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そのさん

 その後のシンは、以前と同じ生活に戻りました。サーベルをくわえ、町をのし歩く悪役としての日々……いや、以前よりもさらなる暴れん坊になりました。

 そうすることで、一刻も早く王子のことを忘れようとしていたのです──


 ウエンツ王子も、シンのことを忘れようと努めていました。勉強やスポーツに、ひたむきに打ち込みます。でも、シンのことを忘れることは出来ません。彼女のような強くてワイルドで、でも美しくて優しい……そんな女性は、ウエンツさまの周りにはいません。

 ひとりになると、ウエンツは空を見ながらため息ばかりついていました。


「もう一度、あのひとに会いたい……」


 そんなウエンツの姿を、じっと見ていた者がいます。執事のアントンです。幼い頃から王子に仕えていたアントンには、ウエンツが何を考えているのか、ちゃんと理解していました。

 やがてアントンは、腹心の部下であるチンマを呼びます。チンマは小柄な男ですが、頭がキレる上に事情通です。


「チンマよ、お前に頼みがある」




 ある日、シンはイセタン通りを歩いていました。イセタン通りは、多くの露店が立ち並ぶ市場です。様々な物が安く売っており、人通りが絶えることがありません。

 シンはサーベルをくわえ、通りをのしのし歩いていました。道行く人は、彼女の姿を見て慌てて目を伏せます。

 その時、いきなり叫び声が聞こえてきました。


「きゃあ! 引ったくりよ!」


 引ったくりと聞いては、黙っていられません。シンは街一番の悪役ですが、セコい悪党は許せない性分です。


「あたしのシマで引ったくりやるとは、どこのバカだ!」


 シンが吠えると、ひとりの男が慌てて逃げて行くのが見えました。その男は、高そうなカバンを小脇に抱えていました。恐らく、こいつが引ったくりでしょう。


「待てこの野郎!」


 サーベルを振り上げながら、シンは男に突進します。すると、男は人気ひとけのない路地裏へと逃げ込みました。シンは、恐ろしい形相で追いかけます。

 その時でした。路地裏に入りこんだ瞬間、誰かが血を流して倒れているのが目に入ります。


「えっ? ちょ、ちょっと……あんた、大丈夫かい?」


 シンは、心配そうに近づいて行きました。すると、後ろから女の悲鳴が聞こえました。


「きゃあ! 大変よ! みんな来て! 衛兵を呼んで!」


 その悲鳴に反応し、振り返ったシン。目の前には、美しい女がいます。どこかで見たような気もします。

 しかし、事態は思わぬ方向に転がって行ったのです。女はシンを指さし、とんでもないことを叫びました。


「この女が、サーベルで私の主人を襲ったんです! 早く、捕まえてください!」


「はあ!? 何言ってんだよ、このバカ女!」


 シンは怒り、サーベルを振り上げました。その時、甲冑を着てボウガンで武装した衛兵たちが現れました。衛兵たちは、あっという間にシンを、取り囲みます。


「シン! おとなしくしろ!」


 衛兵のひとりが怒鳴りました。もちろん、シンがおとなしくするはずがありません。


「ざけんじゃないよ! あたしは何もしてない!」


 喚きながら、シンは衛兵たちを睨みつけます。しかし、女がまたしても叫びました。


「嘘よ! この女が、主人を襲ったのよ!」


 直後、シンの足元に矢が刺さりました。衛兵のひとりが、ボウガンを発射したのです。


「いい加減にしろ! でないと、シーク婆さんにも迷惑がかかるんだぞ!」


 衛兵の言葉に、シンは顔を歪めました。シークおばあちゃんには、迷惑をかけたくありません。

 その時です。倒れていた男が、むっくりと起き上がりました。よくよく見れば、執事のアントンです。あの長いアゴを、見間違うはずがありません。

 アントンは、額から血を流しながら叫びました。


「待てコノヤロー! お前ら、下がれコノヤロー!」


 その声に、衛兵たちはびっくりして下がりました。何せ、アントンは王子さまに仕える執事です。逆らうことなど出来ません。


「お前ら、よく聞け! 俺は今、このシン・デレラに襲われた! これは許しがたい罪! 本来なら、牢屋で強制労働の刑だ!」


 なんと無茶苦茶で理不尽な話でしょうか。シンは、何もしていないのに。


「だから、あたしは何もしてないって言ってんだろ!」


 シンは、血相を変えて抗議しました。すると、アントンはニヤリと笑います。


「ならば、お前の身の潔白を……サンダーリングで証明して見せろ! 対戦相手は、この俺だ!」


 その途端、周囲からは歓声が湧き上がりました──


 サンダーリングとは、この国の最大級のイベントです。二人の格闘士がリングに上がり、大観衆の前で闘う……アントンこそ、サンダーリングの四百戦無敗のチャンピオンなのです。

