第4話『大山栄一』
ん……。
ふと目が覚める。
朝か……。全然寝た気がしない。
カーテンを見たが外光は当たっていなかった。
その時、ボワッと背後から光を一瞬感じた。
居間の方だ。何か点けっぱなしにでもしたか。
布団から起き上がり隣の部屋へ向かう。
暖簾を潜り、部屋の電気を点けた時だった。
「……」
いつも見る風景の中に明らかにおかしい物体が居る。
その物体は黄色い、黄色くてー、サイズのデカい上着を着ている。人か?そして今まさに汚れたチノパンを穿こうと片足を突っ込んだ所で微動だにせず止まっている。黄色い尻は丸出しだ。
マネキンがなんで家の中に……ん?
そのマネキンの顔がゆっくりとこちらへと振り向く。
……動いた。
「おはようございます」
……喋った。マネキンじゃない。
台所へ向かって歩く栄一。シンクの下の扉から包丁を取り出す。
「誰だ、お前」
「あ、ちょっと待って下さい」と、気色悪い〝人形〟がチノパンを穿き、バランスの悪い身だしなみを整える。
「出ていけ、うちには何も無い」
包丁を向けて威圧するがこの男?はまったく手元に視線を向けない。
「あ、はいそうです。お邪魔します」
「……」
「ちょっと緊張しているところです。実際に会話するのは初体験ですので」
「……」
「でも大丈夫です。日本の言語は合格して来たので完全無欠です」
頭がおかしくなりそうだ。もうおかしいかもしれない。夢…か、こんな現実味のある夢は初めてだ。若しくはこいつは死神だろうか。
時計を見ると2時を回っていた。
「丑三つ時…」
「牛?あ、ウシ、私はウシではありません」
怪異だろうか。…寝よう、考えても無理だ。寝れば忘れるだろう。
電気を消して、隣の部屋へ戻る栄一。
布団に入る。
「……もう死ぬのかなぁ」
そのまま眠りについた。
翌朝、カーテンの隙間から差し込む光で目が覚める。
ゆっくりと起き上がりカーテンを開ける。
いつもと変わらない朝。
暖簾を潜り部屋を見渡すが特に変わった様子はない。
「……」
台所でお茶を沸かす栄一。
〝ジャー―〟
と、突然トイレが流れる音が聞こえた。
「……」
ゆっくりとトイレへ視線を向ける栄一。
〝ガチャ〟っと、ドアが開く。
出て来たのは昨日見た黄色い妖怪だった。
「あ、おはようございます、世帯主」
「……」
「まぁお座り下さいどうぞどうぞ」
ダイニングのテーブルへと着く妖怪。
「……」
お茶の準備をする栄一。
「お前さんは、妖か、何かか?」
「アヤカシ?アヤカシ?…習ってないな」
「お茶飲むか?」
「お茶?お茶は知ってます。体験します」
急須と、湯呑を二つ持ち、栄一も椅子に座る。
慣れた手つきでお茶を淹れていく栄一。
「おぉ。お茶、なんだか大変そうです」妖が喋る。
「一度湯呑に入れてお湯の温度を下げるんだ。お茶にも寄るが、日本人の口に合うのは5,60度が丁度良い。だが、香りを楽しむお茶なら熱湯で淹れた方が美味しい。逆に高級茶なら、温度はより冷ました方が良い」
「よし覚えた」
お茶を淹れ終える。
「……」
「……」
互いを見詰める二人。
静かな空間の中、雀の鳴き声が聞こえてくる。
「で、どちらさんですか」と、改めて栄一が訪ねる。
ぎこちなくお辞儀をした後、喋り出す妖。
「実は私は、ここで産まれた者ではありません」
「……ああ」
「ゲルポという所から来ました」
「何だそれは」
「ここでいう約37億光年離れた所です。でも私は船でここでいう約6ヶ月で来ました」
窓から見える空へ視線を向ける栄一。
「船っていうのはー、宇宙船の事か?」
「その通り」
「なんでここの言葉を喋れる」
