第13話 その4
その秘密兵器というのは――さっき言及したが新しい能力だ。
しかしこの能力も僕にとっては難儀なもので、自らの両目を自由にして見つめ続ける必要があるのだという。
周囲を見渡して、自分以外の来館者が近づいてこないことを確認する。
やはり瞳をまじまじと見られるのはまだ気が引けてしまう。この重たい史記をわざわざ読書スペースの隅にまで運んできたのだ、できれば誰も近づいてこないで欲しい。
……まぁ大丈夫そうだな。休日とはいえまだ午前中だ。人の出入りそのものがそんなに多くないようにも見える。さっきから人の足音もほんの少ししか聞こえないし。
それだけ安堵してから、静かに眼帯を外した。
史記を開く。目次だけで3ページ近くある。やはりこの歴史書の情報量はあまりにも多すぎる。本来なら第○巻のように分けられる――というか原作は100巻以上に分けられているらしいが――べきところを、わざわざ一冊にまとめてしまったのだ。その圧縮率は計り知れない。
本編前にやはりというべきか、史記についての概説がつらつらと書き記されているのだが、一ページ二段組構成の時点で気が滅入る。これが何百、あるいは一千ページ近くまで続くのだ。きついなんてものじゃない。
しかしまぁやはりというべきか、能力の性能を図るにはうってつけだ。計測のためにスマホを取り出し、ストップウォッチアプリを起動させる。
これで準備完了。
あとは意識して、長々としたこの一ページを読了するだけだ。最初の一文字目に視線の照準を合わせ、その瞬間にスタートボタンを押した。
――そうして一ページを読み終わると同時にストップボタンを押した。記録は6秒。文字数を鑑みれば、普通なら10倍以上かかっていてもおかしくない。それがたった6秒程度で終わるというのは、僕にはもったいないくらい便利な能力だ。
能力の名前は『目の鞘が外れる能力』。両目で見つめながら能力を意識すると、自分の意識が加速してくれるおかげで、通常の何倍もの速さで思考できるという代物だ。
右目を晒すのは少し癪だが、自分で意識するだけで使えるというのは本当に便利だ。じぶんにはもったいないくらい。
今後色んな活用法が思いつくかもしれないし、重宝するとしよう。
なにはともあれ、一ページにかける時間が少なくなればこっちのものだ。それでも昼食は取りたいし、集中力にも限界があるから、閉館時間まで粘って読み終わるかどうか――そんなところか。やっぱりこの本はどこかおかしい。
とにかく終わるように祈る。そして読み終わる自分の姿を意識しながら、史記を読み続けた。
しかしそう息巻いていたところ、しばらくして次々に問題点が発覚した。やはりデメリットのないうまい話などそうそうないのだ。
まず、意識が加速するだけで体はついてこない。ページをめくろうとした時に、自分の体がゆっくり動くように感じたおかげで気づいた。これは当然なのでそこまで大したことはない。
次に、時間感覚が狂うという点。現実世界で経過した時間の何倍もの時間を体感するわけだ。自分で一時間くらい経ったかな?なんて思って時計に視線を移すと、まだ10分くらいしか経っていなかった。使いすぎると時間配分にも影響が出てしまいそうだ。
最後にものすごく疲れるという点だ。集中力を維持し続けて本を読んでいるのだから当たり前かもしれないが、想像の数倍は精神的・身体的に負荷がかかっていた。昼食休憩を取ると決めていた正午までは頑張ったが、息が上がりそうなほど疲れていた。全速力の運動に勝るとも劣らないほどだ。
とにかく休憩しなければならない。そうしないと絶対に体が持たない。
そう誓いを立て、残る体力で必死に史記を元の場所に戻し、さっさと図書館を後にした。





