第6話 その5
「私はそろそろ行かなくてはなりません。仕事を終えた以上、速やかにここから立ち去る必要がある」
別れの時が来る。それはわかっていたことだが、ついに覚悟することはできなかった。まだまだいろんなことが、ぐるぐると頭の中を駆け巡っている。
「嫌です」
「嫌じゃないんですよ。あなたも大人になれば、そのうち理解できるはずです」
精神的に未熟な僕には心に刺さる。しかし沖田さんらしくもない、説得にしては拙い言葉だ。
まだ沖田さんに言わなければならないことがあるはずだ。それはわかっているのに、どう言えばいいのかわからない。ただそれを話しただけでは、沖田さんはきっと忘れてしまう。
「栞、あなたには運命だとか、特別な能力だとか、そんなものはないのかもしれません。それでもあなたには立派に生きる権利がある」
なにか、僕の言葉を補ってくれるようなものはないか。鞄やポケットの中を想像でまさぐるけれど、何も見つかりやしない。
「夢の道を進むというのなら、もう大丈夫でしょう。あなたにもまた立派な道が残されていることを信じています」
「待ってください!」
「……少しだけなら」
その瞬間、何かが頭の中に舞い降りてきた。このひらめきは、とても気待ちが悪い。しかし思いついてしまった以上、もはや実行しない手はないだろう。
話すべき言葉は決まっている。その言葉を補う術を、ようやく見つけ出した。
「――花を、送らせてくれませんか」
花には特別な魅力がある。それに『形になる』。沖田さんと僕が離れてしまっても、形が残っていればきっと忘れないはずだ。
沖田さんは根本的に優しい人間なのを知っている。言い方は悪いが、そこにつけ込む他はない。
「しょうがないですねー!」
ようやく沖田さんが、僕と過ごしていた頃の少女らしい顔を身につける。
張り詰めていた緊張の糸が千切られてしまったようだ。僕の心臓の高鳴りも、静かに温度を下げていく感覚が残る。
「せっかくですから私からもなにか送りましょう。それで本当の終わり、です」
「そうですね、ありがとうございます……」
沖田さんは真っ先に花屋へと駆け込む。
「あ、ちょっと!」
やはりこの人のことはわからない。この人のことを推測しようだなんて、無駄なことなのかもしれないとも思う。
謎は謎のままだから素敵なんだ――誰が遺した言葉だったか。本当に無責任な言葉だと思う。もしあいつに会って話をしたら、きっと一生の笑い話にされるだろう。
けれど本当に、そのままの方がいいのかもしれない。
今の沖田さんほど魅力的な人を、僕はまだ知らない。