「ここに来ると決まってからこの辺界隈で使われている言語を船の中で学習しました。そしてここ二ホンコクの文化や伝統も学習しました。とても内容が濃かったのでここでいう二日もかかりました」
「二日?たった二日でそんなに喋れてるのか?」
「その通り」
「ゲルポ語とやらを喋ってみろ」
「なぜですか?」
「証明するには簡単だろう、お前がそこから来たんなら」
「そんなものはありません」
……何を真面目に話しているんだ。こいつが何者かはわからないがバカバカしくなってきた。もういい、帰ってもらおう…。
「そうか、数分でも何だか楽しかったよ。ありがとう、じゃあもういいかな」
「ここ地球に地球語が無いのと同じです」
「はい?」
〝ギィピルシラプュイゴシュセスッポ〟と、不思議な声を出す異星人。
電子音の様な音が混ざった声色になり、とても人間の声とは思えなかった。
「……」
「これは私の住んでる場所のラングェッジです」
「ラ、ゲッジ?言葉か?」
「話は戻りますが、二ホンコク語は今までで一番手強い物でした。敬語は初体験で苦労しました」
「……文法は正しいが、会話はまだまだおかしいな」
「はぁ?そうなんですか?」
「他に証明できる(ものはー)」
〝ゲホッ!〟
と、突然咳き込んだ異星人の口から金魚が一匹飛び出て来た。テーブルの上でピチピチと跳ねる金魚。
「ん!?」と家の水槽を見る栄一。
「おい、食べたのか!?」
「はい、これは身体に合わなかったのですね」
立ち上がり、跳ねている金魚を急いで水槽に戻す栄一。泳いでいる数を確かめる。
「一匹足りないぞ、まだ居るのか?」
「先ほど便所で吐きました」
「流したのか!?……流したよな」
肩を落とし、ゆっくりとまた椅子に座る栄一。
「どうしました?」と平然に答える異星人に、栄一も怒りを抑えるしかなかった。
「あれは食べ物ではない」
「魚は食べ物だと学びました」
「ペットだ」
「……ペット?……ペット。あぁ、ペットは家族。家族?」
「お前の所では生き物を飼ったりしないのか?」
「飼う?あぁ思い出した。飼います、そして食べます。なのでゲルポにはペットは居ません」
「……生き物を愛おしむという事を知らないのか?」
「……現地に来ないとわからない事だらけですね。すまん」
椅子から離れ、土下座をする異星人。
「……土下座なんかいちいちしなくていい」
「はぁ?」
「その、はぁ?もやめてくれ」
今度は右拳を顎に当て、ぎこちなく困ったポーズをする。
「困った時もいちいちそんなポーズしなくていい。座れ」
「はい」
「まだまだ学習が足りないようだな」と言い、 お茶を〝ズズズ〟と啜る栄一。
「うっ」
開閉していた異星人の耳の穴が完全に閉じる。
「……」
再びお茶を啜る栄一〝ズズズッ、ズズズッ〟ズズズッ。
「うぅ…」と今度は両手で耳を押さえ、苦しそうにする。
「わかったもうしない」
栄一を見てお茶を持っていない事を確かめる異星人。
「はぁはぁ」
「お前さん、来る国間違えたんじゃないか?」
「いえ、ここは選ばれた場所なんです。あなたは〝選ばれし者〟なのです」
「……どういう事だ?」
「私たちは長きに渡って、この星の人間達を調査してきました。そして審査を重ね、あなた、大山栄一とUSAのジョージア州に居るジョン・エドマンドが最終選考に残り、大山栄一が見事に優勝を飾ったのです」
「優勝……」
「あなたは比較的、私達の様な者を受け入れ、黙秘する傾向にある」
本棚に目を向ける異星人。地球や生物・宇宙やオカルト関係の本がいくつも並んでいるのを栄一も改めて見る。
「ただ集めているだけだ」
「関心がなければそうしない」
「そんやつ他にもいるだろう」
