第10話『毛利拓郎 Ⅳ 』
104号室から家具や段ボールなどが出され、次々とトラックの中へ運ばれていく。
俺は団地の前でその風景をボーっと見ていた。
「……」
「毛利さん、これで最後ですね」
引越し屋の言葉で我に返った気がした。
「あ、はい、ありがとうございます。ちょっと中を確認してきますね」
そう言って家の中に戻ろうとした時、204号室からドアが開く音がした。
「……」
階段を降りてくる足音がする。
上から来たのは中肉中背、同い年くらいの男。
「どうも」とお互い軽く会釈をする。
あの後、上に越して来たあの男はきっと俺の事を気味悪がっているに違いない。
いつもジロジロと俺に見られてるんだから。
しょうがないだろ?
上に先生が帰っているかもしれない……
実はもう帰って来てあの男と暮らしているかもしれない……
そんな事を思うと自然と目がいってしまう。
ま、それも今日までだ……
ゲルポ人は…、
先生は…、
戻って来なかったんだ……。
その夜、俺は寝袋を持ち、この虚無の空間と化した104で最後の夜を過ごした。
新しい家で寝る事も出来たのだがこの思い出の詰まった、俺を育ててくれたこの部屋…この団地を最後の一秒まで心に留めたかった。
「綺麗だなぁ」
〝カサカサ〟と亀が水槽の壁を上ろうとしている。あの池からアカミミガメ、別名〝ミドリガメ〟を一匹取って家で飼っている。一匹取ったかと言ってあの池の生態系を本来の姿に戻そうと思う訳でもないし、変えるつもりも無い。ただこのミドリガメ見て、あの時の先生やユウタの事を思い出しているだけだ。
「あー、あれはなんだったんだろう」
部屋の明かりをつけなくても満月の光だけで十分なくらいだった。
「んー。月ってこんなちゃんと見た事なかったなぁ」
ポケットから小さなビニール袋を取り出し、中にあるドライキャットフードを窓から投げていく。
「お~い、最後のおやつだぞ~」
あの頃いた猫たちはもう今は居ない。その代わりその子共達や、新しく来た猫が今は懐いてくれている。
「今までありがとうなぁー。次は俺が居なくなる番だぁー」
いつも顔を出す猫の中で一匹毛むくじゃらの猫がいる。俺はその猫をジャラオと呼んでいる。小汚い感じで、その所為かたまに他の猫から虐められる事もあった。
けれどある日、俺が「おい、ジャラオを虐めるな!」と怒鳴ったら不思議と噛んだり引っ掻いたりという行為が無くなった。言葉が通じたのか気持ちが伝わったのかわからないが、相手が誰であろうが繋がることもあるんだなぁと実感したのを覚えている。
「あれ?」
そのジャラオが今日は見当たらなかった。
「おいお前達、また噛んだりしたんじゃないだろうなー?」
もちろん猫たちは答える事もなく、早く投げろと言わんばかりの目で俺を見ているだけだった。
「違うか…」
「この猫の毛、綺麗にしといたよ」
「……は?」
声の方を見るとひとりの少年が立っていた。
「び、びっくりした」
その子供は毛が整ったジャラオを抱いていた。
「ジャ、ジャラオ?あ、ありがとうね…」
その子供は月明りに照らされていたが顔は木の陰で良く見えなかった。
「君、ここの団地の子?あ、205の子か。ん?いや、あそこも去年出て行ったな…」
その少年が一歩前へ出ると満月がその子の顔を照らした。
「……」




