第3話『大山宏文Ⅱ』
「紹介する……ユウタだ」
親父の横に居るユウタは、犬ではなかった……。
身の丈に合わない、サイズの小さなスカジャンを着て、はみ出た腕にはタオルを巻き、手には軍手、下は足が隠れるほどのロングスカート。そして肝心の顔部分は新聞紙を上から被し、またその上からシルクハットを被った〝人〟が立っていた。
その異常なファッションセンスをした不気味な人間に、俺も真紀も硬直するしかなかった。
「初めまして、ユウタです」
「あれ、この声、電話の声…」と真紀が呟く。
しかし俺の鼓動はまだ烈しく動いていた。
「だ、だだ、だ、誰ですか?」
「ユウタです」
「……犬じゃないの?」と、今さら分かりきった事を聞く真紀。
「私は犬じゃないです、栄一が嘘をつきました」
淡々とした喋り方が不気味さを増していく。
「すまなかった、犬じゃないんだ」
親父が謝ってくるがそういう事じゃない。
「いや、犬かどうかって事よりも、え、どゆこと?」
「親戚の方ですか?」と的を外れた質問をする真紀にまたイライラも募る。
「いないよ!こんな奴!誰なんだよ!」
「え、じゃあ本当に誰?」
この〝変人〟が急に襲って来るかも分からない。あまりビクついている姿を見せても危険だと思った俺は強硬な姿勢で向かった。
「誰だお前!親父に何した!金か?金なんかうちに無いぞ!」
「違うんだ、こいつはー、そういうやつじゃない」と冷静に喋る親父も今は信用できない。
この〝洗脳者〟がマインドコントロールで親父を狂わせたのかもしれない。
「じゃあなんだよ、家出人か?浮浪者か?」
「ねぇやっぱりマジシャンになったのよ!今からマジックが」
「始まらねーよ!おい真紀、さっきから邪魔してるだろ?」
「真面目に言ってるわよ!」
「さっきからバカ言うなよ!」
「バカ?何バカって?」
とまた始まりそうな時、親父がボソッと喋った。
「んー、とりあえず異星人だ」
「……」
「……」
時間が止まった感じがした。
外ではカラスが鳴き、遊んでいる子供の声、そしてバイクの走る音が聞こえる。
「えーと、なんて?」
あまりに意想外な言葉を聞いて一瞬意識が飛んだ様だった。
「真紀…、今、異星人って聞こえたよな?」
「うん…、多分。でももう一回確かめたい」
「ああ…。親父、今なんて言ったんだ?」
「こいつはー、ユウタは異星人だ」
突拍子もない事を言われ、逆に少し冷静になってきた。
「オイ親父、自分が何言ってるかわかってる?」
「ああ。わしだって信じたくないが」
「じゃあお義父さん、この人はなんで顔を隠してるんです?」
「そうだよ、気味悪いだろ、初対面でそんな格好さ」
「急に見せたら驚くと思ってな、誰にも言わんか?」
「何を?」
「こいつの事だ。誰にも言わないのなら顔を見せる」と、しつこい親父が冗談じゃなく見えてくる。
「じ、事情を知ってから決める、怪しかった
ら直ぐに警察に電話する」
「怪しくはない、いや、怪しいが悪い奴ではない。いや、本当の所は分からないが、多分良い奴だ」
でももしこれが冗談だったら?さっき大声でビビった自分が恥ずかしい……。
真紀が「あっ」と突然言い出した。
「さっきのは?さっきのお義父さんの〝待てっ〟ていうのは?私達に何かしようとしてたんじゃないんですか?」
「まぁそうだが、ユウタはまだ此処に慣れていないだけだ。教えていけば大丈夫だ…。おいユウタ、この2人には絶対に危害を加えてはダメだ、いいな?」
「はい」
「もう大丈夫だ」
「大丈夫じゃねーよ!」
脅威から焦燥へと感情が変化していく。もしかしたら今、唯々クソつまらないコントを見せつけられているだけかもしれない。
今日この日が来るまでどれだけストレスだった事か親父は分かるはずもないだろう。せっかくこっちから近づいてやったのに当の本人はお笑いコンビ組んで、家族の事なんか結局無関心なんだ。俺はもう此処から出る事にした。
「もう勝手にしてくれ親父。楽しく生活すればいいよ、その不気味な異星人だか宇宙人だかグレイだかエイリアンだか知らないけど」
「異星人よ」
「分かってる」
真紀の天然が炸裂しても無感情の返事しかできない。
「真紀、もう行こう」
「えっ?」
真紀の手を取り、玄関へと向かう。
すると親父が後ろから呼び止める。
「ここまで見たんだ、信じないなら顔を見ていけ」
「いい、見たくない」
「怖いのか?」
「は?」
「本当に異星人だったら、と思い始めてるんじゃないか?」
「違うよ、付き合ってるのがアホらしくなったんだよ」
「私は……結構信じてる…よ?」と耳を疑う言葉が真紀の口から飛び出した。
「……はい?」
散々テレビでバカにしてきたのに、いざこういう局面に出くわすと直ぐ信じ込む。なんて危険な〝素直さ〟なんだ。普段から気に掛けとかないと詐欺か何かにハメられそうだな。