「あなたの脳と心は受け入れる準備が出来ている。安全性が高い。現に私の容姿を受け入れている」
「言葉が出ないだけだ」
「そして口が堅く、これといった友人もいない。配偶者の雅子も亡くなり、他との交流も少なく、唯一いる息子ともつり合わず自分から連絡を取ることも…」
「もういい。わかった……」
「了解」
お茶を飲もうとする栄一。
耳を塞ぐユウタ。
「大丈夫だ」
音を出さず飲む栄一。
異星人も栄一の真似をしてお茶を飲む。
「おお、ハォチ―」
「……たまに日本語じゃないのが混ざってるぞ」
「マジですか」
「……」
お茶を飲みながらふとベランダを見る栄一、白いゴミ袋が少し見える。
「ん?何か持ってきたのか?」
異星人もベランダを見る。
「あれは此処での衣装です」と言いゴミ袋を取りに行き、栄一の前で袋の中身を見せていく。中からはスカートやらスカジャン、軍手など汚れた服などが次々と出てくる。
「調査中に上の者が集めました」
「上の者?」
「地球で一番大事なものは衣装ですよね?」
シルクハットが袋から出てくる。それを頭に被り両手を広げる異星人。
「御照観あれ」
「不合格」
「はぁ?あっ、すまん」
何から教えていったらいいのだろうか。
「……とりあえず洗濯するか。その盗んできた衣類達を」
金魚を吐き出し、奇妙な音を出し、奇怪な容姿で奇々怪々な会話。それでも半信半疑だが、別に不快な奴ではない。こうやって茶を飲みながら誰かと会話するのもなんだか久々な事だ。
それになんだか居心地は……悪くない。
そんな事を思っていた時だっだ。急に異星人がドアの方へ顔を向けた。
「……ん?どうした」
「誰か居る」
「へ?」
「微かな音がしました」
「……ドアの外か?」
「その通り」
玄関へ行き、覗き穴を見るが人影は無い。念のため扉を開けると、紙袋が見えた。
「ん?」
中には包装された箱があり、何かメモ書きされた紙もある。
〝お土産食べて。宏文、真紀〟
「……」
雅子が死んでから〝こういう事〟がたまにある。倅は何もしてやってこなかったわしに嫌悪感を抱いているはずだ。現に連絡も用事以外は全く取らない。そんなあいつがどうしか土産をくれる様になった。それに今まで郵送だったのが、今回はドアにまで来た。嫁の仕業かも分からんが…。
あとドア一枚、入ってくれば良かったのになぁ。
視線を戻すと椅子に座っている異星人と目が合う栄一。
「あぁ、今はダメだ」と呟く栄一。
「何が」
「いや、何でもない。……お前さん耳が良いんだなぁ」
「いかにも」
その後、洗濯を見たいやら本を読みたいやら言われ、色々と教えていたら昼時になっていた。
いつも通り、昼食の支度をする。
この異星人が普段何を食べているか知らんがとりあえず此処の飯を出してみる。
テーブルには白米に味噌汁、そしてスーパーで買ってあったコロッケ。手初めには十分だろう。
「いただきます」と食べ始める栄一を真似して、同じ様に食べ始める異星人。
白米を咀嚼する二人。
すると、手に口から白米を出す異星人。
「なにしてる」
「やはりきつい」と、不味そうな顔で答える異星人。
「何がきつい」
「死んでるわ」
「死んでるって何だ?お前たちは生きている物しか食べないのか?」
「寸前に息の根を止めたモノを食べる。あとは液体とそれに近いもの。それに、私たちはこんなに食べない」
「……そうか。液体に近い物ならあったな」
冷蔵庫へ向かう栄一。宏文から貰ったゼリーを一つ取り出す。
「これならどうだ?」とゼリーを見せる栄一。
「おお、アラッソヨ」
「それは韓国語」
「え?」
「それにもう敬語じゃなくなってる」
「あ、学習し直します」
「まぁ、別にかまわん」
