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そのに

 いよいよ、舞踏会の日が来ました。



 シンは外に出て、寂しい表情で空を見上げました。

 宮殿の舞踏会に行きたい。行って、王子と逢いたい……でも、彼女には着ていくドレスがありません。それに、シークおばあちゃんをひとりで置いては行けない。ひとりにしておいたら、何が起こるかわかりません。万が一のことがあったら──


「あなた、シン・デレラですね」


 不意に、後ろから声が聞こえました。シンは、その声に反応し振り返ります。

 すると、そこには奇妙な女が立っていたのです。

 その女は、とても大きな体をしていました。身長はシンより小さいですが、横幅は彼女よりも広いです。確実に、百キロを超えているでしょう。肌は黒く、髪は綺麗に剃りこまれています。緑の半袖シャツと赤いロングタイツを着ており、先の尖った靴を履いていました。


「あ、あんた誰?」


 さすがのシンも、目の前にいる者には圧倒されました。すると、女はにっこり微笑みます。


「ホーッホッホッホッホ。私は、黒い魔女のブッチャーよ。あなたは本当は、とても優しい娘なのですね」


「は、はあ!? 優しくなんかねえし!」


 シンは、慌てて怒鳴りました。しかし、ブッチャーは余裕の表情です。


「ホーッホッホッホッホ。私は知っているのですよ……孫娘を助けてくれたでしょう。本当にありがとう」


 そう言うと、ブッチャーは深々と頭を下げました。シンは初め、何のことかわからなかったのですが、ふと思い出したことがありました。


「あ、あの時の……」


 そう、シンは黒人の女の子を助けたことがあったのです。まさか、そのお礼を言われるとは。


「ふん、別に助けたわけじゃない。たまたま、あいつらがムカついただけだよ」


 そう言って、シンはぷいっと横を向きました。ブッチャーは、にこにこしながら彼女を見ていましたが、不意に近づいてきました。


「あなたは、とても悲しそうですね。何か、悩みでも有るのですか?」


 いきなり聞かれ、シンはドキッとしました。


「は、はあ!? 悩みなんかねえし──」


「本当ですか? 自分の心に、正直になりなさい」


 ブッチャーの声は、とても暖かいものでした。幼い頃に死んでしまった、母のそれにも似ています。シンは、思わず本音を漏らしました。


「宮殿の……舞踏会に行きたい」


 言った後、シンの顔は真っ赤になりました。デカくてガサツで女ギャングのごとき自分が、宮殿の舞踏会に行きたいなど……まさに笑い話です。


「ホーッホッホッホッホ。では、行けばいいではありませんか。行きなさい」


 こともなげに言ってのけたブッチャーを、シンはきっと睨みました。


「ふざけんじゃないよ! あたしは、よそ行きのドレスなんか持ってないんだ! 行けるわけないだろ──」


 次の瞬間、みぞおちに強烈な一撃を受け、シンはうっと呻きました。ブッチャーが、いきなり地獄突きをしてきたのです。念のため説明しますと、地獄突きとは空手の貫手ぬきてのような技です。鍛え上げられた指先で、相手を突くのです。普通の人がやると指を痛めますが、ブッチャーの指は無茶苦茶硬いのです。

 常人ならば、その地獄突きで昏倒していたでしょう。ところが、シンは街一番の悪役です。すぐに顔を上げ、怒りもあらわに怒鳴りつけました。


「てめえ! いきなり何しやがる……」


 シンは、それ以上何も言えなくなりました。みるみるうちに、彼女の着ている服が変わっていったのです。みすぼらしい服は、胸元もあらわな美しいドレスへと変化しました。シンは、こんな上等な服を見たことがありません。

 固まっているシンの前で、ブッチャーは動き続けます。彼女は今度は、目の前にある大木に地獄突きをしました。すると、大木は巨大な鏡へと変わります。

 そこに映し出されているのは、美しいドレスを着たシンの姿でした。


「す、凄い……」


 シンは、見たこともない姿に呆然となっていました。すると、彼女に近づいて来た者がいます。背格好はブッチャーに似ており、綺麗に剃り込んだ頭と小山のごとき体格を持つ女です。


「ホーッホッホッホッホ。彼女は、ポーラ・カマタよ。私の妹分、といったところかしら。さあカマタ、シンの美しさを引き出してあげて」


 カマタと呼ばれた女は、頷きました。

 次の瞬間、その体格からは想像もつかないような速さで動き出しました。クシを取りだし髪を整え、どこからともなく耳飾りや首飾りを取りだして付けていき、顔に化粧を施し……シンの汚れた顔は、みるみるうちに美しい貴婦人のごとき姿へと変わっていったのです。

 シンは、鏡に映る己の姿を、恍惚となりながら眺めていました。


「これが、あたし……」


 その姿を見たブッチャーは、満足げに微笑みます。


「後は、馬車に乗って宮殿に行くだけですね」


 ブッチャーは、落ちていたカボチャを拾い上げました。

 ぱっと宙に放り投げたかと思うと、カボチャに地獄突きを食らわします。

 カボチャは、一瞬で砕けました……が、次の瞬間に馬車へと変わったのです。しかも、美しい白馬付きで。


「ウマノスケ、頼んだわよ。シンを、宮殿に連れて行ってあげなさい」


 ブッチャーの言葉に、白馬はウンウンと頷きました。綺麗な金色のたて髪をした、とても賢そうな馬です。シンは、その馬車に乗ろうとしましたが、大事なことを思い出しました。


