第11話 その4
「なんとなく好みはわかりました。近代文学多めな感じなんですかね?」
「あの時代の小説の方が読みやすくていいね。大河小説は壮大すぎるし、現代文学はかたっ苦しい上に特別感がないでしょ?近代文学作品の多くはね、すでに失われた生活片なんだよ」
「……ごめんなさい、どういうことですか?」
「作品が執筆された当時は当たり前っていうか、生活の一部分を切り取ったりした感じでしょ?でも現代に移行するにつれて、その日常の生活風景は失われてしまってるわけで。現代の人々からすればちょっと特別感が出るじゃない。それが好きなんだよね〜」
「あぁ、そういうことなら少しわかります。ちょっと手が届かない特別な感じ、って形容すればいいんですかね?」
「そう、それなんだよ!あとはユーモア的っていうか、ちょっと楽しい感じのお話の方が好きかな。吾輩は猫であるなんかは結構ギャグっぽいし、気兼ねなく読めていいもんだよ」
好きだ、という先輩の気持ちが伝わってくる。普段から明るくて会話が上手だが、今この時はそれ以上に饒舌だ。語られている側もなんだか楽しくなってくる。
「逆に苦手なのは、さっきも言った『人間失格』とかかな。あとは小林多喜二の『蟹工船』とかもちょっと。読んでてすごい作品だっていうのは伝わってくるんだけど、作品内の空気がどうしても陰鬱な感じになっちゃうでしょ?ああいうのは好きになれないんだよね」
「そうなんですね。僕はそう言う部分を好き嫌いの目で見たことはなかったですね。あんまりひどすぎるとげんなりしちゃいますけど。それはそれで、って感じで住み分けてました」
「それができるのはすごいなぁ。私はどうしてもダメ。受け付けないってほどじゃないけど、読むならやっぱり明るめの話の方が好きだね。まぁ嫌いなことを話しても意味がないし、このくらいでやめとこっか」
「いやいや。もっと先輩の、小説についての観念とか教えてもらえませんか?」
「えっ、いいの?」
「はい、とっても気になります」
この言葉が間違いだったことを、僕はまだ知らなかった。それから数分くらいですぐに理解したけれど。
「さっきも言ったけど、明るい作品の方が読みやすいんだよね。例外的なのは綺麗な作品かな。芥川龍之介の『河童』はハッピーエンドっぽくはないけど、河童と人間の相違を通して美しさが伝わって来るみたいだったよ。是非読んでほしいな。梶井基次郎の『櫻の樹の下には』とかは最高!神秘的で美しくて……なんであんな風に文章にできるんだろうね?天才だと思うな――」
こんな調子で話を続けられた時点で、僕にストッパーをかける自信はなくなっていた。
宮原部長が部室に入ってくるまでの約一時間、僕は延々と日向先輩の話に耳を傾け続けなければならなくなってしまっていたのだった。
*
「いやぁ、語りすぎちゃった。ごめんね?」
「聞きたいって言ったのは僕の方ですから、気にしないでください……」
もちろん嘘だけど、ここでこう言わない奴は絶望的なまでに空気が読めないか、何も考えてない単純な輩だろう。
「日向さんって、好きなものについてはいつも以上に話したがるからね。部じゃ話を振っちゃダメ、なんて冗談で言われたことがあるくらいだよ」
「あ、ひどいですよ。まぁ確かに、ちょっと長すぎるかもしれませんけど」
「ちょっとじゃないだろう?入部したばかりの頃話を聞こうと思ったけど、あの時は俺もびっくりしたなぁ。佐々木さんもそうだったんじゃない?」
「えぇ、まぁ。まさかこんなに語れる人だとは思ってなかったので」
また一つ教訓ができてしまったな。人を見た目や第一印象で判断しない方がいい。
いや、たいていの場合はそれで判断するべきだろうけど、盲目的に従っていたらいつか痛い目を見るぞ、ってことだ。さっきみたいにね。