「あそう」
ゼリーを異星人に渡す栄一。
「何これ」
「ゼリーだ」
「ゼリー。私と同じ色。シェーシェ」
「中国語」
「ん?あ、ありがと?だ。ありがとありがと」
「一回でいい」
「はい」
黄色い異星人が黄色いゼリーを食べている。
やはりこれは夢だろうか。そのうち急に視界が暗くなって、目が覚めると病院のベッドに居たりするもんだ。きっとそうだ、そうに違いない。
しかしそれでももう構わない。夢なら夢で、夢を楽しもう。
栄一はまさか自分で〝楽しもう〟なんて言葉が出るとは思わず、フフッと微笑み、またご飯を食べ始めた。
この日、この異星人は家にある本を片っ端から読んでいった。以前に地球から盗んでいった資料にも偏りがあったのか、とても興味深く読んでいった。驚いたのは読むスピードだ。広辞苑でも1ページ読むのに10秒かからない程だった。それが普通らしく。速読できる奴は3秒でインプットするという。なんて奇妙な種族なんだろうか。
だが我々人間も、彼等から見たら奇妙な種族なんだろうな。
その晩、電話が鳴った。
「お?知ってる!電話、学習しました」と嬉しそうな顔で言う異星人。
「そのままでいい」
家に掛かってくる電話なんてろくなもんじゃない。電話のベルを無視してトイレに入り、用を足している時だった。
〝もしもし〟と、声が聞こえた。
「ん?」
まさか、電話に出たんじゃないだろうな……。
〝もしもし、もしもし〟
途中だったが急いでケツを拭き、トイレを出る。
異星人は受話器を持っていた。
「もしもし、そうですもしもし、さようなら」
そして受話器を戻す異星人……。
「お、おい、出たのか?」
「はい」
「そのままでいいって言っただろ!」
「え、そのまま出てって事ではなく?」
「事ではなくだ、まったく」
電話の履歴を見ると〝せがれ〟と書かれている。
「な、寄りによってアイツの所じゃないか……」
「栄一、申し訳ない。間違えた」
「……いい。何か言ってたか?」
「おとうさん、カレーを作りましたと」
「……カレー?」
「はい。そして間違いましたと」
「……」
〝プルルルル〟とまた電話が鳴る。
「お?」とまた電話に出ようとする異星人を遮る栄一。
「いいからあっちに行ってろ」
「了解」
〝せがれ〟からの電話だ。
「……」
電話に出る栄一。
「…ん、あぁ、どうした」
リビングに戻った異星人が棚に置いてある観葉植物やブリキの置物に興味を持ちだしている。……嫌な予感がする。
「あー、そうか。いや、いらないわ」
天井に視線を向ける異星人、そこには小さな蜘蛛がいた。
「……それだけか?」
手を伸ばし、壁に着けてある棚に足を掛け始めた。
やめろ、それは釘で支えてるだけの薄い板だ。
「……そうか、来週か」
蜘蛛が棚の方へ寄っていく。このままじゃ絶対に壊れる。
「あー来年じゃだめか?」
今度は両手を掛け始めた。
「知らないなぁ」
しかしこの電話も奇妙だ。倅から用事以外の電話は初めてだ。しかも誕生日祝いに身体の心配だ。嬉しいのは確かだが、急過ぎてこちらも心配になる。
「どうした急に。お前こそ大丈夫か?」
つい電話に気を取られていた時だった。
〝ガッシャーン!〟
と、大きな音がし、豪快に異星人が転んでいた。棚も壁から外れてしまっている。
〝え?何?何の音?〟
しまった……
「何が……。あ?あぁ、た、棚が壊れた」
〝ガシャン〟と最後の棚が落ちる。その音を聞いてか、外では近所の犬が吠え始めた。
どう言い訳する。何か言わないと余計に怪しまれる。何か、何か…。
「あーえー、ユ、ユウタが暴れとるんだ」
〝ユウタ?ユウタって〟
「あっそうか、お前の所かユウタは……」