 アントンは、さらに言葉を続けます。


「シン・デレラよ。サンダーリングで私に勝つことが出来たなら、お前は無罪だ。しかし、私に負けた時は、おとなしく牢屋に入ってもらおう。いいな?」


「いいわけねえだろ!」


 シンは怒鳴りました。やってもいないことのために、牢屋に行くなど我慢なりません。

 するとアントンは、にいと笑いました。


「そうか、闘いたくないのか。ならば、お前の育ての親であるシーク婆さんを牢屋に入れることにする。それでいいのだな?」


「ふざけるな! ばあちゃんには関係ないだろ!」


 シンが詰め寄りましたが、アントンには怯む様子がありません。


「では、どちらか選べ。俺と闘うか、シーク婆さんを牢屋に入れるか。まあ、俺はどっちでも構わん」


 そう言って、アントンは高らかに笑いました。こうなると、どっちが悪役かわかりません。


「わかったよ……やってやる。リングの上で、てめえのアゴを砕いてやるよ!」





 やがて、試合の日が来ました。

 シンは、黒い革のシャツと革のパンツ姿でリングに上がります。理不尽な話ではありますが、アントンを倒さねば無実の罪で牢屋に入れられてしまうのです。

 そうしたら、シークおばあちゃんはどうなってしまうのでしょう。たったひとりで、孤独死してしまうかもしれません。


「アントンの野郎、絶対にぶっ倒してやる」


 呟きながら、シンはリングの上で軽く体を動かしました。

 観客は、そんな彼女に罵声を浴びせます。


「おらシン! どうせ勝てねえんだからやめとけ!」


「そうだそうだ!」


「いっそ、脱いじまえ!」


「そこでストリップでもやった方が、よっぽど楽しいぜ!」


 なんと酷い言葉でしょうか。シンは唇を噛み締めました。自分がいかに嫌われているのかが、否応なしに伝わってきます──


 やがて、奇妙な音楽が鳴り響きました。と同時に、アントンが入場してきます。

 観客の態度は一変し、割れんばかりの歓声を浴びせます。


「アーントン! アーントン!」


 アントンコールが場内に響く中、アントンは悠然とした態度でリングに上がりました。顔には、不敵な笑みを浮かべてます。

 その表情を見た途端、シンは我慢できなくなりました。こいつのせいで、濡れ衣を着せられた挙げ句に闘わなくてはならない……こんな理不尽な話はありません。

 開始のゴングが鳴る前に、シンは襲いかかりました──


 シンは、渾身の力を込めたパンチを放ちました。不意を突かれ、アントンは倒れます。

 倒れたアントンめがけ、シンは蹴りを叩きこみます。すると、観客は罵声を浴びせました。


「汚いぞ、シン!」


「お前は、不意打ちしか出来ないのか!」


「つまらねえことしてねえで、さっさと脱いじまえ!」


「そうだそうだ! まともに闘えないなら、せめて脱げ!」


 あまりにも汚い野次に、シンはかっとなり観客を睨みます。

 その瞬間、アントンはむっくり起き上がりました。彼女めがけ、弓を引くようなナックルパートを見舞います。

 シンは、その一撃で吹っ飛びました。たった一発のパンチで、このダメージ……伊達にチャンピオンの座に着いているわけではありません。力、技、ともに人間を超越したレベルまで鍛え抜かれていました。シンなど、比較にならない強さです。

 ふらふらする頭を抱え、シンはどうにか立ち上がりました。しかし、アントンは全く容赦しません。さらに、ナックルパートの連打が襲います。シンはたまらず、リングの下へとエスケープします。

 それを見た観客は、歓声を上げました。


「アーントン! アーントン!」


 割れんばかりのアントンコールです。シンは、もはや笑うしかありませんでした。大勢の観客は、自分に対し憎悪の念しか抱いていないのです。彼らの悪意が、シンの心を容赦なくへし折っていきました。彼女の闘争心も、もうすぐ消えようとしています……。


 その時です。どこからともなく声が聞こえました。


「おねえちゃん! がんばれ!」


 シンは、はっとなりました。この状況で、誰が自分を応援するのでしょうか。

 今のは、幻聴だろうか? しかし、声はまた聞こえてきます。


「シンのおねえちゃん、がんばってえ!」


 どこの誰が、この声を……シンは、観客席を見回しました。次の瞬間、彼女の表情は驚きのあまり凍りつきました。

 ひとりの幼い少年が、今にも泣き出しそうな顔で叫んでいるのが見えたのです──


「シンのおねえちゃん、がんばれ! アントンなんか、やっつけてえ!」


 どこかで見たような顔です。いったい、どこで見たのだろうか……シンは、必死で思い出そうとしました。

 しかし、その少年をガラの悪い若者たちが取り囲みます。


「おい、ガキ! シンなんか応援すんじゃねえよ!」


 言いながら、彼らは少年の襟首を掴みました。

 それを見た瞬間、シンの闘争心に再び火がつきました。彼女は立ち上がり、観客席へと乱入しました──


「シンが乱入しました! 皆さん、お気をつけ下さい!」


 場内に、司会者らしき男の叫ぶ声が響き渡ります。と同時に、周囲の観客は蜘蛛の子を散らすように逃げて行きました。

 シンは、そんな連中には目もくれず進んで行きます。やがて彼女は、目当ての場所に辿り着きました。先ほど、シンに声援を送っていた少年のところです。言うまでもないことですが、少年を脅していた若者たちは、シンの姿をみるなり逃げて行きました。