「だ、駄目だよ。おばあちゃんを、ひとりにはしておけない」


 その言葉を聞き、ブッチャーとカマタは顔を見合わせました。が、すぐにシンの方を向き、にっこり笑います。


「では、留守の間は、私たちがおばあさまのことを見ていましょう」


「ほ、本当?」 


「はい。ただし、十二時になったら、私たちは帰らなくてはなりません。それまでに、この家に戻って来るのですよ。わかりましたか?」


「わかった! ありがとう!」


 シンは、嬉しそうに馬車に乗りました。




 馬車は、宮殿に到着しました。見れば、舞踏会は既に始まっているようです。シンは馬車を降り、宮殿へと入って行きました。すると、周囲の人たちは皆ひそひそと話します。 


「なんて美しい娘なんだ」


「デカイが、イイ女だぜ」 


「いったい、どこの娘だ?」


 貴族たちは、誰ひとりシンのことを知りません。しかし、それも当然です。シンは、下層民の住む地区に住んでいます。そこから、出たことがありません。

 そのため、シンは街一番の悪役でしたが……貴族たちには知られていなかったのです。

 一方、シンは平静を装いながら歩いて行きましたが、内心ではビビりまくっていました。何せ、宮殿に来るのは初めてです。それに、舞踏会に来るのも初めてです。その上、あちこちから好奇の視線が飛んできます。どうすればいいのか、全くわかりません。

 そんな彼女の前に、どこからともなく大柄な男が近づいて来ました。黒髪で、背が高く体格もがっちりしています。その上、とても長いアゴでした。

 実は、彼こそが王国でも最強の格闘士アントンです。その腕前を買われ、王子の執事兼ボディーガードを務めていました。

 アントンは、その体格に似合わぬ素早い動きで、すっとシンの傍に来て耳元で囁きます。


「王子さまがお待ちです。すぐに来てください」





 宮殿の上の階に造られた部屋……そこには、選ばれた人間しか入ることが出来ません。現代で言うなら、VIPルームといったところでしょうか。部屋の片側には大きなガラス窓があり、大広間の様子が一目で見渡せます。

 そんな部屋に、シンは案内されました。中で、彼女を待っていたのは……そう、ウエンツ王子です。


「来てくれたんですね。嬉しいです」


 言いながら、ウエンツはニッコリ微笑みました。シンは、思わず頬を赤らめます。


「い、いや……あの、あたしなんかが、来てもよかったの?」 


 うろたえたシンは、ちょっと失礼な言葉遣いで聞きました。傍にいたアントンは眉間皺を寄せましたが、ウエンツは平気です。


「当然ですよ。あなたは、この舞踏会に来ている誰よりも美しい人です」


 そう言うと、ウエンツは彼女をソファーに座らせました。そこで、二人は語り合います。ウエンツは、本当に楽しそうな顔で喋り続けました。

 シンは、ウエンツの話に耳を傾けながら、時おり広間の方を見ていました。下にいる人たちは、ご機嫌な様子で踊ったり語り合ったりしています。並べられている料理は、彼女が見たことすらない高級なものばかりでした。また、食器は全て銀製であり、見事な細工が施されていました。この銀の皿を一枚売るだけで、シンの住んでいる地区の貧乏な家族が、数日間はお腹いっぱい食べられることでしょう。

 シンは改めて、自分と王子さまとを隔てる壁の高さを意識しました──


 やがて、十一時の鐘が鳴りました。

 シンは、帰りたくありませんでした。出来ることなら、もっともっとウエンツと話していたい……でも十二時になったら、ブッチャーとカマタは自分の家に帰ってしまうのです。そうしたら、シークおばあちゃんはひとりで寂しく留守番をすることになります。そんなことはさせられません。

 それに、シンは宮殿に来たことを後悔していました。ウエンツ王子は、とても魅力的な人です。でも、彼とシンとの間には、高すぎる壁があります。その壁は、簡単に超えられるものではありません。


「あたし、帰るから」


 悲しい気持ちを押し隠し、シンはぶっきらぼうな口調で言いました。ウエンツから目を逸らし、足早に扉へと向かいます。

 その時、彼女の手を掴んだ者がいました。

 ウエンツです。


「ま、待ってください! 次は、いつ会えるんですか?」


 ウエンツの声は、とても真剣なものでした。シンは胸が潰れそうになりながらも、あえて冷たい口調で答えました。


「もう、会うこともないだろうよ」


「な、何でですか? 僕のことが、嫌いになったんですか?」


「ああ、そうだよ」


 言いながら、シンは外に出ました。大股で、ずかずか歩いて行きます。先ほどまでのしおらしい態度は消え失せ、いつもの悪役らしい顔つきで宮殿を出て行きました。

 ところが、ウエンツが追いかけてきます。彼はシンに追いつくと、前に立ちました。


「待ってください! 僕の、何が嫌なんですか!?」


 ウエンツは、真剣な表情で彼女に迫ります。シンは顔を歪め、怒鳴りつけました。


「だったら言ってやるよ! あんたの周りにいる連中も、あんたの背負っているものも、全てが不愉快なんだよ! あんたは、あたしとは住む世界が違うんだ!」


 その罵声に、ウエンツは何も言えず下を向きます。シンは涙を溜めながらも、凄まじい形相で彼の横を通り過ぎていきました。

 馬車に乗り込み、ウマノスケに命じます。


「さあ、帰るよ!」


 ウマノスケは走りました。飛ぶような速さで走り、十二時前に到着したのです。





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― 新着の感想 ―
[良い点] ブッチャーからアントンまで! 吹き出してしまいましたよ! あぶどらー! でもシンちゃんかわいい!
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