何て事だ。外で吠えていた犬の所為か倅と電話していた所為か、パッと思いついた名前を言ってしまった……。
「あー、実はうちも犬を飼ってな、ユウタって言うんだ」
立ち上がった異星人が今度は外の犬の声に反応し、カーテンを開けてベランダに出ようとしていた。
「とっ、とりあえず今日はもう寝るよ、じゃあ」
受話器を戻し、慌てて異星人の手を取り窓から引き離す。
「お前、誰かに見られたらどうする!」
「犬ってやつだよね?ネコより美味しいかな?」
「美味しいかなって、お前ネコ食べたのか!?」
「はい、ここに入る前に一つ。そこまでだったけど」
「……もうネコは食べるな」
「了解。あ、ユウタとは私の新しい名前?」
「聞いてたのか?そういえば名前なんていうんだ?」
「シャポセピラニデシャミチッ」とまた電子音が混ざった様な声色になる。
「そうか。…やはりお前の名前もユウタにしとこう」
「ユウタユウタユウタ。私の地球名はユウタ。良い名前、ありがとう」
……ふと思った。
「さっき触ったが、何も影響ないよな?」
「何?何が?」
「お前さんの皮膚に触れたんだが」
「そういえばわからない、私も初体験だから」
考えていなかったが毒なんて持っていないだろうな?同じ地球に生息している生物ですら触れてはいけない奴らがいっぱい居る。地球外生物となったら何があるか分からない。
「……ちょっと風呂入れてくる」
風呂場に向かいお湯を入れる時だった。
〝それ私も同じこと言えますからねー!〟
と異星人が大声を出した。
「大きな声を出すな!」
こちらも思わず怒鳴ってしまったが、確かにそうだ。人間も他の生き物にとっては毒扱いされても不思議じゃない。わしが触ったあいつの手が腫れる可能性だってある。……悪い事をしてしまった。
湯を出し、リビングへ戻るとユウタはテレビを観ていた。画面には偶然なのかなんなのか、UFOの円盤が映っている。
〝この窓らしき所から見える影、果たして宇宙人なのか!?〟
「……なんだこれ」と呟くユウタ。
どうやら円盤はメジャーな乗り物ではないらしい。
翌朝、ユウタのご飯をどうするか考えていたら、ある生き物を思いついた。
いつも散歩で行っている公園の池にミドリガメが沢山居る。それにしよう。
いつからかやって来たこの外来種の所為で、本来居るはずの二ホンイシガメが居なくなってしまった。生態系を破壊し続けるこの恐ろしい亀を、前からどうにかしてやりたかった所だ。
台所にある笊を、針金やガムテープを使って無理やり支柱に張り付ける。
その最中、テレビを見ているユウタが「なぜこの人は声を出して褒められている」と聞いて来た。
画面には誰だかわからないがステージで歌っている映像が流れていた。
「歌を歌ってるんだ」
「あー、これがウタか」
「お前の世界には歌がないのか?」
「ユウタの世界にはない」
「音を楽しまないのか……まぁわしも似たようなもんか」
「栄一、なにしてる」
「お前のー……ユウタの食べ物を取ってくる」
改造した支柱を見るなり、「なにそれ!?お~~」と嬉しそうに近寄って来るユウタ。孫が居たらこんな感じなのだろうか。
「近くの池に捨てられたペットが繁殖しててな。外来種で生態系を破壊しているんだ」
「捨てられた?ペットは愛しむもの。間違っているぞ、栄一」
「……あぁ、人間は身勝手なんだよ」
「栄一、どうか活きのいいのをお願いします」
「お願いしますが言えるようになったか」
「現地での修得進度はトントン拍子です」
「いいか、テレビと本しか触るなよ。電話は出るな」
「承知した」
玄関で靴を履いていると、外から声が聞こえてきた。向かいに住んでいる家族だ。
〝ねぇ早く早く!〟