 少年は、泣きながらシンを見上げます。その時になって、ようやく思い出しました。かつて、道路で膝をすりむき泣いていた少年です。馬車に轢かれそうになり、彼女に助けられたのでした。

 シンは、無言のまま少年を抱き上げます。そのまま、最前列の席に座らせました。

 そのまましゃがみ込むと、少年の顔をじっと見つめます。今、彼女の顔には優しい表情が浮かんでいました。

 一方、少年は泣きながら訴えます。


「おねえちゃん、がんばって! アントンなんかに、負けないで!」


 その言葉に、シンは首を横に振って見せました。


「悪いけど、無理だよ。あいつは強すぎる。さすがはチャンピオンだ。あたしじゃあ勝てない」


「そんな──」


「いいかい、よく聞くんだ。世の中は残酷なんだよ。正しい方が負ける時もある。どんなに頑張っても、勝てない時もある。でもね、負けるとわかってる闘いでも、全力を尽くさなきゃならないんだ。でなきゃ、敗北を糧に出来ないんだよ。全力を尽くしてこそ、敗北しても得られるものがある。わかったね?」


 前回とは違い、シンは優しく語りかけました。少年は、前回と同じく泣きながら頷きます。

 もっとも、その涙の種類は違うものでしたが。


「あたしが今から、あんたにそれを教えてやる。だから、ここでよく見ておくんだ」


 そう言うと、シンは再びリングに上がりました。

 リングで待っていたアントンは、余裕の表情です。

 

「ほう、まだ来るか。だが、お前には勝ち目はない──」


「そんなこと、わかってんだよ! お前に勝てないことくらい、あたしが一番よくわかってるんだ!」


 吠えると同時に、シンは身構えます。すると、アントンの表情が変わりました。


「勝てないとわかっていて、なぜ闘う?」


「お前が気に入らないからだよ! お前にだけは、死んでも屈しない!」


 そうさ。

 あたしは、お前に立ち向かわなきゃならないんだよ。

 あの子の前で、最後まで屈しない姿勢を見せる。

 それが、たったひとりで応援してくれた、あの子へのお礼だ。


 ・・・


 その時、場内を飛び出していった者がいました。マントを着て、フードを目深に被っているため、他人から顔は見えません。

 マント姿の者は、サンダーリングの会場から出ようとしました。が、その前に立ちはだかった者がいます。

 ブッチャーとカマタでした。


「ホーッホッホッホッホ、ウエンツ王子さま、はじめまして。私は、黒い魔女のブッチャーです。こちらは、私の妹分のポーラ・カマタです」


 その言葉の後、二人はうやうやしい態度で頭を下げました。そう、このマント姿の者はウエンツだったのです。


「サンダーリングの掟は、ご存知ですよね。一対一で闘わなくてはならない。ただし例外があり、王家の者のみが乱入することが出来る……このままでは、シンは倒された挙げ句に無実の罪で牢屋に入れられるのですよ。いいのですか?」


 カマタは、厳しい口調でウエンツに迫ります。

 すると、ウエンツはフードを払いのけました。その目には、涙が浮かんでいます。


「そんなこと、わかってます! でも、今の僕には何も出来ない! シンさんを助けるには、必要なものがあるんですよ! どいて下さい!」


 言いながら、ウエンツは二人の間をすり抜けようとしました。しかし、ブッチャーが地獄突きを食らわします──

 ウエンツは、痛さのあまり倒れそうになりました。すると、そこに美しい白馬が現れます。金色のたて髪を持つ名馬・ウマノスケです。

 さらに、カマタがウエンツを持ち上げ、ウマノスケの背中にまたがらせます。


「ウマノスケ、王子さまを連れていってあげなさい」


 カマタの言葉に、ウマノスケはぶるるんといななきました。

 直後、矢のような速さで走り出します──

 ほんの数秒で、目的地へとたどり着きました。




 ウエンツは、地下に通じる階段を降りて行きました。ここは、王家の者のみが入れる秘密の宝物殿です。貴重な金銀財宝が、山のように積まれています。

 しかし、ウエンツはそんなものには目もくれません。彼は、とある品を手に取りました。

 ひざまずき、涙を流しながら叫びます。


「僕は、何もかも捨て去っていい! だから、今だけでいい! 僕に力を!」







 





  

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