「おい真紀、どうしたんだよ」
「あなた、なんで信じないの?いつもミステリーなんちゃらとか、超常現象なんちゃらとか、未確認なんちゃらってテレビ録画してるじゃない!」
「なんちゃらなんちゃら言うなっ」
「あんなもの興味なきゃ観ないでしょ!?なんで見栄張るのよ」
「見栄を張るって何!?その言い方がまたバカにしてるし!〝あんなもの〟ですら想像力が乏しいお前には理解できないだろ?」
「はいー?頭が固いあなたに言われたくないわ~~」
「お前は柔らかすぎてスポンジじゃねぇ
か、スカスカなんだよ」
「カチカチのビビりよりかましです~」
「ビビってねぇっつってんだろうが」
「ビビってるじゃない。また泉のようにオーラが出てるわよ?」
「お前な、本当にオーラが見える人に対して失礼だぞ?」
「じゃあ顔見なさいよ」
「いいって言ってんだろ」
「あーほらほらほらほらほら」
「会議ですか?」とユウタの声が聞こえた。
「……」
そもそもユウタって何だよ。自称異星人が自分の飼っている犬の名前を名乗っているのに今さらながら腹立ってきた。
「おい栄一、ゼリー食べていいか?」
「その前に、その新聞紙とハット、取っていいぞ」と、親父が発した言葉にゾッと寒気立った。
……何故だ、俺は異星人とかいうふざけた設定を本当に信じているのか?親父と真紀が言う通り、俺はビビッているのか…?ビ…ビビってるんだ…、俺は自分に嘘をついてたんだ…、会社でもそうだ。正英に偉そうな事言ってるけど結局は自分に嘘をついて誤魔化してたんだ…。真紀の言う通りだ。見栄を張ってたんだ…俺は。
もう自分に嘘はつかない。そう誓った。
「ちょっと待ってくれ親父、心の準備が…」
時すでに遅し。
ユウタがハットを取り、新聞紙がパサッ落ちた。
「……」
「……」
静まり返った室内にはブクブクとエアーポンプの音だけが聞こえてくる。
ユウタの顔から視線を外せなかった。目から得た視覚情報を脳に伝える。
ユウタの皮膚は少し光沢がかり、タンポポの様な黄色い肌をしていた。輪郭、目、口は人間と然程変わらないが鼻は特徴的で、穴は一つしかない。耳の形は無なかったが、穴だけは3センチ程あり、閉じたり開いたりしている。そして髪の毛や眉毛など、体毛は見当たらない。
これはー……特殊メイクじゃない。
そう認知した途端、自然と声が出た。
「うわああああああああああ!あーあー!」
「あなた、凄いわよ…見て」
「見てるよ!」
「目の色、綺麗ねぇ…」
「ま、真紀、なんでそんな冷静でいられるんだ」
「鼻凄いわね、どうなってるのこれ」
真紀がユウタに近寄っていく。
「おい近づくなって!」
ユウタに見とれている真紀は、そのままユウタの顔に手を触れようとしていた。
「触るなって!な、何か人間に害があるかもしれない!」
「うるさいわねー、大丈夫よ、ねぇユウタ君?」
「わかりません」
「え?」
「ほらみろっ!」
「大丈夫だろう、わしも触った」
「やめとけって!今は大丈夫でも数日経ったら症状が出るかもしれなじゃんか!」
ダメだ…この二人は理解していない。本当にユウタが異星人だとしたら、この状況がどれだけ危険な事なのか全っ然、理解していない。
だが、〝人間が予想不可能な事がいつ起きるか分からない〟と言ったところで真紀は理解不能に違いない。誰から何をどう言っていけばいいんだ。頭が混乱してくる。
ユウタが笑顔?の様な表情になり話し出す。
「ご自由にどうぞ。しかし何かあっても一切の責任を負いかねません」
「かねますだ。でもだいぶ覚えてきてるなぁ」
「しかし敬語は何故かストレスです」
親父とユウタが並んで会話をするから漫才にも見えてきた。
ユウタの頬を撫でる真紀。
「わー、すごいツルツル、あなた見てる?」
「見てるよ…その手で俺に触れるなよ?」
〝ひろふみ〟。
いつも〝おい〟とか〝お前〟としか言わなかった親父が「宏文」と名前で呼びかけてきた。
「え?」
「そんな事言ったらユウタに失礼だぞ?」
「…あ、ああ」
異星人に対して失言した事、親父が名前で呼んできた事、これらを頭の中で処理するには時間が掛かりそうだ。
「栄一、まだゼリーはあるか?」
「ああ」
「食べていいか?」
「ああ。因みにそのゼリーはこの二人から頂いた物だ」
「何!?ありがとうございます!宏文!真紀!」
そう言って冷蔵庫から桜桃ゼリーを取り、テーブルで食べ始めるユウタ。
「……親父もそうだけど、急に大きな声を出すのは止めさせてくれ、心臓に悪い」
「すまない、多分今日のわしを真似したんだろう」
スプーンを使い、美味しそうにゼリーを食べているユウタ。
「お義父さん、ユウタ君はー、いつからここに居るんです?」
「……四日前だ」