〝まってまって、ねぇ虫カゴはー?〟
「何してる」
ユウタが出て行かないわしを見て声を掛ける。
「…いや、別に」
人付き合いが苦手なので住人とはそこまで接しようとはしない。
この頑固な性格が人とのコミュニケーションの妨げになる事がもう分かっているので誰かと仲良くなろうとも思わなくなってしまった。家族との関係が拗れたのも根源はわしの自分勝手な―――
「栄一、行かないのか?」
「ん、ああ、行ってくる」
玄関を出ると、小さい男の子がこの改造支柱にさっそく反応した。
〝見て見てー!大きー!〟
「…おはよう、坊主」
「あ、どうも~」と後から出て来た両親がこの支柱見るや否や子供の手を取りそそくさと降りていく。
「……まぁ、怪しいよな」
池では相も変わらずミドリガメが何匹も泳いでいた。いざ取るとなると気が引ける。臭いもあるし鋭い爪もある。これを食べる所を想像すると吐き気がしてくる。
猫も食べたんだ、これも食べるだろう…。
念のためこの日は持ってきたビニール袋に1匹だけ入れ、家に帰った。
「あー知ってる!あーなんだっけ!」
ユウタが嬉しそうに袋の中を覗く。
「いいから早く食べてくれ。トイレで頼む。骨は袋に入れて縛ってくれ」
「あ、骨も食べるから大丈夫」とまるで子供がお菓子を持って行くかの様に歩いていくユウタ。
何と無しに3人で暮らしていた頃を思い出した。
翌日、下に住んでいる毛利という男が訪ねて来た。小説家らしく取材をしたいと頼まれたが異星人の存在を知られる訳にもいかない。
しつこく要求してくる毛利を見てある案が浮かんだ。取材を受ける代わりに池で亀を取って来てもらおう。あの手足が汚れる作業は出来ればもうしたくない。
もちろん毛利は亀の生け捕りを頼まれ首を傾げていたが、一時間後ちゃんと3匹のミドリガメを持ってきた。
ユウタをトイレに潜ませ、毛利の質問に答える。適当に済ませて問題なく終わらせる予定だったがそうはいかなかった。
ユウタがトイレで声を出したのだ。
完全に聞かれた。それも不自然な言葉を大声で……。
誤魔化しきれないのを承知で嘘を言い、直ぐに毛利には出て行ってもらったが怪訝に思ったのは間違いないだろう。しかし思い返すと何故急に訪ねてきたのかも不思議だ。今まで挨拶もした事ない人間があそこまでせがむだろうか。もしかしたらユウタが来た時から何か怪しんでうちに来たのかもしれない。何れにせよ今後、毛利は要注意人物として接しなければならない。
「声を出したらバレるだろう!」
トイレのドア前でユウタに注意をする。
ドアが開くとシルクハット姿のユウタが座っている。
「ごめん、あそうだ亀だと思ったら声がもう出てました。でも機転というのを利かせた」
「余計な事を喋り過ぎだ。なんだ、亀持って来いって」
「一石二鳥を図りました」
「その3匹しか今は無い」
亀は2匹に減っていた。
「食べたのか?」
「ええ」
「しかしどうやって食べるんだ?」
「まずはこれで殺めて、かじっていきます」
「これ?」
ユウタが人差し指を見せてくる。すると
指が鋭く、キリのように変形した。
「な、なんだそれは」
「身体だけど道具。道具だけど身体。んー、あ、猿にも同じような奴がいたぞ、指が細い道具の奴」
「いないそんな奇妙な指の猿は」
「栄一、心配するな。もし今後ここを開けられたらこれで刺すから」
「やめろ…。それにもう此処に人は入れない」
その日、ユウタは夕方までに家にある本を全て読み終え、その後は何時間もテレビに齧り付いていた。
「おい、もっと離れて観ろ。目を悪くするぞ」
と1人、夕食を食べている栄一がユウタに注意する。
「え!?何故そんな重要な事早く言ってくれない!」
