第8話 その8
「どうしたの、佐々木さん?」
「……あぁ、ちょっと考え事を。すみません」
いけないいけない。人と話している時に自分のことに没頭しすぎるのはよくないな。注意しないと。
「今日は特にやることもないし、明後日にまた来てくれるかな?」
「僕の方も明日は予定とかありませんから、行くつもりです」
「そっか。じゃあ明日は綴木さんに任せるね」
「わかりました」
打ち解けたとまでいかなくとも、今日の会話はかなり一般人らしく振る舞えたのではなかろうか。変なことを口走ったりしないよう心がけていた甲斐があった。
「今日のところは解散しよっか。俺はちょっと先生に用事があるし」
そう言われて腕時計を見る。すでに18時が近くなっていた。授業が終わったのが16時なのに、2時間も経ったか……?
あぁいや、僕が体感していたよりも長く、扉の前で立ち止まっていたのかもしれない。ああいう緊張しているときは時間が経つのが早い。体感では10分程度だったのだけれど、どのくらい時間をかけていたんだろう?今更確かめる術はないが、気になるものは気になる。
今日は買い物もある。夕飯は少し遅くなってしまうが、このあたりでお開きにしてもらった方が都合はいいか。
「わかりました、じゃあ出ますね」
用意されたパイプ椅子を片付けようとすると、綴木先輩に呼び止められる。
「どうせ明日も来るんだし、出しっ放しでも大丈夫よ」
「あぁ、そうですか。ではお言葉に甘えて」
疑念が深まる。先輩方がそのように椅子を放置しているなら、僕が部室に入った時に二脚しかなかったのはおかしい。部員がもっといるのなら、という話だが……。
「今日はありがとうございました。明日からよろしくお願いします」
けれどそれは顔に出さない。間違っていたら部に対して失礼だからだ。
「こちらこそ。新入部員はいつでも歓迎だったから、俺たちも嬉しいよ」
「これからよろしくね、佐々木さん」
春先ということで、外はもう日が沈みかけている。風も冷たいままだ。
「じゃあ鍵の返却手続きはは俺がやっておくから。二人は先に帰ってて」
「わかりました。では後はお願いします」
そう言いながら宮原先輩が管理室へと入っていく。僕たちは先輩の言う通り、待つことなく先に部室棟を出た。
「佐々木さんの家はどっちかしら?」
「えっと、学校からまっすぐですね。しばらくしてから左に曲がります」
「そう。私は校門からすぐ右に曲がるから、ここでお別れね。それじゃまた」
「えぇ、また」
手を振りながら綴木先輩の姿は夕闇に紛れていく。
僕もまた、今日の買い物を考えながら家路へと向かっていく。
さぁ、今日からが本番だ。先輩方の背中を見ながら、前に進んでいこう。まだまだひよっこなんだから、少しずつ確実に。





