-最終話-『大山宏文 Ⅵ 』
「ニンジンってこんな硬いっけ?」
包丁を握ったのは数年振りだった。
「太っ!何これ!」と真紀がわざとらしく人参へ顔を近づけてくる。
「まぁまぁ、ご愛敬って事で」
「不愛敬なあなたが何言ってるのよ」
「言い過ぎだろ!少しくらいあるわ!」
「いいから、切るのは私やるから、宏文はかき混ぜる係ね」
「それって最後の最後じゃん」
「でも一番重要だよ?」
「そーですか。なら俺は雄太と金魚にご飯でもあげよーかな」
親父から引き取った金魚は今でも元気に泳いでいる。今では異なる種類の金魚も混ぜ、水槽の中は賑やかな世界になっている。
パクパクと餌を食べている金魚を見ていると家の電話が鳴った。
「誰からー?」と玉ねぎを切っている真紀がいつものように聞いて来る。
「はいはい~」
電話を見ると〝モウリタクロウ〟と書いてあった。
「毛利君だ」
「あら珍しい。あっ、映画はちゃんと観る予定だからって伝えてね!」
「あぁ分かってるよ」と言い、電話に出る。
「もしもし?お~久しぶりだね~元気してる?いや~映画凄いね~まだ観てないけど。近々観るつも……」
……自分の耳を疑った。
「……」
「どうしたの?ちゃんと言ってってっ」と真紀が俺の顔を見た瞬間に彼女も察したのだろう。包丁を握っている手が止まり表情にも動揺が見える。
俺は深く呼吸をし、もう一度聞き直した。
「も、もう一度、……言ってくれるかな?」
電話越しから聞こえてくる毛利君の声も震えている。
聞き間違いではない。毛利君の言葉を聞いて自分の鼓動が全身に響くのを感じる。
受話器を握りながら真紀と顔を見合わせた。
「……」
「……」
真紀と同時に目の前でご飯を待っている雄太の顔へと視線がいった。
〝ワンッ!!〟
おわり。




