第7話 その2
扉にくくりつけられているベルが鳴ると同時に、店内の甘い蜜のような香りに嗅覚を支配される。あまりにも強烈すぎて、これはこれで不快だ。やはり程々が一番良い。
よく見ると、奥のショウケース越しに沖田さんの姿が見えた。真剣な目つきで花を選んでいるようだ。今は話しかけない方が良さそうだな。
これはラストチャンスだ。沖田さんに僕のことを教えてもらうための、強力な武器を手に入れなければならない。幸いにしてその武器を、僕はすぐさま二つ想像することができた。一つは僕自身の中にあるもの。もう一つはとある花だ。
目当ての花はすぐに見つかった。旬の時期を知らないから、なかったらどうしようかと思っていたところだ。店員さんに聞けば代わりになりそうなものを見つけられるかもしれないが、やはり僕の伝えたいことを形にするなら、この花でなくてはならないように感じる。
眼帯の奥が熱い。けれどいつもとは違う。不思議と痛みや気持ち悪さではない、別の感覚が脳髄へと伝わってくる。
こんな気持ちは初めてだ。沖田さんと出会ってから気づかされることの多さには、少し辟易としてしまう。もっと僕がきちんとしていたなら――そんな幻想からは離れられない。
武器は手に入れた。最後の最後くらいは沖田さんを驚かせてやろう。そう思うと心が弾んだ。
沖田さんが店外に出てきたのは、僕が購入し終わってから数分後のことだった。今まで沖田さんは常に僕よりも先んじていたから、ちょっとだけ変な気分だ。
「ごめんなさい、遅くなってしまいました」
「僕もさっき買ったばかりですから。大丈夫です」
その間に、僕が放つべき言葉をうまくまとめることができた。準備万端というやつだ。もう恐れるものは何もない。全てをさらけ出してやろうという、小さな気概が心に宿っている。
そう、終わるにはまだ早い。
「では私の方から紹介しますね」
沖田さんがビニール袋から取り出したのは、薄緑色の小さな花だった。紫陽花のように小さな花弁がいくつも集まっている。
「これは……?」
「手毬花っていう名前だそうです。ちょうど5月から咲く花らしくて、時期的にもぴったりだと思います。
花弁一枚一枚は小さいけれど、それらが寄り添うように重なり合っている姿は、なんだかとても愛くるしい。
「僕も初めて見る花です。花の中では著名な方なんでしょうか?」
「どうなんでしょう、実は私はあまり花には詳しくなくて……」
「あれ、そうなんですか?」
「本当はもっと、栞の右瞳のような碧色――濃い青緑色の花を探してたんです。その色を見ていれば、次第に嫌悪感が薄まっていくんじゃないかって思って」
確かに、僕がこの瞳を嫌っているのは異物感からくるものだ。日常的に似たような色に接していれば、生理的な拒否感も少しずつ薄れていくかもしれない。突然の申し出だったのにそこまで頭が回るのは、さすがとしか言いようがない。
「けれどやっぱりうまく見つからないものですね。店員さんに緑色の花はないか、って聞いて選んだんですよ。今まで花を愛でるようなことはなかったので。どうですか?」
「……とても素敵な緑色だと思います。ありがとうございます」
「花には疎かったので、喜んでもらえたのは嬉しいです」
沖田さんは最後まで沖田さんらしく、僕のことを気遣ってくれた。花には疎いだなんて言っていたけれど、その中で最善を尽くせる人だからこそ、惹きつけられる魅力があるのかもしれない。