「あ?ああ、まぁ直ぐには悪くならないと思うが」
「なんだよ、ドッキリかよ!」
「……」
「そんな事より栄一、なぜ彼は押すなと言って押さないと押せと言って怒っている?」
バラエティ番組を見てユウタが困惑していた。
「えーとー、日本のお笑いってやつだ」
「お笑い……」
「ゲルポ人は笑うのか?」
「声出して笑わない、栄一と一緒」
「いや、わしはー、……まぁそうか」
「でも面白可笑しくは思うぞ。そんな時は大きく口を開けてベロを出す」
そう言ってベロを出し身体を上下に揺らし始めるユウタ。
「…ほう。それがゲルポ人の笑うか」
「栄一もそうか?」
「いや、わしも他の地球人と一緒だ」
「嘘だぁ?」
「嘘じゃない」
「やってよ」
「は?」
「やってよ。私も見せたでしょう」
「…出来るか、面白くもないのに」
「なんでやねん」
「おい、お笑いの見過ぎだ」
「ビビっとるやん」
箸が止まる栄一。
「生で見たいんや。これも勉強や」
「ったく、くだらん」
再びご飯を食べ始める栄一。腹が立っている所為か、箸で掴んだ魚の身が口元で落ちた。
視線を感じる。
ユウタを見るとこちらを向いてベロを出して身体を揺らしていた。
「……」
箸を置く栄一。大きく息を吸う。
「わーはっはっはっはっは!わーはっはっはっは!」と大きな声で米を飛ばしながら笑った後、何も無かったかの様に夕食を進める。
「これがわしの笑い方だ、わかったか?」
「栄一も笑うのか」
「……。ユウタ、暫くはお笑い禁止だ」
「ええええ!?どうして」
「もっと先に覚える事がある。これからは時間割を決める」
「時間割?」
翌朝、新聞の番組欄から教育番組や歴史、ドキュメンタリーを中心に印をつけてユウタに渡した。
「今日はこの赤ペンで丸した番組を観たら良い」
「おお、ありがとう」
「今から図書館で色々と本を持って来てやる。それも読むと良い」
「おお、ありがとう」
玄関で靴を履いていると「栄一」とユウタが声を掛ける。
「そこまでしてくれるとは思わなかった。栄一を選んで良かった」
「……行ってくる」
図書館で本を選んでいる最中、あるモノが目に留まった。
「ん?」
それは動物図鑑のページに居た。
「アイアイ……」
アイアイアの中指はユウタが変形させた指の様に一本だけ細く鋭い形をしていた。
「長く骨ばった中指で獲物を捕らえ…、居たな…」
2時間程経っただろうか、その後コンビニで今度はプリンを買って家に帰った。
「おかえりなさい」
「ただいま」
普通に答えたが、〝ただいま〟と言ったのはいつ振りだろうか。思いだせない…、そんな事を思っていたら電話のボタンが点滅しているのが目に入った。留守番電話だ。
「電話鳴ったのか?」
「出てないよ。でも勝手に喋ってた」
ボタンを押し、声が流れる。
〝もしもし?宏文だけど。やっぱりこういう機会がないと一緒にー食事なんて、あまりないからさ、お祝いさせてよ…って真紀もそう言ってるし、一応場所も予約したから。詳しい事は会って話そ〟
「……」
〝今日のお昼前に真紀と顔出すね、じゃあ〟
「何?……昼前?」
「昼前は正午になる前だから今も昼前」とテレビを見ながら喋るユウタ。
その時だった。
〝ピンポーン〟
インターホンが鳴った。
「ユウタ」
「持っていっていい?」と一匹残っているミドリガメを手に取る。みなまで言わなくても察するユウタに感心したが、今はそれよりもどうするかを考えなくてはならない。果たして隠しきれるだろうか。
トイレに入って行くユウタ。
「……」
とは言っても、今一番信用出来る人間はあの2人だけかもしれない……。
トイレのドアを見つめる栄一。




