
「あー滅茶苦茶になるぞー世界が」
その時、「ちょっと失礼」とユウタが突然立ち上がった。
そのままトイレへ入って行く。
「……このタイミングで行く??よな。人間じゃないんだものな」と俺の発言に真紀が怒りを示す。
「何よその言い方。ゲルポ人にだって生理現象はあるだろうし仕方ないじゃない」
「おい、さっきから随分とゲルポ側じゃないか」
「当たり前じゃない。ここに子供がいるのよ!?」
「俺は必至で助けようとしたんだぞ?」
「結果助けかってないじゃない」
「結果でしかみないんですか、だからカレーも作り過ぎるんだよ」
「カレーは結果良かったじゃない」
「はぁぁ?どおこおがあぁぁ?」
〝オエエエエェェー!〟
とトイレから声が聞こえた。
「……」
トイレの流れる音がし、戻ってくるユウタ。
椅子に座ると何事も無かったの如く喋り始める。
「直ぐ近くに私が乗って来た小さな船が待機しています。そこに――」
「まてまてまて!なんだよ今の」
「ん?」
「いや今、オエエエェッて…」
「ああ、今ホルモンバランスが急激に変化し始めています」
「……」
俺も真紀も何となくは察したが聞けなかった。この空気をさらに察した親父が口を開いた。
「…お前が、産むのか?」
「はい。私達の身体の方が早く産めるので」
不服そうな顔の真紀。
「ちょっと待って、え?あれ?あなた…男、よね?」
「はい。地球にも男が産む生物も居るじゃな
ですか。貴方からは原始卵胞を頂きました、後は任せてくだおぇっ!」と口に手を当て、またトイレへ駆け込むユウタ。
「……そう、そうなの…ね。なるほど…ふーん……そっか…」と自分のお腹を摩る真紀。
「よ、よかったな」
「…そうね、よかったぁーー」
かける言葉は今ので合っていただろうか。良い事だよな?異星人とのハーフの子を出産するというリスクが無くなった訳だし。いい」んだよそれで、うん。
まったく、奇想天外な事が次から次へと起こる。少しでも気を許したら自分も消沈しそうだ。しかし今ここで俺がしっかりしないとこのメンバーでまとまる訳がない。
もう一度、きちんとユウタと向き合う事にした。
トイレから戻って来たユウタと話し始める。
「ちょっと一回整理しよう。まだ頭が追い付かない。今考えなきゃいけない事は何だ?」
「私達の移住計画です」
「えーとー、じゃあわかった、そうだな、それからだな。よし、えーとー確かゲルポ人はー何人って言ったっけ?」
「ざっと1800人」
異星人が1800人、地球に突然やってくる。
うん、ダメだ。どう考えても良い訳ない。他の星を探してもらおう。こんな広い宇宙だ。地球に似た星はどこかに一つくらいあるはず。
「そうか、そうだったな。いいか、よく聞けよ?地球は今人間で溢れかえっている。地球の資源はその人間のせいでどんどん減ってるんだ。しかも年々人口の数は増えてる。今から新しい人種入れて、ましてやどんどん増えてみろ、地球がやばい事になっちゃうぞ」
「ヤバイ?」
「地球そのものが壊れちゃうって事だ」
「あなた、まるで人類の代表だわ」と、まるで惚れ直したかの様な目で真紀が俺を見ている。
「もしそうなったらー、さっきも言ったがお前たちの命だって危ない。人は、というか生き物は皆戦ってるんだよ。お前達は争いはもうしないと言っているが食べる時には生き物を殺すだろう?お前は違うが相手は殺されないように必死に戦っているはずだ」
「……」
何かを感じているのか、思っているのか、ユウタは黙って聞いている。
「ちゃんと食べ物に感謝しているか?頂きますと言っているか?」
「あ、はいそれは。とても感謝して食べてい
ます」
「また話がズレて来てるわよ」と真紀がつっこむ。
「ああ、えーとーつまりだ、ここに移住してくるなんて無理!ダメ!地球代表の俺が言う、ダメ!NO!」
「……困った」と、沈んだ表情になるユウタ。
少し息の荒くなった俺を見て真紀がぼやく。
「会社でもそうやって上司と話せばいいのに」
「……。おい、どっちの味方なんだよ」
「味方とかそういう事じゃないでしょ今~」
「兎に角だ、他の星を探してくれ。宇宙は広いんだから探せば他にあるだろう」
それを聞いたユウタがゆっくりと目を閉じた。オデコから角が出て、口を閉じ喋り始める。
「ねぇねぇ、また何か話し始めたわよ」
「上にも説得してるんだろう」
