第14話 その4
病院で起き上がって、はじめて自分の姿を鏡で見たときのことを思い出す。
あのときは取り乱しもした。自分の見知っていたはずの黒い瞳が、くすんだような碧眼に変わっていたんだから。
「先生、これってなんなんですか」
「後天性虹彩異色症という病気で、事故で頭部に衝撃を受けた時に、その衝撃で色素異常が起こってしまった――というのが私たちの見解です」
「この目、治りますよね?」
「残念ながら、我々の手ではどうすることもできません。眼帯やカラーコンタクトをつけることで隠すことはできますが、直接色を変える手術となると、日本国内では難しいです」
「……そうですか」
そのときはそれだけ頷いて、眠りについた。
納得できたというより……。あれはそう、感覚がわからなかった。その説明があまりにも突拍子もないように聞こえて
先生の言われるがままに、「あぁ、そうなんだ」なんて思ってしまって。
両親の死を聞かされたときは、死体も何もなくて、まるで実感が湧かなかった。
ただ「亡くなった」という事実だけが残って、どんな顔をしていいやらわからない。そんな心境の入院生活が一ヶ月ほど経った頃に、不意に涙がボロボロとこぼれ出した。
「感情の麻痺」という言葉があるように、心の感度が鈍くなってしまっていたらしい。
悲しいとか、辛いとか、そういう感覚は何もなかった。けれど涙だけは次から次へと溢れ出して行って、枕を濡らし続けながら夜通し涙を流し続けた。
この時、最後まで嗚咽を吐き出すことはなかった。多分、僕の感情の限界はそこだ。
リハビリは地獄だった。肉体面はもちろんだが、それ以上に精神面に強い負荷がかかっていたように思う。
眠り続けた僕の体はガチガチに固まっていて、最初は指を動かすことすらままならなかった。
看護師さんに温めてもらいながら、指、手のひら、腕――そんな風に体の節々を順番に動かしていく。痛くはないけれど、自分の思い通りに動いてくれないから、それには鬱憤が溜まって辛かった。
自分の力だけで上体を起こせるようになるまで、一ヶ月以上もの時間を費やしてしまった。作業療法士さんはよくできた、なんて何度も褒めてくれたけど、僕のストレスは溜まっていくばかりで、よく癇癪を起こしては自分のことが嫌いになっていった。
そんな有様ばかり続くものだから、体が少しずつ治っていったところで、心がまるで追いついてくれない。
あの頃はとにかく鏡が嫌いだった。
ベッドから起き上がれない頃、看護師さんが手鏡を持ってきてくれたことがあった。多分そういう人のための支給品なんだろうけど、右瞳を見た瞬間に言いようのない気持ち悪さがこみ上げてきて、手鏡を思いっきり地面に叩きつけた。
けれど筋力の回復しきっていない僕では、その手鏡にヒビを入れることすら叶わなかった。
今でこそあの病室の床が柔らかい材質でできていることを知っているけど、自分の力で床に触れることもできない僕にとっては、相当なショックだった。
――自分はなんて非力になってしまったんだろう、って。
この時味わった虚しさは、今でも僕の根底でコンプレックスとして残っている。
紐でもなんでもいい。引きずり続けると、土やほこりでだんだんと汚くなっていって、端っこからだんだんと磨耗して擦り切れていく。
僕の心がそれだ。忌まわしい記憶で心を縛り付けられて、引きずりながら毎日を生きている。
精神的に落ち込んで体調を崩したり、泣き叫んだり……。磨耗した心が感情を失わなかったのは、幸いだったのかもしれない。





