第10話 その3
『拝啓 佐々木栞様
綴木さんのことで大事なお話があります。今日の放課後、音楽室横の空き教室に来てください。
P.S.この手紙の内容は綴木さん本人には絶対に伝えないでください。』
呼び出し?しかし綴木先輩のことだと言っているから、普通の呼び出しではないのだろう。
問題はなぜ僕が選ばれたかということだ。まだ僕は綴木先輩と知り合って日が浅い。仲の良い人物、あるいは悪い人物を選ぶなら適任とはいえないだろう。
差出人名は書いていない。万が一僕が誰かに言いふらすことがあったら。そんなことを危惧して控えたのかもしれない。
差出人は誰だ?交友関係が少ない僕に対して、となれば候補は非常に数少なくなってくる。
まずは先生方だが、本人のいないところで話し合うのは考えにくい。そもそも知り合って三日と経っていない僕以上に、同僚である担任教員の方が相談に乗ってくれるはずだ。というわけでこれはなし。
宮原部長もおそらくはない。入部した時に文字を拝見したが、部長の字は非常に角ばったような丁寧な字だった。手紙の筆跡は柔らかそうで丸っこい。部長が筆跡を使い分けられる可能性よりは、別の人間である可能性を模索した方が確実だろう。
次に綴木先輩。しかし名前が載っている時点で他の誰よりも可能性は低い。自分のことをあたかも他人のごとく書く理由が見当たらない。
残るは日向先輩だ。あの人のことはまだ僕もよく知らないが、消去法でいくなら一番可能性が高い。しかし話をしたのは二時間程度。とてもじゃないが信頼関係を築けたとは思えない。日向先輩のコミュニケーション能力に期待するなら、綴木先輩のことについて相談できる適任はいくらでも見つかるはずだ。
……やはりわからない。どうして僕なんだ?
他に関わりのある生徒は思い浮かばない。どれも一度目があったとか、身近な会話をしたとか、それ以上の関係性を持つ人はいない。
綴木先輩の知り合いで、僕からすれば関わりのない人?ますます僕に話しかける理由がわからない。しかもこんな回りくどい手を使って。
沖田さんのように推測しようとするがだめだ、そんな知識はかけらも出てこない。
辛うじて分かるのは、差出人が綴木先輩にこのことを知られたくないだろう、という憶測だけだ。
これ以上考えても仕方がない。
多分相手は僕の知らない誰かだ。ならば行くだけ行って相手の真意を確かめる他はない。
「まったく、難儀な話になりそうだ……」
そんな独り言が思わず漏れ出してしまう。今からこんな調子では、相手と顔をあわせる頃にはどれだけ疲弊してしまっていることだろうか。
授業が終わり、板書をノートに書き写し終えた僕は、ゆっくりと呼び出された空き教室へと向かう。その足取りは重い。
気が進まないが、呼び出されたのを無視するわけにもいかない。どう対処するべきなのかわからないのは、僕が他人との関係を断ち切り続けた結果でしかない。僕にはそれを憂うような資格はないのだと、すでに理解できている。
音楽室は3階にあり、一年生の教室が固まっている一階からは遠い。行き交う人々は皆一様に、僕の瞳を見つめる。僕の右瞳は眼帯越しにその視線たちと目を合わせた。
吐き気がする。他人がどう思っているかなど知らないが、「見られている」という感覚をいつも以上に感じる。
だめだ、これはいけない。
僕はすぐさまトイレに駆け込み、胃の中身を全てぶちまける勢いで吐き出した。人には聞かせられないような嗚咽が耳に響いて、さらなる吐き気を煽っていく。これが負の循環というやつだ。
薬を飲んで落ち着く頃には、20分近くが経とうとしていた。
遅れはしたが、向かわなければならない。痛みの残る脳内から、足先へと命令を送る。





