第13話 その2
次に僕が目を覚ましたのは、夕日の沈む少し前のことだった。
あまりにも眠かったからすぐに眠ったけど、少なくとも寝始めたのが9時より前だったのは確実だ。そう考えると、だいたい8時間くらいはぐっすり眠ってしまったことになる。
生活習慣が乱れてしまわないか、そこが心配だ。
寝起きに顔を洗おうとして、鏡に映る自分の瞳を見つめた。
諸々のことを予測していたとはいえ、琥珀さんにほとんど躊躇なく瞳を見せられたのは、自分でもよくやったと思える。いざ覚悟して沖田さんに見せる時でさえ、あれだけ緊張したのだ。自分の心が少し成長したんだと思う。
綺麗なグリーンではなく、少し黒の入り混じった濁ったような碧色の瞳。忌み嫌っていうのは今でも変わらないけど、ほんの少しの進歩を感じると、自然と嫌悪だった表情が和らいでいくようだった。
買い物をする暇はないから、冷蔵庫の中の有り合わせの食材から適当に夕飯を作る。炊飯器のおかげでご飯はすぐに炊けるので、野菜とひき肉を炒めてソースをかけて完成だ。
そんな雑な食事を口の中で頬張りながら、自分の書こうと思っていた物語を夢想する。
ぶっちゃけてしまえば、大まかな部分は銀河鉄道の夜のパクリだ。
どこにでもいる普通の少女を主人公に据えて、夢の中で亡くなった人々と会話させる。少女は相手が死んでいることに気づかないまま、ありきたりなようで優しい話を聞き続け、自分の日常の中にある何気ない幸せを実感して、幕を閉じる。
――と、こんなところだろうか。
あとは詳細な内容を詰めていけば完成までは一息というところだ。死者が話す具体的な部分については、着想が得られそうな他の作品を思いついている。市役所近くの大図書館の蔵書なら全部揃っているはずだ。早速明日向かって借りてくるとしよう。
一度歯車が回り始めたなら、機械は熱されてスムーズにその機能を果たす。そんな言葉があったと思うのだけれど、全くその通りだと、まさかこんな形で実感するとは思わなかった。
宮原部長からのアドバイスは、残念ながら直接的に関わらない形になってしまったけれど。その点は心の中で謝っておく。本当に申し訳ないです、部長。
食べ終えて、食器を洗って、お風呂に入って……。そんな風に必要な家事を済ませていると、あっという間に夜が更けていく。
昼間眠ったおかげで、すでにいつも寝る時間を過ぎているというのに、全く眠気を感じない。やりすぎると生活習慣にも影響を及ぼすが、今日はあくまで少しだけだ。
原稿用紙を取り出し、その中の一枚を袋から抜き出す。シャープペンシルと消しゴムの準備は完璧だ。僕はようやく執筆という、形にするための第一段階に取りかかることができる。ここにたどり着くまでにどれだけ悩んだことか。
そうだ、タイトルを決めよう。直感的だけど、少し思っていたものがある。
自分の見知らぬ様々な人物から思い出話を聞き続け、最後に夢から覚めた少女が何を想うのか。それを主軸に据えるのならば……。
「――『彼は誰を問う頃に』としよう」
彼は誰というのは明け方のことを指す言葉だ。夕暮れ時を黄昏と呼ぶそれを『誰そ彼と』呼んでいる、その真逆を指す。
意味合いとしては「夢から覚める明け方に、出会う人々が口々に語った思い出話を思い出して、その人たちがどんな人だったのかを想像する」みたいな感じだ。我ながらうまくできてるんじゃないか?
自画自賛は悪いことじゃない。自信を失ってボロボロになった人はごまんといるんだから、自分なりの自信を持っている方がよっぽど良いだろう。精神衛生状況の悪い僕ならなおさらだ。
そうやってプロローグの導入部分を書き連ねて、その日は静かに眠りについた。