「そう簡単にいかないと思うがのう」と、ゴモゴモと話しているユウタの顔を見ながら親父が首を傾げた。
パチッと目を開けるユウタ。
俺と真紀は先ほどの鼻の紐が脳裏に浮かび、ビクッとなる。
「な、何話したんだ…?」
「大変です」
真紀と身を寄せ合いながら聞き返す。
「な、何が?」
「私の任務が失敗したので上の方々がお怒りです」
「……で?」
「私は処刑されます」
「……は?」と3人顔を見合わした後、真紀が再確認する。
「え、っとー、…殺されちゃうの?」
「はい。そして最終的に食べられます」
「た、へ?食べ…られちゃうの?なんで?」
「食す事によって価値のある殺生となるのです。それはここの人間も同じルール。ありがとうと言って食せばそれは価値ある殺生。仕方ありません。失敗したので」
「それは人間のエゴだ」と親父が呟いた。
変な所は人間と似ているがやはりゲルポ人の道徳、倫理、社会性、は地球と大きく異なっている事に改めて気づかされた。
もうゲルポ人の言う事を否定してもしょうがない。しかし目の前に居るユウタが殺されるのは異星人とはいえ納得出来ない。俺は説得にかかった。
「仕方ないって、黙って共食いされんのか?抵抗しろよ!そんな事で殺されちゃうの嫌じゃないのか?」
「抵抗して殺生が決まった」
「え?」
「私は宏文の言う事が正しいと思ってそれを伝えた。そしたらゲルポの裏切り者になった。皆地球に未来を賭けている。ゲルポの意見を反対するゲルポ人は敵と一緒、内戦のきっかけになる前に殺生です」
なんだか俺の所為でユウタが死ぬみたいになってるじゃないか…。
「じゃ、じゃあ俺が今、やっぱり地球に住んでいいよ~って言ったら殺されずにすむのか?」
「はいそうです」
「ちょっと早く言いなさいよ!」と真紀が俺の肩を〝パシッ〟とかなり強く叩く。
「そんな、待ってくれよ」
「私の子が居るのよ!」
「んー」
「人殺し!殺人鬼!」
「やめろそんな言い方っ!ユウタが勘違いするだろう!」
気付くとユウタは窓の方へ顔を向け、空を見ていた。
「どうしたユウタ?」と親父が聞くとユウタが静かに答える。
「そろそろ上の者が来ます」
「…え?半年後じゃないのか?」
「先ほど言い掛けましたが、私が乗って来た小さな船が近くで待機しています。そこにもう一人居るのです。それが上の者」
「な、何しに来るんだよ…」
自分の声が震えている、良い答えではないのは感づいていた。
「私を殺生しに来ます。それと私の代わりに移住計画の継続を」
「おいおい……」
真紀が窓に向かって指をさした。
「ねぇ、まさかあれじゃないでしょうね?」
白いレースカーテンの隙間から、ピンク色のシャボン玉の様なモノが空に浮かんでいるのが見えた。
「そうです。あの膜はここまでの交通手段」
ふわふわと玉が近づいて来る。
「ちょっと!すぐそこじゃない!」
「私はもう終わり…、とても楽しかった。ありがとう栄一」と親父にお辞儀をするユウタ。
「おい、どうしたらいんだよ!また同じ事言っても変わらないだろ!?」
「……多分。鼻と指には注意を払って下さい」
「そんな……」
俺は視線を親父に向けた。
何故親父を見ているのか……、初めての感覚でためらったが答えは直ぐにわかった。
俺は親父に助けを求めているんだ。
「親父…、どうしよう」
指を口元に当て、何かを思考していた親父がふと顔を上げた。
「おいユウタ、隠れろ」
「え?そ、そうだね先ずはユウタを隠そう、ユウタ早くトイレに――」
「トイレじゃない」
「え?」
「下に毛利って若者が住んでる、そいつの部屋にいけ」
「そ、その毛利って人は知ってんの?このー、
事情というかゲルポ人とかー」
「知らん、ただ感づいては、いる」
「……大丈夫かよ。お、親父は?」
「誰か居なきゃいかんだろう。早く行け」
「……。おい、真紀」
「……ん、うん」
真紀と2人でユウタの頭を再び新聞紙で隠し、急いで玄関へと向かう。
奥では親父が近づいて来るピンクの玉を鋭く睨んでいた。
「……」
「あなた、早く靴履いて!」
「真紀、ユウタを頼む」
「え?」
「大丈夫だから」
「……わかった。気を付けてね」
「うん」
ユウタの手を取り下へと降りていく真紀。
俺は部屋へ戻り、親父の隣に座った。
「……なんで戻って来た」
「……心配だからだよ」
「……そうか」
ピンクの大きなシャボン玉は目の前まで来ていた。そして窓の前で淡く光り、パンッと割れた。




